萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第53話 夏衣act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-23 23:04:04 | 陽はまた昇るanother,side story
時をまとい、今



第53話 夏衣act.3―another,side story「陽はまた昇る」

遅い午後の光ふる部屋は、やわらかに明るく優しい。
すこし窓を開くと風ゆるやかに吹きこんで、緑の香が空気を染める。
見下ろした庭の梅の木たちが、どこか重たげな風情なのは実の豊かさだろう。
今日か明日には摘み取りたいな?考えながら勉強机に座ると周太は、4通の書類を広げた。

1通のコンピュータ化された戸籍全部事項証明書。
この戸籍の平成改製原戸籍を1通、それから紙面タイプの除籍謄本を2通。

こうした戸籍証明の請求は、戸籍に記載されている者の直系であれば出来る。
この請求のために、まず自分の全部事項証明を取得して父との親子関係と、原戸籍で父と祖父の関係を明示した。
その上で祖父の除籍謄本、それから曾祖父の除籍謄本を取得して書類を揃えてある。
この4通の書類を勉強机に広げると、隣から英二は笑いかけてくれた。

「ちゃんと全員が繋がるように請求してあるな、周太、」
「ほんと?…抜けているのとか無いかな、改正があったからそれも貰ってきたけど…」

心配になって訊いて見上げると、切長い目が受けとめてくれる。
微笑んで長い指に書類を取りながら英二は訊いてくれた。

「川崎は電算化されたの、平成19年?」
「ん、そう…お父さんが亡くなった後だった、ね、」

頷いて、すこし寂しい気持ちになってしまう。
戸籍全部事項証明書は同一戸籍内全員の身分関係を公証し、戸籍が電算化されていない自治体では戸籍謄本という。
この川崎は2007年6月1日に施行され、それ以前に死亡等で除籍された場合は全部事項証明には記載されない。
それに父も該当する為に、戸籍全部事項証明での父は周太の親としてしか記載が無い。

…これだと、最初からお父さんがいなかったみたい…

一通の書類に、寂しさが込みあげてしまう。
この電算化前の、平成改製原戸籍の謄本を見ればちゃんと父は載っている、そう解っているのに寂しい。
こんなふうに自分は泣き虫すぎる、女々しいと言われても仕方ない。この哀しい溜息がこぼれた隣から英二は言ってくれた。

「改正前に亡くなった人のことも載せたら良いのにな、元の戸籍通りにさ。なんか寂しいよな、」

どうして英二は、言わないでも解かるのだろう?

こんなふう解ってもらえるのは嬉しい、いつでも受けとめて貰えると信じてしまえる。
この信頼が温かで嬉しくて、周太は微笑んだ。

「ん、そうだね?…ありがとう、」
「思った通りに言っただけだよ、周太?」

さらっと笑って英二は、周太と一緒に机の書類を見てくれる。
まず曾祖父の除籍謄本を見て周太は、ひとつ溜息を吐いた。

湯原 敦  出生地 山口縣阿武郡萩町
妻 紫乃  出生地 山口縣阿武郡萩町

「曾おじいさん達、山口の人だったんだ…ね、英二?」

つぶやきに微笑こぼれて、周太は英二を見上げた。
切長い目が穏やかに笑んで受けとめてくれる、いつもの眼差しが嬉しくて周太は続けた。

「それなら夏みかんの砂糖菓子も、山口のものかな?…あの夏みかんの木、曾おじいさんが植えたっていうし、」
「うん、そうだな、」

頷いてくれる優しい笑顔に、ほっとする。
そして自分のルーツがすこし解かったことが嬉しい、その想い素直に周太は笑った。

「俺の親族って、お母さんしかいないでしょ?他に誰もいない…だから自分のルーツみたいなのだけでも、知りたかったんだ。
それに俺、この家に残っている習慣とか好きだから、それが何所から来たのかも知りたくて…きっと、どれも山口から来たんだね、」

これで山口県のことを調べたら、きっと家の風習の意味などが分かるだろう。
あとでパソコンを開いて見ようかな?そう考えながら周太は、次に祖父の除籍謄本を広げた。

湯原 晉  出生地 神奈川縣橘樹郡川崎町
妻 斗貴子 出生地 東京府東京市世田谷区

「見て?お祖母さんって、世田谷の人なんだね?英二と一緒だね、」

こんな同じがあったんだ?

なんだか嬉しくて見上げると、切長い目は凝っと書類を見つめていた。
その横顔が考え込むようでいる、なにかに英二は気がついたのだろうか?
不思議に思いながら書類に目を戻すと、1つの欄に視線が止められた。

死亡地 フランス国パリ市第5区

「…あ、」

この死亡地には、フランス最高峰の学府がある。
そこで祖父の晉は死んだ、その事実を示す文字に1人の人物がうかびだす。

『東京大学文学部仏文学科教授 湯原晉 パリ第三大学Sorbonne Nouvelle名誉教授』

前にWEBで「湯原晉」を検索した結果、祖父と同姓同名の人物は何人かいた。
そこから5人が祖父の年代に適合した、建築家、鉄鋼の技術者、温泉旅館の主人、あと大学の先生が2人。
そのうち最も立派に想えた人が、湯原晉文学博士だった。

そのひとが自分の祖父だと言うのだろうか?

「…英二、」

隣に佇む名前を呼んで、その袖を握りしめる。
見上げた視線に今度は応えるよう、切長い目が温かに笑んだ。

「どうした、周太?」
「あのね、俺…お祖父さんが誰なのか、解かったかもしれない…」

告げた言葉に端正な貌はすこし首傾げて、英二は見つめてくれる。
そして綺麗な低い声は穏やか尋ねてくれた。

「俺にも教えてくれる?」
「ん、」

短く頷いた周太に英二は微笑みかけてくれる。
その温もりに少し寛いで、周太は自分の考えに口を開いた。

「あのね、前に俺、おじいさんのこと調べたって話したでしょ?名前と年代で…英二と光一が北岳から帰ってきたときだよ?
あのとき俺、5人いるって答えたよね?それで大学の先生が2人いるって…そのうち1人がね、フランス文学の先生なんだ、」

ひとつ言葉を切って周太は、隣の婚約者に微笑んだ。
隣から覗きこんでくれる瞳には、真直ぐ周太を映している。この鏡を見つめて周太は推測を続けた。

「その先生はね、東京大学の仏文学科の教授で、パリ第三大学…ソルボンヌ・ヌーヴェルの名誉教授なんだ。
それでね、この死亡地のパリ市第5区って、パリ第三大学のキャンパスがある場所だと思うんだけど…このひとなのかな?
書斎の本、フランス文学ばかりでしょう?他の本棚もフランスのが多くて、それにお父さんもフランス語を話せたんだ…ね、このひとかな?」

あなたはどう想う?

そう見つめた先の切長い目は、思慮深い。
どこか深い森のよう湛えた静謐に佇んで、英二は考えてくれている。
この賢明な婚約者は何て答えを出すだろう?そっと見守るなか端正な唇が開いた。

「うん、そうだな?これだけ一致していると、その方が周太のお祖父さんだって可能性は高いな、」
「…そう、」

ぽつんと声がこぼれて、瞳の奥に熱がせりあげた。

ずっと探していた答えが今、いくつか見つかったかもしれない?
自分の家が何所から来たのか、祖父がどんな人なのか、答えを見つけられた?
この答に心ゆるんで涙ほどけだす、この涙に自分の本音にまた気づかされる。

…ほんとに寂しかったんだ、俺

血の繋がるひとは母しかいない。
この世界に沢山の人がいるのに、血縁者は母と自分のふたりきり。
それが本当は心細いと思っていた、あの14年前の夜に父を失ったときからずっと。
だってもう母まで失ったら、本当に自分は世界で独りぼっちになってしまうから。

だから、せめて家のルーツと祖父たちのことを知りたいと思った。
たとえ亡くなった人でも存在を身近に感じたら、きっと孤独の寂しさも和らぐだろうから。
けれど調べる余裕も知識も無くて、相談する相手もいなかった。

「あのね、英二…俺、本当は寂しかったんだ。お母さんと2人きりで寂しくて…だから知りたかったんだ、家と家族のこと」

ぽつり、本音が素直にこぼれだす。
ほら、今は隣で本音を聴いてくれる人がいる。
この幸せを見上げて周太は、もう片方の掌でも英二の袖を握りしめた。

「俺、理系でしょ?それで戸籍とか思いつかなかったんだ…でも、警察学校で法律のこと勉強して、戸籍を遡る方法を知ったから。
だけど、俺ひとりは不安だったの…どんな人か解らないし、どんな事実が出て来るかも解からないから…だから英二と見たかったんだ、」

握りしめたカットソーの袖を、また握りしめる。
見上げた瞳から涙ゆっくり頬を伝う、その温もりに周太は微笑んだ。

「俺のお祖父さん、見つけられたかな?…こんな立派な学者さんなのかな、お祖父さん…庭を奥多摩の森にした人は、この人かな?」

言葉と一緒にこぼれる涙に、長い指を伸ばしてくれる。
やさしく涙を拭って、椅子ごと抱きしめて、なめらかな頬よせ英二は笑いかけてくれた。

「うん…きっと、立派な優しい人だったよ、周太のお祖父さんは。たぶん今頃、孫に探してもらって、喜んでるな?」

かけてくれる言葉が温かい。
こんなふう英二は欲しい言葉を与えてくれる、いつも変わらずに。
この温もり嬉しくて、この優しさに応えたくて、周太は綺麗に笑って恋人を抱きしめた。

「ありがとう、英二…ね、コーヒー淹れるね?そしたら庭の梅を一緒に摘んで?お菓子やお酒を作るんだ、」
「周太のコーヒー久しぶりだな。梅を摘むのって俺、初めてだよ?」

優しい笑顔が近寄せられて、唇に温もりふれてくれる。
ふれる唇がやわらかな熱に包む、ほろ苦く甘い香がそっと交わされて、離れていく。
こんなふうにキスされると嬉しくて、けれど気恥ずかしくて首筋から熱が昇りだす。
こんな明るい時間から恥ずかしいな?羞んで周太は椅子から立ち上がった。

「先に下、行ってるね?コーヒー支度してるから…あまいもの欲しい?」
「お母さん帰ってきたら、お茶するんだろ?そのとき一緒に食べるから、」

きれいな笑顔で母を気遣ってくれる、こういう些細なことが幸せになる。
この幸せに微笑んで周太は部屋の扉を開いた。



木洩陽ふる梢は、生まれる風の通り道。
涼やかに吹く風へと梅香る、甘酸っぱい芳香が馥郁と流れだす。
この香が自分は好き。嬉しく微笑んだ向こう、高い枝から長い腕は実を摘んでくれる。
この14年は周太1人か母と2人で摘んできたけれど、背が高い人がいると仕事が速い。

…なにより、すきなひとと一緒なのが嬉しいな…

うれしく微笑んで周太は低い枝の実を摘んだ。
まるい実が毎年通りかわいくて嬉しくなる、樹を見て周太はそっと笑いかけた。

…今年もありがとう、すごく良い実だね?大切にするね、

いつも実をくれる古い梅の木は、なんだか家族のよう想えてしまう。
嬉しい気持ちで見つめる樹に大事なことを思い出した。
梢を見上げると周太は、婚約者に声をかけた。

「英二、いちばん高い実は、ひとつ残しておいてね?…木守りだから、」
「木守り?」

手を動かしながらも興味深そうに英二は訊いてくれる。
その質問に頷いて周太は、丸い実を籠に入れながら答えた。

「いちばん空に近い実はね、神さまへのお供物で木守りって言うんだ…そうすると、また沢山の実を付けてくれるの、」

幼い頃に父から教えられた、古い農耕儀礼。
これもずっと護ってきた大切なこと、この考えも曾祖父の故郷から伝わったのだろうか。
そんなことを考えかけたとき、綺麗な低い声が楽しそうに笑いかけてくれた。

「そういえば、夏みかんの時も1つ残したよな?あれも木守りなんだ、」
「ん、そう。同じだよ…りんごとか他の木も、同じようにするんだ、」

なんてことはない、他愛のない会話。
けれど、こんな時間こそ穏かな幸せが嬉しい。

…ずっとこんなふうに、一緒に過ごしていきたいな

そっと願いが心に響いてしまう。
この願いがいつか叶いますように、そんな祈り微笑んだとき古い木の軋む音がした。

「周、ただいま。梅の実を採ってたの?」

母の声と姿が、開かれた門から現われてくれる。
久しぶりに会う姿が嬉しくて、周太は門の方へと踵を返した。

「おかえりなさい、お母さん…出来たら今日、すこし梅酒とか漬けようと思って、」
「あら、良いわね。甘露煮も作るのだったら、ゼリーよせにして欲しいな、」

嬉しそうに母がリクエストしてくれる。
こういう要望はなんだか嬉しい、嬉しいまま周太は頷いた。

「ん、明日のお茶菓子にするね?…新宿でケーキ買ってきたの、お茶にしよう?」
「ありがとう、周。英二くん、」

楽しげに黒目がちの瞳を笑ませて、英二にも声をかけてくれる。
脚立から降りた長身がこちらに向いて、綺麗な笑顔がほころんだ。

「おかえりなさい、お母さん、」
「ただいま、英二くん、」

黒目がちの瞳が笑ってくれる、こんな笑顔を母もするようになった。
ふたりきりが本当は寂しかったと、周太と同じよう母も想っていたのだろう。
けれど母の想いはそれ以上に、息子の自分を心配していたからだと知っている。
だから今日も思う、今日は少しの間しか一緒に過ごせないけれど、1つでも多く母に笑ってほしい。
このあと異動したらもう、こうして家に帰る自由も解からないから、尚更に。

「お母さん、英二、コーヒー淹れるね?」

そっと想いを心に納めて、周太は愛する家族へと笑いかけた。
こんな日常的な言葉も幸せだと、今、じんわり温もりが込み上げてしまう。
この言葉は小さい頃から母に言ってきた、それが幸せな事だったと今更によく解かる。
幸せは、こういうありきたりの言葉に鍵があるのかもしれない?

「お母さん、旅行の支度先にしてきても良いかな?」
「ん、してきて?…そのほうが出掛けるまで、ゆっくり出来るね、」
「ありがとう、そうさせてもらうね。あ、今回は日光の保養所に行ってくるわ、」

楽しげな笑顔で答えながら、母も一緒に飛石を歩いてくれる。
明るい表情は年齢を忘れたよう若々しくて、幼い頃いつも見ていた幸せな母を思い出す。
そんな笑顔にふと気付かされる、母は今、母自身の人生を探している時なのかもしれない。

父の死から14年が過ぎた。
あの春の夜に時間が止まったのは、自分も母も一緒だったと今、改めて思う。
静かで穏やかな時間は深くなっていく涙の池に沈みこんだ時間、その底で母と自分は見ていた物は別だった。

―…やめなさい、周。警察官は止めて、

警察学校入校の書類を前にした、あの瞬間の母。あのときへ今も罪悪感を抱いている。
あのときが、初めて母に反対された瞬間だった。それまで母は助言しても、真っ向から反対した事は無かったから。
きっと反対されると解っていた、泣かれると解っていた、けれど哀しくて苦しくて。
ほんとうは「やめる」と言ってあげたかった、けれど父を想うと言えなかった。

亡くなった父を受けとめるために、生きている母を哀しませる。
それは唯の自己満足と言われても仕方ない、親不孝だと責められたら何も言い返せない。
それでも止められない自分は、ほんとうに愚かな意地っ張りだと解っている。

だからせめて、1つでも多く母を笑顔にしたい。
こんなことで罪滅ぼしになるなんて思わない、ただ母の記憶を幸せな笑顔で温めたい。
そして願っていいのなら、再び生きて家に帰ってきたい、そして母の幸せを援けたい。
それが父も願っている事だと、あの手帳に教えて貰ったから。

「お母さん、あとで見てほしいものがあるんだ、」

あの手帳を母に、見てほしい。そして父の想いを伝えたい。
その願いに笑いかけた先、穏やかな黒目がちの瞳が笑ってくれる。

「お母さんもね、周に見てほしいものがあるのよ?コーヒーの前に部屋に来てもらっても良いかな?」

母も見せるものがある?
なんだろうか、考えながら周太は素直に頷いた。

「ん、良いよ?…じゃあ梅を台所に置いたら、部屋に行くね、」
「ええ、お願いね、」

笑顔で答えると、母は玄関ホールから2階へと上がって行った。





(to be continued)

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one scene 或日、学校にてact.13 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-23 05:51:17 | 陽はまた昇るanother,side story
言われたことが、



one scene 或日、学校にてact.13 ―another,side story「陽はまた昇る」

目覚めると、かすかな鉄の匂いがする。
この匂いは知っている、立籠事件の時と、この間の雲取山で感じた血の匂い。
なにがあったのだろう?不安こみあげて隣を見上げると、あわい朝陽のなか切長い目が笑ってくれた。

「おはよう、周太。俺の花嫁さん、」
「おはようございます、…あの、怪我とかした?」

尋ねた先、英二の目がすこし大きくなる。
どうしたのかな?何があったのかな?疑問と見つめた周太を、長い腕は抱きしめた。

「怪我はしてないよ、でも言ったら周太、怒るかも?」

怒るようなことって何だろう?
不思議に思いながら周太は素直に訊いてみた。

「怒るようなこと?…でも血の匂いだよね、どうしたの?」
「じゃあ言うけど、周太、」

すこし悪戯っぽく切長い目が笑いかける。
そして綺麗な低い声が、正直に教えてくれた。

「女の子になった周太に処女を貰った夢、見たんだよ。それで鼻血を噴いちゃったんだ、」

しょじょをもらったゆめってなに?

言われた言葉に理解が追いつかない。
けれど追いついた途端に首筋から一挙に熱が昇って、ほら額までもう熱い。
恥ずかしくて仕方ない、けれど訊いてみたくて周太は何とか口を開いた。

「…あの、やっぱり女の子のほうがよかった?…あかちゃん生めるし…」

もし自分が女の子だったら?

そうしたら英二の子供に恵まれるかもしれない、そして家族を贈ってあげられる。
社会的に認められやすい結婚が出来る、それなら英二の母親も受容れやすかったろう。
このことを時おり考えてしまう、本当に自分が女性だったら英二は、今より楽な生き方を選べたのに?
そんな想いに心裡ため息が零れて、瞳に熱が籠りだす。このままだと泣いてしまいそう?
泣きそうな瞳を閉じて唇も結ぶ、その唇に優しいキスがふれた。

「男でも女でも、周太が好きだよ。どっちが良いとか無いな、」

キスの唇が微笑んで、切長い目は真直ぐ見つめてくれる。
きっと本心を言ってくれている、そう解るけれど周太は遠慮がちに訊いた。

「…ほんとに?」

確認したくて訊いてしまう、不安だから。
男同士で伴侶となることはリスクが多い、だから自分の性別へ自信が揺らぐときがある。
この揺らぎが瞳から熱をこぼれさす、また自分は泣いてしまう?恥ずかしくて伏せかけた顔に、婚約者は頬よせてくれた。

「ほんとだよ、だって男同士だから寮で隣になれたんだろ?そうじゃなかったら、こんなに好きになれなかったかもな、」

頬よせて笑って、唇を重ねてくれる。
ふれるキスが優しくて、ほろ苦い甘さが心ほどいて涙ひとつ零れた。

「俺が男で、良かった?…ほんとにそう思ってくれるの?」
「うん、思う。風呂だって一緒に入れるしさ、いろいろ都合が良いこと、いっぱいあるだろ?」

綺麗な低い声は、笑って告げてくれる。
その言葉が嬉しくて、こんなふうに受けとめて貰えることが温かい。
嬉しい想いに微笑んだ周太に、綺麗に笑って英二は言ってくれた。

「まあ、もし女の子だったら、周太のセックスの負担が少なくて良いなっては思うけど。そしたらもっと出来るだろ?」

こんなときなんてこというのこのひと?

言われた単語が恥ずかしい、きっともう顔は真赤だろう。
それでも訊いてみたくて周太は口を開いた。

「…もしかして、そういう理由で、そんな夢みたの?」
「うん、きっとそうだな。夢でかなりしちゃったし、」

さらっと即答して「本当だよ?」と切長い目が微笑んだ。
この即答も眼差しも恥ずかしい、恥ずかしくて睫伏せていると英二は幸せそうに教えてくれた。

「女の子の周太もすごく可愛かったよ?同じように色っぽくて、喘いでる顔もきれいで。喘ぎ声も可愛くてさ、俺、誘惑されっぱなし。
だから何回もして、周太もいっぱい感じてくれてさ。すげえ幸せだったよ?それで興奮しすぎたかな、鼻血ふいたのって。ね、周太?」

そんな夢かってにみないでくれますか?

そして、そこまで正直に申告しなくていいです、恥ずかしすぎますから?
それに、女の子になってもそんなにまで自分はえっちだと思われてるってこと?
こんなの本当に恥ずかしくて分からない、恥ずかしいまま素直に周太は言葉を投げつけた。

「えいじのばかえっちへんたいっ、なんてゆめみてるの?そんなことばっかいうなんてしらない、」

恥ずかしくて布団に顔隠そうとするのに、抱きしめられて動けない。
こんなの恥ずかしすぎて困る、どうしよう?そう困っている顔にキスが降らされた。

「可愛い、周太。夢でも同じように恥ずかしがってたよ?どっちも可愛い、大好きだよ、」
「やっ、はずかしいったらえっちへんたいちかんっ、そんなゆめみるなんてばかっ」
「睨みながら真赤なんて可愛すぎだよ、そういう貌すると誘われちゃうんだけど?今夜はいっぱいさせて、周太?」
「…っあさからそんなこというなんてへんたいばかっ」

こんなに罵っているのに、ふれるキスは優しい。
やわらかにキスは額に頬にふれて、幸せをくれる。
そして唇にキスは降りて、やさしい熱が唇から交わされだす。
こんなキスされたら幸せで抵抗できない、ほどかれた想いに見つめると英二は綺麗に笑ってくれた。

「周太のこと好き過ぎて俺、ばかで変態なんだよ?だから今夜は責任とってよ、周太?」

綺麗な笑顔でねだってくれる、こんな貌されると弱いのに?
こんなこと言うのに笑顔は綺麗なだんて、なんだか反則でずるい。

けれど言われたことの全てが、幸せなのも本当で。



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