萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第59話 初嵐 side K2 act.9

2013-01-30 23:50:47 | side K2
「披」 想いの行く先へ、



第59話 初嵐 side K2 act.9

呼吸ひとつで扉をノックする、その向こうに気配が動く。

今からの時間へ緊張が背筋を昇らす、すこし肌から強ばりだす。
この生命ある世界では自分にとって一番怖くて綺麗な存在、そのひとが今、この扉を披くだろう。
それから始まる時間が不安で、けれど向きあいたい想いに開錠音は鳴って白いシャツ姿が顕われた。
いつものよう穏やかで優しい微笑が見上げてくれる、その眼差しに鼓動を敲かれながらも光一は微笑んだ。

「こんばんは、湯原くん。お邪魔してイイ?」
「ん、はい、」

頷いてくれる笑顔に笑いかけ、静かに部屋へと入る。
擦違いざま爽やかで穏やかな香が頬撫でて、なにか心ほどかれていく。
こんなふう人を寛がすものを周太はもっている、だからこそ困って光一は幼馴染の額を小突いた。

「ほら、周太?ちゃんと相手が誰か、確かめてから扉を開けないとダメだろ?」

ここは機動隊舎、男ばかりの閉鎖社会。
そんな場所で周太の空気は目立ちすぎて、訓練の時もヘルメットを外した瞬間から目を惹いていた。

―普通に女がいる所なら良いんだけどさ?女日照りの中じゃ、確かにヤバいよねえ?

周太に女々しい空気は無い、けれど中性的では無いと言ったら嘘になる。
少年のよう繊細な雰囲気は優しげで「女日照り」にとったら縋りたいだろう。
これでは婚約者で保護者の英二が心配するのも無理はない、そんな理解を笑って教えてみた。

「英二にも無防備すぎるって、注意されてたんじゃない?」
「あ…ごめんなさい、」

素直に謝って困ったよう微笑んでくれる、その容子が可憐に稚い。
白いシャツの首筋から薄紅あわく昇らせながら、穏やかな声はお願いしてくれた。

「次から気をつけます、だから来るときはメールとか先にもらえる?」
「それ良い考えだね、明日からそうするよ、」

気楽に笑って応えながら、けれど鼓動はずっと軋んでいる。
さっき第2小隊に向かい合ったときは何とも無かった、けれど今は周太の心に不安になる。
ずっと昼間から考えていた「問い」に向きあう時は今、けれど口にしたらどうなってしまう?
この優しい笑顔は変わってしまうだろうか、嫌われても仕方ないと自分は諦めきれるだろうか?
そんな逡巡が廻ってしまう躊躇いに、きれいな笑顔が温かなトーンで促してくれた。

「良かったらベッドに座って?話していってくれるんでしょ、」
「うん、」

ほっと安堵が頷いて、光一はベッドに腰をおろした。
ベッドに座って良いと赦してくれたなら、嫌われてはいない?
そんな期待の隣に周太も座ってくれると、穏やかに笑いかけてくれた。

「やっぱり綺麗になったね…北壁と英二のお蔭って思っていい?」

マッターホルンとアイガー、ふたつの北壁で英二と共に記録を作った。
ふたつ夢を叶えた充足感と、大切な人と新しい繋がりを結んだ幸福感がそこにある。
けれど気づかされた本音は泣きたくて、優しい祝福の笑顔を見つめるまま涙と微笑んだ。

「うん、いいよ。北壁で俺ね、いろいろ気が付けたんだ。それで俺、英二に…っ、」

言いかけた頬を、ひとすじ涙こぼれていく。
滲んでしまう紗の向こうで黒目がちの瞳が優しい、その眼差しに熱は涙をおとしゆく。
言葉に出来ない哀しみが喜びが、叶わぬ想いの痛みと温もりが堰あふれて、もう止まらない。

―ごめんね、周太…願ってくれた幸せは俺、違ったんだよ?

唯ひとり恋して愛した人、その温もりを自分にも与えてくれたのに?
こんなにしなくては解らなかった自分の愚かは哀しくて、けれど後悔も出来ない。
英二と過ごした恋愛の時間に幸福だった、その温もりは真実だから後悔にもなれない。
けれど誰もが傷ついてしまった、きっと英二も本当は傷ついて今夜、電話で周太に泣くだろう。

―でも雅樹さん、俺ね、英二のお蔭でやっと…雅樹さんが亡くなったんだって納得出来たんだ、それでも大好きって解ったんだ、

英二の肌は温かく熱くて、深い森の香が包ます快楽はあまい痛みに充たされ酔えた。
その全ては幸せだったと想う、けれど自分が求めていたのは「雅樹」の全てしかない。
英二が与えてくれた生命ふれあわす時の間、肌を交わすたびごと死者への想いが深く響いた。
この想いごと抱かれていく感覚の視界、白皙の肩の彼方にアイガー「死の壁」は星に太陽に山の記憶が輝いた。

―あのときアイガーにずっと見ていたんだ、雅樹さんが登ってく姿を見てた…だから夢は雅樹さんだった、ね…

この全てを本当は、周太に告白してしまいたい。
雅樹が愛した山桜の樹霊を宿すひと、その心へと全て曝け出してただ縋りたい。
けれど自分にそれが赦されると想えなくて、ただ涙ふるえる肩を温もりに抱きしめられた。

「ん、無理に話さなくて大丈夫…ふたりが幸せなら良いから、」

穏やかな声、そっと心から包んでくれる。
その言葉も想いも優しくて、純潔の温もりに心ごと委ねて光一は微笑んだ。

「ありがと、ね…ごめんね、」

ごめんね、それしか言えない。
ただ抱きしめて縋ってしまう、いま言われた言葉が心を刺して痛い。
後悔はしない、けれど応えることが出来ない自分の本音が泣いてしまう。
この感情を体ごと抱きとめ背をさする優しい手、その持主は穏やかに笑いかけてくれた。

「ちょっと風に当たりに行かない?…自販機でなにか飲み物を買って、」
「…うん、」

素直に頷いた頬を、優しい手は指で拭ってくれる。
このひとは恋人を想い泣いただろう、その罪をどうしたら自分は償える?
そんな思案廻らせて廊下に出て、歩いて行く道すがら第1小隊の山ヤたちと擦違った。

「国村さん、おつかれさまです、」
「おつかれさまです、谷口さん、井川さん、」

名前を呼んで笑いかける、その相手が同時に瞬いた。
この二人も名前を憶えられている事が、きっと予想外だろうな?
いつもながら可笑しくて笑いながら会釈して、今度は齋藤が第2小隊の男と立ち話していた。

「こんばんは、齋藤さんに浦部さん、」
「あ、…おつかれさまです、」

ほら、浦部がちょっと驚いている。
夜間訓練でも浦部とは言葉交わす時が無かった、けれど名前呼びの件は他から聴いたろう。
そう考えながら行き過ぎようとした向かいから、齋藤が笑って返事してくれた。

「国村さん。晩飯の時ありがとうございました、こんどはK2の話も聴かせてください、」

他の第2小隊員がいる前で、隠さず齋藤は親しみを示してくれる。
採用学歴は違っても同期という連帯感と山ヤの敬意、そんな明るい空気を見て光一は笑った。

「こっちこそね、石鎚山の話とか聴きたいです。四国はまだ登っていなくて、」
「ああ、また飯一緒しましょう、」

次回の約束で態度表明する、その意志が素直に嬉しい。
この男とも話す時間が増えていくだろうな?そんな近未来に笑って歩きだす。
そうして幾人かと会釈交わしながら自販機に立ち寄り、屋上に出た。

がたん、

重々しい鉄扉を開いて見上げる、その空は昏く地平は人工に明るい。
雲ゆく軌跡に光を探しても見つからない、もう山から遠い夜空にからり笑った。

「やっぱり星の数が少ないね、」

フェンスに軽く凭れてプルリング引く、その隣でも軽い金属音が響く。
ふっと甘い香が夜風に運ばれて、どこか懐かしさ想いながら光一は隣に微笑んだ。

「屋上だなんて周太、盗み聞きを警戒してるね?」

さっき部屋での会話が少なかったのは、これが理由。
この問いかけに黒目がちの瞳が少し笑って、眼差しは「肯定」を答えた。

―やっぱり周太、解ってるんだね?自分がどんな危険を冒しているのか、気づいて…

もう周太は「知っている」だから無人の屋上に自分を連れてきた。
きっと知るに至らせた事件がある、既に歯車は動きだし接触が始まっている。
この現実ごとブラックコーヒーを飲みこんで、穏やかに佇む隣へと光一は微笑んだ。

「なにか気付いたことがあるんだね?俺には話してくれるつもりで、ココに来たんだろ?」
「ん、」

短く頷いて周太はココアの缶を傾けた。
そして息ひとつ吐いて見上げると、黒目がちの瞳が真直ぐ光一を見つめた。

「新宿署長の異動が決ったんだ、」

告げた事実は「知っている」の意思表示、そんな眼差しを微笑で受けとめる。
いま言われたことの真相を当然自分は知っている、それも尋問されるだろう。
きっと問われる、そう朝から考えてきた通りに光一は尋ねた。

「そうらしいね、今朝の発令で見たよ?周太はいつ知ったワケ?」
「今朝のあいさつ回りで知ったんだ、理由は体調不良らしいね…俺の異動と関係あるんでしょ?」

何か知っているでしょう?

英二といつも一緒にいたのなら、何があったのか知っているはず。
それを話してほしい、そう自分を見つめてくる瞳は真直ぐ信頼を問い、穏やかな声が続けた。

「あの署長にね、父を知ってるって卒配の初日に言われたけど、あまり親しくは無いと思う…俺に兄弟はいないのか確認してきたから。
所轄の署長なら履歴書とか見ているはずだよね?人事ファイルも見てるはずなのに訊くって変でしょう?…まるで隠してるって疑うみたい、」

話しながら見つめてくれる眼差しは純粋で、凛と聡明が煌めいている。
強靭な意志が現実を受けとめている瞳、その潔癖な誇り見つめる想いへと疑問が問いかけられた。

「たぶん父と似た誰かを署長は見た事があるから、2度も兄弟が居ないか訊いたんだ…その誰かって、俺は1人しか考えられない。
その誰かに何かされたから、署長は体調を壊したんじゃないのかなって思うんだ…そのチャンスが思い当たる時が一度だけあるよ?」

言葉を切った瞳は透かすよう見つめる、その眼差しを微笑で受ける。
言われた「チャンス」は自分にも思い当たる、けれど隠して笑いかけると周太は口を開いた。

「俺が英二のおばあさまと会った翌日だよ、俺を新宿まで車で送ってくれた。あのとき英二は何時に青梅署の寮に戻ったか、教えて?」
「あいつのアリバイを疑ってるんだ?」

さらり訊き返した先、追求の眼差しが頷いた。
こんなふう周太と英二が疑念を挟んでしまう、そんな現実が嫌になる。
こんな時間の終焉を明るく見つめながら光一は、ただ事実と微笑んだ。

「あいつね、君を送った後すぐ俺に電話してきたよ、」
「電話を?」

なぜ英二は電話をしたのだろう?
そんな疑問に黒目がちの瞳が考え込む、この素直さが愛しく可笑しくて和まされる。

―こういうとこホント壊したくないね、ずっと綺麗なまんまでいなよ…雅樹さんが恋した山桜の、君なんだから、

どうか綺麗なまま生きていて?
人間の昏く哀しい闇に向き合う君、けれど純潔なままいてほしい。
この願いへ明るく笑って光一は事実のままに口を開いた。

「周太と離れて寂しくなっちゃったみたいでさ?携帯にイヤホン繋いで運転しながら、ずっと青梅に帰るまで喋ってたね。
まあ、次の週が講習会で遠征訓練もあったから、その打合せする時間が惜しかったってのもあるケドさ。仕事の話してたよ、」

―…ココアをぶっかけてやったんだよ…古い血液みたいですね、その染み。すぐ洗えば間に合いますよ?

綺麗な低い声が、記憶から笑う。
いま周太が知りたがる当夜の新宿署で、英二が何を行い、何を言ったのか?
この真相を七機異動が決まった日の朝、御岳駐在に向かう車内で英二は話してくれた。

―…あの署長、いま夢のなかで土下座してると思う?…俺が来ること待っていたみたいだ。監視カメラの位置が変わってた…
  あのとき俺から電話しただろ?もし周太に訊かれたら、22時位から青梅に戻るまで、ずっと電話してたって話してくれな

周太を新宿署寮に送った夜、惹き起した事件の真意。
その事実を語る英二は笑っていた、端正な唇は酷薄でも美しかった。
あの貌と一緒に笑い飛ばしながらも自分は、密やかに本音の溜息を吐いた。

―英二は純粋な悪にもなれる男なんだ、きれいで優しい魔王ってカンジだね?

純粋な怒り、それが英二を魔王に変貌させていく。
周到なアリバイを光一に作らせて今、周太に語らせ欺いてしまう。
この偽謀を英二は少しも悔いることはない、その熱が高すぎる直情に道を定めている。
あの横顔は眩しく美しい、だから自分も敢えて思惑の通りに話した。そんな想いに見つめた先、周太が安堵の吐息と微笑んだ。

「俺ね、出来るだけ英二には危ないこと、してほしくないんだ…山ヤとして、レスキューとして頑張ることだけ考えてほしい。
だから英二には、俺より光一を見ていてほしいんだ。俺よりも優先する人がいたら英二、俺のために危ないことしなくなるから、」

どうか自分の為に犠牲になろうとしないで?
そう英二に伝えてほしいのだろう、けれど伝えたところで英二は変わらない。
この自分こそ唯ひとり以外は想えない、だから英二が周太を求める心が自分の心のよう解かってしまう。
雅樹の為なら自分だって英二のよう危険も負いたい、全て捨てられる、この真実の想いに微笑んで光一は首を振った。

「周太、それは無理だよ?あいつが帰る場所は君だね、帰る場所を護りたいのは当然だろ?」
「だから光一を一番にしてほしくって、夜のことしてって言ったんだ、」

被せられる周太の答えと眼差しに、瞳から願いが刺さる。
そして気づいてしまう、周太も英二や自分と同じだ。

―君も、唯ひとりを護りたいね?あいつのこと大切だから捨てようとしてる、でも捨てたトコロで身代わりなんざ無理だね?

身代わりなんて、誰にも出来やしない。
どんなに大切な相手であっても「唯ひとり」の代わりに出来ない、それをアイガーの夜から自分は思い知らされた。
唯ひとりのアンザイレンパートナーで『血の契』である英二は大切な存在、それでも雅樹の代わりには少しも出来ない。
これは英二だって同じだろう、周太にとっても同じだ、その想い微笑んで光一は率直なまま答えた。

「それは俺から御免こうりたいね。俺はあいつのパートナーだ、自由に出掛ける相手だよ?帰りを待つとか無理なコトだね。
なによりね、俺にだって帰りたい場所があるんだ。あいつが帰る場所になんざなりたくないね、コレって何回ヤっても変わんないよ、」

自分たちはアンザイレンパートナー、自由に世界を山をめぐる共犯者。
いつも共に「出掛ける」相手だから帰りを待つなど有得ない、それは肌を重ねても永遠に変らない。
この命懸けられる相手だと想っている、それでも帰りたいと願い求める相手は「雅樹」しか要らない。

―俺たちは伴侶じゃない、共犯者だね。帰る場所はそれぞれ違う、いちばん大切な相手が他にいる同士だね、

自分たちは互いに「二番」優先順位は一番にしない。
けれど同じ世界を見つめて同じ場所に生きられる、そして同じ夢を叶えていく。
こんな自分たちは互いが世界の全てだ、だからこそ最期に還りたい唯ひとりは別の相手同士で良い。

―周太、英二の唯ひとりは君なんだよ?他に誰もいないんだ、

自分の共犯者の想いを、ありのままに理解してほしい。
この願いの向こうで黒目がちの瞳は微笑んで、けれど瞳の底に深く哀しみが温かい。
温かいほどに今は傷んでいく瞳は、そっと静かに微笑んで光一へと「現実」を告げてくれた。

「署長がそんなでしょ?きっと俺は新宿で見張られてたと思う…引越すとき寮の部屋を調べたら盗聴器とか無かったけど、解からない。
ここでも居る間ずっと俺のこと、観察すると思うんだ…だからね、この寮でも込み入った話は、俺の部屋ではしないほうが良いと思って、」

これが今ある現実だと、もう周太は知ってしまった。
自分の交友関係を知られたらリスクを負わせる、そう判断したから今も屋上を話す場に選んだ。
そんなふうに孤独を知りながらも周太は微笑んでいる、その意志と決断に向きあいたくて光一は問いかけた。

「なるほどね、ここに周太と俺が今来たのって皆に見られたけどさ、先輩が後輩に指導するって思われるためってワケ?」
「ん、そのとおりだよ?…俺と親しいって知られるとね、きっと見張られることになるから、」

光一と英二から監視の目を逸らせたい。
そんな現実を告げた人は呼吸ひとつで、既成された現実を告げた。

「光一たちが遠征訓練に行く前、俺は同じ人を2回見ているんだ。一度目は術科センターの射場、次は俺が昨日までいた交番でね。
その人は俺に気付かれていないって思ってるかもしれない、恰好もスーツ姿とポロシャツで雰囲気も変えていたけれど、間違いないよ?」

接触があった、その現実に手が缶を掴む。

周太を直接見にきた相手、それが誰なのか?
この該当者をリストアップしながら見つめた先、静かな笑顔は続けてくれた。

「姿勢の良いお爺さんだった、髪は真白でね…相当の御年だと思うよ?ご高齢で射場に来るのって、どういう人か解かるでしょ?」

―あいつだね、

そっと心がリストを見つめ、冷静が意識を占めていく。
この事を英二に話すべきだろうか?そのタイミングはいつが良い?
考え廻らせながらも「時」の跫を聴きとりながら、凛然と佇む人へ微笑んだ。

「解かっていても逃げないんだね、周太。君は本当に強いね、」

本当に強いのは、誰よりも優しい君。
強いからこそ純潔でいられる、その無垢に優しいままでいられる。
そう見つめた向こう側、黒目がちの瞳は凛と明るい静謐のまま微笑んだ。

「ん、強くなるよ、もっとね?」
「だね、もっと強くなれるよ、周太ならさ?」

笑って応えながら想ってしまう、この静かな明るさを英二は護りたい。
この優しい心を護る手段として英二は、救急法と法医学のファイルを作りあげた。

―あのファイルは英二の、周太を想う精一杯が作ったね?だって1月のデータがあったんだ、

あの資料には1月の弾道実験データも入っている、それを自分は実際に見てしまった。
あのファイルを作りたくて英二は吉村医師の助手も務めてきたのだと、弾道データの存在に解ってしまう。
きっと助手を始めた動機は吉村への気遣いだ、けれど吉村医師の立場と能力に気づいた英二は「目的」を持ったのだろう。

―弾道のデータなんて普通は採れない、でも周太が生きるために必要だから英二はやったんだ、それが違反だって解ってる癖に、

青梅警察署が公務として行った弾道実験とそのデータ。
それを個人使用の目的で無断に遣うことは服務違反、そう知りながらも英二はデータ複製したのだろう。
あのデータを自由に触れる権利を得るために、英二は青梅署警察医の唯一にして信頼厚い助手という立場を築きあげた。
そんなふうに全てを懸けて周太を護ろうとする、そういう男の横顔は山と医学に生きた俤の、自分を見つめてくれた瞳を想いだす。

―だからアイツに惚れたね、でも雅樹さんじゃなきゃ俺はダメなんだ。だから護ってやりたいんだよね、

英二と周太、ふたりの想いを護ってやりたい。
自分たちが叶えられない未来をふたりに贈ってあげたい、幸せに笑って生きてほしい。
その願いのために自分が出来ることは幾らでもある、この願い叶える計画に思考は廻りだす。

―まずは盗聴器の問題からだね?

プライバシーの侵害、それに従う義務など皆無だ。
この権利の主張は自分の立場なら容易い、すぐに実行できるだろう。
それは「あの男」に対して言ってやりたい言葉の、表明にもなるから都合が良い。

―アンタが思うほどにはね、警察って1つの権力だけじゃ動かせないんじゃない?

多様な能力と意志が連携する以上「組織」は一枚岩に成れない、それを自分は山ヤの警察官として知っている。
だからこそ自分は組織にあっても束縛されることは無く、自由なままでトップに立つだろう。
それは指揮官の初歩を踏み出した、今この時も。








(to be continued)

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