碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

大きな樹の物語3部13

2024-03-19 08:48:13 | 大きな樹の物語

アリスはその質問の意味について考えるというより、なんでそんなことを訊くのか驚きのほうが大きく、どう答えていいのか迷ってしまったが、少し考えてからまるで子供に教えるような口調で答えた。

「そうね。それは私にとっては、魚になぜ水の中にいるのかとか、鳥になぜ空を飛ぶのかと訊くのと同じようなものよ、コヨーテと一緒に生きてきたから、それが普通なのよ。幼い頃インディアンの猟師に育てられてきたからね。コヨーテの心が分かるときがあるの・・どうして分かるのかといわれても自分で答えようがないけどね。だって自分の心は自分ではわからないものよ。・・あなたはどう考えているか知らないけど。」

「コヨーテと一緒に生きてきたというのは、コヨーテを飼いならしていたということかしら」

「違うのよ、その反対よ。猟師はねコヨーテから獲物のありかを訊くの、そして鷹の目で判断するんだよ。だから私にとってはコヨーテは案内人なのよ。ある意味では命をつなぐ支配者よ。と言っても危険な支配者になることもあるわね。・・子供の時から経験してきたから今思えば学校の先生みたいもんよ・・」

「でもコヨーテは言葉を話すわけではないでしょ」

「そりゃもちろん、言葉にするのは私よ。私の話すその言葉がどれだけ正確かよくわからないけど、でも言葉ってもともと正確じゃないし、かえって邪魔なこともあるわよ。たとえば太鼓のドンドンという音のほうが心を強く揺さぶるし真実を伝えるときもあるように・・」

「太鼓の音か、なるほどね。英語は話せなくても太鼓の音はみんなに共通するのは確かにあるわね」

「あなたはサンダンスを見たことがあるかい?インディアンが太鼓の音に合わせて一日中踊るのさ」

「いいえないわ」

「サンダンスで踊れば踊り手の心の底が抜けるのさ。そして心に溜まったものが無くなって軽くなる。心の病は無くなるね。だから身体と心はひとつなんだよ。それと同じでこの大地と人はつながっている。だから私とコヨーテもつながっている。・・こんなこと言っても分かってもらえ無いかも知れないけど・・・」

「ありがとう、あなたの意見を聞けて良かったわ、私も自分は自分の心を解らないと言うのは同意するわ。仕事柄こんなことを言ってなんだけど正直言って他人の心も分かるわけじゃないわ・・それじゃごゆっくり食事していって下さい。私はこれから仕事があるので失礼するわね。

そんな二人の会話を聞いていたジョアンナはテーブルから去って行く精神科医の後ろ姿を見届けてからアリスの方に向き直り、香り高い花を見つけた蜜蜂のように身体を揺らしながら、今の会話を引き取って

「私ねサンダンスを見たことがあるのよ、あなたに興味を持ったのはそのときからよ。・・ねえ聞いた。彼女でも他人の心は分からないって。アリスはどう。他人の心が分かることはあった? 」

「そんなこと分かるわけないわ」

アリスが即座にそう答えると

「それじゃ、コヨーテには分かるの」

アリスは人差し指を立てて左右に揺らしながらジョアンナの顔を覗きこんで答えた。

そりゃコヨーテに訊いてみな、わたしゃコヨーテに訊いた事ないけど、でもね人の気持ちや心持ちは雲のように湧き上がって雲のように消えるからそんなもの覗いても無駄さ、それより大事なのは気持ちがどちらに動いていくかなんだよ。

「なるほどねぇ、言われてみればそうよねぇ、心の動く方向ね。教えてほしいんだけど私でもコヨーテと通じ合うことができるかしら。」

「お前さんは私のような占い師になりたいんだろ、けどそれはなろうと思ってなれるものじゃないよ、大地から草が芽吹くように、枝から花が咲くように自然の成り行きでそうなっていくもんだ。ましてやもし邪悪な動機を持っていればなおさら無理さ、せいぜいカジノの占い師だよ。トランプなんか見せてりゃ信用するバカなお客相手のね。」

多少は怒りのような感情を含んだその言葉を聞いてジョアンナはむしろ喜んだ、いつも冷静な話しかたのアリスが少し怖かったのだが感情の起伏を見せたので少し安心したのだった。けれどもジョアンナの不機嫌さの理由が、彼女がカジノの占い師と同列に思われてきたことへの不満やコヨーテを馬鹿にしてきた人達への怒りであることまでは気づかなかった。自分の信じているものを馬鹿にされた怒りと言うより、アリスの人格そのものを馬鹿にして差別的な態度をとってきた者に対して燻り続ける怒りであることまでは気づかなかった。自分に腹をたてているのだと思ったジョアンナは

「あら、私悪いこと訊いたかしら、何かまずいこと言った?」

そう言って、両手を広げる仕草でアリスを見た。

こう見えても、あなたが何を考えているか予想はできるの。本当にコヨーテを信じるかい」

「信じるも何も、事実なんでしょあなたにとっては、でも正直言ってまだ私には分からないわ」

「だろうね。大概の者はそう答えるさ、あんたがコヨーテに近づくのは止めはしないけど、おそらく無いものねだりになるだろうと思うね。あんたはあんたのコヨーテを探してみるより手はないよ。それが私の忠告だね。言っておくけどわたしゃいかさま占い師でもないしカルトの教祖でもない。だから弟子を作って群がろうとは思はないんだよ。それは長い間差別されて生きてきたから悲しみや憤りで何かが壊れてしまったせいかも知れないけど、他人と自分をつなぐ言葉がコヨーテなんだよ。」

その言葉を聞いたジョアンナの表情は今までの雰囲気とは打って変わって、唇を硬く閉じ目にはうっすらと涙が光っていた。彼女も長い差別の苦々しい思い出が湧き上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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