三人の乗った車がジェーンの家に着いたのは夕暮れ近くだった。先にホーソーンの基地のゲートの前にあるドライブインへ行ったのだが、この日はめずらしく軍人のイベントがあるせいで空いた部屋はなく、ドライブインの管理人の考えでは、はおそらくこの町に数軒しかないどこの宿も満員だろうというのでジェーンは二人を自分の家に泊まるよう誘ったのだった。アリスとジョアンナはその申し出に感謝して一泊させてもらうことにした。
「こんなことになるとは思わなかったわ。ジェーンさんのおかげで助かったわね。もしカフェで出会わなかったら今頃どうしていたか、私達運がよかったわ。ありがとうジェーンさん。」
ジョアンナが嬉しそうにジェーンの勧めた今は使われていない店の椅子にこしかけてアリスにも座るよう別の椅子を勧めた。普段は点けない店の電灯に明かりが入ってすぐにでも食事の注文を聞きに来るような雰囲気であったが、ジェーンはあいにく食べるものがないと言って、冷蔵庫を覗いてみたり食料棚の戸をあけたりしてパスタとトマト缶とハムの塊を出してきた。
「私たちの食事はかまわないで、さっきのドライブインで買ったサンドウィチがあるから。」
ジョアンナがそう言うとアリスも厨房のジェーンに向かって
「長い時間車の運転でお疲れだろう、それに赤子の世話もあるし、これ以上あなたに負担を掛けたくないわね、あなたは座って休んでくださいな。」
「明日の朝の食事のこともあるしパスタをゆでるだけですから・・」
「私はトウモロコシのパンにバターを塗っただけでずうと暮らしてきたんだから、気にしないでね」
そんな会話があって、つつましい夕食はあっという間に終わって、話は明日の予定のことにおよんだ。
「明日は私はフォルサムに行く予定なんですが、お二人はサクラメントへ行くと聞きましたけど、よろしければフォルサムまで一緒に車で行きませんか、フォルサムからですとサクラメントへはバスも鉄道もあるし都合がいいのでは・・」
そのようにジェーンが誘うと、二人は顔を見合わせて
「まあ、私達ここまで来るだけでも幸運だと思っていたのに、宿を与えてくれたりそのうえフォルサムまで、なんて幸運なんでしょう。ありがたく一緒に乗せてもらうわ、ねえアリス。」
ジョアンナが驚いたようにそう言うとアリスは
「有難い話だね。実は明日教会へ行く予定があってね。その用事が済めば一緒に車に乗せてもらえると助かるわね」
「ああそうなの、そんな予定があったのね。教会にいくのね、人に会いに行くとか言ってたけど。」
ジョアンナが口をはさむと
「あした、牧師さんに会いにいくつもりなんだよ。」
「まさか神様が耳が遠いかどうか聞きに行くのじゃないでしょうね」
「そんな事じゃないよ。ちょっと話したいことがあったんだ。」
「へえ、じゃ以前からの知り合いなの」
「知り合いって程じゃないけれど・・ジョアンナはついてこないでね」
「ひょっとして懺悔しに行くのじゃないでしょうね。」
そんな話を聞きながら、ジェーンが尋ねた。
「教会って、すぐそばの長老派教会のことなのかしら。」
「ええ、長老派教会の牧師さんです。ハンス・ブルトマンという方です。ご存知ですか。」
「とてもよく存じてます。ハンス・ブルトマン牧師は私の夫でした。」
「ああっ、ほんとなんですか、なんか運命が大きく動いている気がしてきたわ。アリス」
ジョアンナが驚いた顔で声を上げると
「でもハンスは一月ほど前に亡くなりました。交通事故でした。」
ジェーンのその言葉にアリスは驚きジェーンの顔をまじまじと見てから何かを言うようなそぶりを見せたが、しばらく下を向いて何かに耐えるように黙り込んでしまった。ジョアンナがその様子に気づき何か重大なことが起きているのではないかと気に掛けながら尋ねた。
「ねえ、アリス。よかったら何があったのか話して、ジェーンさんも気になるだろうし、こうやって二人が顔を合わせるのは何かの導きよきっと。二度と無いかも知れないわ。」
アリスはその言葉に反応することもなく立ち上がると、
「ちょっと外に出てくるわ・・」
そう言い残して食堂から出て行った。外に出ると夜空のひんやりとした空気の中で白い月が輝いていた。遠くではコヨーテの鳴く声がとぎれとぎれに聞こえていた。アリスはしばらくその声を聴いていたように見えたが、やがて一歩二歩と歩き出してその声に誘われるように街路灯のともる歩道へ出て行った。
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