鶴岡法斎のブログ

それでも生きてます

小説、続きます、そのうちタイトルつけます

2016-03-07 20:51:03 | 小説(新作)

 いまだって景気や治安がいいとは思わないけど、あの時は本当にひどかった。
 もうね、警察とかそういう権力が影も形もない。そうなったのは政変とか情勢とかいろいろあったらしいですけど、自分は無学なんでよくわかんないです。
 過疎化が進んだ町にならず者が集まって勝手に住みだして、そいつらが何をしでかすかわからなくて怖いから地元の人間が減っていく。そうしたら空き家で博打だ、売春だ、薬物だと勝手に店を開いてならず者が潤っていく。悪循環っていうのはこういうことをいうんでしょうね。
 まだ子供だったんで町にいましたけどね。あとお恥ずかしい話ですがうちの親父がその悪党どもから仕事回してもらっていたらしいんです。ヤバいブツを保管するとか、そういうので小銭貰って。失業していたからすがっちゃったんでしょ。
 そんなわけでどんどんガラが悪くなる町で過ごしてました。クラスメイトもどんどん引っ越していなくなって。学校、どうなったんだろう? 誰も行かなくなってましたよ。意味もなくて。部外者が住みついたりしてましたから。
 空いてる教室で授業中に博打やってるんですよ。ポン、チーとか。丁半の声が聞こえて。先生が注意しても無理だし、それにあの時期でしょ。警察も来ない。
 それから早いものですよ。治安が崩壊するまで半年かからなかったんじゃないかな。それでそこからまた半年でならず者、悪党どもが大きくふたつの流れができて、対立しだしたんですね。
 だいたい一年。一年で平凡な町が地獄になったんです。
 それで嫌だなあ。もう生きているのもしんどいなあ、って時でしたね。あの人が来たのは。

 ゴオゴオ、ゴオゴオと強い風が吹いてました。冬が終わろうとしていたんでしょう。普段とくらべるとえらく暖かく感じました。まだ昼下がりでとくにすることもなく公園にいたんです。この一年で車や粗大ゴミが不法投棄されてゴミ山になってましたけどね。ゴミみたいな連中も現実のゴミは嫌いなのか人が少ないんでよくそこにいたんですよ。そこで漫画読んでて、多分拾った漫画でしょうね。ボロボロのを読んでて。特に面白いわけじゃないけど退屈しのぎで読んでました。
 そうしたら人の気配があって、嫌だなあって。誰かチンピラかなんか来て話しかけられたら面倒だなって思ったんですよ。そうしたらね、そこだけくっきりと、絵か写真みたいに覚えてるんですよ。髪の長い若い女がいて。風で腰まである黒髪がうねうねと蠢いてる。黒くて長いスカートに同じように黒いタイツ。今日の陽気にしては厚着だなって感じの茶色いコート。あと真っ赤な杖持って。
 何事かなって。若い綺麗な女の人はみんな逃げたと思ってましたから。商売女はいたけど子供でも場末っていうか、若い人はいないと思っていたんで。それにそういう商売女っぽい感じもしない。でもカタギには見えない。なんだろう、この人って思いました。
 その人が髪をなびかせて、いやそんなもんじゃなく、もう乱れ舞うくらいですよ。風が強くて。馬のたてがみみたいに見えるんですね、黒い髪が。一メートルくらいあるからそれが乱れ上がってとてつもなく大きく見える。綺麗な女の人が長い髪を乱れさせながらこっちに来る。なんだろう、なんだろうって。
 目があった。こっち来る。
 近づいてきた。明らかにこっちに気づいてる。
 綺麗な人だけど怖いなあ、って。その端正な、観音様みたいな顔がどんどん近くに来る。目が輝いてて、そこだけは獣みたいで。
 こっちはなぜかその人をじっと見つめちゃって。動けない。見惚れていたのか恐れおののいていたのか。両方なんでしょうね。怖い人間はこの一年でたくさん見てきたけど質が違うんですよ。
 そうこうしているうちにその人が眼前にいるんですよ。もう触れる距離で。それでこういったんですよ。
「おとなの人、いる? 訪ねたいことがいくつかあるんだけど」
 声も綺麗で、落ち着いた澄んだ声でしたね。


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