碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

大きな樹の物語3部7

2024-01-16 22:31:19 | 大きな樹の物語

ジェーンが赤子のおむつを替えたり、乳をふくませたりしている間に時間はすぐに30分過ぎて、やはりバスは来ないので、三人はジェーンの車でホーソーンへ行くことになったのは運命的なことなのかもしれない。その時は三人ともその運命に気が付くはずもなく、緑の木がまばらに生えている荒野の一本道に車を走らせていた。遠くシェラネバダ山塊の山肌の谷筋に影ができてくるころ、道路は大きく西に迂回して、陽に向かって走るようになると、後ろの座席に乗せた赤子の顔にも陽があたり、その顔を見ながらアリスが話し出した。

「この子の顔を見てると、ほっとするね、なんだか懐かしさが感じられて。わたしゃね、幼いころインディアンに育てられたことがあって、血はつながってはいないけど本当の親のように思っていたんだよ。貧しかったしきびしいけど、それなりに幸せだった。・・よく狩りに行ったよ。それが今でもはっきり覚えていることさ。全ては狩りで学んだよ。命やそれを司る祈りをね

「またその話ね、前にも聞いたけど」

ジョアンナがそういうと、ジェーンはすかさず

「その話を聞きたいわ、わたしあまりインディアンのこと知らないので、教えてもらえればうれしいわ」

車のハンドルをにぎりながら後ろの座席の方に振り返ると赤子の顔を日よけでかくしながらつぶやくように

アリスが話し出した。

「それじゃ少しは退屈しのぎになるから、おしゃべりするけど、ジョアンナは我慢してもらえるかい」

「しょうがないわ」

「インディアンと言ったって、いろんな人々がいるから、それこそアメリカ人と言ってもあまりピンとこないようにみんな同じじゃないよ。私の育ての親はショショニー族だと言っていたわ。ご存じかも知れないけど、むかし白人と最後の戦いを戦った部族よ。でもいまは居留地で酒浸りのような生活をしてるわね。何故だか知らないけど酒とクスリは簡単に手にはいるのよ。でもね私を育ててくれた家族はそうではなかったよ。」

「ねえどうして、インディアンの世話になっていたのか訊いてもいいかしら」

ジェーンが興味をもって尋ねると

「そうだね、みんなそのことを聞きたがるよ。それは話せば長くなるけど、わたしの親が死んで孤児になった時に、私を拾ってくれたのがインディアンだったのさ。私の父親は白人のリンチにあって樹につるされて殺されたんだ、そして母親はそれを見て、後で知ったんだが毒を飲んで一緒に死んだんだよ、私と一緒に泣きながら一晩中かかって父親を樹の下に埋めてからね。今でもはっきり覚えているよ、母親が畑から摘み取った真っ白な綿を父親が眠る場所に敷き詰めてその上に横になって・・自分で摘み取った綿の上に寝るのが母親の望みだったんだ、それまで綿の上で寝たこともなかったんだよ。・・そして母親がわたしに最後に言った言葉が「父さんを一人にしちゃかわいそうだよ」って言って・・私はどうしてよいのか分からず母親にすがりついて泣き明かしたさ・・」

車内にはしばらく沈黙が続いて、ジェーンがたまらず車を道路わきに停めた。そして後ろの座席に振り向いて嗚咽する様な声で言葉を吐き出した。

「ごめんなさい、そんなことがあったなんて・・」

ジェーンは涙を拭きながらアリスに謝ったのだが、自分の気持ちがおさまらず車のドアを開けて、外へ出て行った。路肩から降りてしばらく荒地の上を歩き廻ってから、車に戻ってきてまた運転席に座るころには、陽はすでに傾きはじめ山襞に濃い影が差していたがそれは彼女の眼には映らなかった。

「あなたにはちょっときつかった話みたいね、もうこの話はよそうね

「私も夫を亡くしたもんですから、つい動揺してしまって・・」

「あらそう、じゃここにいる三人は皆未亡人って訳ね。でも一生結婚しないよりいいんじゃない。」

ジョアンナがそう言ってわざと話題を変えると、ジェーンはうなずきながら、エンジンのキーを廻した。

「私って、泣き虫なのよ、すぐ泣いちゃうのあまり気にしないでね」

「いいのよ、泣けるときに泣かなきゃ、神様に悲しみが聞こえやしないわ」

ジョアンナがそういうとアリスが口をはさんだ。

「神様は耳が遠いのかい?もう何千年も生きてるから?」

「知らないわよ、そんなことは牧師さんに訊いてちょうだい」

「あいにくわたしゃクリスチャンじゃ無いのでね。神様とは若い時からおさらばしているよ」

「そうなのよね、大地と虹の彼方がお気に入りだって聞いてるわ。私はそこが興味があるの。あなたの占いのやり方とのどんな関係があるのかしらね」

「ジョアンナあんたに何度も言うけれど、私の占い方はまねできないよ。カジノのホテルや観光地にいる連中とは違うからね。私の後継者になりたいと言ってるけど今のうちに考え直した方がいいよ」

「それは忠告として聞いているわ、でも私は納得するまでついて行くつもり、その覚悟ができてるの」

「有難いね、そこまで想われるのはでも私の占いは真似してできるもんじゃないのさ。単なる芸やテクニックなどじゃないから教えようにも教えられるものじゃないのでね。」

そんな会話を聞きながらハンドルを握ったジェーンは呼吸を整えてゆっくりと車を発進させた。そしてあと一時間余り走ればホーソーンに着く予定なので、すっかり暗くなる前には家に着くことができるはずと考えていた。ここまでくればもう一息だと思うと今までの運転の緊張も少しほぐれていくのだった。

「ジェーンさん、アリスはねアリゾナじゃ有名な占い師なのよ。なにか占ってもらったらいいわ、子供も授かったことだし」

ジョアンナがそう言うとアリスが余計なことをいうなというふうに表情にだしてジョアンナに視線を送ったが、ジョアンナは肩を縮めるだけで悪びれた様子もなくまたジェーンに声を掛けた。

「アリスの占いは当たるのよ、私も占ってもらって驚いたの。二回占ってもらって二回とも当たったのよ、それですっかり心酔して今じゃ追っかけよ。」

ジェーンはラスベガスのバーの酔ったオーナー兼占い師のことを思い出していた。占いにはあまり興味はないが貰ったばかりの赤子のことを言われると少し気になるのだった。

「占いも面白そうだけどあとしばらく走ればホーソーンよ、お二人はどうするのかしら、それを先に伺っておくわ」

「そうだね。街の中にどこか宿屋かドライブインでもあればそこに停めてもらえるかい」

そうアリスが答えるととっさに浮かんだのは、基地のゲートの近くのドライブインか国道沿いのホテルだったが、いままでホーソーンで外泊したことがないので他に思い当たるところはなかった。

「それじゃあ、基地のゲート前のドライブインへ行ってみますね」

「お願いするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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