「歌仙 焔星の巻」は岩波書店の『図書』2005年3月号に掲載されたもので、歌人の岡野弘彦、作家の丸谷才一、詩人の大岡信の3人によって試みられた「現代連歌」である。
「焔星」とは火星のことをを意味するらしい。この「焔星」という語を発句に用いた乙三(岡野弘彦)は、「広辞苑には「焔星」の解説が出ているが、他の辞書には見つからない」といっている。どうも彼の創作した言葉らしく、いわば新語に近いものと思われる。
次に続く玩亭(丸谷才一)の句、「偉人は犬を月の友とす」の「偉人」とは、もちろん西郷南洲(隆盛)のことである。「焔星」→「火星」→「西郷星」という連想からきているわけだ。
平凡社の「世界大百科事典」CD-ROM版によれば、「西郷星とは、1877年、西南の役で全国の人心が動揺していたとき、火星が地球に近づいてきて、大接近の9月3日には距離5630万km、光度 2.5等あまりとなった。世間ではこれを西郷星と呼び、その赤い光の中に陸軍大将の正装の西郷隆盛が見えるといって騒いだ。同時に、火星の近くに位置した土星を、隆盛の参謀、桐野利秋の名により「桐野星」と呼んだ。そして、西郷星を描いた錦絵が幾種も売り出されて人気を博したことは、大森貝塚の発見で有名な生物学者 E. S. モースの当時の日記にも書かれている」とある。
連歌をやるには、こういう雑学も必要らしい。そもそも雑学が役立つから、連歌はインターネットに向いているともいえるのだ。わからないことにぶつかれば、すかさずインターネット検索をすればよい。
この他、「母をこがるる」→「蛍」→「生臭き匂ひ」→「海鼠」というような連想の連なりも見られて、とても興趣がそそられる。複数の人々がこういう偶発的な意味の脈絡の連鎖を作って、偶然性がなければ到底到達できないであろう「思いもかけない美しいイメージ」に達する ― それが連歌の醍醐味だ。そういう中でインターネットを活用すれば、それなりに面白い歌仙が巻けそうに思われる。インターネットで遠隔のふたりが囲碁将棋をやるのと一脈通ずるところもある。
インターネットによって現代連歌の創作がどこまでやれるか、その可能性を論ずる上で宗祇の「水無瀬三吟何人百韻」と比較しつつ、現代連歌のこの「歌仙 焔星の巻」を読み進めていくのもなかなか興趣溢れるものがあるのではなかろうか。
「焔星」とは火星のことをを意味するらしい。この「焔星」という語を発句に用いた乙三(岡野弘彦)は、「広辞苑には「焔星」の解説が出ているが、他の辞書には見つからない」といっている。どうも彼の創作した言葉らしく、いわば新語に近いものと思われる。
次に続く玩亭(丸谷才一)の句、「偉人は犬を月の友とす」の「偉人」とは、もちろん西郷南洲(隆盛)のことである。「焔星」→「火星」→「西郷星」という連想からきているわけだ。
平凡社の「世界大百科事典」CD-ROM版によれば、「西郷星とは、1877年、西南の役で全国の人心が動揺していたとき、火星が地球に近づいてきて、大接近の9月3日には距離5630万km、光度 2.5等あまりとなった。世間ではこれを西郷星と呼び、その赤い光の中に陸軍大将の正装の西郷隆盛が見えるといって騒いだ。同時に、火星の近くに位置した土星を、隆盛の参謀、桐野利秋の名により「桐野星」と呼んだ。そして、西郷星を描いた錦絵が幾種も売り出されて人気を博したことは、大森貝塚の発見で有名な生物学者 E. S. モースの当時の日記にも書かれている」とある。
連歌をやるには、こういう雑学も必要らしい。そもそも雑学が役立つから、連歌はインターネットに向いているともいえるのだ。わからないことにぶつかれば、すかさずインターネット検索をすればよい。
この他、「母をこがるる」→「蛍」→「生臭き匂ひ」→「海鼠」というような連想の連なりも見られて、とても興趣がそそられる。複数の人々がこういう偶発的な意味の脈絡の連鎖を作って、偶然性がなければ到底到達できないであろう「思いもかけない美しいイメージ」に達する ― それが連歌の醍醐味だ。そういう中でインターネットを活用すれば、それなりに面白い歌仙が巻けそうに思われる。インターネットで遠隔のふたりが囲碁将棋をやるのと一脈通ずるところもある。
インターネットによって現代連歌の創作がどこまでやれるか、その可能性を論ずる上で宗祇の「水無瀬三吟何人百韻」と比較しつつ、現代連歌のこの「歌仙 焔星の巻」を読み進めていくのもなかなか興趣溢れるものがあるのではなかろうか。
歌仙 焔星の巻 | ||
乙三; 岡野弘彦(歌人) 玩亭; 丸谷才一(作家) 信 ; 大岡 信(詩人) | ||
《初折の表》 | ||
秋 | 秋暑し寝間よりあふぐ焔星 | 乙三 |
秋月 | 偉人は犬を月の友とす | 玩亭 |
秋 | 枝豆の歯ごたへよきをほめあつて | 信 |
秋 | 今年の米のできはまづまづ | 乙三 |
雑 | 家族みな真白のままの保険證 | 玩亭 |
雑 | けふもけはしい山肌よぢる | 信 |
《初折の裏》 | ||
雑 | のつそりと熊が顔だす九十九折 | 乙三 |
雑 | 死んだまねする還暦の知恵 | 玩亭 |
雑 | 居眠りの達人といはれ出世して | 信 |
雑 | 夢の中にも母をこがるる | 乙三 |
夏 | 胸に火を燃やすはほたる恋の虫 | 玩亭 |
雑 | 幼きころはなまぐさきにほひ | 信 |
冬月 | なまこ食ひて腹ゆるみたる月の夜 | 乙三 |
雑 | 酔ひ深まれば機嫌よくなる | 玩亭< |
雑 | 商談が進むや顔は折り畳み | 信 |
雑 | 突いてほころぶ紙の風船 | 乙三 |
春花 | どかと解く花見もどりの袋帯 | 玩亭 |
春 | 投げ出す足にじゃれる猫の子 | 信 |
《名残の表》 | ||
春 | 山寺の鐘ものどかに暮れかかり | 乙三 |
雑 | 牢人の読む書は太平記 | 玩亭 |
雑 | 暗唱んじる声もおのづと講釈師 | 信 |
雑 | 引く手あまたの村まはりする | 乙三 |
冬 | 水鳥のわきを菜の葉の流れゆく | 玩亭 |
冬 | 蝦あさるらんかいつぶり二羽 | 信 |
雑 | 妻のゐぬ湖畔の宿に寝そびれて | 乙三 |
雑 | クイーンの札はどれも悪相 | 玩亭 |
秋 | あれ見よや夜空を焦がす揚花火 | 信 |
秋 | 棚田をかざる彼岸花濃き | 乙三 |
秋月 | 江戸のことおどけて語る月の客 | 玩亭 |
雑 | 聞けば浪速の飛脚屋主人 | 信 |
《名残の裏》 | ||
雑 | 朝宮に願かけてゐる孫のすゑ | 乙三 |
雑 | 三面記事に名をぞとどむる | 玩亭 |
雑 | 強盗を素手で仕とめて語り草 | 信 |
春 | 里よりとどく菜飯、田楽 | 乙三 |
春花 | 花冷えを口実にして燗をつけ | 玩亭 |
春 | 節の揃ひし蛙にぎやか | 信 |