トンサンの隠居部屋

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「小説らしきもの」 むかしトンサンが書いたもの 「想い」

2022年03月26日 00時56分52秒 | マック鈴木家

「マック鈴木家へようこそ」からコピー。

「想い」
二月の初めだった。北風がピューピュー吹いてとても冷たく、乾燥続きなので手がかさかさしていた。
健一はあわてて電車に飛び乗った、発車寸前だったのである。
電車は健一が乗ったと同時にホームを滑り出していた。

ふと振り向くと田口と今井が並んで腰を掛けていた。
健一を見つけて田口が「おおっ」と言った。今井はニコッと笑って目だけで合図した。
おなじみの二人である。
いつも電車の中では立っているのに、今日は珍しく二人とも座っていた。
電車は混んでいるので二人のところへは行かれず、仕方なく健一はドア一つ隔てた座席の横に立っていた。
健一は二人と話ができず、つまらなそうな顔をして車内に垂れ下がっている某不動産屋の広告を見ていた。
『駅から歩いて十分か、フン、ほんとかどうかあやしいもんだ。最近は悪徳不動産屋が多いからな。じゅっぷんだか じゅうぶんだかわかりゃしない。』
『ピロピロピロッとピロサブルか、ちぇっケロヨンじゃあるまいし、くだらねえ。』
健一はしたくもない孤独な批評を心の中で楽しんでいた。
読者の皆さんは「したくもないのに楽しめるか」と言われるだろうが、実際健一は批評などする気はなかった。あるいは神が見えない手でそうさせたのかもしれない。

楽しみながら健一はだんだんと不愉快な気分になってきた。
どうもこの小説は矛盾が多い。しかし楽しみにもいろいろあってうれしい楽しみもあれば、憎らしい楽しみもある。
健一のは憎らしい楽しみである。だから楽しめば楽しむほど憎らしさが増して不愉快な気分にさせるのである。

健一がそんな広告の批評に飽きた頃電車は座間駅に到着した。
グーとドアが開いて降りる者は一人もいなかった。
すぐ乗る者が入ってきた。健一はその方へ目をやった。
するとまぶしい、いやすずしいと言った方がよいのだろうか とてもひとみの美しい女の子が入ってきたのだ。
健一は思わず身体中にピーンと一本 何か頭の先から足の裏まで通り過ぎたのを感じた。
ひとみの美しい少女は健一の横を通り過ぎて、と思ったら、健一の隣に来て一つへだてた吊革につかまった。
健一はまたもやぞっとするのを感じた。
近くに来てくれたのはうれしいが、こんな近くじゃまともに見られない。

健一の心はまだ穏やかではなかった。健一はあの美しいすずしいひとみをもう一度見たかった。
しかしあまりに近すぎる。まともに見たら見られていることを知って少女はどんな態度をとるだろう。
そっぽを向かれたらいやだ。健一はそんな風に心の中で思っていた。
勇気を出してほんの心持ち顔を少女の方に向け、横目でチラッと見た。
少女のすずしいひとみは窓の外の景色を見ていた。
健一は今度は顔を全部少女の方に向け、少女の顔と胸のあたりまで見た。
胸と言ってもオッパイを見たわけではない、人間自然と人を見るとき、身体全体を眺めるものだ。ただ健一は眺める人間が近かったので、あまり首を下げない程度に身体全体を眺めた。
紺の学生オーバーを着ている、すぐ中学生だなとわかった。
どこの中学だろう、座間中かな?
名前はなんて言うのかな?
何年生だろうか?
家はどこなのかな?
健一は次から次とこれらの言葉が頭に浮かび、聞いてみたい気分になってきた。

あまり少女の顔ばかり見ていたので彼女も意識して健一の方をちょっと向いたが、健一の顔を見るほどまで向かずにまた窓の外の景色を眺め始めた。
健一は瞬間振り向かれたので、ギョッとして他の乗客の顔を見つめた。
つまらない顔である。
人生に飽き飽きしたような顔だ、ウンザリする。
こんな男が日本にいるのかと思うとがっかりした。
すぐ少女のすずしいひとみが見たくなった。
健一は本などで「すずしいひとみ」という語句を知っていた。
しかし今までそれがどんな意味なのかわからなかった。
この時初めてわかった。
すずしいひとみとはどんな意味なのか。
本当にこの少女のひとみは「すずしい」としか表現できない。
「すずしい」が一番ピッタリしている。
健一は『こんな人をガールフレンドに欲しいなあ、恋人になってくれたら、だけどこんなにすずしい美しいひとみの少女が他にいるだろうか、いやきっといないに違いない。この子のひとみはあまりにもキレイだ。
顔も美人じゃないけど、とてもすてきな顔だ。
思い切って声を掛けてみようかな、だけど田口と今井がそばにいるから冷やかされたらいやだな。』そう思いながら少女の肩を見つめていた。

少女の前に座っていた客が立って席が空いた。
立っているのは健一と少女だけ、どちらかが座れるのだが、少女の方が健一よりも近い方に立っていたし、健一は男なので座りたくなかった。
健一は手に何も持っていない、ナップザックは空いた席の上の棚に載っていた。
実はこのナップザックがクセモノだったのだ。
これがここに載っていたため、健一は少女のそばから離れられず、従って顔も満足に見ることができなかったのだ。
ナップザックがなかったら田口や今井の方に行けたのに・・・・

少女は手にカバンをさげていた。
ちゃんとバンドは止めてある。
健一の人間判断からするとまじめな人間であると言うことになる。
少女はそのカバンを空いた席に置いた。
その瞬間健一はカクンとがっかりした。
健一は座って欲しかったのだ。
座れば正面から彼女の顔が見られる、そう思っていたのに・・・・

健一はだんだん大胆な気持になってきた。
少女がとなりに立っていると意識すると、どうしても抱きたくてしょうがなくなってきた。
健一の胸はドキドキ波を打ってきた。
健一は自分が怖くなってきた。
思い切ってそっと少女のそばを離れ、田口と今井の方へ歩み寄った。
田口と今井はなんだかとても楽しそうに笑いながら話していた。
特に今井の笑顔はすてきである。
すてきと言うとなんだか変な表現の仕方のようだが、本当に彼の笑顔はすてきである。
健一はかわいいなあと思った。
幼いという意味の「かわいい」ではない、すてきだの方の「かわいい」である。
同姓の友人を「かわいい」だなんて健一は全く変わっている。
女の子同士なら同姓でも「かわいい」と思うことがあるかもしれないが、健一は男である。
健一は少し普通の人間と違うのだろうか。

この小説はここで終わっていました。健一は少女の顔をまともに見ることができたのでしようか・・・・

 

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