萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

設定閑話:警視庁山岳救助隊

2013-01-30 11:30:00 | 解説:背景設定
首都、その負と生 



設定閑話:警視庁山岳救助隊

警視庁は首都警察ですが、その管轄に奥多摩があるため警視庁山岳救助隊が配備されています。
構成は警備部所属の第七機動隊山岳レンジャーと、奥多摩を管轄する青梅署・五日市署・高尾署の常駐救助隊です。
このうち奥多摩町と青梅市を管轄し、都下最も遭難が多発する山岳地帯を抱えているのが青梅警察署になります。
この青梅署管轄の御岳駐在所に宮田と国村は所属し、警視庁青梅署山岳救助隊員の任務に就きました。

奥多摩で遭難事故が発生すると3署は各担当管轄内に出動し、そのサポートに第七機動隊山岳レンジャーが入ります。
そのために奥多摩山系の現場訓練もあり、警視庁山岳救助隊全体で合同訓練を行う時は第七機動隊も参加しています。
また警視庁管轄外にも要請により出動し、宮田の同期・藤岡のエピソードにある通り災害救助隊として現地派遣もされます。
第七機動隊は2つの小隊から構成され、一個小隊につき小隊長以下16名となります。小隊長の階級は駐在所長と同じ警部補です。
通常は第七機動隊舎などで懸垂下降や高架などのレンジャー訓練を行い、山岳救助に必要な専門技術を術科・座学とも研鑽しています。

警察庁2011年6月10日発表「平成22年中における山岳遭難の概況」によると、
2010年の全国の山岳遭難は、発生件数、遭難者数ともに1961(昭和36)年以降、過去最高を記録しました。
過去10年間の山岳遭難発生状況は増加傾向、2001年と比較すると発生件数59.2%、遭難者数63%増となってます。
死者、行方不明者は前年に比べ減少したものの、安易な登山計画による道迷い等が多発しているのが現状です。

全国の山岳遭難発生件数と遭難者数
2008年 1,631件( 前年対比+147件)1,933人(前年対比+125人)うち死者・行方不明者281人(前年対比+22人)
2009年 1,676件( 前年対比+45件)2,085人( 前年対比+152人)うち死者・行方不明者317人(前年対比+36人)
2010年 1,942件( 前年対比+266件)2,396人( 前年対比+311人)うち死者・行方不明者294人(前年対比-23人)

下記、遭難事故の多い都道府県の2010年データです。
長野県 213件
北海道 123件
東京都 122件

日本の天井であるアルプス山系を長野県は擁しています、北海道は高緯度による低温が特徴的です。
そのため遭難多発を誰もが納得しやすい、けれど3番目の東京は北海道と1件差なことは意外かと思います。
東京の奥多摩山系は作中でもあるよう最高標高は雲取山2,017mと低山なために初心者コースのイメージが強いです。
そのため遭難要因の最多は「道迷い」と「体力減少による疲労」など登山計画の初歩的ミスが誘引となっています。

メディカルチェックを行って宮田は遠征訓練に向かいましたが、自己の体力レベルを把握することは登山において「自助」です。
最近の山岳事故においては自分の体力を過信した結果、山中で体調不良に陥って遭難するケースが多く見られます。
こうした事例で特に問題となっているのが登山ツアー、コースに対する適切な参加レベルを把握していないことが原因です。
ツアー主催側による体力チェックも無い上にコース計画も精度に欠け、参加者自身が体力を過信している為に事故は起きます。
ようするにツアー主催社も参加者も「自助」を的確に行っていない、その結果、現地の山岳レスキューに過大な負担が掛かります。

それが特に多い現場が、警視庁山岳救助隊が管轄する奥多摩山系を始め、メジャーで手軽な山となっています。
白馬山系や富士山なども2012年は多かったようですね、特に富士山は夏と冬で様相が一変することを知らない方が多いです。
一昨年だったかな?には身延山の参拝客が帰路は登山道を散歩して道迷いに陥り、駐車場から近い地点で疲労凍死しました。
季節は秋だったと思います、都会の秋よりも山中は日没もずっと早く15時には暗くなり始め、気温も零下になる可能性がある時期です。
こうした季節による天候や時間の変化にたいする感覚が鈍麻していた為に、目測を誤ってしまった結果の事故でした。
そうした山への無知識が意識を甘くし、装備不足となって凍傷や低体温症を惹き起て遭難死するケースもあります。

山ならどこにも共通することですが、夏と冬では体感温度から気圧、風速、積雪や凍結による歩行難度は別物です。
低山だから凍結は無い、そう考えるなら滑落死の覚悟が必要なほど山の北斜面と南斜面は温度差がびっくりにあります。
南面は温かく凍結は皆無でも、北面は積雪とアイスバーンに覆われてアイゼン無しには不可能なことは珍しくありません。
奥多摩山系でも冬期はアイゼンが必要とされ、宮田が所属する御岳駐在管轄の御岳山も凍結箇所が数多く存在します。
けれどアイゼンを持たないハイカーも多く、冬期以外もスニーカー等で入山して滑落事故を起こすケースが奥多摩には多いです。

アイゼンどころか、水も行動食も持たずに入山するハイカーも奥多摩には見られます。
この小説を書く時に奥多摩の山をWEB検索で調べることもあるのですが、ブログ記事も参考にさせて頂いています。
そのなかに上述のような方がおられて、いわゆる「シャリバテ」スタミナ切れを起こしかけたエピソードも読みました。
なぜ不備をしたのか?その理由はコンビニエンスストアが途中にあると思ったので、準備していなかったのだそうです。
こういう方は奥多摩初心者には多いのかもしれません、便利な都心から近く東京都内であるならと考えるんでしょうね。

奥多摩は、青梅市街地にはコンビニもファミレスなど飲食店も多くありますが、他の地域では個人店舗が大半です。
宮田たちが勤務する御岳町、青梅線御嶽駅から御岳山までの間にコンビニやスーパーを見たことが自分はありません。
ケーブルカーの滝本駅と御岳山駅の売店は、まんじゅうや団子ならありますが弁当のようなものは特に無いようです。
ここを過ぎてしまうと自販機も無く、御嶽神社の社前町にある茶店が開いている時間は食事出来ますが弁当はありません。
御岳山の奥に連なる大岳山は、山頂の山小屋がありますが営業が不定期と聴きます。コレをアテにして失敗する方もあるとか。
水や行動食をはじめ懐中電灯・雨具、これら山の常備品すら持たない登山者による遭難事故が奥多摩は多いです。

何年か前の実話ですが、母娘での登山客で娘さんが滑落死した遭難事故が奥多摩でありました。
そのとき彼女が履いていたのはスニーカー、しかもお母さんのリュックサックを前に掛け、自分のは背負ってました。
足許の不備に前後の荷物の荷重といった、バランスを崩す条件が揃ってしまった結果の転倒から滑落死へと繋がってしまいました。
一見は低山で楽に登れそうな奥多摩山系ですが、急登やアップダウン、鉄階段に岩場などもあるため膝を傷めるケースが多いです。
この事例でも高齢の母親が足を傷めた為に荷物を引受け、その結果として事故は起きてしまいました。

奥多摩は都下という便利な立地から、こうした安易な登山計画による遭難事故が多い地域です。
北アルプスなど高難度になれば登山者もそれなりのレベルと装備を持って臨みます、けれど奥多摩は初級コースのイメージが強いです。
ですが実際に登ってみると体力が問われるポイントも数多く、住民しか解らない仕事道も交錯するため迷いやすいコースも存在します。
そのために登山図も方位磁石も持たないハイカーが道迷いに陥ると、疲労凍死や害獣駆除の流れ弾に当たる可能性があります。
今は携帯電話があるため救助要請も容易ですが、消防や警察の救助ヘリをタクシー代わりに利用しようとする人もいるそうです。
本来なら不要の救助要請で出動させた為に、本当に必要な救助にヘリが使えなかったら?そうした問題が今、問われています。

こうした「自助」を怠った遭難の件数増加は山ブームが誘発した問題点です。
それに対して出典著者の金副隊長を始め、山のプロ達から多数の提起がされて対応が考えられています。
このことは警視庁管轄に限らない登山全体の問題で「安易=他人を危険に巻き込む」という可能性への無視が原因です。
作中でも国村が時おり救助現場で怒鳴っているように、遭難事故は何らかのミスが誘発するケースが大多数となります。
このミスを犯さない努力、もしミスにより遭難しても自己責任で解決する、それが登山と言う危険に踏みこむ当然のルールです。
それを知らずに登山の楽しさだけを追ってしまう時、遭難事故は起きて救助者をも危険に巻き込んでいきます。

遭難者を救助または遺体の回収をするために、救助者は生命の危険を冒すハイリスクを負います。
それは山のルール「自助」が不可能になった時に「相互扶助」に則って生命と尊厳を護ろうとする精神の顕われです。
このハイリスクを警察官や消防官の山岳レスキューは「任務」として負い、公務の意識に心身を呈して危険地帯へ立ちます。
そのことを遭難者やその家族たちの中には「公務員だから当然だ」と言って感謝の言葉を言わない人もあるそうです。
確かに公務員は納税者のために奉仕する義務がありますが、けれど生命の危険を冒すことは「人間」の尊厳に関わっています。
生命を懸ける義務を「負ってもらっている」ことへ感謝する、それが同じ生命を持つ人間として当然の義務ではないでしょうか?

こうした「感謝する義務と責任」を知らない安易な意識が、最近の遭難事故多発の根源です。
その最たる現場が首都東京、警視庁山岳救助隊が立っている「山」奥多摩管轄の現実となっています。
いま本編では七機山岳救助レンジャーに異動した国村が、現場所轄と本庁の温度差に向合い始めました。
ちょっと七機に関する資料が少ないのでリアル現場が見え難いため、手持ち資料の限りで推論から描いています。
なので詳しい方からすると相違点も多いかなと思います、もし博識の方いらしたら是非教えて戴きたいです。

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