前回も書きましたが、息子は自分で飲む薬の管理が全くできません。
発作がない時は全然薬を飲もうとしない。発作が出たら、楽になりたいが為に必要以上に飲んでしまう。
そんな悲惨な状態でした。
もう小学六年生も半ばを過ぎたというのに……。
こ、このままではいかん。
いい加減焦りを感じるようになってきました。
息子は一人で外泊する機会が増えたので、薬を自己管理できるようになる必要が出てきました。それに、私が末永くつきっきりで、息子の薬の面倒を見ることはできませんからね。
まず、本人に「薬を飲まなければ喘息発作が出て苦しくなる」という自覚を持たせるべきだと思いました。
こんこんと説明しても「はいはい」と適当に聞き流すだけの息子。
「喘息は死ぬ病気なんやで」
「……うん」
目を合わせて真剣に言うと、さすがに息子はこくりとうなずきました。
「息ができなくなって死ぬんやで」
ごちゃごちゃ言わずに、私は短く言い切りました。
「喘息の薬を飲みすぎて死んだ子もおるで。薬は適切に飲まんと毒になるんや」
息子は首を傾げました。
「何で薬が毒になるん?」
「麻薬は、ちょっと使えば薬になるけど、たくさん使ったら廃人になるやろ?」
「へぇ」
「喘息の薬も一緒や。ちょっと使えば体が楽になるけど、たくさん使ったら死んでしまう」
この説明で息子は納得しました。
でも、それでは一時的に理解したにすぎません。今度は、実行する為のツールを用意することにしました。
翌日、私は息子を連れてダイソーに行きました。
以前、一ヶ月分のポケットがついた壁掛けを見かけたことがあったからです。その壁掛けに一日分の薬を入れておけば、飲み忘れても自分で気づくことができます。
思った通り、その壁掛けはダイソーに吊ってありました。
しかし。
「一日分の薬は入れられるけど、朝・晩とか分けられへんしなぁ」
う~ん、息子レベルでは難しいかもなぁ。
悩みながら、私は他の商品も見て回りました。
すると。
「おっ、これいいやん」
ダイソーの医療用品コーナーに置いてあったお薬BOXが、ペッカーンとまばゆく輝いて見えました。
それは一週間分のお薬BOX。
一日分が「朝・昼・晩・寝る前」と印字の入ったBOX四つ×七日分です。一日分ずつBOXの取り外しができるので、外泊時にも簡単に持ち運びできます。サイズも壁掛けに比べてコンパクトだし、申し分ありませんでした。
「これや!」
速攻で、違う商品を見ていた息子を呼び寄せました。
「これ買ってあげる」
「俺に?」
「うん」
「やった! 買って」
自分専用というのが嬉しかったのか、お薬BOX購入(108円の出費なり)で息子のやる気がUPしました。
その日は私がBOXに薬を入れましたが、数日後、自分でBOXに薬を入れる息子の姿がありました。
錠剤を一錠ずつハサミで切って、BOXにポンポンポンッ!
…この作業、地味に楽しいです……。
朝と晩と寝る前。このお薬BOXは薬の場所が細かく分かれて印字が入っているので、以降、息子は薬を飲み忘れなくなりました。
飲み忘れかける時もありますが、他人でも一目で分かるので「薬残ってるよ」とすぐ声をかけることができます。
「あ、忘れてたわ」
気づくと息子はすぐに立ち上がって、「今日何曜日やったっけ?」とか言いながら薬を飲むようになりました。
吸入器はお薬BOXに入らないので、BOXの横にセットしています。
お薬BOXは、たかが108円されど108円。
この商品を考えた方に感謝感謝です。
「ぜいめいが酷い。吸入しても症状があまり改善されないので、入院が必要です」
駆け込んだ府立病院の時間外窓口で、私と息子は若い医師にそう宣言されました。
「え~、また?」
マルコメ君よろしく髪型チェンジしたばかりの息子は、露骨なしかめっ面で溜め息をつきました。
呼吸する度に胸が陥没し、しゃべる度に息が切れる。明らかにいつもより強い発作で、来院前から何となく覚悟はしていました。
はい、恒例の喘息です。
平成二十六年十一月に入院したので、今回の入院は十ヶ月振りになります。去年は息子の入院拒絶反応が激しくて困らされましたが、今回は割とすんなり受け入れてくれました。
よかった。
「季節の変わり目ですからね。今、入院する三人に一人が喘息のお子さんですよ」
医師は息子の胸に聴診器を当てながら言いました。
「喘息児って、そんなにたくさんいるんですね」
ホント、びっくりしました。
息子は吸入と点滴の処置をしてもらい、取り敢えず空いたベッドのある病室に移動しました。
そこは小児科のナースステーション直近の部屋で、三人の小さな重病患者が静かに寝ていました。全然動かなくって、しゃべらなくって、酸素送って食事もチューブで……そんな子供達の部屋は異常なくらい静かでした。
処置する看護師さんも数人がかりだったり、ちょっとした体調の変化にも気を遣っていたり。
「魚鱗癬や喘息を抱えて病弱だけど、ユウは学校に通って笑って走り回れるだけありがたいわ」
病室を眺め回しながら、私はそう思いました。
静かな部屋なので、息を切らしながら一人ベラベラしゃべる息子の声は目立ちました。看護師さんに注意されるどころか、むしろ話し相手になってくれました。
あれ、静かにしなくていいのかな?
今までは完全看護か親が付き添うかを選べたのですが、今回は違いました。
「もう六年生だし、一人で大丈夫やね?」
呼吸の落ち着いた息子に看護師さんが当然のごとく尋ねました。
「うん」
あっけらかんと即答する息子。どこか寂寥感を感じる私。
……いや、ここは息子の成長を喜ぶべきところなんですけどね。ああ、子離れできてないことを実感………。
息子の入院に必要な荷物を取りに自宅へ戻ると、主人まで風邪で寝込んでいました。
「ダブルパンチや!」
こちらも放ってはおけないので、ご飯食べてもらって薬飲んでもらって、ひとしきり終わってから病院に戻りました。面会時間終了まぎわで小児科病棟に滑り込んだのですが、「時間オーバーしても大丈夫ですよ」と看護師さんに言われていたので焦らずに済みました(私、焦るとドジするもので……)。
「遅い!」
喘息の子供達が集う部屋のベッドに移動していた息子は、私を見上げて唇を尖らせました。
「お母さんのこと、めっちゃ待ってましたよ」
奥のベッドで小さな娘に付き添う若いママさんが、声を立てて笑います。
「色々しゃべってくれて、面白い子やね」
息子よ、いつの間にか同室のママさんと仲よくなってますやん。誰とでも仲よくなれるなんて、人見知りの激しい私からすれば羨ましい限りですわ。
それにしても、お母さんを「めっちゃ待ってた」と聞いて嬉しいのは何故でしょうねぇ~。
去年の入院と比較すると、息子の回復は目覚ましく、四日で退院することができました。
その間におばあちゃんがお見舞いに来てくれたり、宿題を(嫌々)こなしたり、プレイルームのマンガを読みあさったりして、息子なりに入院ライフをエンジョイ(?)していたみたいです。
「ひまひまひまひま~」
仕事帰りに面会に行くと、決まってそう連呼していましたけどね。
私は仕事があったので、退院手続きと息子の迎えはおばあちゃんが行ってくれました。いつも助けて下さってホント感謝しかありません。
今後の課題は、薬での喘息発作コントロール。
退院翌日から息子は学校に行くことを許されました。
そして退院翌日の朝。
「ご飯食べたら、壁掛けに入ってる薬を飲んで吸入するんやで」
私が息子に声をかけると、「分かってる」というふてぶてしい生意気な返事が返ってきました。
快晴の陽が差し込む玄関で、久々にランドセルを背負った息子は靴を履きゴミを持って家を出ました(保育園の頃からゴミ出し担当です)。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
バタバタ動きながら私は息子を見送り、ふと薬を入れている壁掛けに視線を向けました。
すると……残っていました。喘息の薬が。
「なぬっ! 『分かってる』と言いながら分かってないやん。さっそく薬飲んでないやんけ!」
叫んでも時既に遅し。息子の姿はどこにも見えませんでした。
その日の夜。
「はい、薬。今ここで飲んで」
食後息子に薬を手渡し、目の前で飲ませたことは言うまでもありません。