くない鑑

命を惜しむなっ!名こそ惜しめっ!!前へぇ、前へーーーぇっ!!!

いざ!上越[御旗の下へ×十二ノ太刀:祭の後]

2007年08月17日 | 参陣記
陣所への集合からは10時間余。
直前の練兵からは8時間余。
陣所出立からは6時間余。
春日山神社より行軍を開始してからは4時間余。
決戦の場たる地に参着し、いざ!掛かれぇ!!てから2時間余。
盛夏の頃,殺暑な中で執り行われた81回目の謙信公祭は、落伍者多数を出す惨事に見舞われましたが...
私的にはなんとか,ヘトヘトになりながらも貫徹して陣所へと帰還・・・というより、生還しました(/^^)

今まで、石和含めて8度ほど出陣しましたが、今回ほどきついのは初めて。
陣所出立前,参陣する兵衆を前にして主催者側は、「行軍中の水分補給は万全,十分に摂られる」とのことでしたが、結果,主催者側が用意した給水(休憩)場は一箇所だけ。
この他にも、牛歩な行軍や指揮命令系統と伝令の不備など等...
どうも運営側の丸竹産業と主催の上越市,更には警察なり自衛隊などの関係各所との連携や意思の疎通が上手くいっていなかった...と、思われる節だらけでした,この回は。
仕事柄,余計にその点が見えてしまいまして(^^ゞ
ゆえに、そのとばっちりを食らってしまったのが我々兵衆であり、殺暑の中で倒れて落伍していった兵衆は犠牲者・・・と言っても、過言ではないのかもしれません。
確かに,前年までに比べれば異常な暑さではありましたが、一歩間違えれば、きっと私もそうなったかも知れない・・・など等を考えると、無念にも落伍していった兵衆が余計哀れに感じます...。

その,名実共に過酷だった祭を終えて陣所に戻り、武装を解いた時のあの開放感!は、今までに味わったことの無い,実に気持ちの良い♪ものでした。
ホント,心底“開放された”感じがありましたし、草鞋を脱いだ瞬間などは大袈裟ですが,生き返った感さえありました(苦笑)

発汗の所為で、出陣前とは明らかに色の“濃さ”が違ってます。如何にダイエット効果があるか実感・・・(違?!)
それほどの中,一応無事に帰陣した自分の体力に(返って)感慨と自信を持ちつつ...
支給されたお握り(2個)と麦茶を貪る様にして食らい、

飢えと渇きを一気に解消させてから、撤収の身支度をいそいそとしました。

そして...
祭(一仕事)を終えた後にはやっぱりビール!とばかりに、近くのゲートボール場に設けられた後夜祭会場へ急いで!行きました。
やっぱり,4キロの道程を歩んだ上に、合戦場では敵味方に分かれて雌雄を決した!とはいえ,半日程の長丁場を乗越えた者同士,苦楽を分かち合った者同士で酌み交わす酒食は美味い!!もの。
数多の酒食を頂き、数多の方々と語ったり労ったりして、楽しく交流をさせていただきました。
更に、その終盤には...
ボルテージが異様な方向へと流れて、必ず胴上げが行われるのですが、この回もご多分に漏れず,次々と、いろんな人が宙に舞っていました。


こうして...
21時頃から始まった後夜祭は、約1時間ほどで終了。
とても、それほど短いとは思えぬほどに長く、かつ濃い時間を過し終えた後,各々宿所や帰国の途へと着いていきました。
(私はこの時,御大将であった真下殿のご好意に甘えて、宿所まで車でお送りいただけました。)

ところで,聞くところによると、82回からは無くなるとのこと。
前々から、ドンチャン騒ぎがご近所の迷惑になっていたことは重々承知し、幹事をされている方々もその点,十分に配慮はされていましたが、諸条件も重なって中止になったとか。
ただ、“日本一過酷な祭”の乗り切り、苦楽を共にした同士で労う場くらいはせっかくですから,ご迷惑とならい場にて設けられるといい・・・ですね。

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