焼肉屋さんの集団食中毒の件19：国家主義

「…こういう事件をなくすために，国家が学位を授与するように学位令を改めよという議論さえ現れた。国家主義は，あらゆる機会をとらえて，わが身を太らせていくのである」（廣重徹『科学の社会史（下）』岩波文庫，p.14）

　ここでは「わが身を太らせる」動作の主体は「国家主義」とある。主義主張と言う抽象的な存在が太るという具体的な状態変化をするとの文意は，一読明快とまではいかない。「国家主義」の具体的内容は何者であろうか。

読売新聞　ユッケ食中毒、夜営業なのに午前中に監視訪問　2011年6月1日07時31分

「砺波店（富山県砺波市となみ町）で２００９年の開店以来、１度も立ち入り検査が行われていなかった問題で、県砺波厚生センターの職員が店を訪れた４回のうち３回は午前中だったことが３１日、県への取材でわかった。残る１回も午後５時１５分までの県職員の勤務時間内で、夜間営業が主な焼き肉店に対し、ずさんな監視業務を続けていたことが浮き彫りとなった」

　しかしこの職員たちは，焼き肉店専従なのではなく，豆腐店など―食品取扱業全般を担当していた模様である：

「県の一斉監視では、地域を決めて半日で飲食店や食品販売店、食品製造業者をまとめて回ることになっている」

　上掲記事に与えられた情報からは，焼き肉店に対し結果的にずさんになったことは分かるが，意図的にずさんにしたわけではないといえる。

　大事件になってしまったので「えびす」への注目度が高くなってしまっているが―ここにこそ調査の資源を投入すべきだったと後知恵がでるが，考えても見よ，今回このザマになりはてた問題の衛生状況というのは，食肉卸「大和屋」（ないしそこより上流）にある。

　…『だから「えびす」の個々の店を回るのは優先順位が低くていい』と主張する筋は流石に県擁護が過ぎるが。

　ともあれ。
　こうして『県（ないし国）は怠慢である。もっと厳しく監視業務をせねばならない！』と主張する向きが大いに出てくる・出てきたわけだが，さてこの「官の監視の強化」を主張する具体的な人々というのは，一体誰だっただろうか。彼らは別に「僕たちは国家主義者だぞおおおお」と思って意図的に主張しているわけではない（だろう）。しかし恐らくその背後には国家主義的な意思・世界観が存在し―それが「わが身を太らせているのである」。

スポーツニッポン　生肉規制で独自対策の自治体も　「国は遅い」 　2011年5月29日 18:58
「保健衛生の現場を担う自治体からは「国の対応では遅い」と批判も」
毎日新聞　焼き肉店集団食中毒：砺波市長、再発防止を要望　知事に監視強化を　／富山　2011年5月31日　地方版（富山版）
「砺波市の上田信雅市長が３０日、食中毒の再発防止を求める要望書を石井隆一知事に提出した。同市は要望書で、食中毒の原因として、県の食品衛生監視指導が十分でなかったことや生食用食肉に関して、国がガイドラインのみで法に基づく規制を行っていなかったことを指摘。再発防止のため、▽食品衛生監視指導の充実▽生食用食肉の衛生基準を食品衛生法に基づく法的な拘束力のある基準にするよう国への働きかけ－－の２点を県に求めた」

　この場合自治体から国へ『もっと早く！』と急かしているので，『これは官による自作自演の権限強化策！』と主張してもよい。

北日本新聞　生肉汚染－えびす集団食中毒（下）　方針転換　2011年05月30日 00:56

「国は衛生基準の見直しを進め、これまでなかった行政処分や刑事罰を１０月から適用する方針を固めた。いわば、営業者の良識に任せて黙認してきた実態を全面転換する格好となる」

　どっちみち，従来のような目視検査では，今回のような事件を防止することは不可能ではあろう。しかしそこは今まではなんとかなってきたのであろう。時々検査が入って「おめぇこれダメだろ」「サーセンw」くらいで。
　民間の良識に任せてきた方針を転換　さ　せ　た　ものは何であったか。
　陰謀論者なら「えびす」の経営者が国家の手先だったのだというだろう。そうではないことを確証するのはそりゃあまあ無理だろうが，しかしそれから「もっと規制を！」「もっと罰を！」「もっと速やかに！」と主張してきたのは，一体誰であったか。

　つうか廣重徹『科学の社会史』，すげい勉強になる。1頁ごとに大量にノートを作りたくなるほどに。ちゃんとした人がちゃんとしたものを書くというのはこーゆーことなんだろうなあととある人・本のことを思い起こしてみたりした。

　あと：焼肉酒家えびす　集団食中毒事件＠ウィキを発見。三日坊主の素晴らしい見本。