萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第59話 初嵐 side K2 act.4

2013-01-21 23:18:15 | side K2
「明」 発つ今に言祝ぎを



第59話 初嵐 side K2 act.4

いつもの居酒屋、いつもの個室で山ヤたちがグラスを前にする。
青梅警察署山岳救助隊の笑顔たち、この4年半を過ごした部署が自分は好きだった。
ここに卒業配置された19歳の2月、あのときから一緒に奥多摩を駈けた男はもう少ない。
第七機動隊、五日市署、高尾署、そのどこかに異動して1人ずつ発っていくのを4年半見送ってきた。
そして今、自分が見送られ故郷の町を発っていく。

「よし、スタメンは揃ったな?みんなグラスを持ってくれ、今から国村を七機に送りだす全体会議を始めようじゃないか、」

朗らかに笑って後藤はビールグラスを持ち、座を見渡してくれる。
呼び掛けにグラスを掲げていく半数は、ノンアルコールのグラスでいることが「最前線」だと示して誇らしい。
その中には吉村医師も笑う、雅樹の父は何を想い座に就いてくれるのだろう?そんな想いの隣で後藤は大らかに笑った。

「青梅署きっての悪戯っ子が七機で悪さしすぎんよう、皆で考えようじゃないか?問題は御目付の宮田が異動するまでの1ヶ月間、
国村が悪戯虫を起こさんで小隊長を務められるのか、良い案があるヤツは遠慮なく俺に入知恵してくれよ?今夜は無礼講で飲もうなあ、」

そんな台詞の乾杯に、山ヤの警察官たちが笑ってくれる。
最も「山」に近い警察官たち、この男達と共に立った現場の数々が自分を作ってくれた。
ここに居る誰もと信頼をつなぎ現場を駈けられた、この誇りと一緒に金色の酒を飲み干して光一は笑った。

「俺ってさ、やっぱり青梅署での評判が一番、アウェーだったりするのかね?アレじゃ、悪戯目的で異動するみたいな言われようだね、」

そうは言っても本当は、この人達ほど自分を理解し活かしてくれる場所は無い。
そんな想いの向かいから人の好い笑顔で藤岡が、愉快に乗ってくれた。

「言われても仕方ないんじゃない?国村って反射的に悪戯やっちゃうとこあるしさ、」
「まあね、思いつくと愉しくってヤっちゃってるんだよね、」

答えながら箸をとり料理を口に放り込む、この味も4年半ですっかり馴染んだ。
いつも飲み会と言えばこの店この個室だった、もう何度ここに座って後藤副隊長の乾杯音頭を聴いたろう?
そう懐旧を辿らす隣から後藤は愉快に笑ってビール瓶を向けてくれた。

「まったくなあ、藤岡の言う通りだよ?おまえさんの悪戯癖は反射運動だな、小さい頃からずっとそうだ、生まれる時からかなあ?」
「あれ?雲取山のてっぺんで生まれたコトまで、俺の悪戯ってことですか?」

笑ってグラスを持ちあげて、旧知の酒を受け留める。
ガラスコップに充ちていく金色と泡を器用に注ぐと、父の旧友は可笑しそうに笑った。

「まあ半分は奏子ちゃんの所為だがな?でもオマエさんが母さんの胎から誘って、登らせたんじゃないかって俺は思ってるぞ?」

本当にそうだったかもしれない、あの日は雅樹が奥多摩に居たのだから。

この世に生まれる瞬間を雅樹に出逢いたくて、自分は母を急かせたのかもしれない。
あの日に雲取山頂に登らせて、この国の首都最高峰で生んでもらい、最高のアンザイレンパートナーに出逢う。
そう自分は決めていたのかもしれない、きっと母の胎内から見つめて雅樹を選んで、生まれる瞬間すら運命に定めた。
こんな納得に微笑んでグラスに口付ける向かい、明るい同僚は大きな目にひとつ瞬いて頷いた。

「へえ、後藤さんがそう言うなら俺、信じちゃいますね。国村って周りを乗っけるの巧いしさ、なあ、宮田?」

呼び掛けた藤岡の声に、白皙の貌が穏やかに微笑んでくれる。
英二なら何て答えるのかな?すこし楽しみに見た隣で綺麗な低い声は笑ってくれた。

「うん、俺もマインドコントロールされそうな時あるな?」

俺のほうこそ、コントロールされっ放しだね?
そんな台詞を心に笑いながら、白皙のこめかみを指で小突いた。

「あはは、ばれちゃってるんなら仕方ないね?あのときが後藤さん、いちばん驚いたんでしょ?」
「そりゃあ驚いたってもんじゃないよ、俺も吉村も、奥多摩の山ヤ全員がびっくりだ。なあ、吉村?」

明朗な声が笑って吉村医師を呼びかける。
応えてワイシャツ姿のロマンスグレーが顔あげて、穏やかなトーンで微笑んだ。

「はい、驚きましたね。私も慌てましたよ?でも雅樹は驚いても落着いていて、私を援けてくれました」

雅樹の記憶を、吉村医師が口にした。

雅樹の記憶を雅樹の父が自分に言う、それは16年ぶりになる。
さっき警察医診察室で墓所と森の話はした、けれど生きている雅樹の話はしたことが無い。
それを今、ここを発つ直前に吉村が口にしてくれた想いが鼓動ふれて、明るんだ心のまま光一は笑った。

「さすが雅樹さんですね?俺の悪戯もね、いつも驚いても落着いて笑ってくれてましたよ、雅樹さんだけは、」
「そうですね?そういう男です、雅樹は、」

微笑んだ声も切長い目も穏やかで、昔と変わらぬ誇りが温かい。
あの晩秋、愛息の骸を抱くよう帰った貌に消えた光が今、ゆっくり甦り始めている。
さっきの警察医診察室で今この酒席で、光一の前で吉村は雅樹のことを話せた。この変化に笑う前で藤岡が言ってくれた。

「誰から聴いても雅樹さんって、本当にかっこいい男ですよね。でも驚いても落着いてるって、確かに宮田と似ていますね?」
「そうでしょう?雰囲気とか似ています、でも宮田くんの方がずっと華がありますよ?」

答えながら雅樹の父が英二を見る眼差しは「君は君だよ?」と笑ってくれる。
ただ真直ぐな父性愛、そんな温もりに隣で英二の笑顔が綺麗に咲いた。

「先生、俺ね?どちらの北壁でも、雅樹さんが一緒に登っているって自然と想ってました。だから安心して登れたんです、」
「そうか、雅樹が宮田くんと国村くんの役に立ったんだね?よかった…ありがとう、」

すこし詰まった声を雅樹の父は、オレンジジュースで飲みこんだ。
雅樹が好んだオレンジジュースを自分の前で飲んでくれる、その意味が自分には解ってしまう。
もう明日に自分は奥多摩を発って行く、この送別に吉村医師は雅樹も見送ろうとしてくれている。

―俺と一緒に雅樹さんが行くって、先生は解かってるね?もう大丈夫だね…もう先生は雅樹さんと向き合えてる、英二のお蔭だね?

吉村医師は英二に雅樹を重ねながら、別個の人間として真直ぐ受けとめている。
吉村と雅樹は性格が似ている所も多くて、だからこそ英二と雅樹の相違はよく解るだろう。
そして雅樹と自分の関係についても他の誰より、きっと吉村医師がいちばん真実の近くを気付いている。

―だから何も訊かないでくれるね…解かるから、雅樹さんの事を話題にもしないでくれてたんだ、16年間ずっと

誰よりも雅樹の父が、自分の哀しみの傍に居る。
そう解っている、だから自分も雅樹のことを吉村医師に話さなず16年を過ごした。
もしも二人で雅樹のことを話したらもう、傷みが解かりあい過ぎて苦しいと解かるから。
亡くした幸福への愛惜は今も変わらない、それでも記憶の共有へと踏み出せる「今」に光一は笑った。

「吉村先生、雅樹さんは役に立つなんてモンじゃないね?ずっと俺の御守をしっぱなしだよ、ずっと今でもね、」

ずっと雅樹は自分のなかで生きているよ?
そう告げた先で雅樹の父が微笑んだ貌は、温かく明るい。
こんな笑顔が出来るなら大丈夫だろうな?嬉しくて微笑んだ隣から後藤が笑ってくれた。

「おまえさん、24歳にもなって御守されているのかい?本当に生まれた時から雅樹くんに、世話になりっぱなしなんだなあ?」
「仕方ないですよ?俺が甘えん坊の駄々っ子だってね、後藤さん良く知ってるでしょ?だから1ヶ月を宮田ナシの俺が心配な癖に、」

後藤が雅樹のことを自分に言うのも、16年ぶりのこと。
ずっと後藤も山ヤの医学生を悼んできた、そして今、吉村医師と自分の変化を一緒に笑ってくれる。
その大らかな優しさに微笑んでグラスに付けた口許、ほろ苦さに微かな甘さ飲みこむと藤岡が言ってきた。

「なんかさ、国村って雰囲気ちょっと変わったよな?北壁行ってくる前と今とじゃさ、」
「そっかね?どんなふうに俺、変わったカンジ?」

藤岡も変化を感じている、それが何だか愉快で楽しい。
この変化が明るいものだと良い、そう想い笑った前から人の好い笑顔は応えた。

「うん、美人になったよな?前は悪戯坊主か仙人みたいな雰囲気のが強かったけど、なんか天女とかって感じにキレイになっちゃった?」

さらっと答えられた言葉に、心裡で軽く息を呑む。
こういう鋭さが藤岡は本能的で、故意の無さがストレートに本音を突いて可笑しい。

―天女ってスゴイ喩えだよね?

自分が英二に抱かれて女にされた、そんな事実を突かれて気恥ずかしくて可笑しい。
あの時間を幻のよう想えていたのに、藤岡の言葉で「事実」だと気付かされてしまう。
この事実確認をしてみたいな?望みに悪戯が起きあがるまま笑って、光一は口を開いた。

「そりゃ、俺だって一皮剥けちゃったんじゃない?北壁を連続でヌいてきたんだからさ、スッキリして別嬪にもなるよね、」

ちょっと露骨な言葉を並べすぎ?

そんな感想に自分で可笑しくて、つい転がしてしまう自分に安堵する。
ちゃんとエロオヤジでいられるのなら、この先も笑って過ごす種ひとつ失わずに済むから。
それに言った言葉に嘘は1つも無い、北壁もベッドも連続したらスッキリして当然だろう。

―本番えっちはホント久しぶりだもんね?下世話だろうが、そりゃスッキリするってモンだ、

こんなこと成人男子なら当然の生理現象だ?
そう感じる心と体に16年の時間を想い、もう24歳だと実感する。
それでも16年前の夜が懐かしくて、どの瞬間よりも慕わしく愛しい。

―雅樹さんだけだよ、あんなに俺を幸せに出来るのはね。それがよく解かっちゃったんだ、英二とも出来なかったからね?

英二とのベッドは本当に幸福だったから今、藤岡にも言われるのだろう。
けれど雅樹との夜にあった「無条件」という名の幸せは、きっと他の誰にも探せない。
この想いと笑って見た隣は予想どおり困った貌で笑う、その困り顔も綺麗で嬉しくなる。
こういう貌するからつい転がして困らせたくなるな?そう笑った隣から英二は立ちあがった。

「すみません、ちょっと、」

中座の意志表示を笑顔で告げて、個室から英二は出て行った。
きっと周太とメールか電話だろう、今日は帰国日だから連絡も当然するはずだから。
たぶん周太も今頃は送別会かもしれない?そんな予想する隣の空席に木下が座ってくれた。

「国村さん。5ヶ月でしたけど、ありがとうございました、」
「こっちこそです、異動してもよろしくお願いしますね、」

笑ってビール瓶をとり、木下のグラスに注いでいく。
愉しげに酒を受けて飲み干すと、齢の近い先輩も光一のグラスへ瓶を傾けてくれる。
満ちた黄金色の酒に口つけて半分ほど飲むと、軽く首傾げて木下は口を開いてくれた。

「こんど御岳駐在に来る男ですけどね、実は俺の同期なんですよ、」

確か、木下は自分より3歳年長の高卒任官と聴いている。
そして原は1歳年長の高卒任官だ、この年齢差に尋ねてみた。

「木下さん、民間に勤めてから?」
「はい、高卒で就職して2年勤めてから警視庁に入ったんです、」

笑って枝豆を口にする、その笑顔は朗らかに優しい。
木下は人当りが良いと岩崎からも聴いている、その通りの貌でも困ったよう先輩は話し始めた。

「原とは教場は違ったけれどクラブが同じ柔道でね、それで警察学校の時から親しくて、七機でも小隊は違うけど寮ではコンビでした。
あいつは山岳部でインターハイ入賞しています、その実績に自信があるから卒配でも行けるだろうって青梅署と五日市を希望しました。
だけど八王子署になってショックだったんです、仕方ないって解っていても悔しくて。元から斜めなタイプだったのに、尚更ちょっとね、」

木下が言う通り、普通は奥多摩方面への卒業配置は無い。
警視庁の卒業配置は各警察署で交番勤務に就く、いわゆる「お巡りさん」になる。
けれど奥多摩を管轄とする青梅署と五日市署、高尾署では駐在員が山岳救助隊を兼務している。
この特殊業務は専門性と危険性が高いため、よほどの山岳経験者でない限り卒業配置では配属されない。
だから後藤も光一に三大北壁の踏破と救急法の取得を任官前にさせた、そんな実体験に光一はからり笑った。

「こう言っちゃナンですけどね、原さんが卒配されないのって当たり前ですよ?ホントに俺や副隊長は例外ですから、」

自分は高校入学前から既に、後藤による山岳レスキュー教育がスタートしている。
このバックボーンと実績があるから青梅署に卒業配置された、それも卒配は二人一組が通常だけれど自分は単独だった。
それくらい例外的なことでいる、それを想えば原の心理も解かってしまう。そんな理解に微笑んだ光一に木下は困ったよう笑った。

「はい、その通りです。原も解かってはいるんですけどプライドが高いヤツでね。それなのに初任総合が終わっても異動は無くて。
それから二年経ってようやく七機の山岳救助レンジャーに配属されて、喜んでね。だから今回の異動を原、簡単に納得したくないんです、」

思い通りにいかないジレンマを耐えて、ようやく希望部署に配属された。
そんな曲折が原にはある、だから「簡単に納得したくない」のだろう、そんな見当に光一は微笑んだ。

「自分はインターハイ入賞したのに卒配されなくて、なのに宮田は山経験ゼロで卒配されたコト、さぞ理不尽って思うでしょうね?」
「正直なところその通りです、そういう宮田さんが国村さんのパートナーだってことも余計にね。色々とすみません、」

正直に話して謝ってくれる、こういうバランス感覚が木下は良い。
こんな性質だから幾らか自信過剰な原とも親しくなれるのだろう。
この人も昇進していくだろうな?そう予測しながら光一は飄々と笑った。

「ま、宮田なら巧くやってくれますよ?英二ってそういうヤツです、ね、吉村先生?」

きっと吉村医師なら自分と同じ考えだろう。
この信頼に笑いかけた先、篤実なロマンスグレーは微笑んだ。

「はい、宮田くんなら大丈夫ですよ?きっと原くんとお互いに良い影響を与えあえるって思います、」

原からも英二に「良い」影響があると医師は言う。
それはどういう変化のことだろうか?考え廻らせた前から人の好い笑顔が率直に尋ねた。

「へえ、宮田にも良い影響があるんですね?聴いてると、ちょっと原さんって俺は苦手にしそうだけど、」
「あ、やっぱり藤岡くんはそう思うよね?でも結構いいヤツだから、」

明るい笑顔でとりなす木下に、藤岡の大きな目は「どうでしょう?」とおどけたよう笑う。
英二のような華は無いけれど藤岡は愛嬌がある、そして東北人らしい寡黙な強靭が大らかに温かい。
あくまで地道な努力と前向きな発想と展望、そういう藤岡からしたら原は真逆タイプになるだろう。

―やっぱり藤岡VS原ってさ、ライブで見てみたいね?

英二と原がどうなるか予想がつく、けれど藤岡は予想し難い。
さっきの「天女」発言のように藤岡は無意識に核心を突く意外性がある。
それに原がどう反応するのだろう、そして英二は二人をどう噛合せてまとめるだろうか?

―俺も七機でちょっと大変かもしれないけどね、英二のリーダーやってるトコ見たいよね?

英二が異動するまでの一ヶ月、8月の期間。
この間に休みをとって見に来たいな?そんな思案に酒を傾け頬杖をつく。
そこへ運ばれた猪口に後藤が徳利を傾けてくれながら、可笑しそうに笑った。

「なあ国村、藤岡と原を宮田がどう纏めるか、見たいって考えてるだろう?」
「当たり、興味津々ですね、」

素直に白状して後藤の猪口に注ぎ返し、吉村医師と藤岡、木下にも猪口を渡す。
この地酒も暫く無沙汰になるだろうな?気に入りの香に微笑んだ光一に木下が笑った。

「原は今、片想いでフラれた相手に再告白って気分なんですよ、奥多摩の救助隊に憧れて警視庁に入ったから。
なんせプライドが高くてツンデレな男なので、最初は態度悪いかもしれません。でも温かい目で見てやって戴けませんか?」

こんなふう同期に言われるほど、原は山ヤの警察官に憧憬がある。
それなら尚更に出逢う現実への衝撃は大きいかもしれない?その度合いを計りたくて光一は尋ねた。

「木下さんは震災のとき、機動救助隊で宮城へ派遣されたんですよね。原さんも行かれたんですか?」
「はい、俺とは時期が違うけど岩手に行ってます。秋ごろだったかな?」

答えてくれる木下は、震災発生の初動で派遣されている。
瓦礫や遺体の収容、ライフラインの切断などの苛酷を体験しただろう。
それより原は遅く秋に派遣されている、おそらく木下ほどの「死」の現場経験は無い。

―たぶん原、最初にへこむんじゃないかね。ソレに英二がどう対応するかってとこだ?

奥多摩の救助隊への憧憬が強い分、現実の厳しさに砕かれやすい。
そんな可能性がある新任者を育成することは、英二の指導力にとって試金石だ。
この先にある結果への信頼に笑った隣、後藤副隊長は伸びやかに笑った。

「もう察していると思うがな、原はご遺体に会ったことが無いんだよ。悪いがな、見分や遺体収容の時はフォローを頼めるかい?」
「最初はキツイですもんね?出来ることはします、俺も皆さんに助けてもらいましたから、」

人の好い笑顔で頷くと藤岡は、猪口の酒を飲み干した。
藤岡も初めて自殺遺体を行政見分した後、拒食状態に陥って窶れた。
けれど藤岡の場合は、水死体だったことが心的外傷とぶつかった結果でいる。この事情に吉村医師が微笑んだ。

「藤岡くんは立派でした、あのとき正面から向き合われたことは簡単ではありませんから、」
「先生、あのときは本当にありがとうございました、」

明るい笑顔は感謝に温かで、今は元気いっぱいでいる。
このタフな友人で同僚に笑いながら、そっと光一は後藤副隊長に問いかけた。

「今回の異動、いちばんテストされるのって宮田なんでしょ?補佐官の力量テストってカンジ、」
「ああ、その通りだ。信頼してるからこそな、」

日焼の顔ほころばせ、上官は悪戯っ子に笑ってくれる。
すこし光一へと体傾けて、低めた声は愉快に教えてくれた。

「まだ宮田は二年目の夏だ、それも山の経験だって1年に満たない。そういう宮田が原を1ヶ月で成長させたら、誰もが納得するな?」
「そういう人選ってコトですね、新任者は、」

やっぱり後藤の意図だと納得に微笑んで猪口を空ける。
頼もしい笑顔も頷いて酒を干す、その横顔に提案と笑いかけた。

「さて、後藤のおじさん?ホントは今夜のうちに宮田と喋っときたい事あるんでしょ、私人公人の両方でさ?」
「ははっ、おまえさんには解かるんだなあ、」

愉快に山ヤは笑ってジャケットを引き寄せると、ポケットの物を掌に隠しこんだ。
その紙箱とワイシャツの胸ポケットに見える燻銀に、どこへ行くか解かってしまう。
そして「隠しこんだ」理由も気がつきながら、飄々と光一は笑いかけた。

「俺の御目付役ならね、廊下の奥にいると思いますよ?口止め料を考えておきなね、」
「バレてるねえ、俺もさ?」

可笑しくて堪らない、そんな貌で笑って後藤は中座していった。
このタイミングなら英二と出くわせるだろう、そして二人で話す時間を寛いでくれたらいい。

―ホントの親子みたいなシーンだろね、きっとさ?

これから煙草を挟んで山ヤ二人は向かい合う。
その時間を見てみたいとも思う、けれど自分は与えられる立場に「今」すべきことがある。
この義務と権利に微笑んで光一は、グラスと携帯電話を携えて酒席を回り始めた。







(to be continued)

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