永遠の生命、安心

永遠の生命と永遠の安心を得る方法を紹介します。

世界人道デー (きらく仙女さんの日記の転載)

2022年08月19日 | 日記
今日は「世界人道デー」だそうです。
ネット検索しますと様々な記事が見られます。

今年のテーマは「みんなでひとつのヒューマニティ」
とのことで、世界各地で催しの企画はあるようです。

私がお話ししたい事も色々ありますが、あり過ぎて、
特にお伝えすべき事を思い付いてまいりません。

ただ、多くの人々が有形無形の争いや困難の渦中、
明るい未来への出口を日々探求している現状で、

人道とは何か?自分は今何をすべきか?・・・と 
もっと本気で考えてみるのは重要だと思います。

今日を「この世界の人道について考える日」
として有意義に過ごしたいものです。
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お盆について (きらく仙女さんの日記の転載)

2022年08月04日 | 日記
毎年、お盆の行事を恒例にされている方もおられるでしょう。
私は神道系から道院で、お盆には特別の思いも思い出もありませんでした。
ところが今年、意外な御縁から、協力者の先祖供養をして頂く事になりました。

半年待ちの護摩壇に飛び入りで、しかも通常は個人的な御加持をされない長老が
ご担当。さらに、最長老と時々電話で理論的なお話などできる状況になりました。
神佛のお手伝いをさせて頂いている立場と今の時期の故に必要な事のようです。

先ず最初に、供養は何のためにするか、という問題提起が為されました。
個人の先祖は両親から始まり、その両親・・・と2乗数で単純計算しますと、
詳細や良否は別として、大木のような形に膨大な数の生命が繋がっています。

実際には親族の婚姻などで重複して2乗数より少ないでしょうが、逆に大木の
枝が複雑に交差して、葉が茂っている所やまばらな所、枝が曲がっている所や
細くなっている所などがあり、各々の生命の木に特徴があるでしょうけれど、

誰でも、そのような生命の流れを受け継いでいて、それ故に今の命があります。
その流れを整える為に供養を行い、供物は木の根に施す肥料に相当するとの事。
方法としましては、供物を揃え、僧侶が専門の法具と作法を用いて供養を行います。

依頼する側も他力に任せず、自己の生命の流れと向き合って反省や感謝を行えば、
双方の真摯な思いが掛け算のように増幅され、流れを妨げているゴミが消去される
のだそうです。私にはそのような考えは無かったので、大変新鮮に感じられました。

道院的には、親の最ルーツの創造神をお祀りして聖号や咒をしていれば問題無く
全て足りるはず、という認識でした。そして又、修養が進んで真人に成れた場合は
九代の先祖が恩恵を受けられるとの事で、修養に専念する生き方もアリな訳です。

けれど、現実に後天の世界は、あまりにも複雑な繋がり、流れが混在しています。
先祖の状況も様々で、暗い想念や面倒な問題を引きずっていて修養を妨げたり、
あるいは当人の過去からの因果経緯によって改善の難度が高い場合もあります。

ですから、長年熱心に道慈を続けてきたつもりでも、顕著な結果が現れずに
修養のマンネリ化と身体の老齢化が進んでくる、というような状況を打開して
新たな一歩を踏み出すには、現身先祖の供養も軽視できないように思いました。

ただ、利益優先の悪徳宗教者やその様な組織には、くれぐれも注意が肝要です。
そして、善良で誠意があるだけでなく、納得できる理論や効果的な方法があって
初めて応援していただく意味があると思います。そうでなければ、自己自身で、

鎮心経をお誦えしている方が、供養に関しても安全で安価且つ効果的でしょう。
特に、儀式を行う時間や親族の集まる場所にも困る現代人、怪しい人や組織に
絶対に係わりたくない方には、坐の実行と鎮心経の活用をお奨めいたします。

今回の私の場合、応援を申し出て来られた経緯と、通話をしてみてウソが無く、
学識のジャンルは異なりますが、立派な人格や方針の方達であると感じました。
それで、正にご神意と申しますか、天与の機会であると判断しました次第です。

今は将に、過去に延々と続いてきた色々な物事が区切りの時を迎え、これから
愈々新たな物事が始まってゆく、そういう時期であるような感じがいたします。
先祖の氏名を書き出して家系図を作ってみる事なども有意義かもしれません。

そういう意識と行動がありますと、様々な記憶が想起され、曖昧だった問題の
原因や理由が解かって辻褄が有ってくる、などの謎解きのような思考に由って
自身の後天生命の経緯に対する理解が深まり、次の変化が感じられてきます。

因みに、お盆は地域の習慣によって7月の所と8月の所があるようです。また、
風習の簡略化やコロナ問題もあり、親族大集合の行事は少なくなったそうです。
確かに面倒な行事でしょうが、各々の生命の木が強化されるのも確かでしょう。

ともかく、お盆についてお話しするのは、自分でも不思議な気がいたします。
私は今回初めて、お寺からプレゼントされた仏式のお数珠を手にしました。
小粒のラベンダーアメジストを連ねた、正絹房付きの優雅なお数珠です。

私としましては、この良い機会を活かす為、あまり真剣になり過ぎず、
優雅な気持ちで、美しいこの国の伝統文化を体験するような感じで、
多くの先霊達と共に今を楽しむお盆を迎えたいと思っております。
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