Jacarandaの木の下で

2004年〜2006年
ザンビア共和国での在外公館派遣員の記録

閏年。

2006-02-28 05:37:42 | Weblog
庭師がカレンダーを持ってきて僕に言った。
「サー、間違いを見つけたよ。去年も今年も来年も2月が28日までしか書いてないんだよ。このカレンダーは間違ってるよ。」
僕は彼に閏年というのを教えてあげると、彼はわかったようなわからないような笑顔で帰っていった。

太陽の巻。

2006-02-24 07:39:56 | Weblog
2月9日
登山5日目。
23時起床。多少だけど眠りに落ちることができた。
この時のために持参した「フリーズドライ しじみ味噌汁(赤だし)」に湯を注ぎ、決起汁とする。これが最後の味噌汁になるかもと。

今日目指すのは2箇所。
まずは5685Mの「ギルマンズポイント」。
ここは山頂ではないけれど、この急な登りの最終地点となる。
ここを目標にする人も少なくない。ハットから約5時間で、日の出をみるには最高の場所。
そしてそこから峰を約2時間歩くと5895M、山頂の「ウフルピーク」に辿り着く。
もちろん僕の目標はより高い方。

下山した日本人は早く着いたせいで日の出を見逃したと教えてくれた。
時間なんてどうでもいい。
今までかなり早いペースで歩いたガイドだから、「とにかくゆっくり歩くぞ。6時くらいにギルマンズに着くように考えてくれ。」と念を押した。
彼は23:30に出発しようと言ったが、早く着きすぎることを思い、敢えて準備を遅らせ結局0時に小屋を出た。
ありったけの服を着た。
本当の防寒着なんて一つもない。
普通の半袖Tシャツを3枚。長袖を1枚。ネルシャツ着てウールセーターを着る。
最後に雨具を羽織り、頭はフリースの帽子。ザンビアで作ったフリースのマフラーで顔を隠し、いざ暗黒の山道へ。
明かりは星と月とヘッドライト。
雲の上から見る星は何も邪魔するものが無いためひたすら綺麗に散っている。
月は半月より少し大きいくらい。

遠くには先に出発した人と思われる弱い明かりが見える。
それ以外は自分の足元しか見えない。

これまで来たペースに比べれば格段にゆっくりで、なるほどここに来て楽を感じさせるためにここまで速く歩いたのかなと少しガイドを見直す。
とはいえ、僕は一人だから10人チームなんかより確実にペースは速い。
どんどん抜く。
体は熱く、たまに吹く風が冷たく心地よい。
自分がどこをどう歩いているのか全くわからない。
登ってるのか蛇行しているのかもわからない。

1時間半歩き休憩するともう半分だと。
おぇ!?そんなもんなの?と拍子抜けする。
夜空を見上げるとちょうどその時、月ほどの大きさの流星が青緑の光を出し燃え落ちた。

ここからが地獄の始まり。
先に出た人々をすべて追い抜き、4人組のチームと共に登っていたが、次第に疲れも出てきて少し遅れをとる。
ゆっくり歩こうとするが、僕のガイドは決して後ろを見ることなく前の4人とどんどん進んでしまう。
やれやれとあまり距離を空けないよう自分のペースを崩しながら付いていく。

高山病もない、体力的にもそんなしんどくないと、自分で「山登りセンス間違いねぇな」と確信する。
一種のランナーズハイのように、登るのが楽しくなる。登りたくて登りたくてしかたない。

いつからだろうか、次第に意識が朦朧としてくる。
息が切れだし、寿司のことしか考えられなくなった。
ダルエスサラームに戻ったらどんな高くても寿司食うぞ。マグロか~イカか~・・ウニとかあんのかな~とか。ホントそれしか考えられなくなる。
それが進むと、何も考えられなくなった。
つらい。
意識とは関係なく足だけが動く。
細かい砂利道のせいで鼻水が止まらず、口でしか息ができない。グローブにタオルを縛りつけ鼻をこすり続けていると鼻が麻痺した。口をあけているせいで喉がいたい。目に入ったらしく右目が曇ってきた。
ガイドも途中で足を止めてはひざに手をつき、ぜぇぜぇしている。
ベテランでもやはりここまでくればつらいものはつらい。

どんだけ歩いたかわからない。
砂利道が岩登りに変わる。
手を使って小さな岩を登っていると上で叫び声が聞こえた。
僕  「Is that Gilman's・・・??」
ガイド「Yes」

とたん体が信じられない程軽くなった。
ひょいっと岩を登り終え、そこに着いた。
ギルマンズポイント 5685M。午前3:30分。

喜びに満ち、ガイドと抱き合う。
やっと坂道が終わった。
辺りは依然真っ暗。風が強く冷たい。
寒くて止まっていられない。
先についていた4人と一緒にすぐさま次を目指し歩き始める。
ここからは平坦な道だけれど、幅がなく、一歩はずすと崖に落ちる。
時に氷の上を歩くこともあり、緊張感は絶えない。
僕は疲れきっていて、4人についていくことは辞めた。
半ば投げやりになってきて、後ろを見ず、先に歩くガイドもどうでもよくなってきた。ただホント何も見えない。

ひたすら進む。何も考えず。

2月9日午前5時10分、僕は一つの看板を前に立っていた。
「UHURU PEAK TANZANIA 5895M. AFRICA'S HIGHEST POINT」

目標達成。

ふぅ。こんな感じ。
感動はない。放心。

懐に入れて暖めてきたデジカメを出し、グローブをとって写真を撮る。
手はあっという間に動かなくなり、1分程でデジカメも寒さのために動かなくなった。
頂上で踊ってデジカメのビデオに収めようなんて考えて、振り付けまで考えてたのにそれどこじゃない。とっとと帰るぞ。

帰り道もガイドは数メートルも僕から離れて歩き、暗闇で道を失った僕は岩に足を取られひねった。
疲れのせいかガイドに腹が立ち、呼び戻し「何度言ったらわかんだよ。ゆっくり歩けって!なんも見えないんだから」としかりつけた。
ガイドは「日の出を見るために急いでんだ」って。
ここまで来たら日の出なんてもうどうでもいい。そもそもゆっくり登ってギルマンズで日の出を見ると言った約束はどうなったんだよ。

次第に辺りは明るくなり、僕がギルマンズに戻った頃に陽は上がってきた。
あれだけ見上げて歩いてきたマウェンジを今は見下ろす。
雲海に上がる太陽。
アフリカに来るまで考えもしなかった、キリマンジャロの日の出。
しっかりと目に焼き付けた。

明るくなり下り始めると唖然とする。
こんな急でごつごつしたところを登ってたとは信じられない。

岩場を過ぎるとあとは砂利道を直滑降。
右目は完全に見えなくなり涙が止まらない。
早く帰りたい、そんな気持ちでいっぱいだった。

キボハットに到着しベッドにつくが体が動かず、服が脱げない。
しばらく電池切れで止まっていた。
ちょっとベッドで横になる。
登りの途中で追い越した日本人の友人は高山病にやられ先に下りてきて横になっていた。

1時間ほど休憩して3700Mのホロンボまで下る。
この道がひどく長く感じた。
そりゃ0時から歩いてりゃ無理も無い。

ホロンボで頭を洗い体を拭く。
既に遠くとなったキボ岳を眺め、登ったんだと実感させる。
登山のためにやめていたタバコ。登山中もガイドを吸う姿をうらやましく見るもぐっとこらえていた。
でもこれだけは譲れない。目標達成後の一服。
ガイドにもらい山頂を眺めながら大きく肺に入れる。
倒れそうになった。久しぶりに加え、高地での一服は相当きく!
でもうまい!

こうして僕の登山は終わった。

Nimefika Uhuru!!
ウフルに着いたぞ!(スワヒリ語)









前夜の巻。

2006-02-24 06:18:41 | Weblog
2月8日
登山4日目。
日付の感覚が麻痺してきた。

混み合っているせいで、ポーター達が食堂の場所とりでよく喧嘩をする。
軍旗のようにそれぞれが自分の布をテーブルに広げ、僕らお客のために席を確保する。
大勢のチームはやはり権力が強く、僕みたいな一人はいつも端に追いやられる。

さて、今日はかなり大事な一日。
4700Mまで登り、数時間後には頂上へアタックをかける。
今日こそはと高山病の不安を抱えながら登山開始。
はじめの登りを過ぎると後はひたすら平坦な道がつづく。
辺りは何も無く、高山植物でさえ生きることを放棄し、赤茶の砂地にうつる。
今日の過程の大半はキリマンジャロの全景を向かいに歩く。

もうすぐあそこに立つんだとリアルになるにつれ、大学受験よりも目標意識が高くなる。
山頂に立っている自分の姿の想像だけで嬉しくなり、笑みがこぼれる。
約4時間、最終地「キボハット 4700M」到着。

目の前には頂上へ向かう急な砂利道とそれを受け入れる悠然としたキリマンジャロ。
今まで歩いてきた道とは比べようも無い程の勾配があり、まるで滑り台のよう。
本当にここ登んの?

ここまで来ても体に異常はないのが助かる。

17:30 夕食をとり23時起床のため体を休める。
今までの山小屋とは違い、大部屋に二段ベッドが6つ。
みんな夜中のアタックにかける仲間たち。
すでに高山病でつらそうな人も見かけられる。
穴を掘った簡易トイレはあるが、この高度に水はない。

にしても、寒いし埃っぽい。でも空気が薄いかどうかはわかんない。息はできるし。

さて、次に日記を書くのは、達成後か、敗北後か。

順応の巻。

2006-02-23 07:35:04 | Weblog
2月7日
登山3日目。
今日は高度順応日。
高山病に不安を持っていたため、登頂のため時間を惜しまず順応日を入れた日程にした。
少し高度を上げ、また戻り同じ宿でもう1泊する。
9時に出発。2時間ほどと聞いていた目標地「ゼブラロック」には1時間で着いた。名の通り、岩肌が綺麗に白黒の縞模様になっている。
更に登り、次のハットへの中間地点まで行く。
右にはマウェンジ岳の全景が見える。ごつごつとした岩山でまさしく鬼岩山。
左には雪のかぶったキボ岳。両方キリマンジャロだが、一般的にこのキボがキリマンジャロとして言われていて、これを目指す。
遂に山頂までの道のりの全景を見た。
最後のハットから急な登りになるのが見て分かる。遠くから見ると絶壁のよう。
あそこまで行けるのやら・・

相変わらず高山病の症状は皆無。普段歩くはずの無い距離を歩いているのに体にも異常はなし。
脳が登頂のことでいっぱいで、体をこわしていたわる命令を出す余裕がないんだろうな。
ガイドのペースは平均以上に速いため、自分でペースを作る。
時には敢えてスローにし、立ち止まって必要以上に体全体を使って大きな深呼吸。

天候が少し崩れてきた。明日が心配。
体にも気持ちにも順応日は大切だと感じた。

今日も新しい日本人と出会う。
一人は大学生で卒業旅行の途中とのこと。明日から同じ日程で山頂を目指す。
もう一人は下ってきた64歳のファンキーおじさん。世界中を自転車で回っているという。残念ながらウフルまではいけなかったらしいけれど、元気なもんだ。
いろんな人がいるんだなぁ。



雲上の巻。

2006-02-23 07:14:12 | Weblog
2月6日
登山2日目。
山小屋は4人部屋。3畳底面の三角錐。板にマットが敷いてあり、寝袋で寝る。
初心者の僕はベットの場所取りを間違い、ドアのすぐ近くで寝たため夜中から朝方にかけて寒くて眠れず。
7:00朝食、8:00出発。
しばらくは昨日と同じ森林を歩く。
森は色々な音を出す。
風で木と木が擦れ合うカラカラという音は「もののけ姫」に出てくる森にいる顔の回る奴の音にそっくり。
1時間弱で森を抜け、視界が広がる。
昨日は雲のかかっていた頂上ウフルやマウェンジ岳も今日は機嫌よく顔を出していた。
目標が見えてモチベーションが上がる。
1M程の背丈の植物が続く中、たまに急であとはなだらかな道。
酸素の薄さも全く気にならない。
気が付くと雲を越えて見下ろしていた。こんなはっきりとした雲の上は初めてかな。ちょっと偉くなった感じ。簡単に雨でも降らせられる気さえする。
たまにガイドと話すものの、ほとんどは黙々と歩くだけ。
しゃべらない分、見るものに集中できる。
頭の中はどうでもいいことばっか思いつき、坂についてどうでもいいことまで考え、時には今まで登ってきた色々な坂について思い出す。彼女と歩いた通学路だったり、部活で走った坂だったり。そして思い出し笑い。
昼食のランチボックスを道端で食べ、少し歩くとガイドが「あと1時間くらいだけど平気か?」と問う。おぉ、もうそんな近いのかとその坂を登り終えるとそこには今夜の宿「ホロンボハット(3700M)」があるじゃない。その言葉で僕をがっかりさせようとしたガイドめ、屁でもねーぞ!
12:30 ホロンボハット着。
辺りはガスってて気温も低い。歩いているとあまり感じないが、さすがに3700M地点を半袖1枚じゃ肌寒い。

トイレと水道はある。
意外と汗をかいているはずだから、濡れタオルで体を拭き、パンツを替える。服は着替えない。

頂上から下ってきた日本人と会う。
見事ウフルまで行ったそうだ。
ここは頂上に登ったあと、下ってきた人も泊まることになり混み合う。
彼とは同じ部屋になったので、山のことだけでなく、将来のことなんかも語る。
この後ザンビアに来るということで、これも何かの縁と再会を約束する。

昨夜の不眠を教訓に、今夜は寝袋2枚重ね。更にフリースを着て寝る。
それでも寒くて起きてしまう。

朝ごはん:トースト、ゆで卵
昼ごはん:具なしサンドイッチ、生人参、ゆで卵、フルーツ
夜ごはん:ライス、チキンカレー、にんにくスープ、しびれるほどすっぱいマンゴ     ー