衝撃的な木村佳通子の作品を鑑賞したあとは、高倉健の映画を見た後みたいに高揚していた。そりゃそうや存在をかけて切り込んだ緋牡丹お龍の筆先が心の深くにまで達していたから背筋はピッと伸びて両肩をゆらしながら100mほど歩いてみたかった。
「姉さん、あっしが必ずけりをつけますんで・・その命無駄にはさせません。きっとブログに載せますんで・・よろしゅうに・・」
そう心につぶやきながら広い階段を一歩一歩、小林旭ふうに降りていくと、急に腹が減ってきた。朝飯も食わず歩きっぱなしで連日の疲れもある。それでそのまま一階のカフェに直行となった。普段は無口なワシだがこの時ばかりは饒舌だった。家内を相手にこの作者のことについての感想を話しだしていた。自分でも興奮していると思った。それはとっくに忘れていた長いこと味わっていなかった興奮だった。それは大げさに言うたら生きる勇気と死ぬ覚悟を教えてもらった気がする。そんなわけで今回の旅の最大の収穫だと思っています。
その興奮の余韻を残して、最後に東洋陶磁器美術館へとむかった。リニューアルのため長い間休館していたが今年の3月にオープンしたのでぜひ行ってみたかったんです。大阪市に寄贈された安宅コレクションがメインになっていると聞いてますが、安宅コレクションと言えばやはり中国は元の染付が素晴らしいのです。以前うん拾年前に金沢で展観された安宅コレクションの中でも元の染付だけを展示した催事が出色であった。いまだに脳裏に残っております。あの独特の深い染付の色に唸ったもんです。たぶん当時の顔料の精製技術が今ほど進んでいなくて、鉄分やあるいはマンガンなどが混入してできた色なんだという解釈を読んだことがあるけど、それは実際に作ったことのない評論家の意見です。決してそうじゃないとワシは思っています。あれは、選ばれた色なんです。誰が選んだかは判りません、陶工かそれを注文した貴族あるいは皇帝かわかりませんが、その当時の材料を駆使して計算づくで制作しているのが分かる。失敗したら首が飛ぶ時代です。不安定な材料を使う訳にはいかない。それを示しているのが、出品された何点かが全て同じ色調なんです。安定した顔料をつかっています。さらに言うなら、花模様のダミの部分つまり厚塗りの部分に特徴的な色が出ているのですが、ほとんど塗りつぶされたように発色してます。これは意識的にやってるわけでこの色を見せたいという塗り方だと思うんです。輪郭線との色の対比をみると明らかに意識的なのがわかります。たまたまそうなったわけではないのがわかる。古い時代だから劣った技術で作ったという思い込みはいかがなものか・・全体的にこのコレクションの質の高さが印象的です。中国の陶磁器だけでなく朝鮮や日本の焼き物もふくめて美術館に飾るにふさわしい水準のものです。陶磁器は東洋が先進地でありました。その中でも中国が優れていて西洋はそれを努力してコピーしたんですが、いまや景徳鎮よりマイセンをはじめとしてヨーロッパの方がブランド力が上になっているのは事実です。ちなみにタイのランパーンも焼き物の産地なんですが、窯元を回ってみると、ヨーロッパブランドの下請けみたいな仕事が結構幅をきかしているのです。その理由はもちろん経済的理由が大きいのですが、世界の焼き物の美の基準がヨーロッパ的なものになって来つつあるような気もします。残念ながら民芸の美はマイナーなんです。それは西洋人は日本の自然観を理解できないからだとか、宗教文化が違うからだとかそれよりなにより美の基準が余白を含めた調和の美と強烈に空間を埋め尽くすまで自己主張するほどの力がなければ信用されないという西洋の美の根本が違うという解釈があるのですが、そんな理屈より現実的に日本人の生活自体がもはや昔のようではなく西洋的なライフスタイルを多く取り入れているわけで、生活が変われば美意識も変わるのです。日本の業界では、和陶と洋陶と言う分け方をします。デパートではだんだん洋陶の売り場スペースが大きくなっているとおりやはり最後にものをいうのは個の力です。この場合メーカーの力です。和陶はもはやバーゲンセールのための商材になってしまった。というわけで市場経済は美意識を変えるというおちになってしまいましたが、それじゃお前さんの美意識はどう変わったのかねという問いが出てくるのです。それを測る基準がこの美術館の作品なんです。絵画ではなく物言わぬ陶磁器です。千年経っても変わらない陶磁器です。昔見た時と印象が変わっているかと言えば、やはり変わっています。昔はもっと大きく見えた。はっきりと輝いて見えたのですがね。なんでかなと考えこんだんです。ふと気づいたのはメガネを掛けてなかった。
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