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私的コラム&雑記(&メモ)

漫画書評『圕の大魔術師』

2019-12-29 | 漫画書評

「どうかわかってください
 何のために図書館を造るのかを
 何のために本を守り 何のために本を届けるのかを
 司書達は信じているのです
 図書館の本を読み 図書館の本で育まれた子供の中から必ず
 この世界の未来を変える英雄が現れるのだと」
ーー『圕の大魔術師』

「書 それは知の結晶であり 思想を持った記号の集積であり 過去と未来を繋ぐ遺産」

 「書」とは何であろうか?
 私は欧州を放浪するITエンジニアであるが、そんな私には「書物」は叡智の象徴のように思えるのだ。

 例えば日本は先進国であるが、外国を旅してみると先進諸国は例外なく長い歴史を脈々と受け継いできたということに気付かされる。米国や豪州などは表向きの歴史は短いものの背後にある国=英国などから人材や技術を受け継いでいる。逆に、多くの発展途上国はたとえ豊富な資源に恵まれていようとも発展し損ねてきており、先進国の牙城を崩した例は極めて稀(イスラエル・大韓民国ぐらいのもの)である。
 この理由は明らかであろう。例えば、仮に鉄鉱石が埋蔵されたとしても、それで自動車を造るには数え切れないほどの技術的なハードルがある。鉄鉱石からガソリンの爆発に耐えるエンジンの製造方法を得るまでのハードルは一朝一夕には確立できず、何十・何百年にも渡って知識を積み重ねることでのみ獲得できる。
 もちろん、そのような知識は書物によってのみ受け継がれるような単純なものではないが、書物やそれを収めた図書館は、その国民・民族にとっての「知識」「知恵」の位置づけに思えるのだ。

「本を片手に冒険に出るのは最新の娯楽の一つ」

 現実世界の歴史を基に本作の世界観を想像してみたい。
 本書の世界は現代世界とは異なるファンタジー世界のため、必ずしも現代の尺度が当て嵌まるとは限らないが、作者は概ね現実世界に倣っているように見えるので、参考にはなろう。

 第三話にて司書=セドナが幼少時代の主人公=シオに、冒頭の「本を片手に冒険に出るのは最新の娯楽の一つ」と言っているが、現実社会で旅行記がブームになったのは18世紀、文化様式としてはロココの時代である。
 現実世界の場合、15世紀にグーテンベルグが活版印刷の実用化に成功したが、当初出版されたのは聖書であった。それが、16~17世紀にはヴェネチアやオランダなどの海港都市で商業化に成功する。これには重大な意味がある。手稿(マニュスクリプト)は庶民の家の一軒分ほどの値段になったが、活版印刷で商業化されると価格は数百分の一にまで下がり、商人らが手にするようになった。学校教育が始まり庶民が読み書きできるようになるのは19世紀以降なので、18世紀時点では上流〜中流階級までとはいえ、旅行記を含め娯楽小説が普及したのはそのような背景がある。

 現実世界の18世紀時点では確かに市民は力をつけてきているが、産業革命(19世紀半ば)よりは前で、機械化も進んでおらず、封建制度的な身分が色濃く残る社会である。

 本作の世界でも機械化は進んでおらず、概ね現実世界との時系列とは矛盾が無さそうだ。
 街に図書館が設立されている一方で、学校に通えない貧民が描かれていることから、これも現実世界の18世紀に近いと想像するが、言い換えれば出版数も読者数も限定的ということである。例えば書籍一冊を考えても恐らく現代日本の物価で300〜1500円前後などではなく数万円すると考えた方がよかろう。取り扱いに注意する場面が見られるのも当然であろう。

 商人が登場し経済的な豊かさも描かれるにも拘わらず、学ができる人々が目指すのが学者と司書という点が興味深い。現実世界で18~19世紀に力をつけたのは商人だからである。恐らく、封建制度的な血統的な身分制度が残っていて庶民が政治的権力を持つことはできないが、学者・司書・魔術師などは庶民がなれる職業としては社会的身分が高いという設定なのだろう。

「書を守ること それ即ち世界を守ること也」

 現実世界の出版の歴史を踏まえて本作だけを見たとき、ある程度は現実世界の歴史的な経緯を踏襲しているように見える。そんな中で異質なのが司書の扱いである。

 司書という職業の中に客を案内する案内室や傷んだ古書を復旧する修復室や外部と折衝する渉外室といった部門があるのは解るとして、本作に登場する「守護室」などという戦闘部隊まで組織されているのは、私達の知る「図書館」とはおよそかけ離れていると言える。

 しかし、本作で書物が世界に与えうる影響を比較すると戦闘部隊まで組織されるのは当然なのかもしれない。
 例えば、現実世界で知識を物理的な力に変える方法は簡単ではない。もしかすると、例えば銃の仕組を解説する書籍は見つかるかもしれないが、実際に銃を作るには幾つものハードルがあり容易ではない。これに対し、本作のような魔術が使える世界では知識をそのまま魔術という形で力に変換できる可能性がある。もし魔術書に書かれている内容を読んで魔術を習得できるなら、書物=兵器と言っても過言ではなく、書籍が世界に与える影響は直接的だ。

 ただ、仮に魔術書≒兵器と考えた場合に、この世界の「男は学者 女は司書」という区切りが妥当なのか疑問にも思う。もちろん職業による男女差別は私の望むところではないし、本書のような魔術が使える世界で男が女より強いという図式が当て嵌まるか謎だが、書物の出版権まで握る図書館は言い換えれば兵器工場のようなものである(といっても魔術書が出版されるような設定にはなっていそうにないが)。そんな場所で、戦闘部隊まで司書がやるのは現実的なのかどうか。実際、主人公=シオが受験した司書試験の中に体力測定のような内容が含まれていないのは不可解である。

「格好をつけて生きていくのは大変なんだ」

 ところで、本書では印象的な言葉が数多く登場するが、その多くは主人公が幼少期に出会う大図書館の守護室の司書=セドナの発言であろう。ネットスラングでいうところの「厨二病」的なキザな言動が目立つ。

 だが、ふと思うのだ。いわゆる「厨二病」が格好悪いのは実態が体面に見合っていないからだと。
 私は厨二病という表現を「中学二年頃の少年好みのキザな言動を引き摺っている精神病」という意味で理解しているが、二通り考えられると思っている。「大人にもなってガキみたいなことをやっている、精神的に幼稚な人」という一般的なネガティブな意味と、稀にある「大人になっても少年時代の考えを貫ける強い人」という意味である。

 本作中のセドナは、ある意味で後者のような人物として描かれている思うのだ。
 作中のセドナは登場当初(17歳。恐らく司書になって3~4年目)でも同僚から「こいつはこういう病気なんです」などと言われつつも「やるときはやる奴」と言われ、主人公=シオが司書になる僅か7年後には守護室の室長にまで上り詰めている人物である。

 ただし、見方をかえれば24歳のトップというのには不安を覚える。それほどの乱世なのかと。
 現実世界を考えると、組織に入った若手が出世するコースは様々ではあるが、平和で安定した社会では年功序列的なものである。成果を出せば多少は早く出世できるかもしれないが、複数年に渡って安定して実績を残し続けなければ出世できず、昇級するのも一階級ずつで、数年でトップになることはまずない。若手が急激に昇進するのは乱世だけである。実績を、それも実力の上下が明確に見える形で残す機会が多く、その能力に対して喉から手が出るほどの需要があるために、引き立てられるからである。
 もちろん、現実の組織と作中の組織とでは昇級の制度がことなるかもしれないが、24歳をトップにするというのには意図を感じずにはいられない。

「我々は正義ではない」

 図書館に不釣り合いで、24歳が室長を務める「守護室」。
 間違いなく今後の物語はこの守護室を舞台に展開されるのであろうが、第25話まで読んでみて、私は不安になった。

 「我々は正義ではない」という台詞は圕総代のものであり「一つの側面では私達は書を独占する悪だ」「私達は書の守護者であると同時に、書の支配者である事実を忘れてはならない」というわけだが、これこそが物語の先行きを示しているように思える。つまり、正義とはいえない「正義」と悪とはいえない「悪」とが衝突する構図である(現実世界で喩えれば宗教戦争のような)。

 第3話で主人公=シオが司書=セドナから借りた本の内容について第25話まで記されていないが、その内容が「世界を滅ぼす力がある」にも関わらず、第3話でセドナは「私が司書を目指したきっかけ」と言っているのである。それだけでなく、シオが本の内容を理解し司書になったことを嬉しいと表現している。本が壮大な計画のきっかけとなりシオがその計画の一部に組み込まれたのではと想像させられる。

 第25話ではシオとセドナの2人を「世界を守る英雄と世界を滅ぼす魔王との再会」と表現するが、ならば先が朧気に予測できる。つまり、セドナには本をきっかけとした「悪」の計画があり、セドナはそれを倒す「正義」を行う人物を必要としていた。それがシオであると。

 

 第25話まで読んでみて、私には本作が50話では終わらず100話ちかくいきそうな気がしている。
 ここまでのところ登場人物はみな魅力的に描かれているが、今後、民族同士による戦争が起こることも示されている。冒頭から流血が激しかった『進撃の巨人』ほどではなかろうが、今後は登場人物が次々と倒れることになるのだろうと思うと憂鬱である。

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