釋超空のうた (もと電子回路技術者による独断的感想)

文系とは無縁の、独断と偏見による感想と連想と迷想!!

及び釋超空のうたとは無縁の無駄話

非文系的雑談:真空と空集合(この宇宙の始まり)

2012-02-15 10:07:24 | 非文系的雑談

(以下は私の勝手な迷想だ。だから真偽の保証はないし厳密さに欠ける。)

『脳とビッグバン』(立花隆著)にこんなことが書いてある。

『インフレーションを引き起こしたもの、それは真空のエネルギーです。真空というと、全く物質の存在の存在しない空っぽの空間(ニュートン的真空)のことだと思われるかも知れませんが、物理学的な真空は決して空っぽではないのです。量子論を真空に適用すると真空も「ゆらぎ」をもっているのです。実際、真空では素粒子が生成消滅を繰り返している、エネルギーのある状態なのです。』

そもそも、この世は『無』だった。『無』は真空か? そこらがよく分からない。ただ、この世の開闢(←それ以前は何か? そもそも、この質問自体が意味をなさないのか? )後、10^(-44)後、インフレーションと呼ばれる宇宙の超膨張が始まる。これはビッグバンではない。ビッグバンは、このインフレーション後(10^(-34秒)からの宇宙の大膨張を言う。

だから、ざっくり言って『無』を『真空』の謂いとしよう、この世は『無』なる『真空』から始まった、と考えよう。

ところが、この『真空』なるものは、量子論からみると『真空では素粒子が生成消滅を繰り返している、エネルギーのある状態なのです。』。

そして、この真空のエキルギーから、この世の一切がスタートする。時間が生まれ、空間が生まれ、素粒子が生まれ、星が生まれ、銀河が生まれ、生物が生まれ・・・挙句の果てに貴方が生まれ、私が生まれ・・・・・・・。

つまりは、この世の一切合財が『無』から生まれる!!!!
***
次に集合論の説く天地創造をみてみよう。集合論では、その理論の前提として、ただ一つのモノしか認めない。そのただ一つのモノとは・・・『なにもない』ことだ。
つまり『無』。これを空集合(φで表す)といい、これを0と名づけよう。さて次に0だけからなる集合を{0}を1と名づけよう。次に、0と1だけからなる集合{0,1}を2と名づけよう。このようにして、無(φ)からのみ自然数全てが生成されてくる。集合論的天地創造であり、『無』から全てが生成されるいくという意味で、この現実世界の宇宙生成とそっくれではないか!!! 『無』というものの豊穣さとでも言えようか。
0=φ
1={0}
2={0,1}
3={0,1,2}
4={0,1,2,3}



n={0,1,2,3,・・・・,n}



ω={0,1,2,3,4,・・・・・}
ここでωは自然数全体の集合となっている。
話は、ここで終了はしない。集合論的天地創造は更に永遠に続くのだ。
即ち、
ω+1={0,1,2,3,・・・・・, ω}
ω+2={0,1,2,3,・・・・・, ω,ω+1}


ω+ω={0,1,2,3,・・・・・, ω,ω+1,ω+2,・・・・}


このような集合は順序数とよばれるのだが、この順序数の生成の有様は、まさに眼も眩わんばかりのモノ凄いというか息づまるほどの世界だ。数学というか人間の思考の世界は、パスカルではないが宇宙をも飲み込む凄さだ。

それにしても、『無』なるモノが、この現実の宇宙においても、集合論においても、それらの世界の豊潤さの源であるということは、不思議というか当然というか何とも表現し難き神秘さがある。
    

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