集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
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高専柔道はなぜ「練習がすべてを決する」柔道たり得たのか(その2)

2020-09-03 18:03:20 | 格闘技のお話
寝技柔道の今一つの特色は、その多彩な締め・関節技にありますが、これまた、高専柔道が「持って生まれたセンスを問われない」「練習がすべてを決する」を裏付けるものとなっています。

 証言集などの文献を顧みまするに、高専柔道の練習形態は
①「こういう技ができるかもしれん」という仮説を立てる
②その仮説を、力学などの知識を応用して形作る
③技練やスパーリングでその効果を確認する
④試合で使う
という流れができており、「新技の研究は武道場の窓を閉め切って見せないようにした」とか、「去年の新技は、今年はみんなができる技になっていた」といった具合に、新技開発が実に盛んにおこなわれていました。
 その証言を読めば読むほど、なんだか「武道の練習」というより、受験勉強か科学の実験を見ているような錯覚に陥ることがあります。

 この高専柔道独特の練習への取り組み方は、高専柔道の選手だった秀才たちが、締め・関節技の「ある特徴」に気づいていたからこそ生まれたものだ、とワタクシは考えております。

 締め・関節技には立ち技と比べて異なる、ふたつの特色があります。 
 ひとつは「寝るとよく極まる」。もうひとつは「知らない技は簡単にかかる」。ここでは後者のほうに目を向けていきます。

 ひとくちに「組技」と言っても、着衣のあるなしでそのありようはずいぶん変わります。
 丈夫な持ち手があるということは、エネルギー効率論の観点から見れば「自分の持つパワーを、よりロスなく相手に伝ることができる」ということ、また、「着衣のあらゆるところを攻撃の起点にできるから、技の種類が増える」ということに繋がります。

 いちばん分かりやすい事例を出しますと「MMAとBJJ」の比較でしょうか。

 MMA(総合格闘技)は裸体、またはそれに近い着衣(ラッシュガードなど)で行われますから、掴む場所が極めて限定されます。
 その結果、「組技」としてできる技が相当限定されてしまい、技の数が頭打ちになってしまった結果「どんな手段であれ、トップ(相手の上)を取れば勝てる」という必勝パターンが明らかになってしまいました。
 そして選手全てがみんながこれに固執した結果、MMAはかつてのような多様性が全く失われ、市場価値を大きく落としたのです。
 しかし、BJJ(ブラジリアン柔術)の世界では、今現在においても、有名選手が次から次へと多彩な様々なムーブを開発しては繰り出しており、これが競技人気の一端を担っています。
 なぜBJJは汲めども尽きぬ泉のように、次々に新たなムーブが出てくるのか?
 答えは先ほどお話ししたとおり。「道着があるから」です。
 道着を持つ位置を少し変える、彼我の体勢を少し変えるだけで、そこから繰り出される技には無数の分岐ができ、フィニッシュもまた、多様なものになります(特に、ポジショニングで得点が入るBJJはそれが顕著ですね)。

 高専柔道をやっていた秀才たちは、「技は知らなかったらカンタンにかかる」ということを、豊富なスパーリングの経験で知っていました。
 また、道着があれば、技は無限ともいえるほど、バリエーションの広がりがあるということも、同じように知っていました。
 そこで秀才の彼らは、自らの攻撃力を「フィジカル」ではなく、「相手の知らない技の数と精度」に収斂させ、それを以て相手を圧倒しようとしたのではないか、と思うのです。
 そして、知恵を絞り、実験を重ねた技が、試合で見事に成功したときの嬉しさ…というのは、秀才の彼らが知恵を絞って勉強を重ね、テストで素晴らしい点を取ったときの嬉しさととてもよく似た成功体験だったからこそ、「高専柔道」というものが旧制高校・高等専門学校という高等教育機関でのみ発展したのではないか、とも思うのです。

 ただ、そうして隆盛を極めた高専柔道ですが、これを「武道」と言っていいのかと考えた場合、ワタクシは甚だ疑問に思います。

 武道というのはいわゆる「実戦に供する」ということを、ほんの一片でも残しているからこそ「武道」であって、徹頭徹尾寝て勝負することがいわゆる「実戦」に役立つかと言われれば、ワタクシ個人の観点としては、極めてネガティブな評価を下さざるを得ないのです。
 これについて、寝技万能主義者は「ブラジルのケンカでは人垣を作って、1対1で勝負させるから、寝技も実戦的なんだ」とか、「戦国武将の組討ちでは寝技が実戦的だったんだ」などと言います。
 しかしここは日本ですから、まずは日本で使えるものを第一に考えなきゃいけないですし(だいいちブラジルの暴力沙汰は、銃やナイフがいきなり出てくる)、戦国時代の話なんか持ち出されても、「今使えない」のであれば、それはもう、武道とは言いません。

 これはワタクシ個人の考えですが、高専柔道は柔道から武道的な牙を抜き、実戦的概念を一切排除したがゆえに、「やる人の資質を選ばない」「練習と努力がほぼ正比例してモノを言う」格闘技となったんじゃないのか、と思うのです。

 実はこれとよく似た現象が、明治期の沖縄で起きています。
 糸洲安恒(1831~1915)という手(ティ)の大先生が、手を学校教育に取り入れるにあたり、形のなかから実戦的要素を排除して「体育」とすることで、空手の愛好家や修行者を増やし、人口に膾炙させる一助を担いました(Youtube・無想会チャンネル動画「【空手歴史】糸洲なくば空手は存在しない!」より)。
 「修行者や理解者、賛同者を増やす」というのは、どの武道やスポーツにおいてもいちばん困難なことであり、「こういう修行さえしてればいいんだ!」という態度では、いつまで経っても賛同者は得られません。
 そういった意味で、柔道から武術的な牙を抜いて競技人口を爆発的に増やした…つまり、嘉納治五郎がやろうとしてなかなか成功しなかった「柔道のスポーツ化」を、本家講道館に先駆け、いの一番に果たした高専柔道というのは、日本柔道史のなかにあっても実に驚くべきイノベーションであり、それをカネや権力のあるオジサンたちでなく、学生たちが自助努力で作り上げたというところに、高専柔道の本当の凄みがあると思うのです。
 
 高専柔道は終戦後、学制改革により自然消滅に近い形でなくなりました。
 その後、高専柔道は「七帝」という形で残っていますが、戦前のように、社会に影響を及ぼすムーブメントになることはありませんでした。
 でも、それでいいと思います。
 高専柔道は、「戦前の学制」があってこそのもの。真のエリートを作り出す教育を放棄した現在の「6・3・3・4」学制で、そういったモノが自発的に作れるとも思いませんし、無理に作ったところで、どうせロクなものができないのは目に見えているからです。

 高専柔道は古いお寺やお城のように、むかしの姿のまま、そっとしておくのがイチバンいい。
 高卒バカのワタクシは素直にそう思っています。

【蛇足】
 今回、なんで高専柔道にフォーカスしたお話を書いたかといいますと、実は某小説投稿サイトに、高専柔道をモチーフにした小説をチョコマカと投稿しており、それに使おうとした「ネタ」がオーバーフローしたためです。
 現在、「その19」まで掲載していますが…題材が題材なので、読まれた痕跡はほとんどなく、評価ポイントも二桁中盤というありさまなのですが(;^ω^)、どうせ読者がいないからこそ好き勝手書いている、ということもあり、書いている本人は意外と楽しんでいます。

2 コメント

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Unknown (老骨武道オヤジ)
2020-09-03 23:02:51
高専柔道についての捉え方、おおむねブログ主の記述に同意します。私は高専柔道の使い手が寝技に持ち込もうとした段階で接近戦用打撃技で瞬殺するつもりですが・・それはそもそも柔道戦法を知っているから成せることであり、試合用空手技のみの使い手には不可能です。よって試合では完全に反則とされる接近戦用テクニックを面白おかしく時々披露しております。他流試合はやらぬが華・・いつでも料理できる備えがあれば良いのです、チャンチャン!
ありがとうございます! (周防平民珍山)
2020-09-06 07:36:53
 老骨武道オヤジ様、ありがとうございます。
 老骨武道オヤジ様が「その1」ではなって頂いた疑問のおかげで、「その2」にかなりふくらみが出ました(半分くらい書き直しました(;^ω^))。

 これからもよろしくお願いいたします。

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