碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

大きな樹の物語3部9

2024-02-10 09:07:37 | 大きな樹の物語

ジェーンとジョアンナはしばらくアリスを待っていたが、一階の居間の片づけと簡易ベッドを並べる作業を始めた。ソファを倒してベッド替わりにして二人の寝る場所を作りながら、今日の出来事について考えていた。ジョアンナはアリスのただならぬ気配に彼女の興味はますます強くなって、まるで探偵が犯人の証拠を見つけだそうとするような口ぶりで話し出した。

「今日はいろいろあって、なんか特別の日だと思わない? 見ず知らずの者が一緒に行動し、食事をして、ここに泊まるなんて、しかも、それが亡くなったあなたのご主人に会うために来たというのだから・・最初あなたがアリスの話に驚き今度はアリスがあなたの話に驚く。とても不思議よねこんな出会いは・・」

「そうね、今日はいろんな事があったしドライブで疲れたわ・・アリスはまだ戻らないようだけど明日のこともあるので先に休ませてもらうわ。」

「ええ、どうぞ私達のことはお構いなく先に休んでくださいね」

そのジョアンナの言葉にしたがってジェーンは二階の寝室へ赤子を抱いて入って行ったころ、アリスはまだ夜のホーソーンの町の中を歩いていた。街灯に誘われるようにいくつかの明かりの下を歩いていつのまにか教会の前に来て足取りを停めた。少しの時間教会の様子を伺っていたが意を決したように歩き始めると、すでに閉じられた教会の建物の横を通り、裏手にある共同墓地へと歩んでいった。あまり大きくもない共同墓地では街灯から漏れてくる明かりと月の明かりが新しい墓のある場所を照らしていた。アリスは最初からその場所が分かっているように墓の前にたたずみやがて膝をついて地面を撫でまわしていた。そしてしばらく白く輝く月を見上げるとウォーと吠えるように口を開いたが、声は聞こえずただただ月に向かって吠えるようなしぐさを何度か繰り返して遠くから見れば月光に照らされたコヨーテのように座って泣いているのだった。・・・一方ジェーンの家ではジョアンナがアリスの帰りを待っていたが、明かりをつけたままでも、ソファで身体を横にしているとついうとうとしてしまうので、その辺に置いてあった古い新聞などを見ながら時間をつぶしていたのだが、その新聞の記事には、今年はモナーク蝶が大繁殖していると書いてあり、車のフロントガラスにびっしりとこびりついた蝶の屍の写真とその下に小さく蝶による交通事故死と言うタイトルが記されてあった。そしてジョアンナはその記事の中にハンス・ブルトマン牧師の名前を見つけていた。偶然見つけたその小さな記事は彼女にとっては決して小さなものではなかった。なぜならその事故の日付はアリスが銃撃を受けた日と同じだったのだ。彼女の眠気は一気に吹っ飛んでいた。あの日のことが彼女の記憶にはっきりと焼き付いているのはジョアンナがアリスの銃撃された現場にいたからだけではない。それはアリスが占ったジョアンナの運命がぴたりと当たった日でもあったのだ。「あなたは近い将来、危険な目にあいますよ。たとえば事故とか事件に巻き込まれるようなことがあります。」とアリスに告げられていたのが現実になった日であった。彼女は今までスピリチュアルなことに関心があってアリスの占いのやり方を知りたいと思っていた矢先、アリスの予言が当ったことで、彼女の持つスピリチュアルな能力の信用性が確信に近いものになった出来事だった。人は何かを信じる、確信するには必ず根拠があるのだが、その根拠が何であれたとえ間違っていても確信した時点でその心を支配するようになるのが性だとすれば、その時その人にとっては鷹の羽やターコイスの価値はドル紙幣や金よりも大きいことに気付くのだ。みんなそうやって何かを信じることに、飢えている。コヨーテが獲物に飢えているように。・・その晩遅くアリスはジェーンの家に帰ってきた。多少疲れた顔を見せながら、店のテーブルの椅子に腰かけて暗い窓の外にじっと眼をやって、しばらくは動かなかったが、ジョアンナが人の気配に気づいて居間から出てきた。彼女は今日こそアリスを理解するチャンスかもしれないと感じていたので、アリスの様子を伺いながら声をかけた。

「おかえり、お疲れじゃない?ちょっと話がしたくて、待ってたのよ。すこしだけでもいいかしら?」

そう言って、テーブルのある店へ進むと、アリスの見ている窓際に立って彼女の顔を見つめた。それはいつも見ている彼女の顔とは異なっているように見えたが、黄色いライトの照明のせいかもしれないと思いながら、椅子に座って尋ねた。

「ねえ、よかったら話してくれない、ハンス・ブルトマン牧師のこと。ジェーンさんもきっと知りたがっていると思うけど、彼女に言えない事なの」

率直にジョアンナは疑問を口にしたつもりだったが、アリスはその質問を煙に巻くように

「なあに、たいした事じゃない。秘密でもないし隠すこともないけど、ただちょっと今日のめぐり合わせに驚いたんだよ。特に牧師さんが亡くなったことに驚いたのさ」

「その牧師さんが亡くなった日はあの事件の日よ。セドナで銃撃にあったあの日よ、しかも交通事故とはいえちょっと考えられない事故だわ・・この新聞記事に出てたのを見つけたのよ。」

そう言って居間に置いてあった新聞を持ってきて差し出した。アリスは手に取ってその記事をみながら、

「へぇーこんなことがあるのかね。蝶の大群にね。」

「ねえ、なんか不思議じゃない。いくら大群の蝶でも、避けようと思えば避けられたはずよ」

「そうね、でもね人の寿命は分からない、いろんな理由が重なっているもんさ。私たちの気付かない理由があるのさ。」

「たとえば、どんなことなの」

「ふと、魔がさすって言うだろ、つまりフッとこの場所から逃れたくなったり、急に生きていることが恥ずかしくなったり、そんなことを考えなくても車に乗って走っているとそのまま別の世界に突っ込んでいきたい衝動だったり、そんなことさ。よくお聞きどんな人間でも人には自分以外のものが入っているのよ

「へぇーそういうものなの、私にも何か入っているの」

「その通りさ、それが何か自分でわかるかい。」

「判らないわ、そんなこと言われても・・」

「そうだろうね、みんなそこが判らないまま生きているのさ、だから傲慢になる」

「アリス、あなたには何が入っているの」

「そりゃ秘密さ、でも人はコヨーテがついてるなんて言ってたね・・」

「ねぇそれはインディアンの教えなの、それともアリスの考えなの」

「いいえ、これは誰の教えでも私の考えでもない。事実なんだよ、根拠でもあるね生きていくうえでの、こんなことを言うと人は馬鹿にするけどね、動物にだって人間が入っているんだよ。あなた見たことあるかしら、青い眼のコヨーテを。」

「いいえ、それって、白人が入っているってことなの・・それでアリスの占いとどんな関係があるのそこが知りたいわ」

「何故か私にもよく分からないわね。私を育ててくれたインディアンは耳が聞こえないけど、一番の猟師だった。ホークアイって言われて獲物を探す目が抜群だったわ。その人に教わったことがあるの、魚は水面下しか知らない人は地上しか知らないけれど鷹は全てを見通している地上の人間やウサギやキツネの運命をね。」

「占いをするには鷹の眼を持てということなのね」

「ああ、それは一つの例えだよ。分かるかい。ジョアンナにとっての鷹の眼を入れることさ」

「そう言うことなのね、分かったようでまだ分からないけど。・・魚の目ならあるんだけどな・・」

そんな会話が夜おそくまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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