萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第79話 光点act.3-another,side story「陽はまた昇る」

2014-11-04 22:30:00 | 陽はまた昇るanother,side story
subzero 原点零下



第79話 光点act.3-another,side story「陽はまた昇る」

アルコールの香、煙草の匂い、話し声。

紫煙くゆらす霞に低い声がいくつも重なる、声も香も雑多にいり混じる。
こんな空気は消灯時刻まで続くのだろう、そこに今から踏みこまなくてはいけない。

―なんか怖い、ね…情けないけど、

男ばかりの酒場の空気は大人びて気後れさせられる。
こんなふう尻込みしたい本音が自分で恥ずかしい、この始まったばかりの夜に肩ひとつ敲かれた。

「湯原、そんな硬い顔するな。普通に酒呑んでいればいい、」

笑いかけて声も顔も普段のまま落着いている。
いつもと変わらない余裕が羨ましくて小さくため息こぼれた。

「はい…伊達さんって本当に動じないですね、」
「湯原こそ肚据わってるだろ?いくぞ、」

笑いかけ背中そっと押してくれる。
カーディガン透かす掌が大きく温かで、ほっと息吐き周太は踏みだした。

―体のしっかりした人が多いな、英二みたいな感じの、

緊張しながらも見て解かるほど体躯が頼もしい。
いま自分が所属するSATは170cmの身長制限がある、だから筋肉質でも小柄な印象が多い。
けれど今ここは長身の肩広やかな姿も多くて第七機動隊の食堂を想いだす。

―七機の皆さんは元気かな、銃器対策も山岳レンジャーも、

第七機動隊の時間は2ヶ月も無かった、それでも懐かしい。
あの場所で一緒に食事した山ヤの警察官たちと今ここはどこか似ている?そんな空気に言われた。

「ちょっと七機と空気が似てるだろ?」
「はい、」

頷いて溜息そっと吐いてしまう。
確かに似ている、だから懐かしい本音に教えてくれた。

「ここの第13普通科連隊は精強山岳部隊として有名なんだ、警視庁なら七機の山岳レンジャーになる、」

教えられて納得させられる、それなら似ていて不思議はない。
この共通点に見回しながらテーブルの間を歩いて、そっと低い声が告げた。

「多分あの男だ、」

とくん、

鼓動そっと敲かれる、今言われた意味じわり背を昇る。
隣の視線を追いかけて見つめた先、一人の青年が仲間と笑う。

―あの人が曾お祖父さんの…殺害犯の、孫、

その退役軍人の孫がこの駐屯地にいるらしい、話してみたいか?
そう告げられて2時間も経っていない、けれど今もう出会ってしまう。
こんな廻りを相手は今も未だ気づいていない、そして彼は知っているのだろうか?

「…伊達さん、ちょっと、」

そっとシャツの袖を引いて踵を返す。
そんな仕草に鋭利な瞳が笑ってくれた。

「どうした、止めておくか?」
「いえ、あの…むこうは知っているんですか?あの人のお祖父さんのこと、」

訊きながら迷いだす、だって「知らない」方が幸せだ?
それなら触れずおく方がいい、けれど低い声は穏やかに告げた。

「少なくとも退役軍人だと知っているから俺にも解ったんだろ、自衛官と警察官でもさ?」

本人も知らない事をなぜ違う組織の人間が解る?
そう訊き返されて迂闊が気恥ずかしい、それでも自分事に告げた。

「でも僕はずっと知りませんでした、曾祖父のことは何も…普通じゃない亡くなり方は隠すのが普通かもしれません、」

普通じゃない、それは彼も自分も同じだろう。
そんな想いに精悍な瞳すこし笑ってくれた。

「だから話したいって思ってるかもしれないぞ?俺が湯原に話したみたいにな、」

なぜ彼は話したいと思うのだろう?

そう自問しながら見つめる遠く青年は笑っている。
明朗やわらかな笑顔は凛として優しい、そしてどこか似ているのは甘えだろうか?

―同じ山ヤさんだから似てるのかな、それとも…そう想えたら僕は、

曾祖父を殺した男の孫、その横顔は自分と幾つも変らない。
そんな歳恰好に新聞記事の記憶が映りこむ。

“川崎の住宅街に近い雑木林で退役軍人が拳銃自殺―元海軍の将校がこめかみを撃ちぬき自殺、その拳銃は軍の支給品と思われる。まだ40歳の若さで自殺したのは戦争への自責の念だろうか?”

1962年4月の新聞記事は祖父の小説を読んでから見た。
あの記事が小説は記録なのだと告げてしまう、そして今そこに現実の証拠が笑っている。

「湯原、とりあえず呑もう、おごってやる、」

呼ばれて腕をひっぱられ腰下す。
いまチャンスだと解っている、それでも動けない臆病に微笑んだ。

「伊達さん、すみません…せっかく、」
「謝ることじゃない、湯原は温かいカクテルにしとくか?アルコール薄めで、」

訊いてくれる声は低く透って温かい。
こんなふうオーダーから優しい人に笑いかけた。

「ありがとうございます、あの…できたら甘めのが良いです、」
「ならホットオレンジか柚子のが良いな、」

頷きながら注文すぐしてくれる。
その手慣れた雰囲気すこし意外で訊いてみた。

「伊達さんはくらぶってよく行くんですか?」
「たまにな、」

さらり答えてくれる声は落着いている。
けれど2週間前の記憶にそっと息呑んだ。

―あ、伊達さんは新宿の情報ルートがあるって言ってたけど…くらぶとかで仕入れたりするのかな、

だから「たまにな」なのだろうか?
そう考えると辻褄なんだか合うようで、そして底知れなさに自覚また疼く。

―そういうの僕には難しいよね、やっぱり…伊達さんと僕は違いすぎる、

この先輩は自分に無い能力を持っている、そして優秀だ。
そう認めるから尚更に一年後の約束は正しいと想える、けれど叶うのだろうか?
本当に来年の秋の自分は警察官を辞めている?そんな思案にガラスのマグカップ置かれてすぐ声が降った。

「伊達さんじゃないか?やっぱり戻ってきたんだな、昇進おめでとう、」

親しげな声に顔上げた先、肩広やかな青年が笑っている。
ここの自衛官なのだろう?その日焼あざやかな顔に先輩が笑いかけた。

「ありがとうございます、浜田さんは相変わらず山ですか?」
「相変わらず山だよ、君は初めて見るけど伊達さんの新しいパートナー?」

笑いかけてくれる日焼顔は朗らかに明るい。
そんな空気は知人たちと似ていて、ほっとした隣から言ってくれた。

「後輩の周太です、素直で良いヤツなのでよろしくお願いします、」

紹介が名字じゃない、そこにある配慮を見つめてしまう。
敢えて名前だけにした理由がある、それを先輩の知人は言った。

「たしかに素直そうな顔だな、一緒に呑むか?このあいだ話した同期もちょうどいるし、」

その同期ってもしかして?

「…あ、」

待って、まだ覚悟ひとつ出来ていないのに?
それでも自衛官は向うへ手を上げてしまう、そして青年は来た。

「伊達さん、これが電話で話した男だよ、元軍人の祖父さんがいるからって自衛官になったヤツ、」

ほら、そこにもう立っている。
その顔をいま直視できない、だって見た瞬間に自分は何を思うだろう?
この青年は本人じゃないと解っている、それでも突きあげそうな感情の前に自衛官ふたり座った。

「樋本です、浜田から昔の軍人について調べてるって聴きましたけど、伊達さんは歴史とか興味がある人?」

気さくなトーン穏やかな声は優しい。
その言葉に情報入手ルートを知らされた人は笑った。

「大叔父に頼まれたんです、戦争中お世話になった軍人さんの手掛かりを探していて。樋本さんのお祖父さんも軍人さんなんですよね?」

そんなふうに訊いて探してくれたんだ?
この言い回しなら警戒なく話してしまうだろう、そのままに樋本は口開いた。

「軍人でした、俺は写真でしか会ったことないけど海軍の将校だったらしいよ、」
「もしかして海軍経理学校のご出身ですか?」

低い声は落着いたままグラス口つける。
からん、氷の音にも鼓動そっと竦んだテーブル越し樋本が答えた。

「そうです、そのご縁で戦艦を作っていた会社に戦後は就職したと聴いてるよ、でも解雇されて、そのあと拳銃で自殺しました、」

ああ、この人がそうなんだ?

告げられた言葉に鼓動が軋みだす、どんな顔で今いれば良いのか解らない。
だって殺された男の曾孫と殺した男の孫だ、この関係は何だと想えばいいのだろう?
そして殺した側は何も知らないのだろうか知っているのだろうか、その問いかけに青年は口開いた。

「でも普通の自殺じゃないと俺は思ってます、たぶん父のために祖父は死んだんです、」

それってどういうこと?

「あの、なぜお父さんのために亡くなったんですか?」

ほら、疑問が唇あふれてしまった。
いま言われた事が意外で解からない、この途惑いに青年は微笑んだ。

「そのとき父は6歳で重症の小児喘息に罹っていて、その治療費を稼げる仕事が見つかったと言って祖父は出掛けて、そのまま死にました。そして通夜に多額の香典が届いたそうです、無記名で、」

子供の命を救うために命を懸けてしまった、その事実に何があるのだろう?

―この人のお父さんを救けるために僕の曾お祖父さんが殺されたというの?それで…僕のお祖父さんが、この人のお祖父さんを、

幼い子供の治療費が欲しい、だから「稼げる仕事」として曾祖父を殺した。
その果に本人も「こめかみを撃ちぬき」命落として、その瞬間もうひとり罪人が生まれてしまった。

「…どうして、」

どうして曾祖父だったのだろう、そして祖父はどうして?

―お祖父さんの小説に描かれていたことは本当なんだ、お金のために殺されて殺して…でもどうして、

どうして自分の家族が選ばれてしまったのだろう、なぜ自分は今ここで50年前を聴くことになった?
どうして、なぜ、その答は小説に遺される通りかもしれない、それでも子供ひとり救われた果は目の前で微笑んだ。

「祖父が何をしてお金がたくさん届いたのか解りません、でも父の病気が治ったお蔭で俺が生まれたんです。だから祖父を知りたくて俺も自衛官になったよ、」

知りたくて、だから今の道を選んだ。
そんな言葉に鼓動そっと掴まれてしまう、だって自分も同じだ。
警察官として死んだ父、その貌を知りたくて父の欠片を集めるために警察官になった、その想いをなぜこの青年が言う?

だって青年の祖父は曾祖父を殺してしまった、この半世紀の原点の果に生まれた聲はなぜ自分と同じ?


(to be continued)

【資料出典:伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】

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