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映画と渓流釣り

三人の罪の声


先ずは良くぞここまで完璧にまとめ上げたなと、その技術的な高さに脱帽する。
野木亜紀子と土井裕泰のタッグはテレビドラマの傑作「逃げ恥」でたっぷり堪能させてもらっているから、この作品が二人によって映画化されると知った時は嬉しかった。
今年の春、本屋大賞ノミネート作品でありたまたま図書館で貸出されていたから読み始めた小説が、あのグリコ森永事件を題材にしているとは知らず、分厚く重厚な小説だったが引き込まれるように読み切った。映画化するにはあまりにも濃い題材なので難しそうだと思っていたので、奇跡的な出来上がりに満足している。
原作は未解決の劇場型犯罪を詳細に再現している。当然犯人は確定していないからそこの部分は原作者のフィクションだけど、読んでいるうちに本当の犯人を知っているんじゃないかと錯覚させるほどの真実味がある。今も生きているだろう犯人たちが、この物語をどのように感じているかを知りたいとまで思わせた小説の力は侮れない。そしてもう一つの事実。脅迫電話に使われた三人の子供たちの行方の謎。声紋の推定通りであれば今40〜50歳くらいになっているはずだ。物語の主人公のようにこの犯罪にかかわったことを胸に仕舞って生き続けているのだろうか。

野木亜紀子の才人ぶりを感じるのは、このように多重に入り組んだお話を明瞭に描き分けるところだ。この映画を観ればグリコ森永事件を知らない人でも概要はすんなり受け止められただろう。そして極めつけなのは焦点の絞り方が的確なところだ。凡人がこのお話を2時間にまとめようとしたら、殆どの人は事件の粗筋を書いてしまうだろう。テレビでよくやってる(未解決事件2時間スペシャル)みたいな感じになっちゃうと思う。
野木亜紀子がやったのは事件そのもを必要最小限に描き、犯人は誰なのかというミステリーも主題にしてはいない。題名の「罪の声」に翻弄された三人の子供たちの苦悩とその後の生き方がど真ん中に描かれる。映画的な作りだけで言えば一番地味な題材だと思うのに、観終わってみればこれが観たかったんだと納得している。そんな作劇ができる脚本家は早々いるもんじゃないな。

携帯電話の無かった頃のすれ違い恋愛ドラマと同じように、監視カメラやデジタル技術が現在の様に当たり前の時代ではなかったからこその未解決事件。それでも巻き込まれるように事件にかかわった人たちの苦悩はいつの時代でも同じだろう。それを長く長く引き吊りながら生きてゆく人生もやはり苦痛なんじゃないかな。
映画は身内(伯父)が起こした事件に巻き込まれた仕立て屋の中年男と姉を殺され母と共に拉致され健康保険にも入れない日陰の人生を歩いて生きた男に、事件の真相を解明することで漸く陽が当たるようなラストが用意されているけど、実際はそんなに綺麗ごとには収まらないだろう。

事件そのものは詳細に検証されているし裏付けもほぼ完全なんだろうから、原作も映画もフィクションをはさむ余地がない(と言おうか、事実そのものが面白すぎる)。謎解きの犯人は誰だ!に関しては、有名なキツネ目の男だけぼやかされているけど、それは致し方ないだろう。あまりにも似顔絵が世間に出回っているし、グリコ森永事件犯人と言えばキツネ目と我々には刷り込まれている。実像ではないがそれ以上のインパクトがあって、ここにもフィクションを挟み込むのは難しい。原作がそうだから致し方ないけど、主犯の伯父さんが革命(学生運動)の延長上にこの事件を画策したという件にわたくし世代以下はリアルさを感じることができない。
確かに事件が起きた1984年はあの学生運動から十数年しか経っていない。わたくしが通っていた大学にも’70年安保闘争を引き吊った人たちがいた。でも、世の中の若者は明らかにシラケた諦め世代が大多数を占めていのだ。あの事件を正当化するつもりは毛頭ないけど、フィクションであるからもう少し普遍的な動機による犯罪として描かれたなら面白くなっただろうに。

小栗旬と星野源が徐々に心通わせてゆく部分はアメリカ映画が得意とするロードムービーのようで、原作にはないエピソードであるがため土井=野木コンビの見せ場となった。二人の役者も派手じゃないけど上手に演じていたので相乗効果高いシーンが多かった。
それと土井=野木コンビのお気に入り役者たちが脇に配置されていて物語に深みを加えていた。
新たな発見として芸歴は10年あるらしい原菜乃華を知ったこと、最近またよく見かけるようになった梶芽衣子の存在感もメモしておこう。

骨太の日本映画を久しぶりに観たなと感激している。
完成度も風格も往年の野村芳太郎作品みたいな傑作が誕生した。
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