萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第52話 露花act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-13 23:04:49 | 陽はまた昇るanother,side story
夜来の雨、雫に咲いて、



第52話 露花act.4―another,side story「陽はまた昇る」

瞳ひらくと、ほの白い天井が映りこんだ。

薄暗い静謐に、雨の音と微かな吐息が聞える。
頬ふれるコットンは優しくて、体はブランケットに包まれ温かい。
そっと頭を動かすとベッドの横で、デスクチェアに座りこんだ微睡が映りこんだ。

「…英二、」

呼びかけた名前の主の、端正な貌は微睡に醒めない。
あわいデスクライト照らされる寝顔は今、どこか削げ落ち窶れている。
夕方に見た貌はいつもどおり美しかった、けれど今は凄艶な陰翳に沈みこむ。
この陰翳の原因がなにか?―そう問うのは愚問だと、穏やかな温もりが心ふれてくる。

…俺が倒れたから、心配してくれて…こんなになるまで、

こんなに心配してくれる、その想いの真実が温かい。
こんなに想ってくれる人を、どうしたら突き離せるのだろう?
そんな想いに雨のなか見つめた「父の死」の真実が、そっと静かに目を覚ます。

父の殉職は、きっと自殺だった。

きっと「裁かれない罪」の為に自らを処刑した、それが父の死の真相。
それほどまでに父は、自らの罪を憎み、哀しみ、苦しんで、愛憎の分岐に佇んでいた。
そしてあの夜、家族との愛より贖罪の刑死を選んで「裁かれない罪」への憎しみを終らせた。

それほどに罪だと憎んで任務を忌んだ父、なのに何故、父は任務に就いたのだろう?

もし父が望まぬ任務に就かされていたのなら「職業を選択する自由」の権利を奪われたことになる。
この国の人間すべてに保障されると法が定めた権利のはず、けれど父には保障されていなかった?
それこそが違法ではないのか?なぜ父は権利を奪われ、任務を強要されなくてはいけなかった?

法に裁かれることの無い「合法殺人罪」それを法治の名に遂行する任務。

あの任務は法治国家の禁域、だからこそ、本人の意思を無視して就任させてはいけない筈。
あの任務を強要された人間の存在は「法治国家の違法」という矛盾の証拠になるだろう。
それは「尊厳を守る」システムであるべき法が「尊厳への反逆」を犯した証拠になる。

…だから、警察官である俺が暴くことは「法治国家の罪」を、司法の人間が暴くことになる、ね…

司法の警察官が「司法の罪」国家の罪悪を暴く。
それは危険な道だろう、それでも知らないで済ませることは、自分には出来ない。
愛する父が見つめた哀しみ苦しみを、無視することなど出来るはずがない。
これは危険すぎる賭けだ、そう解っている、けれど止めることは出来ない。

父の真実は危険だと、どこかで自分は解かっていたかもしれない。
だから孤独を選んで生きようと決めていた、自分以外には背負わせたくないから。
この危険も哀しみも自分以外は誰も知らないでほしい、あまりに苦しいことだから。

きっと父も同じ想いで独り抱え込んでいたのだろう。
愛する妻と息子を護るために秘密を抱いて、孤独のまま贖罪のために父は命を終わらせた。
その想いが哀しくて、愛しくて、やっぱり父を大好きだと想えて、父の温もりが懐かしい。

「…おとうさん、」

つぶやいた名前に、涙ひとつ溢れこぼれた。
静かに眦から涙は伝い、こめかみを抜けて髪を透かし、枕におちる。
こんなにも哀切は傷んで愛しくて、だからこそ、父の真実が抱く危険を見つめたいと願う。
これは危険すぎる道、命どころか尊厳すら懸ける危険、だから誰にも背負わせたくはない。

なにより自分の存在を、誰かに背負わせることが哀しい。
こんなにも父が哀しみ憎んだ罪ならば、その罪に得た糧で育てられた息子にも罪はあるのではないか?
そんな疑問に考えてしまう、自分が「合法殺人」の罪に育まれた存在ならば、「命の救助」に生きる英二の伴侶になって良いの?

この自分と共に生きることは、危険と罪を背負うことではないのか?
それなのに、心も体も、夢と誇りも美しい英二に自分を背負わせることが、正しいの?
そんなふう想えて、自責の傷が大きく心に裂かれて、ほら、もう心の血が涙になってあふれだす。

「…英二、なにが英二の幸せ…?」

つぶやくよう問いかけた、白皙の貌は微睡に眠る。

“この眠るひとが望むことは何?”

その答えが、白皙の貌うつる陰翳から心に迫った。
この陰翳を刻んだ英二の想いが、痛切な望みが、記憶からあふれて涙に変わっていく。

英二は、周太と一緒にいることを望んでくれる。
たとえ死んでも共に居たいと望んで、だから周太の首に手も掛けた。
けれど本当の英二の望みは「生きて共に居たい」そう願うから今も、屋上の雨から救い出してくれた。
こんなふうに英二はいつも周太を追いかけて、探し出して、掴まえて離してくれない。

けれど、英二に自分を背負わせることは自責が痛い、だから英二から逃げてしまいたい。
けれど、英二に背負わさず自分だけで孤独を抱えることは、英二にとって幸せなのだろうか?

いま気付かされる父の真実に心が痛い、けれど、父の孤独を共に抱ける喜びは、こんなに温かい。
だから想ってしまう、英二も自分と同じように「共に抱ける喜び」を本気で望んでいるのなら、背負われたら良いのだろうかと。

「ね、英二…ほんとうに幸せなの?俺のこと背負って…お父さんの殉職のこと気づいているんでしょう?それでも良いの…?」

冷たい雨ふる屋上で見つめた「殉職」の真実。
それは崇高とも言える覚悟と、潔癖な贖罪への祈りに溢れていた。
けれど息子である自分の願いは「罪を背負っても生きていて欲しかった」共に生きて、笑ってほしかった。
その為になら自分は、苦しみも哀しみも分けてほしかった、危険すら共に背負わせてほしかった。
共に生きるためになら、どんなことも一緒に耐えて笑って、苦しくても一緒に幸せを探したかった。

…お父さん?俺の勝手かもしれないけれど、でも…生きて一緒にいてほしかった、苦しくても一緒に生きてほしかったよ?

裁かれることのない殺人罪を、法の正義の為に犯すこと。
この「裁かれない罪」を、父が自身に赦すことなど出来る訳が無いと解っている。
それでも罪の自責に耐え抜いてほしかった、共に生きて笑って、幸せな記憶を重ねながら天寿を全うしてほしかった。
その道がたとえ苦しみであったとしても愛するのなら、息子を妻を愛しているなら、耐えてほしかった。
その道を共に背をわせてほしかった、共に幸せを探して、一緒に生きる瞬間を見つめてほしかった。

だから自分は、生きていたい。

父の軌跡をたどる道、それが苦しい道であったとしても、自分は生きていたい。
自分が生きて共にあることを、英二が望んでくれると解かるから。
光一も美代も、吉村医師も後藤も望んでくれる、そう気づけるから。
そして誰よりも、母が望んでくれるから。

―…お母さんより先に死なないで
 あなたが生き抜いて、この世と別れるとき。生まれて良かったと心から笑ってね
 生れてきてよかったと最後の一瞬には笑うのよ。きっとその時、私はお父さんの隣で、あなたの笑顔を見ているから

卒業式の翌朝に、あのベンチで、母が告げてくれた祈り。
この祈りに籠る願いを、想いを、今なら解る。

…お母さん、知ってるんでしょう?お父さんが殉職した理由を、意味を

きっと母は知っている、なぜ父が殉職という名の自殺を選んだのか。
だからこそ母は息子の為に祈ってくれる、「生き抜いて」最期の一瞬に笑って生を終えることを。
叶わなかった夫への祈りも懸けて、息子が天寿を生きることを願い、祈って、見守ってくれる。

だから自分は死なない、生き抜いて見せる。

たとえ父の軌跡に危険へ立たされても、必ず自分は生き抜こう。
それが罪へ苦しむ道であったとしても、必ず生きて贖罪の道を探して見せる。
必ず生きて、帰って、この命を全うして見せる。
この命は父と、母の祈りだから。

「…お父さん?俺はね、生きるよ、」

ひとりごとに祈りを籠める、その想いに勇気ひとつ温かい。
この温もりが心充たして、また勁くなって、生きる覚悟が全身を浸して力になる。
だからきっと大丈夫、自分は必ず帰って来られると信じて、この先を見つめて約束をしたい。

自分は、死なない警察官になる。

どんな任務に立とうとも、後悔しない。
どんな苦しみに悩んでも、生きることを投げ出さない。
どんなに罪に堕ちかけても這い上がってみせる、愛する人達の元へ帰ってみせる。
必ず真実を、父の想いを見つけて、帰って、幸せになって、この命を全うしたい。

…だから英二、信じて?

想いに微笑んで、周太は腕を伸ばした。
デスクチェアに座り眠っている英二の、組んだ腕に掌でふれる。
ふれた腕はカットソーを透かして体温が優しくて、筋肉の感触が頼もしい。

この腕を信じて、背負われて、共に生きる道を探してもらえたら?

そんな祈りに見上げた先で、白皙の貌うつる陰翳が揺らぐ。
ゆらいだ濃い睫が披かれて、ゆっくり切長い目が瞠らかれていく。
穏やかな眼差しが周太の掌を見つめて、その掌をそっと握って英二は微笑んだ。

「おはよう、周太。俺の花嫁さん、」

約束の名前を呼んで、綺麗に笑ってくれる。
変わらずに呼びかけてくれる想いが嬉しくて、微笑んで周太は応えた。

「おはよう、英二…はなむこさん?」

この約束の名前を、もう幾度と口にしたのだろう?
この名前を呼びかけることを赦してくれる人、その想いと覚悟を見つめていたい。
そう見上げた先で英二は、幸せに綺麗に笑ってくれた。

「周太、具合はどう?寒いとかある」
「ん、大丈夫。温かい…ね、俺…屋上にいたよね?」

雨のなか独り屋上にいた自分を、英二は何と思ったのだろう?
きっと自分が何に気付いて屋上にいたのか、もう解かっているだろうな?
そんな想いに綺麗な低い声は、優しく笑って答えてくれた。

「そうだよ、雨のなかで倒れたんだよ。周太、低体温症を起こしたんだ、」

答えながら耳式体温計を出すと、左掌で周太の頭を抱えて検温してくれる。
すぐ1秒でブザーが鳴って、表示を確認すると英二は微笑んだ。

「もう体温も落ち着いたな、ちょっと温かいもの買ってくるよ、」
「ん…ね、一緒に行ったらだめ?」

この瞬間も一緒にいたい、すこしも離れたくない。
もう、罪もろともに背負われるなら、我儘のままに離れたくない、傍にいて?
この願いと見つめた先で微かな切なさと、けれど可笑しそうな笑顔が応えてくれた。

「周太、自分の格好を解ってる?そのままだと出られないよ、」

…自分の格好?

言われた言葉にひとつ瞬いて、周太は布団を少し捲った。
そして見た自分の姿に、首筋に頬に熱が昇って途惑いが視界から羞んだ。
だってこんな格好どうしよう?こんな格好でいるなんて恥ずかしすぎるのに?

大きな白いシャツ一枚、それだけしか自分は着ていない。

本当にそれしか着ていない、素足が見えるシャツの下は何も着ていない。
さっき雨にずぶ濡れた服を英二は着替えさせてくれた、そう解るけれど気恥ずかしくて堪らない。
きっとまた裸を見られてしまった?その恥ずかしさに途惑いながら周太は、微笑む婚約者に尋ねた。

「…あの、はくものもってきてくれるかな、えいじ?…制服とかは?」
「制服は洗ったよ、もう部屋に吊るしてあるから、」

笑って答えながら英二はコットンパンツと下着を出してくれる。
下着まで選んで用意してくれた?それが恥ずかしくて困っていると、微笑んで英二は布団のなかに手を入れた。

「…っ、えいじ?なにするの」
「周太にパンツ履かせるんだけど?」

さらり答えながら布団のなか、長い指の手が周太の脚へと通し引き上げる。
下着を上げていく手が肌ふれて、感触に緊張してしまう。
この触れる瞬間にベッドの記憶が込みあげて、余計に顔が熱くなった。

…こんなときにまで緊張するなんて、やっぱりおれってえっちなのかな?

今、思うことを知ったら英二は何て想うのだろう?
そんなこと考えるうちコットンパンツも履かせてくれる、終えて笑いかけてくれた英二に周太は呟いた。

「…それくらいじぶんでするのに、」
「俺が周太にしたいんだよ、いいだろ?」

笑いかけてクロゼットからカーディガンを出すと、そっと周太を抱えて着せてくれる。
着終えると英二は微笑んで、静かに周太を横抱きに抱え上げた。

「周太、抱っこで行こうな?安静にした方がいいから、」
「ん…はい、」

抱きあげてくれる懐で頷いて、拍子にタオルがほどけ落ちた。
ほどけ頬ふれた柔らかな感触に、愛する人に救けられた実感と幸せがふれて周太は微笑んだ。

…英二が、救けてくれた…この今も、

もう何度と英二は救けてくれたのだろう?
もう素直に頼って、救われて、幸せに生きる道を探して良いの?
そんな想いの瞬間を見つめるまま、婚約者の唇にキスふれると周太は微笑んだ。

「英二…救けてくれて、ありがとう、」

…このひとが好き、

この素直な想いに感謝と笑いかけて、見つめて。
見つめた切長い目は幸せに笑んでくれる、そして綺麗な笑顔がねだってくれた。

「周太からのキス、嬉しいよ?もう一度して?」
「…はい、」

ほんとうは気恥ずかしい、けれど優しい幸せにキスをする。
ほろ苦く甘い香は温かで、深い森のようなキスは幸せの予兆、想いの夢。
この夢がどうか現実に叶えられますように、そう微笑んだ周太に英二は願いを告げた。

「ありがとう、周太。これからも、ずっと俺だけにキスしてくれな、」

これからも、ずっと、英二だけに。

その言葉に籠められる想いが、微笑をくれる。
気恥ずかしくて嬉しくて、そして覚悟が覗きこむよう自分を見つめる。
このまま頷いて約束をしたい、そんな望みのまま周太は素直に頷いた。

「ん、…はい、」

約束に頷いて、見つめた白皙の貌は幸せに微笑んで、静かに部屋の扉を開いてくれた。
踏み出した薄暗い廊下は消灯後だろうか、あわいライトに静謐は沈みこんで深更を見せる。
歩いていく英二の足音も雨音に消えて、ふたり密やかに廊下での時は流れだす。
こんなふう雨の音を歩く今、屋上で聴いた孤独の雨音が消えていく。

「…雨、まだ降ってる?」
「うん、今夜はずっと降るかな?朝には止むかと思うけど、」

綺麗な低い声で答えながら、そっと額に額付けてくれる。
額ごし伝わる温もりも肌の感触も幸せで、夕刻の孤独がほどかれて微笑は生まれだす。
そして想ってしまう、もう、自分は孤独に戻れない。

…このひとと生きていたい、ずっと

もしも願いがかなうなら、離れないでいたい。
たとえこの身が罪に育まれたとしても、どうか離さないでいて?
どんな罪に危険に出遭っても、もう自分は負けないから、必ず帰るから傍にいさせて?
そんな願いに祈るうち自販機の前に着いて、英二は片腕に周太を抱えたまま小銭を出してくれた。

「周太、温かいのでカフェイン無いやつな?」

綺麗に笑いかけて、選ぶ飲み物を教えてくれる。
低体温症では利尿による体温低下を防ぐため、カフェインの摂取は控えねばならない。
そう英二のファイルにも書いてあったな?記憶に微笑んで周太は、薄暗い中に明るい自販機を見つめて、選んだ。

「ん…じゃあ、ホットレモン?」
「そうだな、それ良いな?」

リクエスト通りにボタンを押して、熱いペットボトルを出すと手渡してくれる。
掌ふれる温もりと与えられる優しさが嬉しい、嬉しく微笑んだ先で英二もホットコーヒーを買った。
そのまま抱きあげられて戻る廊下は眠りに鎮まる、この静けさに周太は微笑んだ。

「…静かだね?今、何時?」
「0時を回ったとこだな、」

いま英二は時計を見ないで時を告げた。
こうした時間感覚が英二は鋭い、きっと合っているだろう。
そして英二の部屋に戻ると時計を見て、周太は正解と笑いかけた。

「ん、英二、当たりだね?…すごいね、」
「そっか?ありがとな、」

綺麗な笑顔ほころばせて、静かにベッドへと周太をおろしてくれる。
そっと壁に凭れるよう座らせてくれると、布団とブランケットで体を包んでくれる。
この優しい温もり包まれながらホットレモンの蓋を開けると、柑橘の香が温かい。
好きな香と婚約者の優しさが嬉しくて、周太は微笑んだ。

「ありがとう、英二…いただきます、」
「はい、どうぞ、」

笑って答えながら英二もベッドに座ってくれる。
並んで壁に凭れると、長い指はコーヒーの蓋を開けた。
ほろ苦く甘い香に柑橘の香が交わされる、その香に5月の川崎が思われた。

―夏みかんの砂糖漬け、英二は覚えてくれているかな

初夏の週末、庭の夏蜜柑を摘んで砂糖菓子を一緒に作った。
楽しい作業の後はコーヒーを淹れて、ふたり寛いだ香と記憶が懐かしい。
この優しい時間の記憶に微笑んで、ふっと自然に周太の口は開かれた。

「英二…お父さん、自殺だったのかな、」

問いかけに、切長い目が周太を覗きこむ。
穏やかな眼差しに瞳を見つめながら、微笑んで英二は訊いてくれた。

「どうして周太、そう思ったんだ?」
「ん…『春琴抄』のことを、藤岡と吉村先生に聴いたから、ね」

正直な答えと真直ぐに、英二の瞳を見つめて透かす。
見つめた先で切長い目は穏やかに温かい、この温もりを信じて周太は続けた。

「事例研究の授業で英二、扼殺事件のこと話してくれたでしょう?あのとき物証になった本は、ページが抜けていたんだよね?」

どうか正直に答えて?

願いに見つめる切長い目は、穏やかなまま微笑んでいる。
この眼差しを信じていたいから応えてほしい、そんな祈りのなか英二は言ってくれた。

「うん、そうだよ、」

短い言葉に事実を告げて、英二は微笑んだ。

…良かった、応えてくれた。

ほっと溜息が、唇からこぼれ落ちる。
かすかな緊張と安堵に微笑んで、周太はホットレモンをひとくち飲んだ。
ふわり柑橘の香が和ませてくれる、降る雨音と温かい香を見つめて周太は口を開いた。

「ページを抜いた人の気持ちを、今日、吉村先生に聴いてみたんだ…先生、符号みたいだって教えてくれたよ。
本は喉布から切り落とされて、死因は扼殺でしょう?このどちらも首を示してるよね、それが殺されることを望む符号みたいって。
加害者が自殺幇助をするよう、被害者本人が仕向けたのかなって話してくれたよ…だから、お父さんも同じかなって思ったんだ、」

そっとペットボトルに口付けて、レモンの香を呑みこむ。
温かい甘さが穏やかに冷静をくれる、この静かな想いと微笑んで周太は英二を見つめた。

「うちの書斎にある本、ページが抜けてるのあるでしょ?『オペラ座の怪人』って本…あれ、お父さんが切ったと思うんだ。
俺、お父さんがページを抜いた理由と気持ちを知りたかったんだ。それで吉村先生の『自殺幇助』って言葉が合うかなって思った、」

かすかな緊張に、周太は微笑んだ。
そして再び唇を開いて、静かな声のまま英二に告げた。

「お父さんは自分から撃たれたのかなって、思ったんだ…お父さんが信じた理由のために、銃で亡くなったのかな、って…」

なんて英二は応えてくれる?
この自分が見つめた「殉職」の意味を英二は、何を想い、考えているの?

どうか教えて?あなたが何を想い、何を見つめているのか?




(to be continued)

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one scene 或日、学校にてact.10 ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-13 04:35:40 | 陽はまた昇るanother,side story
言ってくれるのは、



one scene 或日、学校にてact.10 ―another,side story「陽はまた昇る」

夜の談話室は和やかだ。

風呂も食事も済んだ後の、時間を自由に使える空気が寛いでいる。
そんな空間に腰かけてノートを広げると、内山が精悍な笑顔で訊いてきた。

「湯原、痴漢の冤罪を晴らした事例あったろ?あのこと聴きたいんだけど、」
「ん、いいよ?…」

頷いて少し考え込む。
どこから話すと良いかな?そう首傾げた隣から、綺麗な低い声が微笑んだ。

「まず車内での立ち位置の確認をしたんだよな?紙に図を描いて、本人に立っていた場所を書きこんでもらったんだよ。
そのときボールペンを持たせることで、被害者以外の利き手を確認したんだ。そのボールペンを2本、周太は用意したんだよ、」

上手にまとめて英二が答えてくれる。
こんなふうに話せるほど自分の話を聴いてくれていた?
そう思うと嬉しくて周太は、微笑んで英二に相槌を打った。

「ん、そうなんだ。2本準備したんだよ、新品と、インクが切れかけのと、」
「そうだね、周太。その新品の方は、ラベルを剥がしたてだから鑑識テープの代わりも出来たんだよな?」

すぐ英二がまた相槌と答えを返してくれる。
本当によく覚えてくれてるんだ?感心して周太は頷いた。

「そう、もし採取の拒否をされても大丈夫なように、って思って…でも鑑識テープを使います、って言ったら解かったけど、」
「逃げようとしたんだよな、その犯人だったやつが、」

また即座に英二が微笑んで答えてくれる。
それに素直に頷きながらも周太は、内山にも笑いかけた。

「ん、そう。逃げようとしたから怪しいな、って…内山の話してくれた事例は、不法侵入だっけ?」
「そうだよ、法律事務所に裁判の相手方が、乗り込んだんだ、」

精悍な笑顔が頷きながら答えてくれる。
こんどはそれに対して英二は相槌を打った。

「闇金絡みだったよな?それで弁護士に直談判しに、勝手に入りこんだんだろ?」
「ああ、受付を通らずに非常階段から入りこんだんだ、」

そんなことされたら怖いだろうな?
でもセキュリティはどうだったんだろう?
そう首傾げた隣で英二が、内山に相槌を笑いかけた。

「それで秘書の人を掴まえて、債務者の居場所を聞き出そうとしたんだよな?」
「そう、それが脅迫まがいでな。それで通報が来たんだ、」
「物騒だな、そういうのって多い?」
「うん、俺のところは法律関係のトラブルは多いな、」

頷いて答える内山の貌が、生真面目に困り顔になっている。
内山が所属する麹町警察署は管轄に法律事務所も多い、だから、こうしたトラブルも多いのだろう。
やっぱり地域の条件が事件の特色にも直結するんだな?そう考えて口を開きかけた時、隣から英二が微笑んだ。

「そろそろ俺たち部屋に戻るな、勉強の予定があるんだ、」

そんな予定あったかな?

首傾げて周太は記憶を辿った、約束を英二としていたろうか?
そんな周太の腕を優しく掴んで、もう英二は立ち上がってしまう。

「またな、内山。おやすみ、」
「おやすみ、忙しいのに時間くれて、ありがとな、」

内山も笑って立ち上がる。
なんだか予想外に早いお開きだな?すこし途惑いかけた周太に、内山は笑いかけてくれた。

「湯原、昨日今日とありがとう、」
「ううん、こっちこそ。美代さんも楽しかった、ってメールで言ってたよ?」
「俺も楽しかったよ、また小嶌さんに伝えておいて。おやすみ、湯原、」
「おやすみ、」

笑い合って内山は、深堀達の輪へと入って行った。
それを見送った周太を英二は、横抱きに抱え上げた。

「搬送トレーニングさせてね、周太、」
「…あ、ん…」

またするなんて、英二は練習熱心だな?
感心しながらも周太は首傾げて、英二に話しかけた。

「ね、英二は内山と話すの、好きだよね?」
「どうして?周太、」

廊下を歩きながら笑って尋ねてくれる。
その笑顔に見惚れそうになりながら、周太は思ったままを言った。

「だって今もね?俺と内山が話すより、英二と内山が話す方が多かったよ?だから英二、今度はふたりで話したら?」
「周太と一緒ならね、」

そう言って笑うと英二は鍵を開けて、周太ごと部屋に入ってくれる。
やさしくベッドに降ろしてくれる貌を見上げて、周太は首を傾げた。

「ん?俺と一緒だと、ふたりでゆっくり話せないよ?」
「それで良いよ、周太が重要なんだ、」

即答して笑ってくれる。
けれど言ってくれた意味がよく解からなくて周太は尋ねた。

「ね、なんで俺が重要なの?」
「重要だよ?周太が居ないと俺、意味ないから」

答えて英二は、可笑しそうに笑いだした。

…なんで笑うのかな?…あ、もしかして美代さんが言ってたこと?

ふと英二の態度に気がついて、首筋が熱くなった。
もしかしたら美代が言っていた通りなのかな?そう思うと気恥ずかしい。

―…宮田くん、内山くんに嫉妬してるのかもね?
湯原くんが内山くんと話していると、必ず来るのでしょ?それって、2人きりで話すのが嫌だからかな
宮田くんが恋をするのは、男とか女とかは関係なくて、そのひと自身を好きになるでしょう?
湯原くんの恋人としての魅力を一番知ってるの、きっと宮田くんよね?他の人が恋しちゃうかもって思うの、仕方ないね?

ほんとうにそのとおりだったらちょっと、はずかしいな?
これから意識してしまいそう、英二以外の誰かと話すたび、いつも。
美代が言うよう男女関係ないのなら、360度すべてが英二の「嫉妬」になってしまう?
こういうのは、同性同士の恋愛ならではの悩みかもしれない。

…意識しちゃう、困ったな?でも…嬉しい、な、

こういうのは、ちょっと困る。けれど、そこまで想われている事も、嬉しくて。
そして幸せがそっと、また心へ舞い降りる。





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