"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
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外からの視点で触れて見たいと思います。

“内閣不信任決議案否決について”

2011-06-03 02:29:29 | 日記

内閣不信任案、否決されましたね。

不信任案が通るためには、民主党から多くの“造反者”が出る必要があり、もともとハードルは高かったわけですが、それにしても中途半端な結果となってしまいました。

内閣不信任案が否決されたということは、首相含めて今の内閣が信任された、ということになるはずですが、そうなっていないところが、なんともわかりづらい日本の政治なのだと思います。

 

今回は、菅さんが、投票直前に“東日本大震災への対応に一定のめどがついた時点で退陣する”と発言したことで形勢が大きく変わりました。

民主党内で、不信任案に賛成したのは、前評判とは違って、結局2人だけになってしまいました。

正直者はなんとかを見る、と言いますが、最後まで自分のスジを通すとはしごを外されるというのはなんともおかしな世界だと思います。

退陣すると言わざるを得なくなったということは、やっぱり、不信任だったということであり、菅さんもそのことを認めたということなのですから。

 

それにしても今回は、鳩山さんの動きが目立ちました。

前の日になって、ようやく不信任案に賛成することを宣言したのに、菅さんと当日に再交渉し、辞任の発言を引き出すと、一転して不信任案への断固反対を訴えました。

党内の分裂を防ぐという点で、鳩山さん的には一貫性があったということなのでしょうが、であれば、直前に不信任案に賛成するという発言をしなければいいのにな、と思います。

小沢さんと菅さんの間を行ったり来たりでは、信用されることは難しいでしょう。

 

民主党執行部は、当初、欠席者も含めた造反者を除名すると言っていましたが、小沢さんを含めて、欠席した議員の取り扱いをどうするのでしょうか。

ちゃんとスジを通すのでしょうか。

やはり玉虫色にするのでしょう。

つい最近の代表戦の時の、マスコミ挙げての小沢さん叩きの大合唱はどこに行ったのでしょうか。

 

結局、自民党他野党の思惑は外れました。

解散にもならず、民主党の分裂も起きませんでした。

菅さんが辞めても、次の総裁候補含めて、自民党は蚊帳の外です。

 

今回、不信任案提出にあたって、自民党からはこれからこのようにやっていくという一貫した主張は見られませんでした。

そのことも、国民に、「この大切なときに何をやっているのか」という印象を広めることになったでしょうし、不発に終わった一つの要因でもあろうかと思います。

 

今、自民党内には、原発推進派がまだまだたくさんいるでしょう。

そういう意味で、小泉さんが、今後のエネルギー政策について踏み込んだ発言をしたことは、いいことだと思いますが、まだまだ、自民党内はまとまっていないでしょう。

これから、だれがどのような主張をするのかということはきちんと見ておく必要があると思います。

 

菅さんの辞任時期ははっきりしません。

にも拘わらず、党の分裂がなくなるというところが、なんとも日本的な解決方法だと思いますが、いづれにしても、退陣の時期はいつか、次はだれか、ということで、これから大きく動き始めるのでしょう。

菅さんの求心力は、今まで以上に落ちていくことになります。

しかし、退陣の時期がはっきりしていないために、このままずるずると菅政権が続いていくということもありえると思います。

私は、このような大切な時期に、求心力の落ちた人が、首相を続けるべきではないと思います。

すぐに代表選に入るべきだと思います。

 

もともと、不信任案が通ったとしても、解散しないで、内閣総辞職する選択肢もあったのですから、小細工なんてしなくても良かったと思うのです。

そうすれば、すぐに代表選挙に入れたでしょう。

その場合、民主党内の分裂はあったかも知れませんが、透明性は格段に高まったと思います。

もっと色々なことがスッキリしたはずです。

 

これから、海外含めて、経済危機、自然災害等が起きる可能性もあると思います。

今の政権では、危機対応は難しいのではないでしょうか。

 

福島原発では、まだまだ危機が続いています。

福島原発のライブカメラを、特に夜の時間に見てみると、そこから何かが大量に放出されていることが確認出来ると思います。

http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html

 

決めるべき事が速やかに決まらなくなっていくことだけは避けなくてはなりません。

党利を超えて、リーダーシップを取れる方が出てくることを祈ります。

 

そしてこんな時だからこそ、国民一人一人が、どう感じ、どのように動くのか、

そしてどのような世界を創造して行きたいのか、ということが何にも増して大切だと思っています。

 

もしかすると、今の政治がこのようになっているのは、私たち一人一人に、

“自分がやらなければ!”と目覚めるきっかけを与えられているから、ということなのかも知れません。