釋超空のうた (もと電子回路技術者による独断的感想)

文系とは無縁の、独断と偏見による感想と連想と迷想!!

及び釋超空のうたとは無縁の無駄話

雑談:『影を踏まれた女』 (岡本綺堂)

2013-08-23 11:30:56 | その他の雑談
『通りゃんせ』という童(わらべ)うたがある。
以下のうたである。
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通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちょっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
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私は昔から此の唄に或る不気味さを感じていた。

「行きはよいよい 帰りはこわい」とは何が怖いのだろうかと。

そこで、以前、2CHの映画『悪魔の首飾り』というスレッドで・・・このスレは現在ないが・・・訊いてみたことがある。
一体なにが怖いのか?と。

すると或る人が以下のような趣旨のコメントをくれた。
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子供が生まれると親は天神様にお札を貰う慣例があった。この子が健康に育つようにとお札を貰う。

ところが其の子が七つになると其のお札を天神様に返すことになっていた。

其のお札を天神様に返すと、其の子は天神様に守ってもらえなくなる。

だから、『行きはよいよい 帰りはこわい』。

つまり、お札の返却後は其の子は天神様の保護が無くなり、これからは何事も自力で困難に立ち向かわなくてはならない。

お札の返却は、子供から大人への通過儀礼だ、という趣旨のコメントだった。

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私はナルホドと思ったものだ。サイトで調べると此の唄の由来は他のものもある。
いずれにせよ、此の唄には不思議な何かがある。

映画『悪魔の首飾り』にせよ、掲題の短編にしろ、少女・・・少なくとも処女期以前の女性・・・が妖しい者として登場する。

例の童うたも少女たちが、よく唄うと私は記憶している。

人類には女性と男性がいる。

私は男性であるので、私は女性に或る畏怖を感じている。

掲題の短編に或る怖さを感じるのは恐らく男性ではあるまいか。  女性は根源的な意味で私には怖い・・・

雑談:『姫神』と『デブァカント』と『奥の細道』

2013-08-21 10:07:49 | その他の雑談
私は『姫神』のCDを数枚もっている。

古いのは、もう20年程前買ったものだが、折にふれ聴いている。『姫神』と言えば私は芭蕉の『奥のほそみち』を連想せざる得ない。

これもまた古い話になるが、今は亡き森敦が、芭蕉の「奥のほそみち」をたどる、一回限りの『われも、また、奥のほそみち』という紀行番組に出た。

森敦が、山々を遠く背景にした田舎の一本道を歩いていく姿を、TVカメラが遠望する映像は、今でも記憶に残っている。 この番組のBGMが『姫神』だった。

シンセサイザーという現代機器を使いながら演奏される曲想は、東北地方の風景に溶け込み印象的だった。

それ以来、『姫神』と言えば『奥のほそみち』を連想するように私はなった。

今でも私は記憶しているのだが森敦が秋田県の蚶満(かんまん)寺を訪れた時、掛け軸に書かれた芭蕉自筆だといわれる

『象潟や 雨に西施が ねぶの花』

を見て、森敦は例の穏やかな微笑をたたえながら「これは何と書かれているのですか」と寺の住職に尋ねるのだった。

当然、森敦は其の句も、その由来も知っているはずであるが、その時の森敦の微笑が忘れられない。

私は芭蕉の此の俳句が好きで、其の、しっとりとした哀情の気品さには惹かれる。

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NHK BSで『音巡礼・奥の細道』という紀行番組が1996年に放送された。

この番組はデヴァカント(Devakant)というアーチストが「奥のほそみち」の旧跡を訪ね歩くという番組であった。

この人は頭部を白い布に包み、衣装はインド風の白装束で長い杖を持ち、インドあたりの古楽器の入った白袋を肩にささげるという出で立ちだった。 インドで芭蕉を知ったそうだ。

「奥の細道」の縁(ゆかり)の森閑とした風景を背景に「奥のほそみち」の原文が朗読され、各地各地の旧跡で、デヴァカントは自作の曲を演奏したのだった。

古楽器らしい其の音の響きは旧跡の周りの風景に溶け込み、しみじみとした余情を漂わせたものだった。

時には土地の老婆たちの唱える御詠歌や、時には坊さんたちの唱える般若心経との彼の演奏のコラボレーションは何の違和感もなく、其の土地の森の霊たちも聴き入るかのようであった。

この番組は他の紀行番組にはない傑出した番組で私は此れは録画保存しているが、折にふれ再見している。演出は波多野紘一郎。

このデヴァカントが蚶満寺を訪れたとき出迎えたのが、森敦が訪れたときに応対した和尚と同じ人だった。
恐らく、10年以上の歳月が過ぎていただろう。

このときにも、上句が朗読された。

***
『松島は笑うが如く、象潟はうらむがごとし』

今、松島はどうなっているだろう。

雑談:『遺伝』(萩原朔太郎)

2013-08-18 08:08:08 | 釋超空の短歌
詩人の心は私たちの無知を思いしらしめる。
その典型の詩が掲題の詩であると私は思っている。

科学が此の世の事実上の絶対的な宗教ないし教義になって久しい。それどころか其の教義は、ますます私たちの心を占領し強制し盲目化していく。

いったい、此の世の在りようは真実如何なるものであろうか?

科学は其のことに対して私たちを盲目化させている。
これほど強烈なイデオロギーは、かって無かったではないか。

掲題の詩人は明らかに此の教義から此の世界を見ていない。  だから私は此の詩に強く注目する。

作者は一体何を凝視しているのか。

私たちは科学という教義に安住し、また「疑う」ことを忘れている。

此の世界は実は如何なる「土台」も無いのではないか。

宙ぶらりんの私たち。その下には不気味な闇が続いている。 結局、何も知らない私たち。

永遠の沈黙と其の恐怖。

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人家は地面にへたばつて
おほきな蜘蛛のやうに眠ってゐる。
さびしいまつ暗な自然の中で
動物は恐れにふるへ
なにかの夢魔におびやかされ
かなしく青ざめて吠えてゐます。
  のをあある とをあある やわあ

もろこしの葉は風に吹かれて
さわさと闇に鳴つてる。
お聴き! しづかにして
道路の向こうで吠えてゐる
あれは犬の遠吠だよ。
   のをあある とをあある やわあ

「犬は病んゐるの? お母さん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのです。」
遠くの空の微光の方から
ふるえる物象のかげの方から
犬はかれらの敵を眺めた
遺伝の 本能の ふるいふるい記憶のはてに
あはれな先祖のすがたをかんじた。

犬のこころは恐れに青ざめ
夜陰の道路にながく吠える。
    のをあある とをあある のをあある やわああ

「犬は病んでゐるの? お母さん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのですよ。」

雑談:鎮魂について

2013-08-16 08:49:23 | 釋超空の短歌
鎮魂とはどういう意味だろうか。

Wikiによると『今日では「鎮魂」の語は、死者の魂(霊)を慰めること、すなわち「慰霊」とほぼ同じ意味で用いられる。』とある。

ここ10年の間、私に親しきものたちが次から次へと死んでいった。

それらは人間に限らない。人以上に私に親しい犬・猫たちも其の短い命をなくしていった。

***
私は死者の魂の存在は信じていない。
従って、私の親しきものたちの墓も無い。

いや、そのような言い方は正確ではない。

私の親しきものたちは今も私の心の中に依然としている。

「墓」とは私にとって、心の中に依然としている親しきものたちのメタファーと言ってもよい。

***
今も私の中に依然としている親しきものたちへの鎮魂とは何を意味するのだろう。

それは結局・・・私の心を鎮めることに他ならない。

私は其れを若くして既に無意識にも知っていたようだ。
私が以下の詩に強く惹かれたのは二十歳前だったのだから。

そのときは知らなかった意味が今は痛烈に理解できる。
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わが為は 墓もつくらじ-。
 然れども 亡き後(あと)なれば、
  すべもなし。ひとのまにまに-

   かそかに ただ ひそかにあれ

  生ける時さびしかりければ、
  若し 然(しか)あらば、
  よき一族(ひとぞう)の 遠びとの葬(はふ)り処(ど)近く-。 

  そのほどの暫しは、
  村びとも知りて、見過ごし、
 やがて其(そ)も 風吹く日々に
 沙(すな)山の沙もてかくし
 あともなく なりなんさまに-。

  かくしこそ-
  わが心 しずかにあらむ-。

 わが心 きずつけずあれ
     (釋超空)

雑談:映画『羅生門』 (黒澤明)

2013-08-12 12:07:16 | その他の雑談
芥川龍之介の『藪の中』を再読したのだが、掲題の映画が私に刷り込まれていて、芥川の短編を読みながらも、映画の映像を頭の中で再現せざるを得なかった。

確か此の短編小説は私は小学生の頃読んでいて、映画は其の後、だいぶ経ってから観ているのだが、今や私には此の短編を読むことは掲題の映画の映像を反芻することになってしまった。

しかし、勿論、芥川のあの文体があってこその映像ではあるのだが、要するに、掲題の映画と芥川の文体・・・というより美意識・・・は私には表裏一体となっている。

タルコフスキーを「水と火」の映像作家とするならば、黒澤明は「雨と風」の映像作家であることは誰も異論はないだろう。

実際、掲題の映画の冒頭の羅生門での豪雨の場面の強烈さは、短編『羅生門』には見いだせない迫力がある。

しかし、此の映画と、芥川の短編『藪の中』『羅生門』に共通しているものは、其の美学・美意識にあるのであって、これらの作品から人生云々を見つけるのは全く見当外れに私には思える。 例え作者達が其れを幾分なりとも意図していたとしてもだ。

芥川龍之介という作家の魅力は私には其の特異な美学・美意識にあるのであって、人生云々にあるのでは全くない。

同様に掲題の映画の最大の魅力は、其の映像の美学・美意識 (撮影:宮川一夫) 即ち光と翳の映像の鋭敏さにあるのであって、これまた人生云々にあるのでは全くない。

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掲題の映画の映像での圧巻は、巫女(本間文子)が死霊を呼び出し、巫女が死霊の声で事の次第を喋る場面であった。

この場面は、短編での芥川のあの妖しい噺「巫女の口を借りたる死霊の物語」の映像的再現であった。

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ネットでの掲載によると、

『当初、黒澤は真砂役に原節子を起用しようと考えていたが、京がこの役を熱望して眉毛を剃ってオーディションに臨んだため、京の熱意を黒澤が買い、京に決まった。』とある。

もし原節子だったら、おそらく全く違った印象の映画になっていただろう。

京マチ子のほうが適役であったのは、この映画のその後の評価が断定している。

原よりも京のほうが、はるかに妖しいのだから、この評価は妥当だと言える。