以前四谷三丁目界隈を巡った時、
時間が足りずに行けなかった新宿歴史博物館に行ってきた。
今回は都営新宿線曙橋駅からブラ歩き。
博物館に行く途中に偶然発見したのが「津の守弁財天と策の池」。
この辺りは江戸時代松平津守の大名屋敷があり、徳川家康が鷹狩りの時に
策(むち)を洗った井戸があり、その井戸の水が滝になって池に注いでいた事から
策の池と呼ばれるようになったそうだ。
明治に入り、池のほとりに茶屋ができ行楽地として栄え、花街に発展。
昭和50年代までこの界隈を華やかな「津の守芸者」が行き交ったという。
現在も高級料亭らしき建物を何軒か見かけた。この辺りは地形がすり鉢状に
なっており、ちょうど池のある場所が窪みの中心になっている。
古い階段の先には防衛省の通信鉄塔が、住宅街の真ん中に聳え立っており、
東京スカイツリーも顔負けの光景である。
さて、ようやく辿り着いた新宿歴史博物館。
区の施設としてはかなり豪華な建物だ。
庭にはちょうど見ごろの桜が咲いていた。
地下1Fのエントランスホールには小田急線初代ロマンスカー運転席の
復元展示があり、LOGGYとしては早くも好感触。
常設展示も時系列に新宿発展の様子がわかるよう工夫されていた。
休日だというのにLOGGY以外の訪問者は数名しか見当たらなかったのが
非常に勿体ない感じもしたが、その分じっくりと展示物を鑑賞できて満足であった。
時間が足りずに行けなかった新宿歴史博物館に行ってきた。
今回は都営新宿線曙橋駅からブラ歩き。
博物館に行く途中に偶然発見したのが「津の守弁財天と策の池」。
この辺りは江戸時代松平津守の大名屋敷があり、徳川家康が鷹狩りの時に
策(むち)を洗った井戸があり、その井戸の水が滝になって池に注いでいた事から
策の池と呼ばれるようになったそうだ。
明治に入り、池のほとりに茶屋ができ行楽地として栄え、花街に発展。
昭和50年代までこの界隈を華やかな「津の守芸者」が行き交ったという。
現在も高級料亭らしき建物を何軒か見かけた。この辺りは地形がすり鉢状に
なっており、ちょうど池のある場所が窪みの中心になっている。
古い階段の先には防衛省の通信鉄塔が、住宅街の真ん中に聳え立っており、
東京スカイツリーも顔負けの光景である。
さて、ようやく辿り着いた新宿歴史博物館。
区の施設としてはかなり豪華な建物だ。
庭にはちょうど見ごろの桜が咲いていた。
地下1Fのエントランスホールには小田急線初代ロマンスカー運転席の
復元展示があり、LOGGYとしては早くも好感触。
常設展示も時系列に新宿発展の様子がわかるよう工夫されていた。
休日だというのにLOGGY以外の訪問者は数名しか見当たらなかったのが
非常に勿体ない感じもしたが、その分じっくりと展示物を鑑賞できて満足であった。