夜波ログ-グ-

おはようございますzzz ぐだぐだなほぼ日記ブログです。

坊主萌え!

2013年06月11日 18時31分35秒 | 腐女子とかBLとか妄想とか
ある意味、大変申し訳ない話…(´・ω・`;)

先日に施餓鬼法要に行ってまいりました。
お寺の住職さんを真ん中に左右両側を6人?(あれ8人だったか)で囲んで座って皆さんで合唱もとい読経。
子坊主さん的な(でかいけど…)若い方々が鳴り物を持ったり、お供え物をそなえたり、塔婆を移動させたり、お手伝いに走り回っていました。

一昨年まで毎年見ていたので見慣れていましたが、坊主がこんだけ集まるとけっこう壮観です。
たぶん座って御経を唱えている方々はどこかのお寺の住職様とか偉いお坊様なんでしょうね。

ということで、住職様を囲って御坊さまの1人に萌えておりました。
痩せ形で背も高くない。きゅっと厳しい顔を崩さない。
勝手に思うこと、緊張じゃないんだよ、きっと厳しい人なんだよ。
自分にも他人にも厳しくていろんなことに妥協できなくて許せなくて、ただでさえ角が立つ。しかも仏教の教えは厳しいばかりでは物事に縛られることとなり忌避すべきことになってしまい、正しくある姿を全うしようとしすぎる姿が正しくない。
煩悶の渦のなか、それでも正しくある姿を求めて修行に励む。

そこが私の萌えツボです。
あ、なるほど、ああいう姿をストイックというのか。

しかし自分、徳を積んで、積んだ徳を餓鬼に施すというなかで、煩悩を垂れ流してどうする。

* * *

そもそも、私の人生で最初に道を間違ったのは、行基かっこいい(>w<) だったような気がします。
奈良時代はじめ聖武天皇が大仏を造りはじめる辺りで、国(という形を成していたのかは知らないが)の言うことを聞かずに、勝手に寺院を出て市井をまわり、民衆を先導(ある意味扇動)して勝手に道や橋を造っていた人。と、当時みた「まんが日本の歴史」に描かれていました。
体制側としては国に逆らう危険人物とみていたのだけれど、民衆人気を見込んで大仏建立の旗印にしましたというお話。
(´・ω・`)
この前時代劇ドラマになっていましたよね。中身は見ていませんが、行基がドラマに!と小喜びしていました。

アウトロー(日本語で無法者)で、自分を持っていて、自分で理不尽としたものには断固と闘うという人が大好きなのでしょうとも。

鑑真なんかも当時の中国に許されないのに何度も逆らって渡航してきた人ですし。

空海さん最澄さんに萌えないのは多分体制側の人に見えるからでしょう。放浪している坊さんが好きですね。

要するに、権力側と相反する方に指向がいっているわけです。
僧というのは、日本の人間社会から離脱した人たちなので、元からして権力体制とは反対の存在なわけですね。跡目相続の争いの種になりそうとか、同じく相続争いや権力抗争に敗れたとか、自分が関わっていなくても嫌気がさしたとか、社会や自分に絶望したとか。歴史の脇道街道万歳。

そんなものに指向が向いている自分が多くの人と同じ方向むいて、大きな流れに乗って生きていけるわけないんだぜヤッフゥ(^o^)b とか言ってみる。
まあそう考えると色々納得とういか、また腑に落ちます、はい。