Takahiko Shirai Blog

記録「白井喬彦」

歌仙 焔星の巻

2005-04-19 19:59:10 | 文学
「歌仙 焔星の巻」は岩波書店の『図書』2005年3月号に掲載されたもので、歌人の岡野弘彦、作家の丸谷才一、詩人の大岡信の3人によって試みられた「現代連歌」である。

「焔星」とは火星のことをを意味するらしい。この「焔星」という語を発句に用いた乙三(岡野弘彦)は、「広辞苑には「焔星」の解説が出ているが、他の辞書には見つからない」といっている。どうも彼の創作した言葉らしく、いわば新語に近いものと思われる。

次に続く玩亭(丸谷才一)の句、「偉人は犬を月の友とす」の「偉人」とは、もちろん西郷南洲(隆盛)のことである。「焔星」→「火星」→「西郷星」という連想からきているわけだ。

平凡社の「世界大百科事典」CD-ROM版によれば、「西郷星とは、1877年、西南の役で全国の人心が動揺していたとき、火星が地球に近づいてきて、大接近の9月3日には距離5630万km、光度 2.5等あまりとなった。世間ではこれを西郷星と呼び、その赤い光の中に陸軍大将の正装の西郷隆盛が見えるといって騒いだ。同時に、火星の近くに位置した土星を、隆盛の参謀、桐野利秋の名により「桐野星」と呼んだ。そして、西郷星を描いた錦絵が幾種も売り出されて人気を博したことは、大森貝塚の発見で有名な生物学者 E. S. モースの当時の日記にも書かれている」とある。

連歌をやるには、こういう雑学も必要らしい。そもそも雑学が役立つから、連歌はインターネットに向いているともいえるのだ。わからないことにぶつかれば、すかさずインターネット検索をすればよい。

この他、「母をこがるる」→「蛍」→「生臭き匂ひ」→「海鼠」というような連想の連なりも見られて、とても興趣がそそられる。複数の人々がこういう偶発的な意味の脈絡の連鎖を作って、偶然性がなければ到底到達できないであろう「思いもかけない美しいイメージ」に達する ― それが連歌の醍醐味だ。そういう中でインターネットを活用すれば、それなりに面白い歌仙が巻けそうに思われる。インターネットで遠隔のふたりが囲碁将棋をやるのと一脈通ずるところもある。

インターネットによって現代連歌の創作がどこまでやれるか、その可能性を論ずる上で宗祇の「水無瀬三吟何人百韻」と比較しつつ、現代連歌のこの「歌仙 焔星の巻」を読み進めていくのもなかなか興趣溢れるものがあるのではなかろうか。

歌仙 焔星の巻


乙三; 岡野弘彦(歌人)
玩亭; 丸谷才一(作家)
信 ; 大岡 信(詩人)

《初折の表》
秋暑し寝間よりあふぐほむら乙三
秋月 偉人は犬を月の友とす玩亭
枝豆の歯ごたへよきをほめあつて
 今年の米のできはまづまづ乙三
家族みな真白のままの保険證玩亭
 けふもけはしい山肌よぢる
《初折の裏》
のつそりと熊が顔だす九十九折ツヅラヲリ乙三
 死んだまねする還暦の知恵玩亭
居眠りの達人といはれ出世して
 夢の中にも母をこがるる乙三
胸に火を燃やすはほたる恋の虫玩亭
 幼きころはなまぐさきにほひ
冬月なまこ食ひて腹ゆるみたる月の夜乙三
 酔ひ深まれば機嫌よくなる玩亭<
商談が進むや顔は折り畳み
 突いてほころぶ紙の風船乙三
春花どかと解く花見もどりの袋帯玩亭
 投げ出す足にじゃれる猫の子
《名残の表》
山寺の鐘ものどかに暮れかかり乙三
 牢人の読む書は太平記玩亭
暗唱ソラんじる声もおのづと講釈師
 引く手あまたの村まはりする乙三
水鳥のわきを菜の葉の流れゆく玩亭
 蝦あさるらんかいつぶり二羽
妻のゐぬ湖畔の宿に寝そびれて乙三
 クイーンの札はどれも悪相玩亭
あれ見よや夜空を焦がす揚花火
 棚田をかざる彼岸花濃き乙三
秋月江戸のことおどけて語る月の客玩亭
 聞けば浪速の飛脚屋主人
《名残の裏》
朝宮に願かけてゐる孫のすゑ乙三
 三面記事に名をぞとどむる玩亭
強盗を素手で仕とめて語り草
 里よりとどく菜飯、田楽乙三
春花花冷えを口実にして燗をつけ玩亭
 節の揃ひし蛙にぎやか

水無瀬三吟何人百韻

2005-04-19 14:25:39 | 文学
「水無瀬三吟何人百韻」は、水無瀬川(現在の大阪府三島郡島本町東大寺)の岸辺に離宮を営んだ後鳥羽院(1180-1239、承久の乱(1221)に破れて隠岐に流され、18年後、配流地に没す)への奉納として、宗祇(1421-1502)とその高弟であった肖柏(1443-1527)と宗長(1448-1532)を連衆として、長享2年(1488年)正月22日、院の月忌に山城国山崎で張行された「賦何人連歌(ふすなにひとれんが)」の通称であり、宗長の自筆本が伝存する。

宗祇の発句、「雪ながら山もとかすむ夕かな」は、新古今和歌集所収の後鳥羽院、「見わたせば山もと霞む水無瀬河夕は秋となに思ひけむ」(巻一)、宗長の挙句、「人をおしなべみちぞただしき」は同じく、「おく山のおどろがしたもふみわけてみちある代ぞと人に知らせむ」(巻十七)を本歌とする。

以上、平凡社「世界大百科事典」(CD-ROM版)における光田和伸氏の解説から抜粋した。

インタラクティブを特徴とするインターネットのコミュニケーションでは、「連歌」は改めて注目すべき芸術ジャンルのひとつではなかろうか。


水無瀬三吟何人百韻

長享二年正月二十二日


雪ながら山もと霞む夕べかな    宗祇

   行く水遠く梅匂う里     肖柏

川風にひとむら柳春みえて     宗長

   船さす音もしるき明け方   宗祇

月やなほ霧渡る夜に残るらん    肖柏

   霜置く野原秋は暮れけり   宗長

鳴く虫の心ともなく草枯れて    宗祇

   垣根をとへばあらはなる道  肖柏

〔初裏〕

山深き里や嵐におくるらん     宗長

   慣れぬ住まひぞ寂しさも憂き 宗祇

いまさらに一人ある身を思うなよ  肖柏

   移ろはむとはかねて知らずや 宗長

置きわぶる露こそ花にあはれなれ  宗祇

   まだ残る日のうち霞むかげ  肖柏

暮れぬとや鳴きつつ鳥の帰るらん  宗長

   深山を行けばわく空もなし  宗祇

晴るる間も袖は時雨の旅衣     肖柏

   わが草枕月ややつさむ    宗長

いたずらに明かす夜多く秋ふけて  宗祇

   夢に恨むる荻の上風     肖柏

見しはみな故郷人の跡もなし    宗長

   老いの行方よ何にかからむ  宗祇

〔二表〕

色もなき言の葉にだにあはれ知れ  肖柏

   それも伴なる夕暮れの空   宗祇

雲にけふ花散りはつる嶺こえて   宗長

   きけばいまはの春のかりがね 肖柏

おぼろげの月かは人もまてしばし  宗祇

   かりねの露のあきのあけぼの 宗長

すゑのなる里ははるかに霧たちて  肖柏

   ふきくる風はころもうつこゑ 宗祇

さゆる日も身は袖うすき暮ごとに  宗長

   たのむもはかなつま木とる山 肖柏

さりともの此世のみちは尽きはてて 宗祇

   心ぼそしやいづちゆかまし  宗長

命のみ待つことにするきぬぎぬに  肖柏

   猶なになれや人の恋しき   宗祇

〔二裏〕

君を置きてあかずもたれを思ふらむ 宗長

   その面影に似たるだになし  肖柏

草木さへふるきみやこの恨みにて  宗祇

   身のうきやども名残こそあれ 宗長

たらちねの遠からぬ跡になぐさめよ 肖柏

   月日のすゑやゆめにめぐらん 宗祇

この岸をもろこし舟のかぎりにて  宗長

   又むまれこぬ法をきかばや  肖柏

逢ふまでと思ひの露のきえかへり  宗祇

   身をあきかぜも人だのめなり 宗長

松虫のなく音かひなきよもぎふに  肖柏

   しめゆふ山は月のみぞすむ  宗祇

鐘に我ただあらましの寝覚めして  宗長

   いただきけりなよなよなの霜 肖柏

〔三表〕

冬枯れのあしたづわびて立てる江に 宗祇

   夕しほかぜのとほつふな人  肖柏

ゆくへなき霞やいづくはてならむ  宗長

   くるかた見えぬ山ざとの春  宗祇

しげみよりたえだえ残る花おちて  肖柏

   木のしたわくるみちの露けさ 宗長

秋はなどもらぬいはやも時雨るらん 宗祇

   苔のたもとに月はなれけり  肖柏

心あるかぎりぞしるき世捨人    宗長

   をさまる浪に舟いづるみゆ  宗祇

朝なぎの空にあとなき夜の雲    肖柏

   雪にさやけきよものとほ山  宗長

嶺のいほ木の葉ののちも住みあかで 宗祇

   さびしさならふ松風のこゑ  肖柏

〔三裏〕

たれかこの暁おきをかさねまし   宗長

   月はしるやの旅ぞかなしき  宗祇

露ふかみ霜さへしほる秋の袖    肖柏

   うす花薄ちらまくもをし   宗長

鶉なくかた山くれて寒き日に    宗祇

   野となる里もわびつつぞすむ 肖柏

帰りこばまちしおもひを人やみん  宗長

   うときもたれが心なるべき  宗祇

昔よりただあやにくの恋の道    肖柏

   わすられがたき世さへ恨めし 宗長

山がつになど春秋のしらるらん   宗祇

   うゑぬ草葉のしげき柴の戸  肖柏

かたはらに垣ほのあら田返しすて  宗長

   ゆく人かすむ雨のくれかた  宗祇

〔名表〕

やどりせむ野を鴬やいとふらむ   宗長

   小夜もしづかに桜さくかげ  肖柏

灯をそむくる花に明けそめて    宗祇

   たが手枕にゆめはみえけん  宗長

契りはやおもひたえつつ年もへぬ  肖柏

   いまはのよはひ山もたづねじ 宗祇

かくす身を人はなきにもなしつらん 宗長

   さても憂き世にかかる玉のを 肖柏

松の葉をただ朝ゆふのけぶりにて  宗祇

   浦わの里はいかにすむらん  宗長

秋風のあら磯まくら臥しわびぬ   肖柏

   雁なく山の月ふくる空    宗祇

小萩原うつろふ露もあすやみむ   宗長

   あだのおほ野を心なる人   肖柏

〔名裏〕

忘るなよ限りやかはる夢うつつ   宗祇

   おもへばいつを古にせむ   宗長

仏たちかくれては又いづる世に   肖柏

   枯れし林も春風ぞふく    宗祇

山はけさいく霜夜にかかすむらん  宗長

   けぶりのどかに見ゆるかり庵 肖柏

いやしきも身ををさむるは有つべし 宗祇

   人をおしなべ道ぞただしき  宗長