映画「博士の愛した数式」を見たので、すぐに思い浮かんだ物理学の先生に話した。先生もこの映画を見ていた。
数式の美しさというものには共感するものがあるという。数学だったか物理学だったか、そういうものの国際的な催しでも、「ビューティフル」という言葉がたくさん使われることが話題になったというような話をしてくれた。論理的な組み立ての世界と思われる物理の世界でも直感が働くことが多いという。その証明(数式)を解いていく過程で、その方向性が合っているか間違っているかの判断は、直感的なものだという。
基礎的な問題を解いていく場面でも、そのことは同じで、考えるのが先か、書くのが先か、と聞いてみたら、問題を頭で考えているうちは難しく感じでも、書き始めると分かってくることがあるのだという。学生にもそのことをよく話すといっていた。だからまず、問題となっている数式だけでも書いてみることが大切だという。数学の身体性というものだろうか。そういう点では、スポーツと一緒。どちらも身体の働きだ、という。
数学も音楽のように全世界で共通の考え方があるのですねという話をしていたら、数式は音符のようなものだということも言っていた。数字に慣れ親しんでいる人には、絶対音感のようなものがあるのかもしれない。
面白かった!話してみるもんだ、と思った。
数式の美しさというものには共感するものがあるという。数学だったか物理学だったか、そういうものの国際的な催しでも、「ビューティフル」という言葉がたくさん使われることが話題になったというような話をしてくれた。論理的な組み立ての世界と思われる物理の世界でも直感が働くことが多いという。その証明(数式)を解いていく過程で、その方向性が合っているか間違っているかの判断は、直感的なものだという。
基礎的な問題を解いていく場面でも、そのことは同じで、考えるのが先か、書くのが先か、と聞いてみたら、問題を頭で考えているうちは難しく感じでも、書き始めると分かってくることがあるのだという。学生にもそのことをよく話すといっていた。だからまず、問題となっている数式だけでも書いてみることが大切だという。数学の身体性というものだろうか。そういう点では、スポーツと一緒。どちらも身体の働きだ、という。
数学も音楽のように全世界で共通の考え方があるのですねという話をしていたら、数式は音符のようなものだということも言っていた。数字に慣れ親しんでいる人には、絶対音感のようなものがあるのかもしれない。
面白かった!話してみるもんだ、と思った。