犬神の親分が一番奥で、ひな祭りみたいな柄の着物を無造作に羽織って。あの時で四十いくかいかないかくらいかな。普段は静かだけど荒れると怖いからみんな緊張するんだよ。番頭の紀州さんとシバさんが一緒に来て。
紀州さんは付き合いも古いらしくて、どういう風に知り合ったのかわかんないけど親分より年上、還暦手前ぐらいで、いつもスーツをピシっと着ててね。偉い役人みたいだったよ。賭場の会計は全部仕切ってて、ヤクザっていうより政治家の秘書とか社長って感じでね。
シバさんは、あれだよ。親分、あっちの趣味があってさ。まだ二十歳前だったと思うよ。普段は女の格好で。髪は前髪ぴったり揃えてお姫様みたいにして。まあ確かに女に見えるけどな。背は結構高かった。どっかで札付きのワルだったのが親分に見つかって、あれこれ仕込まれたって話だよ。だから俺はそんなにツラよくなくてよかったなって思ったよ。そんなガキ、たくさんいたけど幹部になれたのはシバさんだけだし。他の愛人はシバさんが嫉妬してすげえいじめられるんだよ。怖いね。シバさんも最初は先輩のそういう人にいじめられたけど、復讐してそいつら消してここまで上り詰めたって話だからね。時代劇の花魁みたいな着物で親分から離れず、いつも膝とか肩とかに手を添えてたね。
他で賭場の仕切りしてたり、休んでたりしていた連中も集まって、秋田さんは結構早く来た。とにかく背の高い人で坊主頭。面長で黒い着流しだから入道そのものだね。腕っぷしもいいから犬神さんも一目置く人で。
「騒がしいですね。なんだか元気なお嬢さんがいらしたみたいで」
秋田さん、手ぬぐいで頭の汗を拭きながら低い声で。
「猿ンとこの連中が仕掛けてきたってわけじゃあないようだ。旅人、って話だな。春なんで頭おかしいのが飛んできたかな」
親分も思ったより冷静で。まあ周りのヒラの連中、俺も含めてだけど、そういう輩がビビったり、狼狽したり、暴れる寸前だったりで混乱していたから自然と上のほうは落ち着いてたのかもしれない。
「客分にしろっていってるんです」
俺、声ふりしぼって。なかなか言葉が出ないんだけど伝えなきゃって。
「腕は確かなんだろ?」って親分が。
「はい、目の前でふたりが一瞬で首を斬られました」
そのあと俺も腕をやられとか耳がなくなったとかさっきやられた奴らとその仲間がぎゃあぎゃあ騒いで。
「客分で入れて少し世話してから鉄砲玉で猿のところに送り込んだらどうですか?」って紀州さんが。
「まあそれがいいだろうなあ。ただ鉄砲玉送ったらそのあとは戦争だな」
「決着つけることになるかと」
小競り合いは毎日のようにあったけどみんな死にたくないしね。決着をつけるっていうか、全面戦争は避けてたんだよ。もともとは犬神の親分と鬼猿だって義兄弟の杯を交わした仲だっていうし、博徒と女衒で住む世界が重ならなきゃそこまでやらなくても、みたいにみんな心の底では思ってた。臆病者と思われたくないから言葉にはしなかったけど、その日が来たら大半の人間が死ぬって思っていたから。
みんな自分の町で住みにくかったり、不始末起こしたりで親分に拾われてここに流れ着いたから恩は感じてる。だけど死ぬとなったら、なあ。
緊張感あったよ。戦争することになるのかって。シバさんはみんな見てる前だってのに親分の胸板に顔を埋めて。
そうしたらドカドカ足音が聞こえて、みんなドキッとしたんだ。そうしたら甲斐さんが来たんだよ。幹部の人、遅れて。
ボサボサの頭で、金髪に染めてるんだけどもう汚れててね。甲斐さんは売り物の薬に手ぇ出してたからちょっとそういうとこあったんだよ。昔はそうでもなかったんだけど年々、荒っぽくなってね。
それでいままでの話を紀州さんが説明したら話が終わるか終わらないかのところで、
「じゃあ、その女、捕まえてきます。殺しちまったらすいません。この話、なかったことに」っていって外にまた飛び出しってた。
それが最後だったね。若い衆があとを追ったんだけどもう遅くて。甲斐さん、首と胴体と腰から下でみっつに分かれてた。
それをあの女が杖でつつきながら、
「話、早く決めてください」って急かして。その日のうちに客分入れる宴会だよ。牛や豚、潰して肉の下ごしらえして。
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