
カッちゃんのダチのかんちゃんは、
入社したばかりの会社で、
事務職にあって、
毎日を頑張るが、
ミスが多い。
そしてかんちゃんの部署の上司は、
口やかましい。
ミスをしたかんちゃんを40分近く叱る。
そんなときかんちゃんは、
3日ほどの休みを取り、
一人暮らしのアパートで、
年末に録画したNHK紅白とゆく年くる年を見る。
そして除夜の鐘が打ち鳴らされるのを見て、
カッちゃんに電話して、
「新年おめでとう」と言う。
カッちゃんも「おめでとう」と返して、
かんちゃんは、
一年の計をたてて、
3日後に職場に戻る。
が、
1週間後にまた失敗して😞
上司に怒られ、
3日間の休みを取り、
録画されたNHK紅白を見てゆく年くる年を見る。
除夜の鐘が打ち鳴らされるのを見て、
カッちゃんに電話して、
「新年おめでとう」と言う。
カッちゃんも「おめでとう」と返す。
その後かんちゃんは、
一年の計をたてて、
3日後に職場に戻る。
一週間後、
またかんちゃんはミスをして上司に叱られて、
3日間の休みをもらって、
録画されたNHK紅白とゆく年くる年を見る。
除夜の鐘が打ち鳴らされるのを見て、
カッちゃんに電話して、
「新年おめでとう」と言う。
が、
カッちゃんは、
「かんちゃん。もう飽きた」と返信した。
かんちゃんは慌てふためき、
「僕に------僕に------年末年始をくれ!!」と喚きながら3日後、
会社に戻るが、
上司から、
「お前に永遠の年末年始をやろう」と言われた。
かんちゃんは、
休み過ぎを理由に、
懲戒解雇になるところを、
常務の計らいから、
自主退職というカタチにされた。
そして、
毎日をアパートにこもり、
録画されたNHK紅白からゆく年くる年を見て、
除夜の鐘が打ち鳴らされるのを見る。
そして、
新しい職場が決まるまでの日課となるカッちゃんへの電話で、
「新年おめでとう」と言う。
カッちゃんは、
「リセットすればいいってもんじゃないよ」と言い返すも、
「今年もよろしくお願いします」と言ってあげるという。
おめでとうって返してあげて優しい🎀と思いましたが😌
ちゃんと言ってあげましたね🥲
相手を思うからこそ✨
厳しく言う本当の思いやり🥹
届いてくれたらいいな😌
今度はお仕事も頑張ってほしいな✨
凶公さま🥹いつもありがとうございます🎀
凶公さまに温かいお言葉を頂き🍀明日も頑張ろう✨って思えます😌✨
入社したての彼は
新卒したてばかりなのかな、、
いままで学校学生の世界から
社会人の世界に
初めて飛び込むのは
多くの人にとって大変なことですね
学生時代によほどの希望や期待など
強くもちつづけていないと
めげそうになるでしょう
その意味では、
学園天国だったのでしょうが、
そんな学園時代も
一応(生ぬるいながらも)
最低限の規律がありました、、、
その規律のなかで
最低限身に付けておくべきと
意図されたものが
少なからず存在していた気がします、、
今回、出てきている出欠、、、
無断欠勤はしてはいない?のだと
思いますが、
頻繁に連休を短期間に
儀式的にとりつづけること、、
さすがの学園天国だった時代でも
NG だったのでは???、、?
、、、
いつも、有難う御座います(^.^)(-.-)(__)
https://blog.goo.ne.jp/575
また宜しく御願い致します( `・ω・´)ノ ヨロシクー575
学校生活から会社員になって、
社会生活を営むという責任感は、
従来の自由さが失われたという過去への消失感が現れる頃だと思われます。
私自身も、
会社員となり、
評価されるときはうれしいんですけど、
批判されたときは(というより入社当初は批判が多かったです。私の場合は)、
批判の尺度が分からず、
それがイマをも理解し得なくなりました。
そんな時に、
過去の自由さとそこに付随してた当時の価値観を懐かしみ、
その思いが、
イマと比べると失われた楽園に等しかったように思います。
それだけイマの辛さ寂しさがこたえてました。
しかし、
会社に慣れてくると、
そうした過去の思いも、
一夜の夢か幻のように薄れていき、
やがては断片しか思い出さなくなりました。
本来の学校生活は、
社会に向けての訓練期であるはずが、
学歴を第一として社会に適応しようとすれば、
理想と現実の乖離があって当然です。
私も575様がご指摘なさったように、
このかんちゃんという人物は、
社会的適合に欠けていたと、
記事を書きながら、
思わされていました。
社会的常識として、
こんなに欠勤すれば、
他の誰かが、
犠牲を強いられるという事実を理解し得なかったことも、
社会性という視点からは乏しさが目立つ行為です。
当然、
会社側は、
適合性に欠ける人よりも適合性に優れた人材を好みますから、
離職という結末を突きつけられてしまいます。
月日は過ぎ去っていくばかりです。
過ぎ去ったものは現実ではなく、現実であったという思いを持ち、
常に、
適合していく日々でないと、
イマを失ってしまいます。
現在のZ世代の人々が、
会社が気に入らないと、
自分で辞表提出さえせずに、
弁護士の退職代行を使い、
多くのイマを失っている姿には、
ナニか、
哀れさを感じてしまいます。
会社生活は、
様々な世代の価値観との触れ合いを通して、
経営戦略という業務を共同で遂行していく場です。
多くの葛藤はあっても、
多くの利益も得られると私は思いますけど。
575様のリアクションとコメントに感謝いたします。
強い励ましをいただいております。