年末に見た「ダリ回顧展」には有名な「立体鏡作品」が二組出展されていました。少し角度を変えて描かれ並べられた二枚の絵のうち、右の絵を右の目で、左の絵を左の目で見ると、両者が一体化して立体視できるというものです。
Tomotubby は立体視ってあんまり上手じゃないので、目の間に掌をかざしたり寄り目にしたり時間がかかるんですが、なんといっても超満員の展覧会ですから、我関せずの傍若無人なおばさんたちが前に立ちはだかってくれまして、悪戦苦闘していました。
「ダリ展で「アンダルシアの犬」を観た」という記事に、昨日トラックバックとコメントをして頂いた猫姫さんが、立体鏡作品のうちのひとつの「太陽の後ろ遙か遠くに全裸で出現するガラを見るために雲の形をした金羊毛を開けるダリの手」という絵をブログに出されています。これを使ってやっと上手に立体視ができました。さんきゅぅです。
しかしダリの絵の題名は長いです。「太陽の後ろ遙か(以下略)」と略すことにします。前にも書きましたが、ダリの絵には「自作『ポップ、オップ、イエス、イエス、ポンピエ』の真上で反引力状態にあるダリを眺めているガラ、――そのダリ作品の中に、われわれは、隔世遺伝的冬眠状態にあるミレーの『晩鐘』の気がかりなふたりの人物を思いやることができ、そのふたりの背後の空は突如としてペルピニヤン駅の真中で巨大なマルタ(矢羽)十字に変形し、全世界がその一点に集中する。」というもの凄い長いのもあります。これって殆ど絵の説明。
この「太陽の後ろ遙か(以下略)」と、もうひとつの立体鏡作品「六つの本当の鏡のなかに仮に映し出される六つの仮想の角膜によって永遠化される、背後からガラを描く背後から見たダリ」は、ともにバルセロナの近くのフィゲラスにあるダリ財団美術館にあります。前に訪れたとき撮った写真を確認してみたところ、「太陽の後ろ遙か(以下略)」の写真はなかったんですが、「六つの本当の鏡(以下略)」の方は見つかりました。こんな写真撮ったことすら忘れていました。なんと鏡を組み合わせて↓こんなふうに見えるようにしているのでした。唖然。これでは立体視ができない。というか、する必要がない。
「六つの本当の鏡(以下略)」
Tomotubby は立体視ってあんまり上手じゃないので、目の間に掌をかざしたり寄り目にしたり時間がかかるんですが、なんといっても超満員の展覧会ですから、我関せずの傍若無人なおばさんたちが前に立ちはだかってくれまして、悪戦苦闘していました。
「ダリ展で「アンダルシアの犬」を観た」という記事に、昨日トラックバックとコメントをして頂いた猫姫さんが、立体鏡作品のうちのひとつの「太陽の後ろ遙か遠くに全裸で出現するガラを見るために雲の形をした金羊毛を開けるダリの手」という絵をブログに出されています。これを使ってやっと上手に立体視ができました。さんきゅぅです。
しかしダリの絵の題名は長いです。「太陽の後ろ遙か(以下略)」と略すことにします。前にも書きましたが、ダリの絵には「自作『ポップ、オップ、イエス、イエス、ポンピエ』の真上で反引力状態にあるダリを眺めているガラ、――そのダリ作品の中に、われわれは、隔世遺伝的冬眠状態にあるミレーの『晩鐘』の気がかりなふたりの人物を思いやることができ、そのふたりの背後の空は突如としてペルピニヤン駅の真中で巨大なマルタ(矢羽)十字に変形し、全世界がその一点に集中する。」というもの凄い長いのもあります。これって殆ど絵の説明。
この「太陽の後ろ遙か(以下略)」と、もうひとつの立体鏡作品「六つの本当の鏡のなかに仮に映し出される六つの仮想の角膜によって永遠化される、背後からガラを描く背後から見たダリ」は、ともにバルセロナの近くのフィゲラスにあるダリ財団美術館にあります。前に訪れたとき撮った写真を確認してみたところ、「太陽の後ろ遙か(以下略)」の写真はなかったんですが、「六つの本当の鏡(以下略)」の方は見つかりました。こんな写真撮ったことすら忘れていました。なんと鏡を組み合わせて↓こんなふうに見えるようにしているのでした。唖然。これでは立体視ができない。というか、する必要がない。
「六つの本当の鏡(以下略)」
スペインでは、確かプラドがノーフラッシュならOKだったと思いますが、ここはどうだったでしょうか? 単に監視員が少ないだけだったかも。
日本の美術館も全く撮影できないわけではなく、お願いすれば可能なことはよくあります。多少蘊蓄はいりますが、熱心な研究者を装うといいでしょう。絵画より彫刻の方が緩いです。
本物のお写真、撮ってきたのですか??
撮影禁止じゃないの?ですか??
あはは、、、