あっという間に夏休みです。
一学期は喘息も比較的おとなしく息を潜め、大きな発作もなく、息子は学校を一日欠席しただけで済みました。
また、新しい学校で「魚鱗癬という持病を一からみんなに理解してもらう」という使命もあったのですが、「一泊移住でお風呂をどうするか」という問題以外は特に何もありませんでした。
「一泊移住の風呂は、基本みんなと一緒に入るんですけどね」
相談すると、体育会系バリバリの若い担任の先生は表情を曇らせました。受け持ちは体育で、担任を持つのは今年が初めてだそうです。
「魚鱗癬で皮膚の屑が落ちてくるし、この子がお風呂に入るとお湯が真っ白に濁ってしまうんです。六年生の修学旅行では、みんなと別で個室のお風呂に入れて頂きました」
私が先生に説明すると、隣にいた息子も横から口を出しました。
「俺の皮膚ザラザラやから、みんなが俺の全身見たらびっくりするで」
「何か言ってくるやつがおったら、先生が守ったる」
先生は息子から私に視線を移し、一呼吸おいて口を開きました。
「風呂と言っても、ゆっくり入る時間はないんですよ。体をさっと洗うくらいで終わりですわ」
「……はぁ」
「ですから、風呂はみんなと一緒でいいですかね?」
先生の押しに、私は息子の顔を見ました。
「ユウはどうなん?」
「じゃあ、それでいい。みんなと一緒にお風呂に入るわ。シャワーだけにしてお風呂には浸からへん」
実際、何の問題もなく一泊移住を終え、息子は楽しそうに帰ってきました。
「カヌーとカヤックは違うんやで」
そこから息子の話が始まって、青少年自然の家であったことや体験したことを生き生きと語ってくれました。
暑くなってくると息子の肌のひび割れや黒ずみはなりを潜め、肌は焼けて別の意味で真っ黒になっていきました。
なのでよく聞かれます。
「運動部?」
……と。
「いえ、科学部です」
科学部は室内活動で週に一回あるかないか。……なのですが、別で活動している鼓笛隊のマーチング練習が外練なので、運動部に負けないくらい日焼けしているのでした、はい。
問題は学力の方です。
中学校は放課後に面倒を見てもらえる施設がなく、主人のはからいで、学校から徒歩三分のおばあちゃん宅で放課後お世話になっています。
「全く勉強せぇへんねんけど」
仕事帰り。息子を迎えに行くと、おばあちゃんは心配そうに言いました。
「いつも通りですね」
と返す私。
「宿題が終わったか聞いても、『今日は宿題ないねん』とか『休み時間に全部終わらせた』とか言うねん」
「ユウは家でもそんな感じです。どこまで本当なんだか……ねぇ」
語尾を強調しながら息子を振り向くと、顔を真っ赤にして「本当やもん」と憤慨するばかり。
中間テストも期末テストも息子が勉強している姿は全く見受けられず、それでも息子は「テスト勉強してるもん!!」と主張するのでした。
そしてテスト結果は、平均点。
「やることやってんのかやってないのか分からん……」
口うるさく息子に「勉強しろ」と言うのは逆効果。
私もどこまで信じていいのか分からないので、ひとまず追求することをやめました。
……そう、三者面談の時までは。
クーラーの効いた教室で、担任の熱血体育会系先生と向き合う息子と私。
目の前に広げられる、通知表とテスト結果のグラフ。
緊張の雷が走ります。
「各教科に共通して言えることは」
担任の先生は指折り数えながらゆっくりと話し始めました。
「忘れ物に課題提出物忘れ、プリントやノートの管理ができていない。あと字が汚い」
……やっぱりですか⁉︎
「小学生の時も同じことを言われていました」
私の隣に座る息子はうなだれています。この三者面談を嫌がっているのは明白。
先生は息子と私の顔を交互に見て言い切りました。
「これだけ忘れ物して提出物を出さずに平均点取ってる子、はっきり言って他にいないですわ」
絶句。
コウはミドリにしてトリはいよいよシロくヤマはアオくしてハナはモえんとホッす……じゃなくて。ショックで言葉が出てこない方の絶句です。
「へぇ?」
今のセリフを古印体にしたい勢いで、私は息子の顔を見ました。
「あはーっ」
気まずそうに笑う息子。
「通知表がこの数字なのは、忘れ物や態度なんかも加味されているからです」
先生がダメ出しして、息子は背を丸め小さくなりました。
「お前、この成績見てどう思う?」
「はい、悪いと思います」
先生に話を振られた息子は、蚊の鳴くような声で答えました。
「忘れ物したり提出物を出さない子って、正直それ相応の点しか取れないものです。だから頭は悪くない…普通だと思いますけどね」
先生、フォローありがとうございます。
しかし、そおいう問題ではないのです。
「『宿題終わった』とか『宿題ない』とか、騙したなおいっ‼︎」
私は目で息子に訴えました。伝わっているのかいないのか、息子は相変わらず身を縮めるばかりで。
とりあえず。
息子は家で宿題ができない子なので(小学生の頃は、放課後のいきいき教室で宿題をしていた)、中学校で申し込みしているけどほとんど行ってない「元気アップ学習会」 で宿題させたいという話を先生にしました。
でも先生の反応はイマイチ。
「あれは、勉強できない子が行く場所なんですよ。ユウはどうせ行っても○○君と喧嘩するだけやろ」
息子は沈黙したままでした。一方の私は、脳内にハテナマークが飛び散るばかり。
「……はい? いや、ユウは宿題できないし勉強できないんですが」
「この子は元気アップ学習会に行かなくてもいいですよ。おばあちゃん宅で宿題した方がいいです」
何気にサラッと断られました。
そして先生、今度は息子に向かって言いました。
「ユウ、おばあちゃん宅で宿題しぃや」
「はい」
……解せない…………。
小学校でもそうだったけど、息子は人間関係でつまずいているみたいです。これも大きな課題だなぁ……。
仕方ないので、今後、息子には宿題を自己管理してもらわないといけませんね。
そして手渡された夏休みの宿題一覧表。
「なくすやろ? 三枚渡しとくわ」
三枚いただきました(笑)。
宿題多いっっ‼︎ しかも二学期は八月二十五日から。
大丈夫かこれ? 自己管理して宿題全部クリアできるのか息子よ⁉︎
おまけに夏休みは鼓笛隊が忙しすぎて、ほとんど家にいない状態。向こうの勉強会で宿題を終わらせないとピンチだぞ、これ。
後日、息子なりのペースで宿題をやってはいましたが、鼓笛隊の他の子の親は「うちの子はずーっと宿題やってる。もうほぼ終わりやで」と言っていました。
我が家の息子はずーっと延々本を読んでいて(主にラノベ。最近『キノの旅』にはまっている)、その合間に宿題するレベル。
いや、比べたら駄目なんですが、親としては焦ってしまいますよね。
はて、息子はおばあちゃん宅で毎日何をやってるんだろう。
おばあちゃんに聞いてみました。
宿題や勉強は……相変わらずやってないようで。あ、でも時々ノートやプリントを広げているようで。
英語の宿題やってたって? おお、懇談会でちょっとは反省したのかな??
「ユウは帰ってきたら、おじいちゃんに『ただいま帰りました』ってあいさつするねん。一緒に買い物に行ったら『おばあちゃん重いやろ』って荷物持ってくれるし、『肩こってない?』って肩揉んでくれるよ」
そこは、おばあちゃん嬉しそうに言ってくださいました。
「神社の夏祭りにユウと行ってきたよ。クジ引いたけど、福袋の中身は小さい子向けのおもちゃばっかりやったわ。かき氷は落としてしまって」
ちゃっかり、おじいちゃんおばあちゃんに甘えているようです。
中学生になってもまだまだ子供の息子。
友達のS君(小学五年生)に身長も体格も負けていたのですが、最近ようやく縦に伸びてきました。
「なぁなぁ、ユウのお母さん。どっちが身長高い?」
この前、息子とS君が二人並んでいる時、S君に声をかけられました。今まで何度も聞かれ、いつも「S君の方が高いね」と言っていたのですが、今回は違いました。
「ユウの方が少し高くなってるね」
「やったぁ! よっしゃっ」
息子は思わずガッツポーズ。ずっと気にしてたもんね……身長。
一方のS君は苦笑い。君は多分、もっと身長が伸びると思うよ。
そんなこんなで息子の中学一年生一学期は過ぎていき、夏休みに突入しました。
「お母さん、行ってきます」
大きな荷物を背負った息子は、玄関で私を振り返りました。
「喘息の薬は持った? 日焼け止めは? 帽子は?」
「うん、全部入れた」
決して身体が丈夫とは言えない息子ですが、真っ黒な顔でうなずき、走って鼓笛隊の強化合宿に飛び出して行ったのでした。