期間限定の独り言

復興の道のりはつづく。

面接に行って来た

2012-06-27 20:27:58 | 日記
 今日も昨日に続いて終日快晴、梅雨の中休みという感じである。日ざしは強いが空気はあんがい乾いていて、青空が深い。教採を受けに札幌に通っていた頃を思い出す。久しぶりにまた行ってみたいものだと一瞬思ったが、もう行くことはあるまい。
 だいたい深く澄んだ青空を見上げようにも私はあいかわらず首が痛い。だいぶよくなったがまだ垂直方向は無理である。斜め四十五度くらいが限界か。街路樹の銀杏の樹のてっぺんが見えるかどうかだった。
 それは面接がぶじ済んで、ベローチェで一服して、夕方帰る時の話である。今日は午後から、昨日連絡のあった某予備校に予定通り出向いて、面接を受けてきた。履歴書を見ながら一通り話をして、ではよかったらこれから筆記試験を受けてもらいましょうということになり、専門(笑)の古文の受験問題を一つ解いて、指導のポイントを書いてきた。
 なにしろ久しぶりだから全然忘れていたら困るなあと思ったが、実際読んでみたら、自分で言うのも何だが、掌を指すが如しという感じであった。まあ問題そのものも、旧帝大なんてクラスではなく、中堅程度の地元大学の過去問だから、それほど難しいわけでもない。
 しかし仕事を辞めてから二ヶ月ぶりにさわってみると、やはり自分の才能はこの方面にあるのだなあと実感した。生徒に教えるということはまた別としても、若い頃から身体で覚えた古文は伊達ではない。今さら全く別の道を模索している場合ではない。
 答案を出したらすぐに問題なく採用ということになったらしく、書類を一枚渡されて帰って来た。またいずれ連絡が来るそうである。個別指導ということで、対象者がどのくらい居るかはわからず、よって週にどのくらい仕事があるかはまだ不明である。
 いざ働くということになったら、果たして大丈夫か知らんという不安はある。四月に勤めてすぐに逃げ出した学校は、とにかく受験指導に血道を上げている所だった。理屈から考えれば、予備校となるとそれに輪を掛けたような所だろう。私の場合学力に問題はないのだが(笑)、別の所に精神的な欠陥がある。何が原因でまた神経が破断するかわからんと思うが、さすがに今度投げ出したら人生おしまいだと思う。ていうか受験生諸君におかれては、偏差値の高低は必ずしも人生の幸福を保証しないと知っていただきたい。私という人間が生き証人である。

快晴

2012-06-26 20:36:55 | 日記
 お天気はよいのだが私はあいかわらずぎっくり首に呻吟している。お風呂に入って湿布を張ってぐっすり寝たおかげで、まあ昨日に比べれば劇的によろしくなっている。昨日は完全に固まって動かせなかったのが、今日はひどい筋肉痛という感じに移行して、可動域はかなり拡大した。こうしてみるとこの手の症状というのは、ぎっくり腰もそうだが、筋肉の急激な緊張であることがよくわかる。
 しかし痛いことは痛い。肩の筋肉痛はそれとして、触ってみると後頭部の方までコリコリに凝っている。結果、緊張性頭痛という感じで頭まで痛くなってくる。
 これでは私得意の座ったままでのうたた寝もままならぬので、午後からは枕を当てて本式に寝台に横になった。
 そして昼間から寝込んでいるとまた哀しみがどこからともなく侵食してくる。これで見ても昨日よりは症状が軽減していることがわかる。昨日はもうサバイバルで精一杯、という感じでものを考える余裕などなかったが、少し治って来るとまた気分の沈降が意識される。これは非常によくない循環で、精神が沈む→身体が傷む→精神的にまた落ちる、ということになる。
 それでこの際心療内科、と昨日思い立って到達できなかったのだが、後でよくよく調べてみたら、私の単なる地図の見間違いで、全く別のブロックを探し回っていたのであった。目当ての医院はちゃんと今も営業しているらしい。
 そして昨日は傷む首を抱えながら職安に行って、一つ塾講師の紹介状をもらって、また履歴書と一緒に送りつけてやったのであるが、これはまたいち早く反応が来た。午後から昼寝している所に電話が鳴って、いきなり飛び起きたのでまた首が痛い。
 書類選考は合格という話も特になく、いきなり明日の午後、面接に行くことになった。話の様子ではどうやら、採用される公算が高いように思われる。
 あくまで高校非常勤が来るのを待っているつもりだったが、やはり年度途中からはなかなか来ない。この際採ってくれるものなら塾でもいい。ていうか、私に高校生の受験指導なんか出来るのかどうかが改めて問題であるが、まあ先の事なんか考えても仕方がない。行ける所まで行くのみである。
 明日はスーツを着て、午前中まず心療内科に行こうかと考える。面接で何を聞かれるかわからないけれど、前の仕事は心の病気で辞めましたという形を作っておいたほうがよいかと思ったりする。辞めちまったのは事実なんだから取りつくろっても仕方がない。しかし首が痛い。うぅ。

本当にろくなことがない

2012-06-25 20:49:38 | 日記
 まあ嘆いてばかりいてはいかんなと思うのだけれども。
 だいたい前稿で題名をつけて書き始めた時には、本題は他にもう少しあるはずだったのだが、税金の話を書いているうちに紙幅が尽きた。それで今日はまた別の件が降りかかって来ている。
 昨日は仮設実家に米を貰いに行って、久しぶりにピアノを弾かせてもらって帰って来た。これが間違いの元である。
 疲れたので数日ぶりにお風呂を入れて、ゆっくり浸かって、上がって頭を拭いている時に悲劇は起きた。私は個人的に「ぎっくり首」と呼んでいるが、世間ではふつう寝違えたという、そういう現象が私の場合たまに起きている間にも起こる。要するに首・肩の筋肉がきわめて貧弱であるために、筋だか何だかに急激な負担がかかってグキッと行く。
 今回は相当原因がわかっていて、直接的にはあまり根をつめてピアノを弾きすぎたせいである。震災前の家には電子ピアノがあって、私は中学生の頃から習いもせずに自己流で遊んでいた。弾けもしないくせに楽譜のコレクションだけはすごくて、シューマンとかチャイコフスキーの協奏曲まであったりした。
 それが当然一切合財なくなって、両親も私も仮設に落ち着いてから間もなく、母は私の部屋にピアノを買ってやると言い出した。しかしこの三月まで私が住んでいたみなし仮設は、鍵盤が少し足りない、モーツァルトならちょうど弾けるというピアノでも置く場所がなかったので、仮設実家の方に置いてもらって、行くとたまに弾く。
 仮設実家にしても茶の間と寝室の二部屋しかないから、ふだんは寝室の窓際に立てかけてあって、弾く時もじかに畳の上に置いて、あぐらをかいて演奏することになる。ちょうどスヌーピーに出て来るシュレーダーのような姿勢ではないかと思う。
 しかしこれは足腰が痛むのみならず、腕や肩にも相当負担がかかると見える。被災してから一冊だけ買った楽譜、モーツァルトのニ短調の協奏曲を相当のめりこんで弾いていたら、仮設にいる間に何だか気分が悪くなって、晩御飯も食べずに夕方のうちに退却してきた。
 それで肩凝りから首を痛める羽目になったが、もともとそれ以前から首肩に潜在的な負担はかかっていたのだと思う。原因は鬱病である。
 肩凝りにしても腰痛にしても、精神的な要因が思いのほか強いと言われている。思い詰めて精神的にストレスがかかると、血流が阻害されて関節やら筋肉やらにいいことは何もない。
 それで私もこの所また鬱病が再発して、何かと言うと泣けてくるような精神状態にあったから、知らないうちに肩に負担がかかっていたんだろうと思う。
 それにしても今回の発作は最大級で、普通は首の方角によって、痛い位置と痛くない位置が必ずあるのに、今回はどちらを向いても痛い。昨晩は痛くてひんぱんに目が覚めて、起き上がって保冷剤で冷したりして、唸りながら寝ていた。これは要するにもう余計なことを考えるなという天の計らいである。実際こうなると意識は自分の首だけで占められる。人間の思考なんて脆いもんである。
 今朝はどうにか起きてご飯を食べて、じっとしていても固まるだけだから、百歳現役医師日野原先生みたいな姿勢で外に出て、バスに乗って街に出かけた。心療内科に行こうと思う。整形外科でもいいが、元々の原因は心にあるので、ちゃんと鬱病なり何なりの診断をつけてもらって、安定剤でも貰った方がいい。肩は湿布でも貼っておけばいずれ治る。
 そう思って、転入した時に区役所からもらった冊子で調べて、当たりをつけて行った医院はどこを探してもない。ビルが震災で解体されてしまったらしい。
 仕方がないので薬局で湿布を買って、駅東口の職安に赴く。というところで、その話はまた次回。

なんにもいいことがない

2012-06-23 17:58:13 | 日記
 無職無収入のところにここ数日、今度はつづけざまに債鬼があらわれて憂鬱である。別にどこからも金を借りた覚えはないのだが、三ヶ所も払えと言って来た。
 こんな事を書くと、海坂もついに妄想が出たかと思う読者もあるかも知れないが、平たく言えば税金のたぐいである。この三月まで暮らしていた市からは市県民税が来て、いま暮らしている市からは国保税が来て、さらには国民年金の加入状況が来た。正確に言えばこれはまだ表向き払えと言ってきたわけではないが、早晩また割賦を送りつけてくることであろう。
 零細な非正規労働者としては、例年こういうのが来るたび憂鬱になる。逆恨みのたぐいに近いが、住民税にしても国保税にしても、前年の所得に基づいて算出するというのが気に入らない。昨年度は私は個人的に、これまでの非常勤史上では最大、週十八コマも働いた。結果として実入りは多かったが、今年度は不徳の致すところにより無収入に転落して一銭も収入はない。にもかかわらず、税金は昨年度の所得に応じてかかってくるからたまったものではない。
 思うに私だけではなく、今日び非正規で働いているとこういうことはありがちではないだろうか。突然切れて辞めちまうという人もあまり居ないだろうが、病気にもなるかも知れないし、やむを得ない事情で仕事が減ることだってあるだろう。そういう時に、去年稼いだ分を今かっさらって行くって何なのよと思う。それとも世の中の人はそういうもんだと思って、取られる分はそれとしてあっさり割り切れるものなのか。
 ちなみに国民年金の保険料にしても、免除の可否は去年の所得の多寡に基づく。私は今は全くの無収入で精神的にはきわめて貧困なのだが、たぶん半額免除が認められるかどうかではないかと思う。それでも最善を尽くして、来月になったら免除申請をしようと思う。
 それでも払えというなら職が決まるまで放置する他はないと思うが、この国民年金というのは悪質で、いつぞや免除申請をして、その結果が出るまで払わないでいたら社保庁の下請けが督促の電話をよこした。全く無駄な手間である。
 素人考えであるが、国保税は税金であるけれども、国民年金保険料は税金ではない。国民には納税の義務はあるが、年金保険料を払うか払わないかなどは、極端なことを言えば自由意志に基づく。こんな事を言うと何だかネット上の紅衛兵みたいのが吊し上げに来そうで怖いが、制度上はそういうことだろうと思う。保険料を払わずに未加入期間が長くなると、当人が年金がもらえないとか、もらえても額が減るとか不利益があるというだけのことである。
 一方で保険料が現在の支給の原資になっているというのはあくまで倫理的な問題に属する。親族だったら扶養義務があるが、誰とも限定されない、高度経済成長を支えた〈お年寄り〉のために保険料払いなさいと言われても、そりゃ誰だって詐欺に近い言い分だと思うわけで、保険料未納が急増しているのは故なきことではない。
 今日だいたいの人が気づいていることであるが、今の年金制度というのはいわゆる右肩上がりの時代に設計されたものだから面妖なのである。税方式(義務として強制徴収ですな)で最低保障年金を作るしかない、というのが民主党のマニフェストであった(と思うが)にもかかわらず、周知の通り野田政権は霞ヶ関の操り人形になりさがり、旧来のシステムを変えずに帳尻だけ合わせようとして増税に突き進んでいるわけである。
 ところで債鬼に追われた私は鬱病が再発している(笑)。今日は何だか悲しくて一日また泣き暮らしたが、これだけ関係ない話を書き連ねたらおかげで少し元気になった。本当は鬱病の原因をもっと叙述するはずだったのだけれど、それはもういい。

暑いんだか寒いんだか

2012-06-22 17:47:37 | 日記
 このごろ季節の変わり目というのか、何を着てよいかわからない気候である。部屋でじっとして物を読んでいるとだんだん冷えて来て、毛のカーディガンを羽織る。外出する時は薄い上着を着るかどうか迷う。外を歩いていると暖まって来るが、どこかに落ち着くと涼しくなるし、冷房なんか掛けられた日には上着がないととても対抗できない。
 昨日は久しぶりに仮設実家に帰省した。だいたい週末ごとに行くことにしているのだが、先週は学会を聴聞したから行かれなかったのである。
 仮設実家は二部屋しかなくて、行くとたいてい茶の間でじっと座っているしかない。両親と話をして、テレヴィを見たり、新聞や雑誌を眺めたりする。私の部屋にはテレヴィも新聞も雑誌もないから、改めてこの三つは心休まるものだと思う。枕草子ふうにいうと、つれづれ慰むもの、である。正確に言うとテレヴィだけは携帯電話で見られるが、なにしろ小人の画面だから時に何が映っているかよくわからない。
 仕事を辞めてなんにもすることがなくなって、ひたすら本を読んでいればいいやなと思っていたが、しかし実際には一日じゅう書物を読んで過ごせるものではない。古典のテクストとか専門書とか読むのは案外エネルギーを使う。だからずっと読んでいると脳にばかり血液を取られて、低体温になって身体が冷えてくる。
 それでつくづく思ったのは、文学書を一日読んでいても大丈夫、という人が研究者になるのである。この点からして私は落第である。私という人間は、適当に働いて、その余暇に適当に本を読むという、いわば小市民的あり方が理想であるらしい。
 しかし今の世の中、この晴耕雨読といったような生活はきわめてむつかしくなっているように思われる。働くとなると本なんか読む暇は全くなく、本を読みたいと思うとまともな職には就かれない。まるっきり二者択一になってしまう。時間は自分で作るものだなんて言う人がいるけれど、それは作れるような境遇にある人の言い分である。
 それはさておき、そんなわけで仮設実家に帰ると、半日まったく本も読まずに、世間話をして、テレヴィを眺めてぼんやりする。こういう時間を過ごすと、一人で黙って部屋に閉じ籠もっているといかに煮詰まっているかがよくわかる。自分がこの地上で為すべきことはもう何も無いのではないかとかいう意識がいい具合に鎮静する。有難いことにうちの両親は、こんなデクノボウの子供に、早く職を探せとか全く言わないから助かる。本人が全く暗中模索であるのに、周りから煽られたらどうしようもなかったと思う。

台風が来た

2012-06-19 20:40:33 | 日記
 何だか今日はやたら携帯にメールが来て、見るとほとんど全部が、二ヶ月前に辞めた学校からの緊急連絡である。小学校は五時間で打ち切りますとか、幼稚園は明日は休みですとか、高校も休校ですとか、私立の一貫校だったから盛り沢山で非常にうっとうしい。アドレスの登録を外したいのだけれども、辞めた時に持ち帰った書類はその日のうちにぜんぶ破棄してしまったので何もわからない。削除してもらうために今さら学校に連絡するわけにもいかない。
 昨日一日閉じ籠もってまた気が狂いそうになっているので、台風が来る前に帰るつもりで、お弁当をこしらえて、バスに乗って図書館に出かけた。同じ市立図書館なのだが、部屋の近く(歩いて十分くらい)の分館は、辞めた学校には近いし、閲覧席は少ないし、どうもあまり愉しくない。
 それでバスに乗って、太白図書館に行く。このバス路線がまたおもしろくて、平日の朝夕一往復ずつしかない。だから大変すいている。本来私の部屋からだと、バスは仙台中心部に向かうのが普通なのだが、この路線は中心部を通らずに、市の東部から南部を結んでいるのである。
 ついでだからここで都市交通についていささか考察してみたいが、仙台の困った所の一つは、とにかく中心部一極集中になっていることだと思う。地下鉄もバスも、あらゆる路線が仙台駅に向かい、仙台駅前から出るようになっている。私もそんなに各都市詳しいわけではないが、東京だったら山手線、大阪だったら環状線(?)のように、中心部を通らずに周辺を結ぶ路線があればもう少し便利に動ける人もいるだろうし、混雑も緩和するんじゃないかと思う。
 太白図書館のある長町は、仙台における下町という感じで、私はけっこう好きである。駅前にドトオルとミスドもあるし、少し歩けばモールもあって、使い勝手のよい街と言っていい。
 午前中はこの頃しばらく読みつづけている丸谷才一・大野晋『日本語で一番大切なもの』(中公文庫)の続きを読んで、お昼は外のベンチで手製のサンドイッチを食べて、午後は地下の雑誌コーナーで、暮しの手帖と文藝春秋を読む。古典ばかり読んでいては煮詰まるので、やはりたまには雑誌を読むと気分が生き生きしていい。
 特に文春の医療特集を読んでいたら、人の命ということを考えさせられて、また思わず涙ぐみそうになった。末期癌で、在宅介護を受けて家で亡くなる場合は、いわゆる「お迎え」を見る例が少なくないのだそうである。親とか兄弟とか、すでに向こう側に行っている懐かしい人が来てくれる。そういうヴィジョンを見ると、安らかに死を迎えられることが多いという。
 癌でないにしても、老いて死ぬ場合、本来人間の身体には安らかに死を迎えられる仕組みが具わっているのではないかという話もあった。一言でいえば自然に枯れて行くということである。これが病院で死ぬというと、最期まで点滴をして栄養や水分を補給するものだから、無用に苦しむことになる。
 それでまた「お迎え」の話に戻ると、若い癌患者の場合は不幸にしてお迎えに会えることが少なく、死を受け入れることができずに苦しむことが多いという。肉体が先に駄目になっていくのに、まだ元気な精神がついて行けないということらしい。
 それで私が考えたのが、鬱病(による自殺)というのはこれとは逆で、肉体はまだ大丈夫なのに精神が燃え尽きてしまったという状況であろう。やはり精神と肉体が不均衡なので、死ぬ時は相当苦しむと思う。
 そんなわけなので、皆さん安らかに死にたかったら頑張って長生きしましょうという話になるのだが、それにしても死生学という学問はこれからの日本には大切だと思った。若い癌患者にしても鬱病患者にしても、精神と肉体が不均衡であるのは苦しいことであるが、そのような人の苦しみにはいかなる意味があるのだろうか。こういうことを考えるにはやはり宗教的なアプローチが必要である。
 お迎えについての記事に、東北大のどこかにはこの四月からそういう学問をやる講座ができたと書いてあった。私も勉強したいと一瞬思ったが、こんな弱った神経では人を救うどころではない。

暑くなった

2012-06-17 20:38:44 | 日記
 天気予報というものは当たる時は当たるものである。しかもたいてい当たってもらいたくない現象が当たる。昨日に比べて大幅に気温が上がるぞと言われていて、本当かなと思っていたら今日はやはり午後から晴れて暑苦しくなった。
 暑いと言ったって二十五度くらいで、長袖のシャツを着て歩いてちょうどよい、あるいはカフェで冷房に当たっているとだんだん冷えて来るほどである。出来ればひと夏ずっとこのくらいの気温で経過しないかしらと思うが、本当にそうなった日には米が取れなくなって大飢饉になる。
 今日も今日とて私は昨日に引きつづき学会を聴聞に行く。といっても不まじめな聴衆で、午前一本聴いて図書館に行き、お昼を食べて午後からまた一つ聴いて帰って来てしまった。例によって、研究室に所属しているんだったら皆勤してもいいが、卒業している者がそんなに一人で気張っても何もいいこともないと思う。
 それでも在学していた頃の顔見知りに久しぶりに会って懐かしくはあった。とは言っても私は社会人で横から入って、修士三年だけで抜けたから、学部から博士まで同窓だった人々のように親しく話すこともない。むろんこれは私の性格にもよることであって、社会人で入っても非常に濃密な関係を築いている人もいる。
 そして懐かしい他にも、やはり昔を思い出して淋しくもあった。あまり詳細にわたることを書くと身分がばれそうで問題であるが、大江健三郎の専門家の発表を聞いて、そういや自分も昔読んだよなと思い出す。『飼育』とか『個人的な体験』とか、あるいは『私という小説家の作り方』とか、新潮文庫でいろいろ読んだものだった。勿体なかったのは古本屋で講談社文庫の『新しい人よ目覚めよ』を買って、読まずに積んで置いたまま、津波をかぶってしまったことである。
 何度書いても詮ないことだけれど、津波で亡くした中では書物がやはりいちばん哀しい。今日みたいな日は特に現代文学の方を思い出す。私の国文学での専門はいちおう古典和歌だから、とにかく岩波の旧大系新大系はずいぶん買い戻したが、現代文学の文庫本もそれなりにたくさんあった。修士の前に通信教育で勉強した、高橋和巳の河出文庫の作品集十冊とか(卒論は『悲の器』で書いた)、その前に卒論で取り上げようかと思って読んでいた佐多稲子の講談社文芸文庫の作品集とか、あるいは吉行淳之介の新潮文庫(今は絶版になってしまったものが多くて、やはり古本屋で買い集めた)、そして講談社文芸文庫の『暗室』も結局買ったまま読めなかった。
 そうして無収入の今は、こうした懐かしい本を気軽に買うこともできない。早く口を探して稼げばいいではないかという話は受け付けない。要するに自分の身の上が昔とはなんと変わってしまった事だろうかと哀しいのである。震災直後の一年間はあまりこんな心情は浮かんでこなかったが、やはり加えて職を喪ったせいだろうと思う。 

寒いのは今日までか

2012-06-16 20:29:55 | 日記
 かねての予定では、今日は先だって加入が認められた(はずの)学会を聴聞しに、日帰りで江戸表に出府するはずだったのだが、結局取り止めた。主には財政上の理由である。よく考えてみれば、無収入の身でそんな道楽に旅費を費やしている場合ではない。発表をするのでもあるまいし、私が行かなくても元々何事もない。
 だいたい今さら学会に出たとて研究者になれる訳でもなしと思ってしまうわけであるが、しかしまあ、ここが大成する人としない人の差かも知れない。すぐに実益が得られなくても、またお金がなくても、志をもってやり続けて何事かを成し遂げたという話はありがちである。
 それで現金な凡人である私は、新幹線の旅費を思えば安いもんだよなと思って街へ出かけてミスドで一服し、さらに大学図書館へ行ったら、思いがけずここでも学会に行き会った。
 例年今ごろ、文学部の国文学教室その他が主催して内輪の学会が開かれる。いやもしかしたら今日あたりかなとどこかで思わないではなかったのだが、本当に今日だったとは驚きである。
 それでも私は基本的に人寄りには近づきたくない人だし、図書館で暮らすつもりだったので、どうしようかなと迷いながら食堂から戻る途中、受付に居た顔見知りのお嬢さんがわざわざ呼び止めてくれて、つい入ってみることになった。午後から夕方まで、講演を二本聴いて帰る。
 明日は学会二日目で、院生をやっていた頃に知っている人の発表があるから、どちらかというと今日よりも行きたい気がする。どうも今年は国文学よりは日本思想史(?)が主体らしくて、あまり縁遠い所は外して、図書館に行ってもいいしなと考える。

やっぱり肌寒い

2012-06-14 20:12:17 | 日記
 部屋でじっとしていると本当に寒い。炬燵布団は取ってしまったし、こういう時に電気絨毯があるとちょうどよく暖かくていいのだけれど、無い物は仕方がない。こんな時にも震災前の昔の家を思い出す。
 さて一昨日はどこへ出かけたかというと、駅東口なる職安に行ったのである。カタカナ語は一般に嫌いであるが、ハローワークなんて言葉は使いたくない。英語としてもたぶん成り立ってないと思うし、語感そのものが気に入らない。ハローと言って手軽く始めたワークは、すぐにバイバーイということになりそうである。首になるにせよ辞めるにせよ、所詮は当座のもので、とうてい長続きしないような感じがするのである。
 私は学校時代から英語は大の苦手であったが、仕事あるいは職業といえばワークとも言いジョブとも言い、それぞれに細かい語感があるであろう。さらに天職という含みで、コーリングという言葉もある。独逸語ならベルーフである。日本なんだから職安で何の問題があるかと思う。
 さて高校非常勤を天職と考え、あくまでそれを取り戻したいと思っていたはずの私であるが、書くことで自己分析をした結果気が変わったか、インターネットで職安の頁を検索して、これはと思うものを見つけたので、応募してみる気になった。
 募集しているのは某予備校なのであるが、講師ではないらしい。教員免許も何もいらない。では事務職員なのかと思うと、生徒指導とか進路指導という項目もある。予備校で生徒指導って何なんだろうね。スカートが短いとか髪黒くしろとか話でもないだろうし、不思議である。
 一応履歴書と紹介状は送りつけたが、まだ音沙汰はない。職安の窓口で聞いた所では、なんでも今までに四十何人紹介されて、すでに十何人落ちているそうである。私は生まれてこの方こういう所を勝ち残ったことがない。おそらく書類は通って面接で落ちるのではないかと思うが、それも楽観すぎるかも知れない。まあ修士二つも行った人なんか見るからに怪しすぎるわけで。
 それでこの話は今の所おしまいだが、職安から紹介状を貰うのに、何だかいろいろと情報を登録しなければならず非常に面倒くさかった。要するに志望する方面を述べよというのだが、職業というのは男女の交際と似たところがあって、転勤の可否とか休暇がどうとか、事前に条件をいろいろ挙げても仕方がないんじゃないかと思う。実際にめぐり合って付き合ってみないとわからないわけで、自他ともにいくらよさそうなご縁だと思っても、結婚してみたらあっという間に破局に至ることもある。頼りになるのはあくまで自分の直感なのです。

曇り肌寒い

2012-06-13 10:18:47 | 日記
 今年も梅雨の季節が来て、暑いんだか涼しいんだかわからない感じである。そんな中を昨日は街をさんざうろついて(何をしに行ったかはまた別稿で)、晩になって風邪を引いたような気分になって、パブロンを飲んで寝たら今朝は何事もないが、ただ眠くて仕方がない。
 それにしても大阪でまた通り魔殺人があったりして、街を歩くのも薄気味がわるい。人殺しの動機として、少し以前から「誰でもよかった」という言葉が聞かれるようになったが、殺される側からしたらこんな不条理な死に方もないと思う。何も考えずに歩いていたらいきなり刺されるのである。しかも今回は状況がけっこう詳しく報じられていて、被害者の男性は助けてくれと叫び、犯人はそれに馬乗りになって何度も包丁を突き刺していたとかいう。被害者は自分がなぜ今ここで死なねばならぬのか、わけもわからず死んでいったに相違ない。
 そしてまた思いやられるのが、その現場に居合わせて生き残った人々のことである。警察官のように日々訓練も受けていなければ、特別な装備も何もない個人が、こういう時に逃げまどうのは生物的本能と言ってよいが、中には助けることも何も出来なかったという罪悪感に悩む人もいるであろう。
 これだけ重大な結果を引き起こした犯人については、強い非難感情を抱くのが人情の自然というものであり、私も同情の余地は一切ないと思う。ただ、この犯人は自殺するつもりで包丁を買ったというのだが、傷も何も負っていないのでそれが嘘だろうという捉え方は、なるほど世間はこういう風に見るのであるなあと思った。私はむしろ、犯人が自殺を考えたということは、きわめて自然に受け止めたのである。
 これは学校でのいじめという現象についてよく言われることなのだが、いじめられていた者が逆に誰かをいじめるようになる、あるいはその反対も含めて、被害者と加害者が反転することはよくあることだそうである。
 自殺というのは自己を破壊したいという欲望であるが、これはまた一つひっくり返ると、他者の方に容易に向かいうるものではないかと思う。私なんかも、仕事を辞める前後は鬱がひどくて死んでやると思っていたが、しばらく経って気分が平静に戻って、ある時ふと浮かんできたのが、あの管理職と一緒に仕事を続けていたら、しまいには浅野内匠頭みたいになっていたかも知れないというイメージであった。おのれ吉良、先日来の遺恨おぼえたか、てなもんである。早いところ辞めたのが正解であったかも知れない。
 松の廊下は無差別殺人ではないけれども、要するに、浅野は私のように鬱になって自殺してもおかしくなかった。いや、あれ自体、彼にとっては同時に自己を破壊する行動であったのかも知れないが、とにかく自罰と他罰は容易に転化しうるということである。
 そして今回の大阪通り魔犯に対して、大阪市長のなにがしという人は、自殺するなら自己完結でやれと言い放ったそうであるが、なんとも底の浅い発言といわざるを得ない。かくのごとく自罰と他罰が容易に反転するのは、人間が本質的に〈他者とつながっている〉存在だからである。自殺者であろうと殺人犯であろうと、自己完結なんてことはあり得ないのである。法務省なんかが、出所者の社会復帰を支援しましょうなどという運動をしているが、そんな心がけとかスローガンの問題ではなく、人間存在として否応なくそうなのである。仏教でいう因縁とはそういうものかも知れない。
 そう考えると、不都合な存在は切り離せばよいという考え方は、やはり安直にすぎるであろう。例の維新の会というのの薄っぺらさがこの辺には露呈していると言ってよく、結局彼らの視点はワイドショーのコメンテーターと全く同じ水準である。だからこそ世間の支持を集めているわけだが、彼らが天下を取った日には、世の中からはみ出さざるを得ない人々はいっそう生きづらくなることであろう。