朝10時に起きる。同級生との旅行に出かける母を見送ってから朝食。パンの朝食はいつもどおりだが、実家だとスクランブル・エッグとサラダが付く。
昨日の分のブログを書く。やはり寝て起きた後だと、出来事を思い出すのにちょっと苦労したりする(まだまだそんなトシではないつもりなのだが)。
書き終えたところで、父と羽村にある「菜厨る ZONAVOCE」というイタリアンレストランに行く。ビュッフェ形式で、ランチ1,480円。パスタ、グラタン、サラダと結構な品数が揃っている。ジュースやコーヒーも飲み放題だ。店名にも表れているように、新鮮な野菜が売りものらしい。反面肉や魚の料理はほとんどない。手ごろな値段と健康志向が相まってか、混んでいた。いずれもイタリアンの割にしつこくなく、おいしかった。コーヒーゼリーやシフォンケーキといったデザート類もしっかり楽しんだ。
羽村駅で下ろしてもらって、電車で国立へ。僕の師匠である一橋大学の木村元先生の研究室にうかがう。弘前に行ってから、きちんとしたご挨拶もできないままでいた。昨年度は木曜日の授業で毎週一橋に行っていたにもかかわらず、その日は先生のほうがお忙しくて、お会いすることができなかった。研究会でよく集まっていた研究室も懐かしい。
今回帰京することになって、わざわざお休みの日にお時間を割いてくださった。この半年ばかりの間に書いてきた原稿について、コメントとアドバイスをいただきに上がった次第。といっても、堅苦しい内容ばかりでなく、慣れない大学の仕事のこととか、弘前の気候のこととか、そんなこともいろいろとお話しさせていただいた。
先生が書かれた論文の原稿を読ませていただいたり、先日僕がアドバイザーを務めた先生と院生の共著論文について議論したりと、久しぶりに自分の関心領域と密接な内容のお話しができた。かつては当たり前のように身近にあった討論の機会が、すっかり貴重なものになってきたことを実感する。
僕の原稿については、ほんの短い間にお忙しいスケジュールを縫って、丹念に読んでくださっていた。指摘していただいた大きなポイントは、かなりあいまいな形で用いている概念の説明を詰めていくことと、レビューしている先行研究の重みづけをしたうえで、重要なものについてはより丁寧な読み込みと論点の抽出を行うことの2点である。基本的な枠組みは、ラフではあるけれどもとりあえずはいいのではないか、との評価をいただいて、今後の作業を進めていくうえでの手ごたえを得ることができた。
先生は僕の性格をよくわかってくださっているので、ストレスをためすぎてぺしゃんこにならないよう、ほどほどにコントロールをして、といったアドバイスもいただいた。僕がいま、曲がりなりにも研究を続けていけるのは、ひとえに先生のおかげである。身も心もボロボロになり、いちどは研究をやめようと思っていた時期に手を差し伸べてくださり、ペース配分に気を配りながら、いろいろとサポートしてくださったのが木村先生と、先生を中心とした研究会の皆さんである。外様で、生意気な口を利き、感情の起伏が激しい僕のような者をあたたかく支えてくださったのは、ひとえに先生や研究会のメンバーの人徳のおかげである。だから、そうした恩顧に報いるためには、まず何よりも学位論文を書き上げねばならない。
院生時代に目の当たりにした、人の和などおかまいなしに一心に研究を進めればそれでよい、といった研究者たちのあり方に、生理的な嫌悪を覚える僕にとっては、一橋で出会った師や仲間こそが研究の支えなのである。そんな当たり前のことさえ理解できないような人間が、外側から偉そうに教育学を批判し、事実をゆがめた他人の悪口を書いて金儲けをしている。僕は教育学者ではないが、そういう偽善者の無責任な批判には徹底的に対抗しなければならないと思っている。
今日の師とのひとときは、何ものにも代えがたい価値があった。明日からまた、歩みは遅くとも、一歩一歩進めていこう。
帰りがけに立川の第一デパートに寄る。マイホビーキョーサンで鉄道模型を眺め(トミーテックの「鉄道コレクション」第4弾を3つ購入)、オリオン書房でやはり鉄道関連の書籍を買う。夜も7時になろうとしているのに、まだ外が明るいことに驚く。弘前だったらとっぷりと暗くなっている時間だ。今まであまり意識したことがなかった日本列島の長さを自覚する。
帰宅して、久々の家での食事。イタリアンもいいが、やっぱりこういううちで炊いたメシと家庭的なおかずが自分には合っている。
昭島の「遊楽の里」というスーパー銭湯に行く。天然温泉でもないのに680円も取られるというのは、弘前の温泉に慣れた者としては高く感じられる。おまけに中は混雑していて、まさにイモ洗いといった感じ。これなら弘前の温泉三昧の生活はやっぱり恵まれているなあと思う。
昨日の分のブログを書く。やはり寝て起きた後だと、出来事を思い出すのにちょっと苦労したりする(まだまだそんなトシではないつもりなのだが)。
書き終えたところで、父と羽村にある「菜厨る ZONAVOCE」というイタリアンレストランに行く。ビュッフェ形式で、ランチ1,480円。パスタ、グラタン、サラダと結構な品数が揃っている。ジュースやコーヒーも飲み放題だ。店名にも表れているように、新鮮な野菜が売りものらしい。反面肉や魚の料理はほとんどない。手ごろな値段と健康志向が相まってか、混んでいた。いずれもイタリアンの割にしつこくなく、おいしかった。コーヒーゼリーやシフォンケーキといったデザート類もしっかり楽しんだ。
羽村駅で下ろしてもらって、電車で国立へ。僕の師匠である一橋大学の木村元先生の研究室にうかがう。弘前に行ってから、きちんとしたご挨拶もできないままでいた。昨年度は木曜日の授業で毎週一橋に行っていたにもかかわらず、その日は先生のほうがお忙しくて、お会いすることができなかった。研究会でよく集まっていた研究室も懐かしい。
今回帰京することになって、わざわざお休みの日にお時間を割いてくださった。この半年ばかりの間に書いてきた原稿について、コメントとアドバイスをいただきに上がった次第。といっても、堅苦しい内容ばかりでなく、慣れない大学の仕事のこととか、弘前の気候のこととか、そんなこともいろいろとお話しさせていただいた。
先生が書かれた論文の原稿を読ませていただいたり、先日僕がアドバイザーを務めた先生と院生の共著論文について議論したりと、久しぶりに自分の関心領域と密接な内容のお話しができた。かつては当たり前のように身近にあった討論の機会が、すっかり貴重なものになってきたことを実感する。
僕の原稿については、ほんの短い間にお忙しいスケジュールを縫って、丹念に読んでくださっていた。指摘していただいた大きなポイントは、かなりあいまいな形で用いている概念の説明を詰めていくことと、レビューしている先行研究の重みづけをしたうえで、重要なものについてはより丁寧な読み込みと論点の抽出を行うことの2点である。基本的な枠組みは、ラフではあるけれどもとりあえずはいいのではないか、との評価をいただいて、今後の作業を進めていくうえでの手ごたえを得ることができた。
先生は僕の性格をよくわかってくださっているので、ストレスをためすぎてぺしゃんこにならないよう、ほどほどにコントロールをして、といったアドバイスもいただいた。僕がいま、曲がりなりにも研究を続けていけるのは、ひとえに先生のおかげである。身も心もボロボロになり、いちどは研究をやめようと思っていた時期に手を差し伸べてくださり、ペース配分に気を配りながら、いろいろとサポートしてくださったのが木村先生と、先生を中心とした研究会の皆さんである。外様で、生意気な口を利き、感情の起伏が激しい僕のような者をあたたかく支えてくださったのは、ひとえに先生や研究会のメンバーの人徳のおかげである。だから、そうした恩顧に報いるためには、まず何よりも学位論文を書き上げねばならない。
院生時代に目の当たりにした、人の和などおかまいなしに一心に研究を進めればそれでよい、といった研究者たちのあり方に、生理的な嫌悪を覚える僕にとっては、一橋で出会った師や仲間こそが研究の支えなのである。そんな当たり前のことさえ理解できないような人間が、外側から偉そうに教育学を批判し、事実をゆがめた他人の悪口を書いて金儲けをしている。僕は教育学者ではないが、そういう偽善者の無責任な批判には徹底的に対抗しなければならないと思っている。
今日の師とのひとときは、何ものにも代えがたい価値があった。明日からまた、歩みは遅くとも、一歩一歩進めていこう。
帰りがけに立川の第一デパートに寄る。マイホビーキョーサンで鉄道模型を眺め(トミーテックの「鉄道コレクション」第4弾を3つ購入)、オリオン書房でやはり鉄道関連の書籍を買う。夜も7時になろうとしているのに、まだ外が明るいことに驚く。弘前だったらとっぷりと暗くなっている時間だ。今まであまり意識したことがなかった日本列島の長さを自覚する。
帰宅して、久々の家での食事。イタリアンもいいが、やっぱりこういううちで炊いたメシと家庭的なおかずが自分には合っている。
昭島の「遊楽の里」というスーパー銭湯に行く。天然温泉でもないのに680円も取られるというのは、弘前の温泉に慣れた者としては高く感じられる。おまけに中は混雑していて、まさにイモ洗いといった感じ。これなら弘前の温泉三昧の生活はやっぱり恵まれているなあと思う。