萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy,Lettre du future 帰やりの風―another,side story

2013-01-31 09:20:00 | soliloquy 陽はまた昇る
君待ちて、ふたり 



soliloquy,Lettre du future 帰やりの風―another,side story

山風が、黄昏を夜に染める。

ゆるやかな薄紅ひいた空が縹色の薄暮を降らす、稜線は濃く闇になる。
渓谷から吹きあげる風に氷の気配が香りだし、周太は隣の少年に笑いかけた。

「寒くない?ちょっと気温が下がりだしたけど…、」
「はい、だいじょうぶです、」

哀しげでも笑ってくれる白皙に、もう紅潮が頬あかるます。
冷たい風の気配に寒いだろう、すこしでも温めたくて掌を差しだした。

「手を繋ご?素手で、僕も寒いから…繋いだらあったかいから、」

差し出した手を少年はすこし途惑うよう見てくれる。
もう小学校4年生だと、男の子は手を繋ぐなど恥ずかしいだろうか?
そう気がついて困りながら周太は笑いかけた。

「もう4年生だと、手を繋ぐとかしないのかな?ごめんね、…僕は繋いでたから言っちゃたんだけど、」
「ううん、」

ちいさく頭を振って少年は、ぎゅっと縋るよう周太の手を繋いだ。
大きくなり始めた白皙の掌、けれどまだ柔かに子供の手のままでいる。
その大きさと温もりに心ごと切なく掴まれて、少年の想いに自分の過去が重なった。

―傍にいてあげたい、独りぼっちで泣くの哀しいから、

そっと心が願いごと言って、覚悟がゆっくり生まれていく。
生まれた覚悟ゆるやかに心ひろげて温かい、その想い正直に笑いかけた。

「あのね、夕飯は何が良いかな?家にあるものでだけどね、工夫して何でも作ってあげるよ?」
「…え、」

驚いたよう見上げてくれる、その綺麗な目がどこか懐かしい。
誰と似ているのだろう?ふっと想いかけた向こうで少年が遠慮がちに訊いてきた。

「あの…お家にお邪魔して良いんですか?」
「ん、そうだよ、」

頷いて笑いかけ、並んで橋を渡っていく。
その河原ゆれる尾花が鳴るのを聴きながら、周太は応えた。

「このあたりはね、泊まれるところも少ないから…色々と落ち着くまで家に泊まってもらおうって、」
「あの、さっきの交番の人のお家って僕、聴いてたんですけど、」

すこし途惑いながら訊いてくれる、その言葉が可愛くて笑ってしまう。
交番の人、確かにそう言う事になるだろうな?そう納得しながら周太は頷いた。

「ん、その交番の人のお家だよ?…僕ね、あのひとの家族なんだ、だから同じ家に住んでるの、」
「そうだったんですね、」

ようやく意味が分かった、そんなふう笑ってくれる。
けれど関係や何かを説明することは難しいな?すこし困りながら周太は質問を戻した。

「ね、夕飯なにが食べたいかな?好きな物、なんでも言って?ごはんでもお菓子でも、好きなの何でも作るよ、」

問いかけに少年は首傾げて、考えながら歩いてくれる。
いま本当は食欲なんて無いだろう、そう解っているけれど少しでも食べてほしい。
そんな願いごと笑いかけた隣、少年はすこし笑ってくれた。

「じゃあね…オムライスが良いです、それからオレンジジュース飲みたい…っ、」

言葉の最後が、嗚咽に変る。

ずっと堪えていた気丈な心、それが崩れて幼い哀しみがあふれだす。
吹いていく山風に涙はなびいて黄昏に散る、その涙は誰に届けたいと願いが哀しい。
この痛みも苦しみも自分は誰より知っている、あの日の自分が今この隣で泣いていく。

―あのときの僕は…ね、どうしてほしかったの?

そっと幼い日の自分に問いかける、その心へ桜が吹く。
春の闇、白い布団に眠る貌、真昼の空、それから夜と朝と永訣の昼。
あの全ての時に自分が求めた事は、なんだった?

―縋りたかったんだ、ぜんぶを任せて泣けるところが欲しかった、

幼い自分の願いに今、応えてあげたい。
穏やかに微笑んで周太は少年の前に片膝ついて背中を差し出した。

「おいで?」

笑いかけて肩越し振り向いて登山ウェアの二つの腕を引寄せる。
小柄な自分にとって小学4年生の体は大きい、けれど背負う力は充分にある。
体重を背中に載せて腕を首まわさせると少年を背負い周太は立ち上がった。

「おんぶするとね、お互いに温かくていいかなって…どう?」
「…ん、…っ、はい、」

肩越し笑いかけて歩きだす、その肩に泣顔を載せてくれる。
その涙ごしに頬よせて、前向きながら周太は穏やかに話しかけた。

「帰ったらお風呂であったまろうね…ウチのお風呂、ちょっと広いから泳げるよ、」
「…はい、…あ、りがと…ぅ、」

微笑んだ気配、けれど泣き出していく。
そっと頬よせてくれる狭間、ゆっくり熱こぼれて頬伝っておちる。
ダッフルコートの肩に泣きだす心を受け留めて、今、泣いている頬に自分の瞳にも涙が温かい。

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