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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(三百二)

2022-12-27 08:00:09 | 物語り

「そ、そんな! そんな風には、ちっとも見えませんでした。いつもにこやかにしてらして、お嬢さま然としてらして」
「勝利! お前、どこを見てるのよ。それで商売人だなんて、よくいばってられるわね」
 母親からの愛情をたっぷりと受け止めて育った竹田には、とういてい理解のできぬ小夜子の話だった。
叱りつけた勝子にしても、心底から理解したものではない。
ただ小夜子の言葉を、そのままに受け止めたにすぎない。
まだ幼かったころに、弟が母親に溺愛されることに腹を立て、つまらぬことで弟をおとしめた。
「年があけたら学校にはいるのよ。なのにまだ、おねしょなんて!」そして母親のいないところで頬をつねったりもした。
「ついてこないで! あたしはあんたの子守じゃないんだから!」
ちょこまかと勝子にまとわりつくのは、同年代の子どもが周りにいないせいもあったが、勝子が姉であることがなによりの宝物と感じるせいでもあった。

「そうですか、そうですか。そんなお可哀相な境遇でらしたとは。それじゃ、たくさんお召し上がりください。なんでしたらお包みしましょうかね。明日またお召し上がりいただけるように」
 もらい泣きをしてしまった母親、丼に移し変え始めた。
「ちょっと、お母さん! そんなことやめなさいよ。お手伝いさんがおいでになるんだから。失礼よ、そんなの」
 あわてて勝子が押しとどめた。こんな田舎料理を持ち帰ってもらうなんて、千勢さんに笑われるわよとばかりに、口をとがらせた。
「いいのよ、勝子さん。千勢は、そんなこと気にしないから。かえって喜ぶわ。
美味しいものには目がないこだから。作り方を教えてほしいって言い出すわ、きっと。お母さん、頂いていくわ」
「社長さんは、ほんとに幸せ者ですね。こんな気立ての良い娘さんを迎えられて。
勝利、お前も小夜子さまのような娘さんを見つけなさいよ」
「分かってるって、母さん。すみません、小夜子奥さま。
こんなにかしましい食事では、べられた気がしないのじゃないですか?」
「気にしないの、すごく楽しいから。こんなにわいわいとお食事するなんて、初めてよ。
今度千勢を連れて来ますから、教えてくださいね。そうだ、あたしも教えてもらおうっと」

「勝子! あんたも少しは見習いなさい。ちっとも手伝いしないで。
あたしの料理の味は、本来あんたが受け継がなくちゃ。分かってるの、ほんとに」
「あたしは良いのよ。どうせ料理を食べてくれる相手はいないんだから。
それに、長生きなんかできないし。若くして死ぬのよ、薄幸の美女なのよ」
「なに言うんだ、姉さん。治るよ、きっと。いや、治ってきてるじゃないか。
この分だと、退院だって。そしたらお見合いでもなんでもして、お嫁に行かなくちゃ」
「そうだよ、勝子。何といっても、女の幸せは結婚だからね。
旦那さまにお尽くしをして、最期を看取るときに『お前、ありがとう』と言われてごらんな。そりゃもう、そりゃもう……」
 感きわまって、割烹着のすそで顔をおおってしまった。



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