萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第74話 芒硝act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2014-03-16 23:47:36 | 陽はまた昇るanother,side story
A timely utterance gave that thought relief 哀惜の夢



第74話 芒硝act.4―another,side story「陽はまた昇る」

久しぶりの奥多摩交番は、空が蒼い。

橙色から茶色に深くなる山を背に佇む、そのベランダに救助隊服ひるがえる。
オレンジとカーキの一揃いは懐かしい、あの同じ大きなサイズに想い周太は微笑んだ。

―僕も英二のを洗ってあげたね、去年の秋…青梅署の単身寮で、

あれから一年経ってしまった、それでも奥多摩の空は同じに蒼い。
あの秋と同じに人々は山を登るのだろう、けれど去年この山嶺を駆けていた姿は今いない。
それなのに親しげな空気は山の賑わいもあるだろうか、そんな入口くぐって親しい笑顔ふり向いた。

「ほい、周太くんじゃないか?」

日焼顔ほころばせ深い瞳が呼んでくれる。
ただ温かくて嬉しくて、けれど決意すこし竦みながら周太は微笑んだ。

「お久しぶりです、後藤さん。急にお邪魔してすみません、」
「いつでも歓迎だよ、ちょっと待ってくれな?」

気さくに笑って書類へ目を落し押印ひとつ、決済箱へ片づけてくれる。
その前に立つ登山ウェア姿たちと笑いあい見送って、静かになったデスク呼んでくれた。

「周太くん、茶の一杯くらい呑んでけるんだろう?ちょうど昼だしな、他の隊員は駅前の出張所に出ちまって俺一人なんだ、」

いま後藤は一人、それを狙って自分も今ここに来た。
このタイミングを逃せない、ただ願いごと真直ぐ尋ねた。

「後藤さん、人事ファイルの閲覧をお願い出来ませんか?」

告げた言葉に深い瞳ゆっくり見つめてくれる。
その眼差し穏やかに微笑んで訊いてくれた。

「今日、奥多摩に来たのはその為なのかい?」
「大学の演習で来ました、今だけ別行動の許可をもらってお伺いしたんです、」

正直に告げた先で日焼顔は思案する。
この申し出は迷惑をかけるだろう、それが解かるから頭下げた。

「今日は大学の演習を理由に休暇をもらってきました、だから後藤さんを訪ねる事は上司も知りません、もし訊かれたら通りがかりの挨拶だと言います。
それでも後藤さんにご迷惑かけるかもしれません、だけど僕がお願い出来るのは後藤さんしかいないんです、人事ファイルの閲覧権限を貸して下さい、」

青梅署山岳救助隊副隊長、後藤邦俊。
警視庁山岳会の会長も務めて、警視庁技能指導官として山岳救助技能を担う。
また皇族が奥多摩を登山に訪れる際は警衛に指名されており、それだけに警察内外で人望が厚い。
そういう後藤の言葉を面と向かって疑う者など少ない、だからこそ無理な頼みも出来ると思った。

「後藤さんは前、困ったことや出来ることがあるならお願いして良いと言って下さいました、だから甘えに来たんです、こんなこと狡いけれど、」

こんな言い方は狡い、こんな方法は迷惑だ、そう解かっている。
けれど今は他の方法が見つからない、この唯一に縋る願いへ深い声が笑ってくれた。

「俺を信じてくれるんなら周太くん、まず顔を上げてくれないかい?でないと話も出来ないよ、」

信じてくれるなら。
そんな言葉が笑って大きな手そっと肩を包んでくれる。
節くれた指ごつり堅く分厚い、その温もりに起こされた視界で篤実な瞳が微笑んだ。

「人事ファイルを見たい理由は、お父さんの事かい?」

とくん、

鼓動ひとつ打って緊張が昇りだす。
こんなふう訊いてくれるほど自分の意志など透けている、その自覚ごと頷いた。

「はい、父の人事ファイルが残っているのか知りたいんです…削除されているなら父は、」

人事ファイルが削除されているのなら?
その仮定が示す先は言えない、それでも解かってくれる瞳が困ったよう笑った。

「周太くん、湯原の人事ファイルなら削除されてるよ。少なくとも26年より前だ、」

告げられて鼓動ひとつ途惑いが廻りだす。
いま言われた言葉たちが意外で、そのまま問いかけた。

「どうして…後藤さんが父のこと閲覧したんですか、それも26年前…?」

なぜ後藤が父の人事ファイルを確認しているのだろう?
それも26年前まで遡っている、その疑問へ篤実な声は応えてくれた。

「湯原を山岳救助隊にスカウトしたんだよ、でも断られてなあ。その貌があんまり寂しそうで気になったよ、それで経歴書を閲覧してな…無かった、」

後藤が父を山岳救助隊に抜擢しようとした。
こんな告白ただ驚かされる、その想い零れた。

「…父を、山岳救助隊に誘ってくれたんですか?」
「ああ、何度かスカウトさせてもらったよ、本当に山が好きな男だからなあ、」

嬉しそうに笑って頷いてくれる。
その笑顔に知りたくて見つめる願いに深い瞳が笑った。

「周太くんも憶えているだろう?湯原は、君のお父さんはこの奥多摩でどんな貌で笑ってたか知ってるだろう?だから俺も誘ったんだ、
この奥多摩で山ヤの警察官でいろって言ったんだよ。ここで湯原が出来る事は沢山ある、ここで俺と一緒に山と人を護ろうって誘ったよ、」

語られてゆく過去の時間に篤実な瞳は懐かしい。
もう遠くなってしまった時間を後藤は見つめて、その愛惜そっと微笑んだ。

「でも湯原は応えてくれなかったよ、ただ微笑んでなあ…あんまり寂しそうで気になって、悪いと思ったが人事ファイルを見てしまったんだ、」

あまりに寂しそうだった父の貌、その理由を遠く探ってしまう。
そこにある真相ひとつ推定しながら周太は父の友人へ問いかけた。

「後藤さん、それが26年前だってどうして憶えているんですか?」
「うん、君のお母さんのお蔭だな、」

即答に笑ってくれた言葉に、また驚かされて見つめてしまう。
なぜ今ここで母の名が出るのだろう?ただ意外なまま後藤は教えてくれた。

「閲覧した後の秋、湯原が可愛い女の人を連れて来てなあ。湯原が誰かを連れて来たのは初めてだったよ、だから憶えてるんだ、」

だから憶えている、そんな言葉に篤実な笑顔ほころんでくれる。
ただ懐かしい、そう笑ってくれる温もりに周太は問いかけた。

「ここに父が、初めて母を連れて来たのは秋だったんですか?」
「そうだ、11月の錦秋の秋だよ、あの秋は特別に綺麗だったから俺も憶えてるんだ、」

愉しげに微笑んでくれる瞳に言葉に、去年の秋が映りだす。
あのときも錦秋の秋だと笑ってくれた、その想い気がつかされながら溜息ひとつ、周太は微笑んだ。

「だから後藤さん、去年ここに僕が来た時も笑ってくれたんですか?錦秋の秋だよって、」

去年11月に自分もこの奥多摩へ訪れた。
あの日に笑ってくれた瞳は今日も大らかなままに微笑んだ。

「だから去年、ここに周太くんが来たとき俺は嬉しかったんだぞ?あの秋に時間が戻ったみたいでなあ、もう一度だけ…すまないなあ、」

もう一度だけ、すまない、

そんな言葉から篤実な瞳ゆっくり瞬かす。
この眼差しに信じられると見つめて周太は綺麗に笑った。

「後藤さん、また奥多摩に来たら御相伴させて頂けますか?後藤さんが好きな水楢のお酒、」

水楢の樽で造られたウィスキーを後藤は好む。
その酒の想い出を前に聴かせてくれた、そこにある信頼へ山ヤの警察官は笑った。

「もちろんだ、いつでも大歓迎だぞ、あのウィスキーは湯原も好きだったからなあ。今日は無理なのかい?」

ほら、早速に後藤は誘ってくれる。
こんなふう父にも誘って酒を酌んだのだろうか?そんな遠い秋を想いながら微笑んだ。

「ありがとうございます、でもこの後も演習あるんです、御岳の水源林も少し見るので、」
「そうか、それなら仕方ないなあ、」

残念だ、そんな貌で笑ってくれる瞳が温かい。
この眼差しを父もきっと好きだった、だから奥多摩を訪れるたび立ち寄ったのだろう。
そのワンシーンを自分も鮮やかに覚えている、あの幸せだった冬にも微笑んだ瞳が今、また笑った。

「必ずまた来てくれよ、周太くん、奥多摩に帰っておいで?」

帰っておいで?

その言葉が瞳の深くへ熱燈す。
この言葉に見つめてくれる想い伝わってしまう、だからこそ申し訳なくて周太は頭下げた。

「ありがとうございます。後藤さん、今日は変なお願いして申し訳ありませんでした、」

人事ファイルを閲覧させて欲しい、
そんな無理を言いに今日は来てしまった、本来なら断られて当然だろう。
けれど後藤は期待以上の解答をくれた、そこにある誠実な厚情に頭下げた向こう山ヤは笑った。

「申し訳なくなんか無いぞ、頼ってもらえて俺は嬉しいんだ、俺を信じてくれてるって事だからな、そうだろう?」

頼ることは信じていること、
そう笑ってくれる瞳に今ある不安が解かれる。
こんなふうに父は頼れる場所を遺してくれた、その足跡に微笑んだ背で若い声が笑った。

「こんにちは後藤さん、定期健診に来ましたよ、」

ほら、待っていた声が来てくれた。
この落着いて明るいトーンへ後藤も笑いかけた。

「おう、来てもらってすまんなあ、忙しいだろうに、」
「大丈夫ですよ、中村さんのお婆ちゃん診たついでだから、」

笑って答える声に振り向いた先、白衣姿が入ってくる。
そこにもある信頼と仰いだ真中で精悍な瞳おおらかに笑った。

「湯原くんも来てるのか、後藤さんが済んだら君も診てあげようか?」

笑ってくれる言葉は何げない、けれど考えてくれてある。
その配慮たち温かくて、また不安ほどかれるまま周太は感謝を微笑んだ。

「はい、是非お願いします…雅人先生、」




(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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山岳点景:残雪の滝で

2014-03-16 23:42:19 | 写真:山岳点景


山岳点景:残雪の滝で

雪庇の下、それでも清流は流れていました。

東京都檜原村は道路の雪は消えたんですけど、北斜面や路肩に雪は残ります。
檜原村から小河内へ抜ける道、都民の森方面は通行止めでしたが納得いく光景=雪崩痕を見ました。
そんなわけで三頭山の滝を見たかったけどNGだったので、払沢の滝にて撮って気に入ってるカフェでゼンザイなんか食べて来ました、笑

雪13ブログトーナメント



第74話「芒硝4」もう少しで加筆校正終ります、
そしたら雑談ぽいやつUP予定です、

取り急ぎ、


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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚33

2014-03-16 01:37:17 | 雑談寓話
こんばんわ、晴天に雪山が綺麗でした。
で、遅くなりましたが、コノ雑談にもバナー押して頂いた方いらっしゃるようなので続き載せます、笑



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚33

11月から12月、

街中が白や赤や緑+イルミネーション増えるとクリスマスだなってなるけれど。
仕事は年末前で慌しくなるワケで残業=終電までも増えていくシーズンになる、笑
そうして平日は慢性的寝不足で週末=睡眠とることが最重要課題になるんだけど、

忙しいと昼飯@デスク飯→そのまま終電残業=夕飯する暇あるなら寝たい→朝早め出勤=朝飯@デスク

なんてカンジの繁忙期、考える事って2つになるんだよね、

あーマトモなゴハン最近食べてない休日に栄養摂取しよ、笑
あー休日ずっと寝てたい+家のことしないとダメだなあ、笑

そんなわけで平日も休日も忙しかったんだけど、
それは同僚御曹司クンも同じ状況で、お互い電話や昼飯や呑みも誘ってなかった。
それでも通勤電車や帰宅後にメール来たりはしていたんだけど、

From:御曹司クン
本文:おつかれー眠いやばい寝過ごしたら帰れない、

Re文:車庫で夜明かし初体験だね、笑

From:御曹司クン
本文:出先だけど電車が無いやばい帰れない直帰してOK?

Re文:明日〆だけど?

From:御曹司クン
本文:今日の食糧メロンパン1コ、

Re文:ダイエットにはならないね?

From:御曹司クン
本文:仕事以外の会話ってしてねえ今日ヤバい

Re文:笑、

なんてカンジに簡略化してた、笑
忙しすぎ×寝不足って変なテンションになるんだよね、
そのまま師走になった或る日、なんとか19時前で退社出来た。

あー店が開いてるって幸せデリで惣菜買ってこっかな、笑

とか思いながら帰宅道を歩いて買物して、
夕飯<晩酌のんびりDVDでも観ようかなーとか考えながら帰ってさ、
スーツのジャケット脱いでハンガー掛けて、風呂を入れ始めたら携帯電話が鳴って番号が御曹司クンだった、

あー仕事がトラブったから相談電話かな?

ってカンジですぐ出てさ、
そしたらハイテンションな声が言ってきた、

「おつかれー今って何してる?」

この質問ってデジャブだな?笑
とか思いながら弄りたくなって言った、

「それ機密事項だから、笑」
「またソレかよなんだよもー笑 なあドコにいんの?」

なんてカンジの返事きて少し意外だった、いつもなら拗ねそうなモンだから。
だけど拗ねずに「笑」なハイテンションが怪訝で、でも気にせずSってみた、

「さっき帰ってきたとこ、で、今プライベート時間だから邪魔しないでね、じゃ、笑」

いつもの調子で笑って切ろうとして、だけど御曹司クンに言われた。

「大好きだ!」



何のコト言ってんだろなコイツ? って思った、




とりあえずココで一旦切りますけど続きあります、
おもしろかったらコメントorバナー押すなど頂けたら嬉しいです、
で、気が向いたら続篇載せます、笑

Aesculapius「Mouseion8」校了しました、続き「9」読み直し校正またします。
それ終わったら第74話か短編連載の続き予定ですが、ソッチも面白かったらバナーorコメントお願いします、笑

取り急ぎ、



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