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約束の時刻からすでに一時間は過ぎて、チャックから店に連絡はなくジェーンは明日からの仕事の上でこれ以上ここに留まることはできないと判断して、彼とは会えないままホーソーンの自宅に帰ることにした。慣れていない砂漠の夜のドライブは避けたかったし、今から帰れば暗くなる前には家に着くはずなので、まして赤子の世話を考えるとここに長居はできなかった。店のオーナーにそのことを告げて、もしチャックから連絡があればそのように伝えてくれるように言って彼女はキャットフィールドカフェのカードをわたして店を出たのだった。ラスベガスの中心部から北東に伸びる国道95号に乗れば、後はほっておいてもホーソーンに着くくらい荒野の一本道が続くので、車のラジオから流れる歌でも共に口ずさんでいれば退屈な時間を忘れて快適なドライブができるのだったが、運転しながらジェーンは店で会えなかったチャックのことが気になっていた。これまでの二人の関係を変えようというのではなく、このまま長く付き合っていきたいという気持ちには変わりはなかったが、それが彼にとってはどのように思われているのかはやはり気にかかることではあった。頻繁には来れないラスベガスに来たのだから彼の店を観たいと言う口実で、彼の気持ちが変わっていないのを確かめようとする思いがあった。だから約束をすっぽかされて見ると、何があったのかやはり気になるのだった。車はすでにインディアンフィールドの村の手前にさしかかっていた。朝早くに家を出てから長時間の車の運転でさすがに眠気が襲ってきたので、休息のため村の中央のガソリンスタンドの後にあるカフェで一服しようと車を廻して、広い中庭みたいな駐車場に車を停めた。駐車場の周りのコの字に囲んだ木造の平屋建ての建物の一辺がカフェになっていた。その店の道路側には大きな張り出し屋根がありその屋根の下には木のベンチが置かれていた。よく見るとその屋根を支える柱にはバスストップの文字が白いペンキで大きく書かれた古い看板が打ちつけてある。ひと昔前の駅馬車時代の雰囲気を残したカフェに入ると何人かのお客と、テンガロンハットを頭に載せたウエイトレスとカウンターの後ろにおそろいのハットを頭にのせた男性の姿がいかにもここは西部だと強調していたが、この町のたたずまいを観れば蛇足にすら思えた。五つあるテーブルはそれぞれにお客が席についていた。さすがにテーブルに足を投げ出しているお客はいなかったが、田舎のカフェなのでジェーンは長椅子か柔らかいソファがあるか探したが、ひとつだけあるソファは、あいにく先客が使っていた。それで子供を抱えてどこに座ればいいのか迷っているとそのソファにいた先客に声をかけられた。二人の黒人の女性で、一人は歳を取っていてもう一人は若い服装をした中年のふたりだった。彼女たちはジェーンに子供をソファに寝かすように言いながら自分たちはテーブルの廻りある木の椅子に移ってくれたので、お礼を言ってソファに腰を下ろして子供をそっと置いたのだった。二人はその子の顔を宝物でもみるようにの覗いてからジェーンに話しかけてきた。
「まあ かわいい顔して、男の子かい。」
「いいえ 女の子です。」
「そうなのかい、失礼したね。ハンサムな男の子に見えるよ。」
中年の黒人女性がそう言うのも無理は無かった。ジェーンですら最初に見た時はてっきり男の子だと思ったのだから、誰が見ても鼻から口元にかけての容貌がハンサムな男性的魅力を見せていた。
「どれどれ、私にもよく見せてくれないかね」
もう一人の年老いた黒人の女性は赤子の顔を覗いた。しばらく眺めてから視線は何処か遠くを見るように顔を上げると
「失礼だがあなた、この子の親なのかい」
「ええ、今日からこの子の親です。養子として貰い受けたんですよ」
「ああなるほどね、この子の顔を見ると何故か以前から知っているような、親しみを感じるよ。それに運勢も強いものを感じる。きっと美しい花を咲かすような気がするね。」
「まあ ありがとう、見ず知らずの人にそんなふうに思われるなんて嬉しいわ。」
「この子の名前は何と言うのかね」
「実はまだ名前がなくて、これから考えようかと思ってるの、何かいい名前を知ってたら参考に教えてくれませんか」
「私なんかに訊かれても・・でもインディアンの名前でいいのがあるよ、それはアイヤナという名前さ意味は永遠に花開くという意味だけど・・」
「素敵ね、アイアナね、覚えて置くわ」
そこへ、テンガロンハットのウエイトレスが注文を訊きにきて、やはり赤子の顔をのぞきながら
「ハンサムな赤ちゃんね」
そう言ってジェーンの注文したコーヒーをメモしながら、となりのテーブルの二人に向かって、彼女たちが待っているバスが故障で遅れることを伝えた。それを聞いた二人は困惑した表情で顔を見合わせた。バスが遅れるのはいつものことだが、わざわざ遅れる事を連絡してきたのは10分や20分の話ではないことは確かだから、もしも運休になったりしたらどうしようかという不安がよぎったのだ。
「もし運休になったらどうしよう、次のバスは夜よ」
「そうね、でも仕方がないわ、待つより他に・・・」
歳上の女性がそう言うと不満な顔をしてもう一人の中年女性は席を立って、外に出て行った。その様子を見ていたジェーンはそこに残っていた歳上の女性声をかけてみた。
「どちらまで行くつもりですか、もしよければ私の車に乗ってもらっても構いませんよ。これからホーソーンまで行くのですが」
「ありがとう。そう言ってくれるのはうれしいね、あたしゃね、小さい頃は馬か馬車しか乗ったことないんだよ、車に乗ったのはトラックの荷台が初めてだった。黒人はバスに乗れなかったからね。だから今日は意地張ってバスに乗る事にしたんだよ。少しぐらい待ってもどうってことないさ、長いこと待たされたんだから・・」
ジェーンはその言葉に少し戸惑った。そんな差別は今はとっくになくなっているのに黒人の老女は過去の時間の中に生きているように話し始めた。歳をとると過去の記憶が新しい記憶をかき消すように甦りそのうちどの記憶も同じ時期のように思い出されているのかもしれない。人は多かれ少なかれそのような生き方しかできないのはジェーン自身がジョンとの過去から抜け出せないのと同じようなものだと思うのだが、その時は戸惑いと白人である自分が批難されているような気持ちにもなっていた。そこへウエイトレスがコーヒーを持ってきた。
「バスはけっこう遅くなるようね、ひょっとして運休になるかもしれないって言ってたわ。」
老女にそう言ってコーヒーをテーブルに置いていった。入れ替わりにさっき外へ出て行った中年の黒人女性が帰って来て、大きな身振りで話し始めた
「外の公衆電話でバス会社へ訊いてみたのよ、そしたらさ原因不明の故障で動かなくなったそうだよ。弱ったねぇ・・きっとあの言い草だと運休になるね・・それにさっき道路を渡って行くコヨーテを見たのよ、今日はついてないわきっと。」
そう言って椅子に腰掛けて不満げな顔で年寄りの方を見た。
「運休の話しはさっきウエイトレスから聞いたよ。それでねこちらの方がホーソーンまで車に乗せて下さると言うのだよ。・・それでどうしようかと・・」
「まあ!ホーソーンへ行くのだったらちょうどいいじゃない。私たちサクラメントへ行くんだけど、ホーソーンにも用事があるので、乗せてもらえると助かるわ」
「わたしゃバスで行きたいのだけど・・・」
「だってバスはあてにできないでしょ、運休になって夜まで待つつもりなの。」
「そりゃ、そうなんだけど。じゃあこの方がコーヒーを飲み終わるまで待ってみましょ」
「私は子供の世話があるので30分ぐらいは待っていてもかまいませんわ」
そのようにジェーンが言うと、二人はその言葉に感謝の気持ちを表しながら
「じゃあそれで決まりね、この方の車に乗せてもらうことにしましょ」
中年の女性がそのように言うと一方の老人の方は首を縦に振りながらジェーンに向かってお礼の言葉を掛けると
「あなたのお名前はなんというのですか、私はアリス・オウル。彼女はジョアンナ・ヴェンツよ」
「私はジェーン・マリア・ブライトンです。」
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