Jacarandaの木の下で

2004年〜2006年
ザンビア共和国での在外公館派遣員の記録

無事!?

2005-06-09 04:43:24 | Weblog
いつもどおり仕事に行くと大使館の門の前で、「髄膜炎」で休んでいた庭師がひょっこり来ていた。ちょうど、自殺未遂した庭師の事件の次の日。
おぉ、生きていたかと嬉しくなり、様子を聞いたみた。
まだまだ体調は万全じゃないけど、なんとか退院できたと。
しかも退院したのは意識を失って入院した次の日だと。またか・・・
どうして意識失って7時間も昏睡状態の人間がその日に退院すんだよ。
で、結局なんだと聞いたら「脳性マラリア」だったと。
よくわからないけど、頭は痛そうだ。
で、退院証明書をみたら病名のところにはただ「毒」と。
おいおい、話が見えません。
で、大使館のドクターが「髄膜炎」じゃなかったのか?と聞くと、「そうだ」と。
あ~まだ頭が治ってないのね。
歩くのもふらふらなのに自転車こいで来たのは偉いけれど、やっぱり取るものは取っていった。
僕に「食料を買うお金がない」って。
今回限り、何も言わずに退院祝いを差し上げてしまいました・・・

自殺未遂の庭師の友達が事件を振り返ってこう言っていた。
「That's part of life」
なぜかこの言葉にすごく気持ちが揺れた。
大きなミスも、恋愛も、自殺未遂でさえ「生きているうちの一コマ」なんだと。
そしてこの言葉を言えるということは「今、生きている」ということなんだなと。

何が大切なことか、過去の出来事を責めることでもなく、忘れることでもない、受け入れて糧にすることなんだと教えられた気がする。

「That's part of life」
前へ進もう。


生きろ!

2005-06-07 04:04:49 | Weblog
姉さん、事件です。

金曜日、Aさんの庭師が女性に暴行をはたらいたと警察に捕まった。
どうやら近くのこの前僕がお世話になったアホ警察の牢屋に入ってるらしいと。
何も連絡がないまま、心配になったからAさんと一緒に警察に出向いた。
相変わらずだらーんとしてるアホ警察。
彼はどこだと聞くと「牢屋にいるよ」と。
「出したきゃ金払え」って。
「彼は腹減ってるからなんか買ってきてやれ」って。
「明日にでも裁判所に連れてかれるよ」って。
「殴られた女性は病院にいったよ、俺が一緒に行った。たぶん××病院だよ」って。
おいっ!一緒に行ったのに「たぶん」ってなんだ。
こりゃ大変だ。その前にちょっと顔でも見ようと牢屋を覗くと、他の囚人が
「あいつは家帰ったよ。」って。
おいっ!!
再びアホ警察に問いただす。
「そうだよ、あいつはもう帰ったよ」って。
なんだこいつら!!ほんとどうしようもない。
腐っても警察だよ。ありえない。

で、ホントの事件は翌日。

僕がたまたまAさんに電話をすると様子がおかしい。
「昨夜釈放されて家に戻った庭師が今、毒を飲んで自殺をはかった・・・」
僕が電話をするほんの数分前に発見され病院に搬送されたところだった。
なんてことすんだ。
その庭師は僕もよく知ってる。いい奴だ。
急遽予定を変更、車をとばし、Aさんちに走る。
僕が着くと同時に彼を搬送したセキュリティーサービスが病院から戻った。
「とりあえず、大丈夫だ。生きてる。」と。
いてもたってもいられず、Aさんと一緒に病院へ。
彼はひどい状態でベッドともいえない堅い担架の上にうつ伏せになり、途切れなくもどしている。
意識はあり、なんとか言葉も発せる。
生きているのにひとまず安心。
喉が渇くというから看護婦に水を与えてくれと言ったが、「そんなものはない、自分で買ってきてあげてくれ」と。
この病院はザンビアで一番の大病院。それなのに、患者にあげる水も無い。
見れば患者はベッドもなく廊下で横たわっている。かけてやる毛布もない。
これがザンビアの現状。唖然とした。
水を買って与えることしかできない僕らは経過を見守るしかなかった。

彼の自殺の原因は女性とのもつれ。
好きだった女性が他の男性と会っているのを見て、逆上し暴力、そして捕まった。
彼には家族がいない。幼い頃に全員亡くなっている。
気持ちをシェアする人がいず、色んな事が重なって、自分を見失って殺虫剤を飲んだ。
発見と処置が迅速だったからとりあえず助かった。

次の日来ると約束し、家に戻る。
心配でうまく眠れない。
なんてことしてくれたんだ。彼のことを想うと悲しすぎる。

翌日、牛乳と水を持ってAさんと病院へ。
彼がいない。
看護婦に聞いてもわからない。
患者の取り扱いの杜撰さにこの上なく腹が立った。

その時、他の人間が「たったいま他の二人の友人と帰ったよ」と。
帰った??人違いだろ?昨日あんな状態で退院できるはずがない。
けど、帰ったと。
確かに、昨日二人の友人が彼の服を取りにAさんちに来た。
それ以上、確かめようがないからとりあえず帰って確かめよう。

Aさんちの門が開く。
そこに彼の友達がいた。僕が病院で彼にかけてあげた寝袋が干してある。
彼は帰っていた。
しかもシャワーを浴びていた。

本当に退院して、入れ違いで友人と帰宅していた。
信じられる?笑っちゃったね。
24時間前に自殺未遂で運ばれて、見るも無残だった彼が今はシャワー浴びてるって。
良かったよ。すごく安心した。まだ目はうつろだったけれど、歩いて話ができる。
しかも玄関でほうき掃除とかしてやんの。
笑っちゃった。おかしすぎる。心配した夜を返せバカヤロー。

まったく、やれやれですよ。
まだまだ心は回復していないだろうからこれからのケアは必要だけど、とりあえず生きて帰ってきたことにすごく安心した。安心してどっと疲れた。

なんだかホントに起こった事なのかどうかわからないこの事件。
警察や病院の杜撰さに唖然とし、近い人間の死がどれだけ大きなことなのか感じた。
自殺なんかするもんじゃない。
馬鹿げてる。







再上陸!

2005-06-01 08:45:53 | Weblog
ロンドン話に入る前にひとつ。

月曜から現地職員の一人が入院している。
医者の診断によると病名は「髄膜炎」。
日本ではなじみが薄く、僕も正直よく知らない。
頭痛とか症状は風邪に近いらしいけれど、手遅れだと行く先は暗い。
彼は年末に赤ん坊を授かったが、このところずっと体調が悪かった。
何か悪い病気じゃないかと思っていたところにこの報告。
正直に言うと、おそらく彼のベースにはHIVがあると思っている。免疫力低下のところで発症。気になるから上司に断りをいれ、お見舞いに行こうと思ったけれど医務官から「伝染」すると聞いて、たじろいでしまった。伝染力はインフルエンザより弱いけれど、大使館に持ち込んだらまた大変になる。気持ちだけじゃ動けない。
楽観的なことを言っている場合ではないけれど、経過を見るしかない。

で、話はロンドンへ。
今回の出張も前回と同じく日本食プラス必要な買い物出張。
選ばれたのも偶然だし、さらに、帰り便のエコノミーが取れないため急遽ビジネスへ。これまたたなぼた。

ルサカ発は朝8時15分。
日中にアフリカ大陸を縦断する。
僕はサハラ砂漠がムショウに見たかった。
あえて窓側の席を確保していた。
いざ機内に行ったら、あら太っちょが座ってるじゃないの。そこ僕の席。
僕がAであなたはBだから通路側ですよ、といっても、「私は窓側っていってこのチケットもらったから窓側だ」って。いやいや、明らかにここに絵で書いてあるだろって言っても聞かないのがザンビア人。アテンダントに聞いてみろって。あぁ聞いてやりますとも。
「ちょっとすいません、この人Bなのに窓側っていいはってるんですけど、Aですよね?」と僕。
「いや、Bです」とアテンダント。
なんだこいつ。お話になりません。
「他の人にきいてみろ!」と僕。
と、そのアテンダントは白人のアテンダントに聞いてみる。
「Aが窓側らしいです・・・」
このアテンダント今すぐ降ろしてやりてぇ。

サハラは広い!
どこまで行っても砂砂砂。
こんなところが地球にあるんだからすごいですよ。

ロンドンのホテルは中心地ピカデリーにとった。
便は抜群にいい。
ただ、中心だけに夜はうっさい。
更に、トイレの水が止まらない。四六時中じょろじょろじょろじょろ。
ティッシュを詰め込んで音を消すので精一杯。
もう一つ、僕の部屋は2階。すぐ下にはパブの入り口。
で、25日。リバプール(イギリス)対ACミラン(イタリア)というサッカーのチャンピオンズカップが行われた。
ビッグイベントですよ。超ド級の。
ここはイギリスですよ。フーリガン天国ですよ。
しかもリバプールの劇的逆転勝利。
いつもならノリノリで混ざるけど、僕は諸事情で動揺してたからノリきれない。
そそくさと部屋へ帰る。
しばらくすると始まった。暴徒。
バイクは倒すわ駆けつけた警察とはどたばたしてるわ。やれやれ。

買い物をちょこちょここなしつつ、今回は時間があるからちょっと郊外にでも行ってみようと。
テーマは「石」
まず、前回いけなかった大英博物館へ。
見っけたぞ『ロゼッタストーン』!お~すげー、何書いてあんのかさっぱりわからない石だこれ。
しゅーりょー。
さてと、用は済んだ。出よう。
次!
電車を乗り継ぎ、郊外の田園風景を眺め、駅からは間違って買ったツアーバスに乗る。
見っけたぞ『ストーンヘンジ』!!お~でけー、何の為に建てたかさっぱりわからない石だこれ。
しかも変なパワーあるぞ。占いとか人探しで使う鉄の棒がぐいぐい動く。誰よりも一生懸命UFO探したけど出てこないの。おっかしいな、こんな世界遺産を前にして、空をきょろきょろ見ていたのは僕以外いない。完全に観光の仕方、間違った。

で、電気ポットが見つからないまま最終夜。
今夜しかない!と夜の街へ繰り出した。悪い僕が動き出した。
ジャケットも着てばっちり。パスポートも持った。
僕はロンドンで1,2を争うクラブ(ディスコ)の前に立っていた。
意気揚々にパスポートをガードに見せる。もちろんすまし顔で。
一歩踏み出したその時、
「ノー、スニーカー!」
えぇぇぇぇぇ!!いてぇぇぇぇ!!
まずった。完全にまずってしまいました。足元ですか。足元見ましたかキミは。
参りましたねー。おそらく相当なスピードで眼球が動いてたましたよ、動揺して。
が、負けないよ。
止められた分余計に気分盛り上がっちゃったもんね。
こちとら名目は出張ですよ。スーツに革靴くらい持って来てますとも!
とりあえずホテルへ戻る。
時間は23時。
まだ早い。盛り上がるのは24時以降に違いない。
今日も日中の炎天下歩きっぱなしだったから今夜ダンスキングになるために少し体を休めよう。
・・・・・
・・・・・
あ~うるさい!外で女が酔っ払って暴れている声で目が覚める。
あれ?え??目が覚めた??
時間は!!?
3時・・・
チーン。しゅーりょー。
儚い。人の夢と書いて儚いですよ。戻ってはこないのです。
もう少しで男泣きでした。

最終日。
仕事をしましょう。
大使館へ行き、今回の荷物の多さにびっくり。
ダンボール14箱。計144キロ。
僕の荷物として持って帰るのです。
カードの限度額上げといて正解。

空港。
ここからは力の見せ所。
チェックインでカウンターと交渉する。
もちろん最初は通常のエクセス料金を提示される。120キロオーバー・3500ポンド。約70万円。
バカイエ、払えるもんか。マネージャーよこせ、上と話す!
という内容を優しい口調で下手にでるのです。強気に出るとあっちもつっぱねる。
マネージャーと交渉後、再びカウンターと交渉し、なんとか80キロまで減らしていただきました。今回はいい人に当たってよかった。それでも45万円だけど・・・
こんなお金を使ってまでと疑問に思うけれど、これが役所のやることです。
その恩恵を受けている僕たちはなんとも複雑な気分です。

空港内の免税店で買い物をする。
頼まれた化粧品をレジへ。
レジには金髪で長髪の女性。
「数ポンドです・・・」
???ちょっとまて。落ち着け僕。
今、僕の耳に入ってきたのはこの人の声ですか?
今、僕の耳に入ってきた太い声はあなたの声ですか?
!!!
男やんけ!!
カツラかぶって女装してんじゃないよまったく!
これから数千数万キロの旅に出ようとしている人を最後に見送るのがオカマちゃんですか。
万が一飛行機が故障して墜落しようとしてる時に、走馬灯のように人生を振り返り、両親を思い、恋人を思い、友人を思い出して、最後にスクリーンに現れるのは薄くおひげの生えた金髪のオカマちゃんか。ふざけんなー!死に際にひくわ。

と、今回はこんな感じで少し浮き沈みの激しいロンドン記でした。

↓写真(順番がハチャメチャになっているので「最終変更日」というところをクリックして整頓してから見てください。)

写真<ロンドン>