毎年,ゴールデンウィーク明けの土日に、東京都日野市で挙行される「新選組まつり」。
他の時代よりも、深く!熱く!!一心に新選組を愛するファンが、参陣者として,観衆として多く詰め掛けて、大盛り上がりのこのお祭に、今年初めて,“蝦夷新選組士”として、“大野右仲”に任ぜられて参陣してきました。
午前中は、前日来降り続いた雨の為に中止や変更となりましたが、午後からは何とか天候も持ち直してきたので、予定のプログラム通りに決行!となりました。
雨も、正午過ぎまで時折ぱらついていましたが、時が経つにつれて薄日が射すまでなりました。
一般公募の方々には、運営方から番傘が貸与(日野駅過ぎて回収)されていました。カツラを付け、メークもしてますから...。
さて...
正午過ぎ。
全組に対して、集合,待機!の伝令が回り、仁王門から大日堂の山門辺りまで、びっしりと“新選組”が集結。
それはもう、圧巻でした。
その中で、各組毎に隊伍を組んで勝鬨などの練習などをしていましたが、我が組みもまた,榎本総裁指揮の下、一般公募で選ばれた「相馬主計」「市村鉄之助」「井上銀之助」の御三方を交え、将官を先頭に四列縦隊に隊伍を編成。

一番手:「榎本総裁」
二番手:「土方副長」「大鳥圭介」「荒井郁之助」(紋次郎。殿)
三番手:“組旗”(尾関泉/哲坊殿)
四番手:一般方の「市村鉄之助」「相馬主計」「井上銀之助」
五番手:
「野村利三郎」(マコ殿)「安富才助」(武茶殿)「相馬主計」(美琴殿)「大野右仲」(私)
六番手:
「立川主税」(紗霧殿)「玉置良蔵」(蝦夷衆)「市村鉄之助」(ran.殿)「井上銀之助」(吉利殿)
後 詰:「島田魁」「中島登」(いずれも蝦夷衆)
[※ ← 歩道側 / 車道側 →]

これを将官御三役がテキパキと,まるでマニュアルでもあるかの様に指示を出して並べていきましたが、これを見ていた一般方三人衆が感心している様子だったので、その理由を尋ねてみると...
「相馬と大野は、常に行動を共にしていたので、理に適っている並び」だそうです。
さすが将官御三方...と感心するのと合わせて、これに納得していた一般方三人衆にも感心しました。
さすが、応募するだけあって違いますね。
隊伍を組み、勝鬨の打合せなどしてから、出発地の市立第一小学校へ、バスで向かいました。
企業のバスなど、5台程を往復させて輸送していましたが、日曜日の昼間でもあり、少々遅滞気味。。。
その手持ち無沙汰な時間、一般方の御三方とも談笑。ここで意外な接点が...。世間はやっぱり狭いです。
高幡不動尊から北へ約2.2キロの離れた午後の出発地,市立日野第一小学校へ、バスで10分ほど掛けて移動。
ここの校庭で再び隊伍を整え、行軍中の諸法度が念押しで達せられ、全軍で勝鬨を上げて気合を入れて、日野市中へ向けて出発!しました。
<<< 蝦夷新選組,休メ。<<<◆>>>蝦夷新選組,前へー!>>>
他の時代よりも、深く!熱く!!一心に新選組を愛するファンが、参陣者として,観衆として多く詰め掛けて、大盛り上がりのこのお祭に、今年初めて,“蝦夷新選組士”として、“大野右仲”に任ぜられて参陣してきました。
午前中は、前日来降り続いた雨の為に中止や変更となりましたが、午後からは何とか天候も持ち直してきたので、予定のプログラム通りに決行!となりました。
雨も、正午過ぎまで時折ぱらついていましたが、時が経つにつれて薄日が射すまでなりました。
一般公募の方々には、運営方から番傘が貸与(日野駅過ぎて回収)されていました。カツラを付け、メークもしてますから...。
さて...
正午過ぎ。
全組に対して、集合,待機!の伝令が回り、仁王門から大日堂の山門辺りまで、びっしりと“新選組”が集結。
それはもう、圧巻でした。
その中で、各組毎に隊伍を組んで勝鬨などの練習などをしていましたが、我が組みもまた,榎本総裁指揮の下、一般公募で選ばれた「相馬主計」「市村鉄之助」「井上銀之助」の御三方を交え、将官を先頭に四列縦隊に隊伍を編成。

一番手:「榎本総裁」
二番手:「土方副長」「大鳥圭介」「荒井郁之助」(紋次郎。殿)
三番手:“組旗”(尾関泉/哲坊殿)
四番手:一般方の「市村鉄之助」「相馬主計」「井上銀之助」
五番手:
「野村利三郎」(マコ殿)「安富才助」(武茶殿)「相馬主計」(美琴殿)「大野右仲」(私)
六番手:
「立川主税」(紗霧殿)「玉置良蔵」(蝦夷衆)「市村鉄之助」(ran.殿)「井上銀之助」(吉利殿)
後 詰:「島田魁」「中島登」(いずれも蝦夷衆)
[※ ← 歩道側 / 車道側 →]

これを将官御三役がテキパキと,まるでマニュアルでもあるかの様に指示を出して並べていきましたが、これを見ていた一般方三人衆が感心している様子だったので、その理由を尋ねてみると...
「相馬と大野は、常に行動を共にしていたので、理に適っている並び」だそうです。
さすが将官御三方...と感心するのと合わせて、これに納得していた一般方三人衆にも感心しました。
さすが、応募するだけあって違いますね。
隊伍を組み、勝鬨の打合せなどしてから、出発地の市立第一小学校へ、バスで向かいました。
企業のバスなど、5台程を往復させて輸送していましたが、日曜日の昼間でもあり、少々遅滞気味。。。
その手持ち無沙汰な時間、一般方の御三方とも談笑。ここで意外な接点が...。世間はやっぱり狭いです。
高幡不動尊から北へ約2.2キロの離れた午後の出発地,市立日野第一小学校へ、バスで10分ほど掛けて移動。
ここの校庭で再び隊伍を整え、行軍中の諸法度が念押しで達せられ、全軍で勝鬨を上げて気合を入れて、日野市中へ向けて出発!しました。