集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

「実戦から派生したイビツな武道」を裁汰するの文

2020-10-10 19:46:26 | 格闘技のお話
 皆様は「銃剣道」なる武道をご存じでしょうか。
 弊ブログの読者諸賢にはおそらく不要な説明でしょうが、いちおう説明いたしますと、1.65メートルの木銃(この長さは、三八年式歩兵銃に着剣した長さ)で相手をド突き合う競技であり、その成立は明治の国軍建軍にまでさかのぼります。
 この競技はいまや、日本武道館公認の「日本傳武道」となっており、国体競技にもなっております。まあ、選手はほとんどが自衛官ですが(;^ω^)。
 
 ただ、銃剣道の本来意義は、白兵戦の時に敵の兵隊を突き殺すための技術であるべきところ。
 それがなぜか、かなり早い時期から競技化が進んでしまったがためにその実戦性を喪失し、何ともいえないイビツな発展を遂げてしまったということも、忘れてはいけないと思います。

 「そこが変だよ自衛隊!」(大宮ひろ志・光人社。文庫版は光人社NF文庫)によりますと、平成初年ごろの陸自における選手要員の処遇は、以下の通りであったそうです。
「ほとんどの部隊長が選手要員となる隊員の戦闘能力がいくら下がろうが、お構いなしに合宿隊を結成させ、一般の戦闘訓練や特別勤務をまったくさせずに銃剣道ばかり訓練させるのである。
 こうした期間は部隊によってさまざまで、師団の大会を目指す連隊での合宿では三カ月から一年近くに及ぶこともあり、全国大会を目指す選手になると、この期間はさらに延長される。」
 で、そうした環境で「試合に勝つ」ことだけを徹底して植え付け、何よりも優先させた結果、選手がナニをし始めるかと言いますと…木銃に細工をするようになります。
「選手要員のほとんどは、木銃をさらに軽くするためナイフなどで削って、これを細くしており、試合中に突きの衝撃に耐えきれなくなった木銃が折れてしまうなど別に珍しいことではない。
 しかも、この改造がエスカレートしてくると、木銃の先端についているゴム製のタンポの中に五円玉を詰め込んだり、右手の握りの部分を後ろに削って少しでも剣先が前に伸びるよう改造してしまうのだ。」

 こうした武道にあるまじき?脱法行為?は戦後の自衛隊だけの話かと思いきや、戦前の旧軍、しかも昭和初期の旧軍でも普通に行われていたようです。

 陸軍エッセイの名手・棟田博先生が「陸軍よもやま物語」のなかに、棟田先生が所属していた中隊イチの使い手と謳われていた、大江という銃剣道選手の「改造木銃」について書いています。
「大江くらいの剣士ともなれば、官給品ながら彼専用の木銃を持っていて、他の者には絶対使用させなかった。」
「タンポのついている剣尖から、剣身の長さに亘る部分を、小刀とやすりで削り取って、細身に仕上げているのだった。」
 先ほど、自衛隊の銃剣道選手が軽量化のために木銃を削っていた、という話をしましたが、実はこの木銃削りにはもうひとつ意味がありまして、
「相手を刺突したとする。すると細身にしてあるので、しゅんかん、木銃が弓なりに撓る。見た眼には、いかにもしたたかに刺突したかに映じる。審判は、一本を取る。それが細工のねらいなのであった。」
 なるほどというか、ウーンというか…けっきょくこのエッセイにおいて、大江上等兵は連隊大会において決勝まで進出したものの、過度に細身にした木銃の改造がたたり、競技中に木銃が折れて相手に一本を献上、敗退したというオチがついています。

 その後、現役兵としてのお勤めを終えた棟田先生は、シナ事変の勃発に伴い予備役として徴兵を受け、そこで満州事変に現役兵として従軍した湯浅五郎という後輩上等兵から、いわゆる「白兵戦の実態」を聞くことになります。これまた、上掲書から引用いたします。
 「馬占山軍(満州事変から終戦にかけ、満州全土で暴れまわった男の私兵。満州事変当時は張学良軍の一味として、関東軍と対決)の兵隊は、大綿入れの軍服を着ていたので、よほど力を込めて刺突しないと突き通せなかったです。
 刺突しそこなうと、あれはやり直しがききません。自分の戦友のひとりは、銃剣が綿入れにからみついてぬけないで、まごまごしているところをやられました。」
 …上記の湯浅上等兵のような状況に立ち至った際、旧軍・陸自をふくめ、試合で軽くて折れやすい改造木銃を振り回すことに狎れた「銃剣道選手」たちがどういう末路を辿るであろうか…しかも現代の戦闘において敵の兵隊は綿入れどころか、普通にボディアーマーを着けているぞ…自衛隊銃剣道選手、どうするんだ…などと考えますと、すくなくともワタクシはその末路について、ネガティブな答え以外導き出すことはできません。

 今回は「実戦から派生したイビツな武道」の例として銃剣道を取り上げましたが、世の中にはこのほか、ワタクシの終生の敵・タイーフォ術の防具組手を筆頭に「『実戦』を謳うエセ武道・エセ格闘技」が山のように存在し、善男善女を誑かして憚りません。
 「実戦から派生したイビツな武道」を推進する輩は、自らのやましさを糊塗するため?よく「競技は平時の実戦なんだ!だから試合で勝つことは重要なんだ!」などという世迷いごとをタレて恥じないわけですが、そうした手合いが「ガチ実戦」で役に立ったことがあるか?
 ワタクシの知る限りではありますが、「実戦から派生したイビツな武道」関係者で、真に実戦に役に立った者はゼロとはいいませんが、非常に少ない。
 試合に勝つためかけた労力や時間のことを考えると、ただただコスパが悪い!だいいち、結局何のために「イビツ武道」に勤しんだのか、本末が転倒している!としか言いようがありません。

 これは余談ではありますが、「競技は平時の実戦」を標榜する輩の多くは、「競技」に携わることでその組織内における地位を固め、優位にふるまおうとするスケベ心満載のゴミ人間であることも、末尾に付記しておきます。

 武道・格闘技をやる場合にあっては、かならず実戦のひと滴を忘るべからず。それを失念したものは武道にあらず、格闘技にもあらず。
 少なくともワタクシは、そのように心得ております。

2 コメント

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Unknown (老骨武道オヤジ)
2020-10-10 22:58:55
いやはや困ったものですな・・実戦を前提にした訓練にかような邪道がまかり通るとは・・武道の本質は命の駆け引きを前提にすることから“ミーハースポーツ”にはない凄まじい猛者を養成するのが目的と考えますが・・マア、空手の形競技でも武道の本質を小ばかにして“歌舞伎のような形”を打って好成績をあげるバカモノがいますが・・そもそもそれが分からない三流審判員がおりますにで・・困ったものです・・チャンチャン!!
ありがとうございます! (周防平民珍山)
2020-10-14 19:19:12
 老骨武道オヤジさま、いつもありがとうございます。また、いつものように?コメ遅れてしまい、本当に申し訳ございませんm(__)m。

 武道をする人間の中には、いわゆる「実戦」を常に念頭に置いているヒトと、そうでないヒトとが存在し…その意識の乖離というのは常につきまとう問題ですね(-_-;)。
 老骨武道オヤジさまも、空手の世界でお困りのように、ワタクシもまあ、実戦を忘れたカナリヤの存在には困っておりまして(-_-;)…いやはや。

 またよろしくお願いいたします!
 

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