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五行目の先に

日々の生活の余白に書きとめておきたいこと。

2月24日(木)晴れ(弘前)→曇り(札幌)

2011-03-10 00:59:35 | Weblog

 6時半起床。朝食は摂らずに弘前駅に向かう。先日と同じ弘前発の快速列車で青森に向かう。先だっては大雪で列車が大幅に遅れたが、今日は時間通りに青森に到着した。駅のホームで立ち食いそばを食べて、特急「白鳥93号」を待つ。こちらも定刻通りに青森駅にやってきた。

 暖かい車内に眠くなり、青函トンネルの通過もよく覚えていない。気がつけば北海道に入っている。先ほどよりも雲が多くなってきた。

 しばらく走ると函館山が見えてくる。晴れた日に眺めるのはもちろんいいが、こうして少し曇った日に見る姿もなかなかである。

 今日はちゃんと函館まで行き、ここから「スーパー北斗7号」に乗り継ぐ。

 進行方向向かって右側の席を取った。こちらのほうが海が見えて、車窓の風景も変化に富んでいる。駒ヶ岳もよく見えた。

 再び眠りに落ちる。今日は時間の心配をすることもなく、快適に過ごした。札幌駅に降り立つ。やっぱり寒い。さすがは北海道である。お腹が空いていたが、そのままホテルまで行くことにした。地下鉄で大通まで行き、地上に上がって狸小路商店街を歩く。

 「チロリン村」というスパゲティ屋さんに入る。いろいろメニュー豊富で楽しい。そのなかでもオススメとなっている、イクラちゃんもいるサザエさんのスパゲティというのを注文した。なるほど、確かに一家(一族?)が勢揃いしている。パスタにしては実に豪勢である。大変おいしくいただいた。

 早めにホテルにチェックインする。しばらく横になって休む。旅の最中は快適だったが、着いてみたら何だか疲れが出たようだ。

 狸小路にある市民映画館シアターキノで、「海炭市叙景」という映画を観る。函館出身の作家、佐藤泰志の短編集を映画化したものだ。

 海炭市は架空の街ではあるが、明らかに函館がモデルになっていて、ロケも当地で行われている。夜景に朝市、五稜郭といった観光都市ではなく、不況によって基幹産業である造船所が縮小し、往時の輝きが急速に翳っていく街が舞台である。

 作品は5つの物語から構成されている。造船所を解雇され、明日への不安を抱えたまま新年を迎える兄妹、再開発が進むなかで、ただ一人立ち退きを拒む老婆、プラネタリウムの職員と、距離を開いて行くままの妻、父のガス会社を継いだものの、私生活の破綻を目の前にする若い経営者、路面電車を運転する父と、東京に住み、一時帰郷した息子、これらの人びとの「日常」が描かれていく。彼ら彼女らには、相識関係はない。それでも海炭市のどこかですれ違う。

 全体のトーンは、重く、暗い。そして幸せな結末など、見えてこない。それでも暗いなかだからこそ、ほの見える光のようなものを感じさせる。そもそも結末などはありはしないのだ。なぜなら人びとの生は、引き続いていくものだからである。

 劇場を出た後にも、重たいものが残ったままの作品である。キャスト一人一人の好演も光っている。とくに谷村美月と竹原ピストルの兄妹、加瀬亮演じるガス屋の若社長がいい。

 狸小路にある、北海道の名物料理が食べられる店で豚丼を食べた。しばらく待たされたが、アツアツの豚丼はうまかった。

 狸小路は僕好みの商店街だ。○丁目ごとに個性があるのがいい。なかでも一番端っこの7丁目がいい。昭和の風情残るアーケードは、文化財級だと思っている。


2月23日(水)晴れ

2011-03-10 00:58:35 | Weblog

 9時起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。今日もすっきりときれいに晴れている。このまま一気に春になってもおかしくなさそうな陽気である。

 いつもの通りに大学に出て、階段を昇る。廊下から中庭を見ると、景色の変化に気づく。これまで改修中の建物にかかっていたシートが外れて、建物じたいが姿を現した。まだ足場こそ組まれているけれども、だいぶ印象が変わったような気がする。

 窓枠なども、これまでの鉄枠だったのが、すべてアルミサッシに切り替わって、まるで新築の建物のようである。

 スコーラムで昼食。今日はパスタを注文する。食後にはコーヒーを飲み、そのまま総合教育棟へ。「社会学の基礎」の期末試験の追試験の監督をする。インフルエンザで受験できなかった場合、このような追試験が行われる。罹患してしまったことはもちろん気の毒なのだが、追試験という環境も、少々かわいそうである。大教室で大勢で受験するのと、監督者1人、受験者1人という条件下では、緊張感も違ってこよう。僕のほうも何となく落ち着かない。とにかく無事に終わってほっとした。

 ここのところ推進室の仕事から解放されていたのだが、年度末に向かって、またいろいろと動き出さなくてはならなくなった。新たな会合のセッティングをお願いする。それから年次報告書の原稿をまとめる。すでに元原稿はあるのだが、内部向けにいろいろ書き散らしたものを、外目にも問題ないように表現を改めなくてはならない。

 途中で「プリムヴェール」に夕食を摂りに出る。今日は珍しく和風のテイストだ。炊き込みご飯にメンチが付いている。野菜もたっぷりで申し分なし。

 夕食を食べたら元気が戻ってきて、報告書の原稿を仕上げて送る。内容はともかくとして、ものを書き上げて、メール添付でえいやっ、と送ったときの解放感を覚えるというのは、結構好きな瞬間である。


2月22日(火)晴れ時々雪

2011-03-10 00:57:57 | Weblog

 7時半起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。僕にしては珍しく早起きなのは、朝から会議があるからである。

 9時半から男女共同参画推進室の会議。何だかんだで結構長い会議になった。終わったのはお昼近くになってからだった。会議が終わったその足で、ひとつふたつ用事を済ませる。用事はすぐに済んだのだが、それにともなう手続きまであまり時間がないことがわかった。こりゃあ大急ぎでやらなきゃならん。

 昨日に続いてスコーラムで昼食。トマト煮込みハンバーグのランチとコーヒー。まだ弱いけれども、西側の窓からは陽が差し込んでいる。それだけでもいくらか暖かく感じる。この2月は例年と比べても暖かいような気がする。

 研究室に戻ると、窓からは岩木山が見えた。冬の時期にはなかなか全体を拝むことはできないから、こうやってくっきりと見えるとうれしくなる。

 岩木山は、研究室の配置的にはこれまであまり縁のない山であった。僕の部屋は八甲田山のほうを向いていて、岩木山を背にするような格好になっている。時々4階の講座の部屋に行くときには見かけることはあったけれども、どちらかといえば「八甲田派」なのである。それが仮研究室に移ってからは、天気がよければこうやって眺めることができる(部屋からではなく、廊下からだけれども)。

 こんな仮住まいも、あと1ヶ月もすれば元のところに帰ることになる。始まったころには、半年というのはずいぶん長く感じられたのだが、慣れてしまうと共用の研究室というのも案外悪くないと思えてきた。ちょっと声をかければ同室の先生方とコミュニケーションを取れるというのもなかなかいい。

 それでいて、先生同士で「生活時間」が異なるから、空間を共有している時間というのは一日のうちでそう長くはないのだ。僕は最も遅く出てきて、最も遅く帰るというパターンである。

 同僚の働きぶりというのは、わかりそうで案外わからないものでもある。自分のオーバーワークを嘆くばかりではなくて、他の先生方の忙しさを知って、我が身を省みるというのは、今後なかなか経験することのないものだと思う。


2月21日(月)晴れ

2011-03-10 00:56:12 | Weblog

 9時起床。朝食は発芽玄米のお餅と健康茶。少々寝不足気味で大学に出る。いや、睡眠時間は十分だが、どうもここのところ眠りが浅い。

 今日の仕事は、『レ・シトワヤン』に掲載される4年生の卒論要旨の原稿のチェック。Wordファイルの校正機能を使ってコメントを書き入れていく。これをいったん学生に戻して、それから完成原稿を提出するという手順になっている。あまり時間がないのはこれまでと同じ。4年生にとっては最後の最後の踏ん張りどころだ。

 手を入れた原稿を送信してからスコーラムに行く。チキンピザソース焼きのランチを食べる。食後にはゆったりとコーヒーを飲む。キャンパスでは学生の姿もまばらになって、どこかのんびりとした雰囲気だ。まさしく束の間の休息といった感がある。こんな日はそう長くは続くまい。

 研究室のブルーレイレコーダーに録りためたNHKスペシャルなどの映像を整理する。「おまかせ録画」機能で録っておいたものなどは、内容をチェックしてから消去する。ときどき、ああ、こんなものまで録ってくれたのか、と感謝したくなるような番組にも出会う。だがうっかりそのまんま放置しておくと、「おまかせ」で録ったものから自動消去されてしまうので、DVDにダビングする。

 自宅の古いDVDレコーダは、高速ダビング機能が付いていたので、DVDへの移動は比較的スムースに行うことができたのだが、研究室のものは、画質はいいのだがダビングの速度は遅い。ダビングが終了すると、ラベル印刷ソフトを使ってタイトルと放映の日付を印字する。この辺の作業がもっと効率よくできたらいいのにな、などとぜいたくなことを考える。こうやってディスクの枚数は増えていくが、実際に授業で使うものはそう多くはないのだ。

 夕方から諸々の連絡をメールで流す。次年度からうちの学部は新たなカリキュラム編成でスタートすることになるので、シラバスの作成も行わなくてはならない。この時期になると授業内容を全面的に改訂しようと考え出すのだが、いざとなると雑事(といってもこれも仕事だ)に追われて、結局は前年度からのマイナーチェンジで終わってしまう。授業づくりに真摯に取り組めるという点では、着任したころは恵まれていた。しかしもう二度とそのような状況には戻れはしないのだ。

 学食での夕食を挟んで、どうにか今日のうちにやっておかなくてはならない用事を片づける。21時過ぎに帰宅。桃太郎温泉に浸かる。露天風呂から月を見上げる。冷え冷えとした空気のなかで、光がよりいっそう明るく見える。


2月20日(日)曇り(東京)→雪(弘前)

2011-03-10 00:56:03 | Weblog

 8時起床。トーストと目玉焼き、緑茶。青梅線から中央線に乗り継いで東京駅に向かう。今日も駅構内のコインロッカーはすべてが使用中。かろうじて空いたひとつを何とか確保した。

 京浜東北線で浜松町へ移動する。芝離宮の向かい、ハマサイトにある「イタリアーナエノテカドォーロ」で早めの昼食。マルゲリータのピッツアとパスタを楽しむ。

 自由劇場へ。もう観られないと思っていたミュージカル「コンタクト」を上演している。4年前に京都での千秋楽を観て以来だ。もし東京にいたら、何度でも通ってしまいそうな大好きな作品だが、今回は今日一回のみの観劇である。自由劇場という小さなハコでの上演というのがいい。

 ここでミュージカルを観るのは「コーラスライン」以来だろうか。席に座ってみると、舞台との距離感が近い。2階に上がってみれば、シャンデリアと丸窓の取り合わせが美しい。

 フラゴナールの「ブランコ」が舞台の上に掲げられている。開演時間になると、おなじみのステファン・グラッペリの「My Heart Stood Still」とともに幕が開く。Part1はこの曲の長さの分だけの短いシーン。科白は最後の最後までない。わかる人だけわかってね、といった謎かけとともにあっという間に過ぎていく。ああ、これこれ、これぞ「コンタクト」だ、とうれしくなる。

 Part2は一転して薄暗いイタリアンレストランが舞台となる。青いドレスの妻役は坂田加奈子さん、夫役は牧野公昭さんだ。牧野さん演じる夫は、以前観た明戸信吾さんよりももっと怖い感じがする。坂田さんの妻は2度目かな。でもずっと黄色いドレスの坂田さんを観てきたから、やっぱり坂田さんといえば黄色いドレスの女、という印象が強い。

 この場面は、主人公の2人以上に、周囲の人びとの計算され尽くした動きが目を引く。食事をするカップルの仕種や、決してよろしいとはいえない店員たちの態度などが、まったく無駄なくストーリーを構成していく。小道具の使い方も巧みで面白い。

 音楽は、バーンスタイン指揮の名曲が続く。軽さと重さのコントラストがPart2の魅力である。そしてそのラストシーンは、何度観ても切ない。決してハッピーエンドにはならないのだ。

 休憩を挟んでのPart3。ディーン・マーチンの「You're Nobody Till Somebody Loves You」と電話のコール音で幕が上がる。この曲を聴くだけでジーンとくる。マイケル・ワイリー役の加藤敬二さんが、すぐ脇を通り抜けて舞台に上がる。加藤さんのワイリーを観るのも久しぶりだ。

 テンポのいい、スタイリッシュなナンバーが流れる。黄色いドレスの女は、バレリーナの酒井はなさん。以前東京でも観たことがあって、その優美なダンスにすっかり魅了された。この日記を書き始める前のことである。今回もキャスティングされているのは知っていたけれど、タイミングよく観られるとは思っていなかった。

 もう4年も前に観たというのに、そのときからいい意味で変わっていない。手足は長く、よくしなる鋼のようである。発するオーラがハンパではない。「Simply Irresistible」の登場シーンなんか、それはもう鳥肌ものだ。もっとも、科白を話す場面になると、これまたいい意味でオーラが消える(笑)。

 僕の好きなナンバーは「Topsy」(ここにこそワイリーさんの勇気が表れるから)なのだが、そこからこの舞台最大の見せ場といってもいい、「Sing Sing Sing」へと流れていく。曲が終わりに近づいていくと、ああ、終わってしまうのかあ、という気分になる。

 このPart3は、ハッピーエンドで終わる。そしてカーテンコールへと進んでいく。ああ、何という心地よさ。僕はやっぱりこの作品が大好きだ。

 竹芝からゆりかもめに乗る。一番前の席の後ろに立って、前面展望を楽しむ。何度乗っても楽しい。

 

 ヴィーナスフォートやデックス東京ビーチだのをぶらついてみる。たまに訪れてみると、テナントの入れ替わりに気づく。東京で商売をするというのは厳しいのだなあ。「お台場たこ焼きミュージアム」で「道頓堀くくる」のたこ焼きをつまむ。

 日が暮れると、夜景が美しい。ああ、東京にいるのだなあ、と思う。

 再びゆりかもめに揺られて、新橋に戻り、東京駅へ。丸の内オアゾで夕食を、と思っていたら、生憎ビル全体が休業だった。やむなくグランスタでお弁当を買う。最終の新幹線「はやて41号」で北上する。「コンタクト」のナンバーを反芻しているうちに眠りに落ちた。気がつくと盛岡を過ぎていて、すでに周りの乗客はめっきり少なくなっている。 

 新青森駅のホームで弘前行きの電車を待っていると、そのきーんとした寒さに、戻ってきたことを実感する。だがまたすぐに帰ることができる。しばしの我慢だ。


2月19日(土)曇り

2011-03-10 00:55:55 | Weblog

 8時半起床。朝食はトーストと目玉焼き。西武線と地下鉄東西線、有楽町線を乗り継いで、国会図書館に行く。

 今回も学内の研究プロジェクト関連の資料収集。いろいろ他にも気になる資料はあるのだが、今日は任務のほうを優先しなくてはならない。

 土曜日の国会図書館は、平日とはまた違った趣きがある。いくらかのんびりしているような、そしてカジュアルな雰囲気である。昼食は例によって複写を待っている間に図書館の食堂で摂る。

 順調に資料閲覧をしていたつもりだったが、一番重要な資料に関しては、複写申し込みの最終時間を勘違いしてしまった。閲覧だけはさせてもらえるのだが、複写は当然NG。これはちょっとした失敗だった。まあ前向きに考えれば、また足を運ぶ目的ができた、ともいえるのだが。

 ちょっと後ろ髪を引かれる思いで図書館を後にする。次に訪れるのはしばらく先になりそうだ。

 国会議事堂は、修復がされて、すっかりきれいになっている。

 立川まで移動して、弟夫婦と合流。伯父さんのお見舞いに行く。元気そうな様子を見て、安心する。以前とまったく同じようにはいかないかもしれないけれど、またきっと明るさを取り戻してくれるだろう。

 そのまま弟の車で実家に帰る。今日は父の誕生日である。初孫からの誕生日プレゼントもちゃんとある。僕からのプレゼントは例年と同じもので、今日はまだ用意できていない。父の年齢というのはすぐに思い出せないのだが、生年月日から勘案して、おっ、と思う。もうそんな年なのか。これまで大きな病気もせずに、今でもしっかりと仕事をしているのには、ただただ頭が下がる。本人には直接いったことはないのだが、実は若々しい父だと思っている。


2月18日(金)曇り

2011-03-10 00:54:04 | Weblog

 8時起床。朝食はトーストとスクランブルエッグ、日本茶。仕事に出る両親の車に便乗して、西武立川駅の近くで下ろしてもらう。

 西武立川駅の跨線橋から奥多摩の山々を眺める。現在建設が進められている新駅舎からも、この景色は眺められそうだ。もっとも駅前に広がっている原っぱが開発されたらどうなるのかわからないけれども。

 

 西武線で高田馬場に出て、東西線と南北線を乗り継いで東大前に行く。農学部のキャンパスから「ドーバー海峡」を渡っていく。この橋の上からも東京スカイツリーを望むことができる。

 そのまままっすぐ進んで東大の教育学部図書室へ。

 大学院生のころからずいぶんとお世話になった図書館だ。当時とそれほど変わっていないような気がする。違うのはコピーを取る際に、院生の時分は研究室のコピー機を使っていたのが、現在は館内のコイン式のものを使わねばならないということだ。しかも事前に書類に記入して、事後には枚数のチェックもしっかりと受ける。

 事前にOPACで調べておいた資料に当たっていくが、そのうちにお目当ての資料の周辺にあるものを手に取って眺めるのが楽しくなってくる。おや、こんなところにこんなものが、という発見もあったりする。もちろんちゃんとOPACに登録されている資料なのだが、検索で見つけるよりもこうやって棚を漁って見つけるほうがずっと面白い。

 学食で昼食を摂る。安田講堂は、この大学を訪れるたんびに毎度毎度カメラを向けてしまう。

 生協の文具売り場では、製本カバーを買う。うちの大学の生協は、B5版のカバーの品揃えが今ひとつなのだ。この製本カバーも院生のときにずいぶんとお世話になったものである。

 午後も引き続き作業をして、キリのいいところで図書館を出る。新橋に行く。昨日前日予約でチケットを取った「マンマ・ミーア!」を観に行く。先にチケットを受け取ってから、カレッタ汐留内にある「アド・ミュージアム」を見学する。時代を象徴する名CMが、あちこちのモニターで流れている。だがそういった名作以上に目を引いたのが、われらが弘前大学の出した雑誌広告である。ミュージアムの出口近くに受賞作品として堂々と展示されている。教員の研究内容をマンガのコマ割りのような感じで紹介したもので、よく知っている同僚の先生のものもある。へえ、こんなところでお目にかかるとはねえ。

 観劇前に「都路里」で翠玉パフェを食べる。こちらのパフェは量が相当であるにもかかわらず、甘さ控えめなので、僕でもペロリと行ける。すっかり満足して劇場のあるフロアに上がる。

 今日は何よりも濱田めぐみさんのドナが観たかった。先日観たときには、ほんの一日違いで逃してしまったので、この登板は絶対に逃がすまい、と思ったのだ。

 前予がうまくいったものだから、席の位置もいい。オーヴァーチュアが流れた時点で鳥肌が立つ。濱田ドナの登場を、今か今かと待ちわびる。果たしてその瞬間がやってきた。まだドナ役には若いのでは、と思っていたけれど、いざ出てくると貫禄十分だ。何というか、余裕と風格のようなものを感じさせる。

 カッコよくて、強い女性というイメージのドナだけれど、濱田さんが演じると、力を入れるところと、ふっと抜いているところとのコントラストが明瞭で、奥深い人物像にみえてくる。軽やかに歌うところがあれば、持ち前のパワー全開で歌い上げるところもある。もうすっかり魅了されてしまった。

 前回観たときと、ダディーズも変わっている。サム役は渡辺正さんだ。「アイーダ」のラダメス役は正直うーん、という感じなのだが、サムは実によく合っている。ちょっと、いやかなり情けない男を上手く演じている。渡辺サムは以前にも何度か観ているのだけれど、そのときの印象から比べるとずっとよくなっていると思う。僕としては、一番好きなサムである。

 2幕のドナは出ずっぱりのシーンが続くのだが、ここでも微妙な心境の変化を見事に表現している。母親としてのやさしい表情、そして過ぎた日に対する思いを圧倒的な力で叫んでみせるところ、素晴らしかった。

 カーテンコールでは、事前に用意したライトを取り出して振る。やっぱりこのラストの楽しさは最高だ。そして爽やかな笑顔で、「ありがとうございました!」といって去っていった濱田ドナの余韻に浸る。いやー、前回は前回でよかったのだが、今日は頭の先からつま先まで、どっぷりと没頭できた。今日の舞台は、観られて本当にラッキーだったなあ、と思う。

 夕食の後も、頭のなかで数々の場面を反芻する。こんな舞台を観たときには、寝てしまうのがもったいないくらいに思えてくる。


2月17日(木)曇り(弘前)→晴れ(東京)

2011-03-10 00:45:43 | Weblog

 8時半起床。発芽玄米のお餅(磯辺巻き)と日本茶の朝食を済ませ、弘前駅へ。

 当初乗る予定だった列車を前倒しにして出発する。はや新青森でも新幹線乗り継ぎも、当たり前のものとなった。車内ではひたすら眠る。東京に着くまで、ほとんど記憶がない。

 東京駅から有楽町に行き、「ひょっとこ」の柚子柳麺を食す。本日は茶飯も付けてみた。

 行きつけの床屋さんに大きな荷物を持ったままで行く。2ヶ月に一度、重い荷物を持って青森から現れる客のことを覚えていてくれるのか、たいていは雪の話題から世間話をする。東京はやけに暖かく感じるが、つい昨日まではえらく寒かったそうだ。

 頭皮のマッサージまでしてもらって、ずいぶんとさっぱりした。床屋さんに行くのはいい。高校時代の先生が「とりあえず幸せな気分になりたかったら、何より床屋に行くのがよい」と授業の際におっしゃっていたのを思い出す。多少短く切ってもらっても、もうこの気候なら寒くてスースーするということもない。

 有楽町から東京駅まで歩く。丸の内駅舎の復原工事は着々と進んでいるようで、円形のドームの屋根も姿を見せていた。

 東京中央郵便局のほうは、何だか微妙な感じで旧局舎が残っている。うーん、なんだかなあ。

 昭島駅まで父に迎えにきてもらった。実家に帰るなり、熱い日本茶を飲む。同じ茶葉を弘前でも飲んでいるのだが、どうも味が違うような気がする。水の違いによるのだろうか。

 今夜は実家でのんびりさせてもらう。木曜日に帰ってこれたから、「空から日本を見てみよう」も見ることができる。やっぱりテレビ東京の制作する番組はいい。弘前にいて、フジテレビを見られないことにはさして不満はないが、テレ東が見られないのは残念でな

らない。しかも今夜は「ブラタモリ」もある。最強の番組ラインナップである。

 夜のニュース番組の時間になると、こたつでウトウトする。新幹線の車内でもよく寝たように思うのだが、何だかとても眠いのだ。こんなときだからこそ、持参したノートパソコンでこの日記の更新でもしようと思うのだが、だいたいがこんな調子だから、「借金」が増えるばかりなのである。


2月16日(水)曇り時々雪

2011-03-10 00:41:34 | Weblog

 9時起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。何だか身体がだるい。さほど忙しいわけでもなく、また寝不足というわけでもないのだが、どうしたことだろう。

 大学に出て、事務的な連絡を2つ3つ処理する。スコーラムに行き、昼食。パスタを食べる。13時半から教授会。概ねいつもと同じくらいの所要時間で終わる。その後は引き続き講座会議。こちらも比較的スムースに進んで、夕方には終わった。

 会議というのは、自分自身が大した働きをしていないにもかかわらず、やけに消耗するものだとつくづく思う。体力が落ちてきたというのもあるのかもしれない。研究室のイスに腰掛けると、しばらくぐったりとしてしまう。

 おやつを食べて、少し体力を回復させると、明日からの資料収集の準備をする。こういう作業をしているときには、それまでの疲労感などすっかり忘れてしまう。要するに気の持ちようということか。インターネットでできる限りの下調べをし、実際に図書館で閲覧する資料の狙いを定める。今やその内容まである程度ネットで予測がつくご時世ではあるが、それでもなお、現物に出会うまでのワクワク感というのはあるのだ。

 国会図書館には今度の調査でも足を運ぶことになるのだが、マイクロフィッシュで閲覧していた資料のデジタル化が着々と進められている。個人的にはマイクロ資料室で、あのオレンジ色の電灯に照らし出された資料の映像を見るのも好きなのだが、これも時流というものかもしれない。レンズのピントを合わせる作業なんてのもなかなかいいものなんだがなあ。

 夕食は「プリムヴェール」で食べる。ヒレカツと魚のムニエルからなるCセット。小さくても、メインの皿にもう一枚付くと、ちょっとリッチな気分になれる。そして閉店間際までゆったりとハーブティーを飲む。最後の一人になっても、決して急かされることはないのもうれしい。

 研究室に戻り、もうひと仕事してから帰宅する。いくらか早く帰ったので、福家に行く。ここ最近は、「プリムヴェール」で夕食を摂り、福家のお湯に浸かるというのが、僕にとってのささやかなぜいたくになっている。


2月15日(火)曇り時々雪

2011-03-10 00:40:19 | Weblog

 7時半起床。朝食は磯辺巻き2つ。急いでスーツに着替え、ネクタイを締めて車で出かける。幸い車には雪が積もっておらず、少し暖機運転をすればすぐに出かけられる。

 今日は学校サポーター実習の最終日ということで、担当校のほうにご挨拶に伺う。2つの学校のほうでうまく調整してくださったおかげで、一日のうちに回ることができる。まず一校目にごあいさつをする。実習生ともども一年間のお礼を申し上げる。もう一校はそこから車で20分ほど行ったところにある。川沿いの道を進む。

 お約束の時間より少し早く着きそうなので、学校近くで缶コーヒーを飲んで時間をつぶす。辺りは静かで、冷たい空気が気持ちいい。ちょうどいい時間になったので、こちらでも実習生とともにお礼を申し上げた。

 せっかく少し遠くまで出てきたので、寄り道をすることにした。自宅に戻る道を左に逸れて岩木山神社へ。途中の道路は雪が積もっていて、気を遣いながらの運転になったが、神社に着いてみると参拝も問題なくできそうだ。真っ白な参道を登っていく。

 手水で手を洗い、本殿で参拝する。ここのところいろいろうまく行かないことが多いものだから、厄落としというか気分転換というか、そんな心持ちでお参りをした。

 山門の手前には、雪玉の的当てがある。手が冷たくなるのも何のその、何度も何度も投げてみた。ようやくひとつ命中した。

 いい気分でおみくじを引いてみる。まあ気持ちを切り替えるのには意義のあるお参りとなったかな。

 自宅に戻り、普段着に着替えて大学に出る。今日は午後から卒論発表会がある。4年生は全部で9人である。うちのゼミ生の報告順は最後のほうだ。

 それぞれの報告を聴いて、質問をする。自分のゼミの学生の研究内容はよく知っているから、今日のような日には他ゼミの学生の研究に関心を寄せて聞き入る。どれもなかなかよくできていて、面白い。たびたび手を挙げて、いろいろ質問を投げかけてみる。

 うちのゼミ生の報告のときには、発表者はもとより、僕も緊張する。一番気になるのは質問が出るかどうかだ。僕自身は自分のゼミ生の発表には質問はしないと決めている。となると他の先生やゼミ生が関心をもって質問をしてくれるかどうか、誰も何もいわず、シーンとしないだろうか、と気がかりになるのだ。幸いどのゼミ生の発表にも、しっかり質問が出た。受け答えもまずまずだったように思う。ほっとした。

 懇親会では他ゼミの学生たちにいろいろ声をかけて回る。とくに卒業していく学生たちとは、おそらくこれが最後の話す機会となるだろうから。

 公民科の卒論発表会が終わると、今度はゼミの卒業生を送る会である。大学近くのお店を借り切っての会だ。お酒が飲めない僕に配慮してか、ノンアルコールでスイーツを楽しむことになっていた。少し暗めの照明のなかで、目にも楽しいスイーツの数々を味わう。だが甘いもの好きとはいえ、量をこなせない僕には、だんだんと「苦行」のようにもなってきた。いや、それぞれはとてもおいしかったのですが。

 下級生から卒業生へのプレゼントも渡されていた。こういったことは僕が気づかないところでしっかりとゼミ文化として定着しているようだ。

 次年度のゼミの幹事の選出(例年僕が決めている)をすっかり忘れていた。その場で考えて、来年度のゼミの中心となるメンバーを指名する。はや来年度が着々と近づいてきている。


2月14日(月)曇り

2011-03-10 00:32:13 | Weblog

 8時半起床。発芽玄米餅の朝食。海苔を巻いて2切れ食べる。お餅のときには日本茶を飲む。

 大学に出て、大学院「社会学演習」の補講の準備をする。これが今年度の最後の授業である。ようやく1年丸々かけて、“Bowling Alone”を最後まで読み通すことができた。少しゆっくり過ぎた感もあるけれど、1章ずつ、内容をきちんと押さえながら読み込んでいくことができたと思う。受講生もよくがんばってついてきてくれた。これから先、英語文献を使っての授業というのはそうそう機会がないだろうから、その意味でも意義ある授業だった。

 補講が終わると、紀要論文のゲラの校正作業をする。一段落してさあこれから昼食でも、と思っていたら、研究室の電話が鳴る。午後に入っていた男女共同参画推進室のミーティングのことをすっかり失念していた。連絡のメールは確かに受け取っていたが、僕には関係のない打ち合わせと思い込んでいて、Outlookの予定表にも打ち込んでいなかったのだ。

 これでは昼食どころではない。大急ぎで推進室に行く。僕以外の委員は全員揃っていて、何ともバツが悪かった。いつもならあれこれしゃべるところ、今日は発言も控えめにした。1時間半ほどで会議は終了。生協のコンビニで弁当を買う。すでにお昼のピークは過ぎているから、メニュー的にあまり魅力的でない。研究室でもそもそと食べる。

 再びゲラの校正をする。共著論文なので、細かいところの統一も図らなくてはならない。たとえば「見る」と「みる」、「言う」と「いう」、「中」と「なか」といった漢字かひらがなかについてもきちんとしておく必要がある。僕は割とひらがな表現を好む(基本的に「みる」「いう」「なか」派である)が、その辺のところは筆者それぞれの個性というものがある。だから一文一文、結構神経を使いながら読んでいくことになる。

 今日は月曜日で、「プリムヴェール」はお休みである。定休日は週に一度のことだから、仕方がない。だが何となく夕食がわびしい気分だと、その後の仕事も身が入らないような気がしてしまうのは、きっとただの怠惰の言い訳である。

 今夜は花の湯に浸かる。やはり僕には少々熱い。だがぬる湯があるおかげで、そちらにのんびりと浸かっていればなかなか疲れが取れてよい。温泉に入った日とそうでない日とでは、何より寝付きが違うのだ。


2月13日(日)晴れ

2011-03-10 00:31:42 | Weblog

 11時起床。朝食は省略して、インスタントラーメンと肉まんの昼食。いつもより早めなのは、映画を観ようと思っていたからである。

 ワーナーマイカルシネマズ弘前に行く。お昼の「太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男―」を観る。太平洋戦争末期のサイパン島において、司令部が壊滅した後もタッポーチョ山を拠点に抵抗を続け、1945年12月に投降した大場栄大尉を主人公とした映画である。

 何よりびっくりしたのは、お客さんがたくさんだったことだ。戦争もので、楽しい要素があるわけでもない。それでいてこの入りというのは、テレビでさんざん流れたPRやCMのおかげなのだろうか。

 冒頭から戦闘の場面が繰り広げられる。バンザイ突撃のなかでかろうじて生き残った大場を中心に、山中を彷徨するなかで出会った兵たちと住民たちによる共同生活が始まる。一方で米軍は残敵の掃討のため山へと分け入り、たびたび戦闘が繰り返される。そのうちに米軍側の被害が拡大していき、司令部は苛立ちをあらわにする。しかし大場隊のほうもじわじわと追い詰められていく。最終的な落としどころをどのようにつけるかの駆け引きもなされるようになっていく。

 結末は予めわかっている。最終的に47人の兵たちが投降することは予備知識としてある。だがそれでもなお、ぎりぎりの生と死のせめぎあいには息を呑む。収容所への潜入劇などは、やや作られた観があるものの、それでもなお緊迫感をもって迫ってくる。

 どことなく英雄譚となりそうなストーリーではあるが、決してそうではない。むしろ大場の決断は遅すぎた感もある。そのことは作中でも大場自身の科白として語られている。もっと早く投降していれば、失われずに済んだ生命もあるはずだ。だがそうしたことは、今の時点に立っている者の感覚によるのであって、当事者の状況認識においてそれが可能であったとも思えない。

 大場栄を演じる竹野内豊ははまり役である。冷静沈着、寡黙にしてときに果敢でもある。必ずしもカリスマ性をもったリーダーのようには思えないけれども、どことなく人を惹きつける魅力がある。兵隊やくざのような役どころを演じる唐沢寿明もよかった。鬼神のような戦いぶりは、さすがに現実離れしているけれども、どこか醒めた目で戦争を捉える視点が入っていることで、ストーリー展開が単調なものにならない。捕虜収容所にいる人々の視点というのもひとつのアクセントになっていた。妥協を図るために奮闘する、阿部サダヲの演技なども強く印象に残った。

 大場隊の生存は、文字通りの「奇跡」であって、その陰に「奇跡」になることができなかった数多くの部隊や人々の存在があったことを思わずにはいられない。その意味ではこの物語は美しいとはいえないのだ。

 映画館近くのドトールでカフェラテとジャーマンドッグを注文する。いつもとはひと味違うコーヒーを堪能した後は大学に出て、しばらく仕事をする。夕方には「笑点」を見る。

 弘前公園に行く。年に一度の冬の風物詩、雪灯籠まつりを見に行く。

 近年は雪が少なくなったせいか、会期が短くなってしまった。だが今年は新幹線効果もあってか、これまでとは違った灯籠もあったりする。追手門を入り、しばらく歩くと、灯籠の壁がこしらえてある。長い雪の塀に穴が穿たれ、そのなかに灯火がある。

 灯籠の多くは、気温が高めのせいか、やや崩れ気味である。冷え冷えとした趣でライトアップされた天守閣を眺めつつ、本丸に登る。

 ここからは蓮池越しに西の郭の灯籠を眺める。何度見てもいい景色だ。

 北の郭のほうに下りていくと、こちらではずいぶんと趣向を凝らした灯籠が作られていて、これまでの雪灯籠まつりとはずいぶん違った印象だ。和風ではなく洋風といった感じ。灯火の数も多くて、やけに明るい。

 ねぷた絵の回廊なんてのもある。道の両側に堂々としたねぷた絵が飾られていて、内側の電灯が照らし出している。絵そのものは大変美しいが、足元がつるんつるんになっていて、歩くのに気を遣う。

 四の丸の雪像のメインは弘前城天守閣。例年近代建築が題材になっていたのだが、今年は築城400周年ということでこうなったようだ。出来栄えは素晴らしいが、僕としてはやっぱり近代建築のほうがいい。かなり冷え込んできたので、甘酒を飲んで暖を採る。

 西の郭のほうに回ってみる。小さなかまくら状の灯籠を見て回る。遠くから眺めるのもいいが、こうやって近くに寄ってみるのもまたよい。

 城内をひと巡りしてから帰宅する。今夜も自宅で晩ご飯。三連休はあっという間に終わってしまった。もっとも、映画2本に雪灯籠まつりも見られたから、そこそこの休日であったようにも思う。


2月12日(土)曇り

2011-03-08 00:25:50 | Weblog

 11時起床。例によって朝食兼昼食のパスタを食べる。今日はどこにも出かけることなく、ひたすら作業に没頭することにした。何とか今日一日でケリをつけたい。

 こたつに入りながら、淡々と作業をする。こういうとき、じっとしていられない性分なものだから、少し作業を進めては立ち上がってお茶を淹れたりコーヒーを淹れたりして過ごす。こんなことになるだろうと、はじめからわかっていたので、時折つまむおやつの準備もばっちりだ。

 ほぼ1時間おきにティーないしコーヒータイムというのはいくらなんでも多すぎではあるが、そうでもしないとやっていられない。しかもこたつは居住性は快適だが、作業にはいたって不向きである。腰にも負担がかかる。だからこうやって動いたほうがいいのだ。

 休憩時間がその前の作業時間よりも長引くことがある。今日も「江」の再放送を見てしまった。あまりにも江が活躍しすぎて、なんだかえらく興ざめしてしまうのだが、それでもこんなときには見てしまう。市村正親さんの迫真の演技もよい。

 もっとも幸いにして土曜日の午後から夕方にかけてのテレビ番組というのはあんまり面白くないので、退屈すると作業に戻る。これが日曜日の夜あたりだったりするとなかなか作業に復帰することはできないであろう。

 夕方にイトーヨーカドーに食料品を買いに出かける。この3日間は、自宅で食事を摂るつもりでいる。普段ならば買いものに出るのも億劫に感じられるのだが、今日のように自宅に閉じこもっているときにはいい気分転換になる。

 今夜は温泉に行くこともなく、作業に従事する。何とか今日のうちに終えることができた。少しばかり解放感に浸る。風呂に入りながら、『第三阿房列車』を読む。ようやくこの紀行文も終わりに近づいてきた。終着が迫ってくると、何だかさみしい気持ちになってくる。


2月11日(金)曇り時々雪

2011-03-02 11:18:45 | Weblog

 11時起床。朝食は摂らずに洗濯を先に済ませ、正午過ぎにパスタを茹でて食べる。何だか外に出ようという気分にならない。こたつに入ってしばらくじっとしている。

 ぼーっとテレビを眺める。土曜日の午後はテレビドラマが充実しているのがこちらの番組事情であるから、ちゃんと見よう。ひととおりドラマの時間が終わると、自宅に持ち帰った仕事に取りかかる。

 複雑ではないが、注意力を要する。時間もかかる。研究室で行ってもいいのだが、いかんせん今日は冷え切っていることだろう。しかもスチーム供給のない日の底冷えはこたえる。ならば自宅のこたつで、となるのだが、そもそもこたつというのは作業に向いていない。ずっと同じような姿勢でいなくてはならないから、腰とか肩が疲れるのである。この時期、なかなか良好な作業環境というものはなくて、一長一短だ。

 休み休み進めていく。コーヒーを飲んでみたり、紅茶を淹れてみたり。さらには普段滅多に使うことのないミニコンポでCDをかけたりもする。そうやって途切れ途切れに進めていく。

 炊飯器のスイッチを入れてから出かける。ワーナーマイカルシネマズ弘前で映画「ソーシャル・ネットワーク」を観る。Facebookの創始者、マーク・ザッカーバーグとその周辺を描いた作品である。予告編から観たいと思っていたが、ようやく今日になって観ることができた。

 訴訟の場面から映画は始まる。マーク・ザッカーバーグと、その親友エドゥアルド・サベリン、さらにはかつて共同経営を持ちかけたウィンクルボス兄弟との争いである。そこでは心ここにあらずといった感じのマークの振る舞いが描かれ、やがて時間を遡る形で物語が展開する。途中途中で訴訟シーンがインサートされる。

 世界最年少の億万長者のサクセスストーリーではあるが、その人物性に関する描写は、どこか「一風変わった」という点を強調しすぎるきらいがある。実在の人物をそのまま登場させているのだが、どこまでが現実に近くて、どのあたりがフィクションなのかは、僕には判然としない。そして主にエドゥアルドの視点から描かれているので、余計にマークの人物像がゆがんで見える。

 集団のなかで、とくに傑出した人物がいて、それに対する嫉妬が渦巻く、といった観もある。そのあたり、共感できる部分はあった。それとアメリカの名門大学に残る、「伝統」のバカバカしさというのも何だかおかしかった。こんなエリート文化に接近しなくてはやっていけないのなら、日本の大学のほうがよっぽどマシじゃないか、などとも思った。

 それにしても科白のテンポが速い。字幕スーパーで読んでいるだけだから、そもそも英語の科白そのものを理解できているわけではないのだけれど、全編通して疾走感がある。それがかえってネット社会の生き馬の目を抜くような流れとマッチしているのかもしれない。

 帰宅して、自宅で夕食。やはり自分で炊いたご飯はうまい。桃太郎温泉に浸かる。何となく春休みに入ったのをようやく実感する。


2月10日(木)曇り時々雪

2011-02-22 23:55:10 | Weblog

9時起床。トースト1枚とレモンジンジャーの朝食。洗濯をして、いつもよりゆっくり大学に出る。ここのところ割といいお天気だったのが、またどんよりと曇ってきた。そして何より冷える。

 研究室に着くと、ただちに授業の準備。今日は「戦後日本の子ども文化」の補講を行うことになっている。正午まで事務仕事をして、学食で塩ラーメンとサラダを食べてから教室へと向かう。

 今日の補講は3コマと4コマを連続して行う。つまり2回の休講分を一挙に片づけてしまう。なぜからこの形だと1本の映画を丸々観ることができるので、大変都合がいいのだ。

 すでに全授業日程が終わってからの補講だけに、出席は任意とした。まあ10人くらい来ればいいほうだろうと思っていたら、25人ほど集まっている。この人数に160人ほどが入れるいつもの教室はちょっと広すぎる感じもするが、映画のためには大スクリーンがあったほうがいい。

 1991年の映画「就職戦線異状なし」を観る。冒頭のほうで出てくる若いころの鶴田真由の存在を指摘しても、学生たちの反応はほとんどない。織田裕二や的場浩司に関しては「若い!」「細い!」(最近の的場さんは当時より貫禄がついているようだ)といった声が挙がったが、和久井映見もあまり知らないようである。君たちは「ちりとてちん」を見ていなかったのか?だがリアクションペーパーを見てみると、「若いころの坂上忍さんは素敵でしたね」なんてのもある。

 しかし何度観てもいい作品である。主役の若い俳優たちの瑞々しさもいいし、ちょい役で出てくる前田吟とか佐藤慶なんかもいい味を出している。今になって観ると、ほんの束の間のファンタジーのような感じでもあり、それでいて、こういった世界が確かにあったことをも思い出させてくれる。

 ほんの2、3年前だったら、1・2年生が中心の授業でこの作品を観てもらっても、どこか関心が薄そうな様子であったが、昨今の就職難は大学に入り立ての学生たちにも就職への意識を否応なしに高めているようである。だからリアクションペーパーにも切実な思いが綴られているものがあった。

 補講が終わると会議がひとつ。30分ほどで終わる。その後男女共同参画推進室に顔を出して、こちらでも小さな打ち合わせをする。ようやく研究室に帰り着く。新しいイスは、戻ってきたときに安堵感を与えてくれる座り心地のよさである。

  明日から3連休だが、このお休みはほとんどテストの採点に終始しそうである。