鶴岡法斎のブログ

それでも生きてます

小説、続きです。まだ続きます。タイトル未定

2016-03-08 19:46:20 | 小説(新作)

 その人がね、自分の読んでた漫画に気づいたんですよ。こっちは拾った漫画でなんとも思ってないんですけどね。
「それ貸して」って。
 パラパラ読みながら、「懐かしいなあ」ってずっといってるんですよ。
「この本だと載ってないけど、のっぺらぼうが出てきてね。それが人魂を天ぷらにして食べるんだよ。それが怖いんだけどなんだかとっても美味しそうに見えてね」とか話すんですよ。こっちはまだ驚いたまんま。近くで見たら二十歳くらい、だったんですかね。見れば見るほど美人で。どうしてこんな場所に来たんだろう。自分が逃げ出したいと思ってるここに。
 そもそもその時の町は二大勢力にわかれてたんですよ。その時は子供だったんでよくわかんなかったですけど、犬神と鬼猿って組があって。もともとはひとつの組織だったんですけど大親分って人が死んで、最初は博打関係は犬神が仕切って、売春関係は鬼猿がってちゃんと分裂したけど、すぐに対立するようになった、って話はよく聞くけど実際はどうだったんですかね。仲よかった時期とか見たことないですから。うちの親父は犬神のほうから仕事貰ってたんですよ。ブツの保管所に家貸すとかで。ヤバいブツって薬だったんでしょうね。博打やってると眠りたくなくて、ずっとやっていたくなるからそのために薬をね。それ以外もまあ預かってましたよ。このあとわかってくこともあるんですけど。
 それで漫画を読みだしたお姉さんがね、こっちに不審に思われないように、子どもとなんとかなかよくしようとしてるのか話してくるんですよ。
「かわうそが黒砂糖の塊とパイナップルの缶詰出すんだけどそれが美味しそう」って食べ物の話ばっかり。
「お腹空いてるの?」
「うん、かなり」
「この先に食堂があるよ。汚いけど」
「そこ行くとおとなの人もいるかな」
「いるよ。いつも誰かいる」
「そっか。じゃあそこ行く。連れってて」
 お姉さん、赤い杖を突きながら自分のあとをついてくる。杖は変に見えましたけど、山のほうから来たのかなってその時はそんなに不思議に思わなかったですけど色が独特なんで印象には残りますね。ところどころ金色に光るところが。装飾、蒔絵なんですね。蝶とか花とかがあしらってある。いつも会ってるゴロツキはもっと悪趣味な模様の服を着てたんでそこは品がよく見えました。
 まだ幼い時期、学校いってれば中学一年って年頃ですけど、いい女を連れて歩いてるのが男、牡として優越感あるな、と思いました。ただそこに来る視線は、
「誰だ、あいつ」
「よそ者……」
「見たことない女……」
 そんな殺気立った言葉を孕んでるんですけど。誰が見てるかわからないけど視線だけ感じるんです。荒れ放題の町並みを進んでいると。春の訪れを告げる南風が顔にぶつかる。振り返ると綺麗なお姉さんが髪をなびかせている。こっちの視線に気づくとニッコリ笑う。ここだけ平和で、この時間が続けばいいと思いました。
 食堂に着いて、まあ古めかしい食堂ですよ。貧乏くさい。でも昼間にまともに食事できるのは犬神の縄張りだとここくらいで。昼から酒飲んでいる客は数人いましたね。犬神の子分と賭場の客、さっきまで勝負していて負けたんでしょう。勝ったらもっといいとこに行くはずですから。博打に負けた奴の恨み、悔いが床にまで染みついた、そんな食堂です。
「私は、カレーライス」
 自分も同じものを頼みました。他の客はやっぱりお姉さんをチラチラ見ていました。そりゃあ気になるでしょう。いい女だし。
 カレーが届いてお姉さんが、食べて一言、
「レトルト、業務用……」
 そう呟いたんです。とても寂しそうな顔で、そのあとその悲しいのをも飲み込むようにカレーをガツガツ。自分も一緒にカレーをガツガツ。
 またしばらくしてから少し動きが止まって、なにか考えてるなと思ったら醤油を少しだけ入れて食べて。
「違う……」
 で、また悲しそうにガツガツ食べる。
 ちょっと残念な食事をしていたら奥で飲んでた犬神の手下が三人、こっちに来るんですよ。全員ヨレヨレで派手なスカジャン。お姉さんとそんなに歳は変わらない、若い衆でしょうね。賭場の仕事が終わってここでダラダラしてる。自分くらいの人間に絡んでくるのはこのくらいの連中なんで本当に嫌いでした。子供の小遣いだってカツアゲするような奴らですから。
 そいつらが、そな頭も性格も悪そうな奴らが、
「お姉ちゃん、どうしたの、こんな時間に」
「どこの店にいるんだよ」
 とか品のないこといいながらこっちにちょっかい出してくる。
「犬神さんとこの人たちですか?」
 お姉さんが尋ねると、ああ、そうだよ、俺たちは、って聞いてないことまでいってくる。自分もお姉さんと一緒でちょっと舞い上がっているけどこいつらも調子に乗ってる。あわよくば、なんて考えてるんでしょう。酒も入っているからかなり騒がしい。
「外で話しましょう。犬神さんのとこの人なら話も早いし」
 カレー食べ終わったお姉さんが立ち上がる。
「ボク、ちょっとコートとカバン預かって。それでここで待ってて。すぐ戻るから」
 そのまま店の外に三人組と一緒に出る。どうしていいかわからなくてじっと待ってる。お姉さんのコート抱きしめると埃の匂いに混じっていい香りがする。女性の匂いなんだと。少し興奮したし、同時に安らかな気持ちになりました。
 ただね、その埃と女性の匂い以外にまだなんかある。よく知ってる匂い。あ、これは人間の血と脂のそれだって、刃傷沙汰もあったからわかるんですよ。生命の根源なんだろうけど死のイメージしか湧かないそれに気づいた時、外から男の叫び声が。慌てて外に出ました。自分だけじゃなくて店にいた他の客も何人か一緒に。
 そうしたら往来でさっきの犬神の子分が一人、座り込んだまま動けなくなってる。腰から下がビシャビシャに濡れてる。小便を漏らしてるですよ。
 あとのふたりはうつ伏せで頭のほうから倒れこんでいる。ただね、頭から倒れてるけど頭がないんですよ。首から上がなくて、その先は小便とは違う、真っ赤な水たまりがあって……。
 血なんですよ。首が斬られちゃってる。近くに転がってる、子犬みたいな、ゴミみたいなのが頭だったんです。頭ってのは首の上に乗ってるから様になってるんで、単体で見ると間抜けで不格好なもんですね。
「犬神さんに伝えて、客分として招くならいい働きするって。ただし女扱いしたら殺しますよ。あと高くなくてもいいから食事は美味いものを用意して。はい、早く伝えて」
 お姉さん、落ち着いた口調でね。慣れてるのかな。あとあの杖は仕込み杖でなかに刀が入ってたんですね。血を浴びた抜き身がギラギラ、ギラギラ。
 でもね、お姉さんが丁寧に説明してるのに小便漏らしは泡まで吹いちゃって。もう話にならないんだ。白目剥いちゃってさ。こんな風に……。


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