永遠の生命、安心

永遠の生命と永遠の安心を得る方法を紹介します。

光 (きらく仙女さんの日記の転載)

2019年01月17日 | 日記
今年も宮中歌会始の儀が開かれました。
平成の集大成のような御題は「光」でした。

今回ご発表の歌には、それぞれの方の色々な想いが、
特別、濃厚に複雑に籠められていた気がいたします。

私も一首、詠ませて頂きます。

「先天(さきあめ)の
光差しませ この御代(みよ)に
光増しませ 来(きた)る世にこそ」

先天炁(せんてんき)の光は霊光です。
私も歌が浮かぶことが時折ありますけれど、
炁の光を言葉にして詠んだのは初めてです。

先天炁が差して、誠意ある人々が力を得られ、
長く埋もれていた善い物事が明るく照らし出され、
素晴らしい事、めでたい事が次々と起こってくる。

そのような未来を心から祈念いたします。
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新年 (きらく仙女さんの日記の転載)

2019年01月01日 | 日記
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
皆様、清々しい元旦をお迎えでしょうか。

己亥の元日は、農暦では2月5日ですけれど、
36年周期で巡ってくる八白土星の亥になります。

ちょうど36年前に、私は道院にご縁を頂きました。
36年間に色々な場所で色々な方々とお出会いしました。

その中で私にとりまして最重要な出来事は、道院の経典に
お出会いできた事であった、と今改めて感じております。

十干の己(つちのと)は陰の土で、八白も土星ですね。
土はやはり、我々の地球の大地と密接な関係にあります。

同じ字の己(おのれ)には、名を呼ばれた時にハッとする、
注意を呼び起こす意味もある、と漢字源に記されています。

亥はもともと、豚の骨格をたてに描いた象形文字とのことで、
物事の骨組みができあがる意味を含む、とも謂われています。

漢字語源辞典では、亥は骸(骨ぐみ)や核(シン)などの原字で、
動物や植物のシンにあって全体に張りわたった固い骨組みを示す、

また、極、行きづまり、ピンと張った骨組みと通じているとの事。
荄はかたいシンのある草の根で、仁とともに発芽に重要ですね。

時間的に亥は、子に移る十二支のまとめ、締めくくりに当たり、
物事の大変化に至る直前の、一区切りの決着の時間になります。

ですから、飛躍前にエネルギーを蓄える乾為天の潜龍のように、
何事も慌てず、急がず、しっかりと足元を固めたいものです。

私もこの亥の年を特に大切に慎重に、悔いの無いように、
地を踏みしめて自己の仕事をしたいと思っております。

本年も時折こちらの日記にお立ち寄り下さいますよう、
どうぞ、宜しくお願いいたします。そして、

皆様の今までのご苦労がしっかりと根付いて、
基礎が固まる年になりますように!!
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大晦日 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年12月31日 | 日記
今年も西暦の大晦日となりました。
皆様の今年は如何でしたでしょうか?

ニュース等を振り返りますと、色々な事が次々、
目まぐるしく起こった一年であった気が致します。

明るい華やかな出来事、ささやかな心温まる出来事、
うんざりする不正や怪しい事件も多かったと思います。

良くない出来事は殆んど、人心の私利私欲や身勝手な都合が
主な原因でしょうが、誤認や不注意の事故もありましたね。

過ぎ去った事、実行した過失は、無かったことにでき難い
ですけれど、別の善行によってカバーする事は可能です。

とりあえず今、少しでも人心を鎮めてリセットすることは、
未来にとりまして、何事にも代えがたいほど有益でしょう。

明日になりますと、お互いの挨拶の文言も一変しますね。
毎年、今が最も一年の速さを感じる時かもしれません。

ともかく今年も、日記をご高覧、有難うございました。
何か一つでも参考にして頂きまして、明日は、

どうぞ、清々しい新年をお迎え下さいませ!!
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今年も冬至 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年12月19日 | 日記
また今年も冬至の時期が巡ってまいりました。
一年は早いようで、随分色々な事があった気も致します。

何度も申す事ですけれど、冬至の時期には、この一年を振り返って、
良い事は改めて確認し、良くない事はしっかりリセットしたいものです。

ご存じの方も多いと思いますが、念のために確認してみましょう。
夏至☰☰と冬至☷☷を対極として一年の陰陽の移り変わりを見ますと、

夏至を過ぎると陰が増えていって冬至に極まります。冬至を過ぎると
地雷復☷☳となり陽が増えてゆくので、一陽来復とも謂われますね。

易の64卦を365日に割り当てますと、冬至と前後2日くらいは
反省やリセット、目標の確認などに適する冬至期間となるわけです。

その時期のうちの1日(2日以上でも可)の夜0時頃の最短10分間ほど、
できるだけ静かな心息状態になるように坐を行うのが「冬至の坐」です。

心地良い状態であれば、時間は長くなるほど効果が大となるはずですが、
眠気や倦怠感を我慢して、無理に坐を続けることは宜しくありません。

冬至の形坐をしますと、冬至に対応する身体のポイントである尾閭の
感覚と機能を安定する事ができると謂われます。尾てい骨の辺りですね。

尾閭は督脈の重要点で、真坐で蓄えられた真炁がそこから頭部へ上昇して
元霊を回復し、また顔の前方へ廻って任脈と繋がると任督相通となります。

そのような意味で、冬至の坐は有意義な機会ですから、一年のお片付けの
行事の一つとして、僅かな時間と手間を当てられる事をお奨めいたします。

そして、一般に謂われますように、暖かい食物を頂き、柚子かミカンの皮を
浮かべたお湯で暖まるなどして、ゆったり冬至の坐ができれば幸せですよね。

こうお話ししている間にも、災害や事故、戦闘や貧困、難病や精神的問題
などの渦中で苦しんでおられる方達が、この世界には少なくないでしょう。

その方達の安寧も祈念しつつ、平穏な時間の大切さを思い起こして私も、
静かな冬至の坐で心身をリフレッシュできれば、と思っております。
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隠し切れない時代に (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年12月13日 | 日記
この頃、ニュース報道などを視て、特に感じますのは、
ずっと以前から普通に行われてきたであろう悪事や不正が
ついに隠し切れない時代になったようだ、という事です。

防犯カメラやドライブレコーダー、居合わせた第三者のスマホ撮影
などによって、犯行や不謹慎な行動の一部始終が映像に記録されたり、
実行者の足取りが追尾できて逃げ切れないという現象が起きていますね。

昔なら、言った、言わない、手を出した、出さない、と水掛け論になり、
証拠を隠して上手く逃れる者も少なくなかったでしょうし、結局は常に、
弱い立場の者が黙るしかない、という事が普通だったかもしれません。

いよいよ、そういう事が通用しない時期に入った、という気が致します。
昔から、「天網恢恢、疎にして漏らさず」と謂われ、アカシックレコードに
何事も全て記録されている、などとも謂われてきましたけれど、この頃、

それが人を戒めるための比喩ではなく、当然の現実の事であるという、
悪人にとっては恐ろしいでしょうし、善人にとっては頼もしいでしょう、
普通人にとっては、道理を信用できる時期に入ったのかもしれません。

ただ、SNSなどの利便性の裏で、個人の主観的な発言が横行したり、
ウソの情報が拡散したり、又それに乗じてふざける者、憂さ晴らしや
ビジネス的に利用しようとする者が出るなど、社会混乱の発生も・・・。

いったい何が事実であるか、誤報や虚偽であるか、どう対応すべきか、
分からないままに突然、事件や面倒に巻き込まれる場合もあるでしょう。
色々な情報に振り回されてひどい状況に陥ることも有り得るでしょう。

リスキーな時代になった、とも言えます。自分自身が余程しっかりと
判断できなければ、何時どのような災難に遭遇するか分かりません。
毎年清水寺で発表される「今年の文字」は「災」に決まったのですね。

今年は地震や台風などの災害も記憶に生々しいですし、また人為的、
社会的に前代未聞の事件も次々と起こった年であった気が致します。
勿論、楽しい話題や明るいニュースも少なからずあったと思います。

楽しい明るい話題はほっとしますね。そういう要求のせいもあってか、
個人の何気ない善行がネット上で知れわたり、ご当人が驚かれる事も
あると思います。陰徳の積みにくいご時世とも言えそうです。

ところで、不正を積み重ねてきた方達も、未だ知れわたる前に
改心して、それ以上の善行を積むようにすれば、それまでの不正が
中和されるような結果に成ることも、道理として十分に有り得ます。

歴史上、戦闘において多数の人々の殺傷に係わることになった武人でも、
それ以上の義勇と無私の努力が功績となり神霊化された方達もおられます。
また、有名な盗賊で改心の後に修道され登岸された方もおられるそうです。

今からでも諦めずに、できるだけ自らの心身を整え、感覚を清浄にして
判断力を高め、周囲や神仏にも守って頂きやすくして、安全性を高める
ようにしてゆくことが、賢明というよりも必須になってまいりました。

鎮心経をお唱えすることも安全で簡単ですし、陰徳にも繋がるでしょう。
前にも申しましたが、必ずしも本の購入をされなくとも、試読サイトで
経咒を入手して音読されるだけでも、それなりの効能はあるはずです。

「災」の文字が、不吉な現実の指摘ではなくて、教訓と申しますか、
転ばぬ先の注意を喚起する良い刺激になりますよう願っております。
寒さが増す中、どうぞ、心身お健やかにお過ごし下さいませ。
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新車が来ました (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年11月12日 | 日記
立冬を過ぎて、こちらでは、
ストーブが活躍しております。
皆様の所では如何でしょうか?

最近、個人的に目立つ出来事は、
新しい軽乗用車が来たことです。
今の生活では、車は小型で乗りやすく、
安全機能が高いことが重要条件です。

愛用車のブレーキ系の不具合から、
予定より早く替えることになりました。
念のため、塩害対策の強化塗装を追加して、
ドライブレコーダの移設などを頼みましたが、

軽四輪なのに、昔乗っていた有名外車よりも
色々な面で一々進歩しているのには驚きます。
特に安全性の技術改良が顕著な10年20年の
時間の経過を今あらためて感じておりますと、

人の生き方と申しますか人格も、10年20年と
進歩してきたであろうか?と、ふと思いました。
世間では楽しい話題や感動的な新しい話以上に、
深刻な問題や不可解な事件が報道されています。

個人や政治への批評は評論家にお任せしまして、
自身がどうであるか、少しでも進歩改善できたか、
自己の周囲、活動の場面が良くなってきただろうか、
一人一人にとって、それが重要ではないでしょうか。

今年を振り返るには未だ早過ぎる気がしますけれど、
もう十分に色々な事が目まぐるしく起こった年でした。
そして、来年には年号や税制も変わるということで、
さらに想像できない変化も起こりそうな気配です。

それでも、私の提案申し上げる事は、いつもと同様、
ただ、自分の本心を信じ、なるべく真霊を安んじる、
そして一歩一歩、今できる事、したい事を丁寧に
悔いのないように実行する、それだけです。

慢心や身勝手は申すまでもなく問題ですけれど、
ちょっとした油断や手抜きなども軽視できません。
「一私の惑、一念の障、一言の微、一行の細」に因り
昧境(炁の不足→困惑、混迷の状態)になるそうです。

車の運転は特に、公共の場で凶器になり得る機械を使う
という事ですから、用心の上にも用心したいものです。
車両関係の方達にも、一事より危機を招かぬよう、
益々精進して頂きたいと願っております。
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鎮心経オンデマンド本 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年10月23日 | 日記
たま出版の「鎮心経」は未だ少々在庫があるそうですけれど、
一部読者のご希望もありまして、このたび契約更新をしない事になり、
電子書籍版と同じbookway風詠社のオンデマンド本の出版を始めました。

以前にもお伝えしたかと思いますが、内容は単行本とほぼ同様ですけれど、
電子書籍版では、誤字の訂正、説明を解かりやすく変えた個所などあります。
オンデマンドはそのデータの本ですので、完成度は高くなっていると思います。

価格は製作方法の違いから割高になりますが、内容は改良されていますので、
筆者としましては、今後そちらが多くの方の御手許に届くよう願っております。
難解だった個所がオンデマンド本で解かる場合もあるのでは、とも思います。

もちろん最初から、一字一句誤りが無いように、できるだけ解かりやすく、
と常に努力してきたつもりでしたが、誤字もあり、説明の不備もありました。
その事につきましては、旧来の読者にはお詫びを申し上げます。けれど逆に、

筆者も数年の間に多少進歩をしてきたのだな、と思って頂ければ幸いです。
実際、毎日の糧のように参経を続けてまいりまして、結構親しんでいる
はずの経典でも、初めてのお話のように新鮮な事が多々あるものです。

最初から一字一句完璧な文字、文章、図形などを砂盤にお伝えになり、
追加説明される事はあっても訂正など不要な道院のフーチによる経典は、
その一事だけでも何と素晴らしい事でしょうか、と改めて感じます。

まあ、変化を楽しみながら一歩一歩前進を、と近頃思っております。
本日は、皆様の未来の明るく喜ばしい変化をお祈りしつつ、
オンデマンド本の発売についてお知らせいたします。

https://bookway.jp/fueisha/
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軽く被災しました (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年10月07日 | 日記
台風の影響は日本各地に及んでいるようで、
ひどい状況になっておられる方も多いと存じます。
この日記をお読みの皆様のところは如何でしょうか?

私の住まいでは、1日深夜から21時間ほど停電になりました。
久しぶりに懐中電灯で食事するなど、キャンプのような新鮮な感覚
と言っていられる程度で済みましたが、長期間では絶対に大変です。

普段当然のように電気の恩恵を受けている事を改めて思い出しました。
幸い飲料水や食品は十分にありました上に、水道も止まりませんでした。
もし止まったとしても近くに湧水もある環境で、津波も関係ありません。

というような訳で、長野県でも多数の所に避難勧告が出ていた状況でも
幸いと申しますか、当然と申しますか、私の村は危険区域外でした。
当然と申しますと、傲慢な言い方のように聞こえそうですけれど、

もちろん私の力ではなくて、天地間の先天炁の中和力のお蔭です。
そして日頃から親しい諸天や精霊たちに練習して頂いてきました成果、
静かな穏やかな気の状態が習慣的に発揮されている、という意味です。

そのため、家の周辺に植えてあります柿、ナス、軒先のゴーヤなども
一個の実も落ちず、水菜やカブの小さい葉も無事に保たれておりました。
その辺は地形的に風通りの良い所ですが、みんな頑張ってくれました。

それなのに停電とはお恥ずかしい。実は、私の台風対策の一環として
聖号、鎮心経もそうですが、色々と咒をお誦えしたり、形坐をしたり、
という仕事に集中していますと、飽きるというか、足りてまいります。

もう仕事としてはベストを尽くしたような感じになるものですから、
ちょっと緑茶で休憩、それから書籍の半額セールで買った数独で
頭の中のマッサージを始めたところ、急に停電になってしまいました。

多くの方達、物達が苦しい時間に呑気なゲーム休憩は宜しくありません、
と反省いたしました。祭壇の照明はLEDなので平然と輝いていました。
「終日乾々」以上の「常時乾々」の困難さを思ったりしておりました。

そのころ、隣りの同修の家では、横側のクヌギか何かの木と太い竹が
倒れてきて屋根の端に乗りかかっていました。その復旧には少し手間と
時間が掛かったようですが、必ずしも倒木の被害とは言い切れません。

その訳は、以前から壊れたままになっていた個所に木たちが乗って来て、
暴風雨をカバーしてくれていた、という状況だったのが観察されました。
結局その木たちは切られてしまって不憫でしたが、瓦屋根は無事でした。

台風も、海水をかき混ぜて生態系を整える等の重要な仕事があるようで、
今回の24、25号が続いて通過した事も、海水温が下がっている地域を
通過して25号の勢力が落ちたようですね。何が幸か不幸か決め難いです。

台風も天命を持って生まれたはず、と考えますと、台風の最も重要な仕事は、
人類の思い上がりや身勝手を戒めること、そして相互助け合いの気持や行動、
環境を大切にする態度、公益のための工夫発明などを促すことかもしれません。

古来、災害の発生は政治のトップが悪いからという捉え方もあるようですが、
為政者も一般人も、この機会に各々が反省し、改善できる事から実行して、
この平成最後の秋を、できるだけ有意義に明るく過ごしたいものです。

まあ私も、大した仕事はできないとしても、まだ暫しの間は、
誠実に、穏やかに、急がずに、最低限以上の為すべき事、
したい事をしてゆこう、などと思っております。
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爽やかな気 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年09月12日 | 日記
こちらは涼しくなってまいりました。
読者の皆様は如何お過ごしでしょうか?

今年は異例な台風や豪雨、地震などが次々と訪れて、
今なお災害の最中におられる方達も少なくないと存じます。

ただ一方、懸命な救助活動の方達のニュースや、全力で競技する
スポーツ青少年たちの様子は、爽やかな風のような気がいたします。

爽やかという言葉、爽という文字は、後天気の基本的な状態を指します。
特に猛暑の時期や豪雨の時などは、憧れるような言葉、文字ですよね。

颯爽、爽快という表現がありますが、明るい、ポジティブの意味から、
あっさり、さらり、すっきり、などと後天気の良好な状態に繋がります。

温度で言えば、暖か過ぎず、適温範囲内でも涼しいに近い感じでしょう。
湿度で言えば、ジメジメせず心地良い、やや乾燥状態に当たるでしょうか。

色調で言いますと、明度が高く、濁っていない、彩度はあまり強烈でなく、
色相はやや寒色系、例えば草原の緑色などが当てはまるかもしれません。

人の印象では、年齢や性別、容姿、職業や立場、体調などに係わらず、
例えば、地道な善行や難しい技術を淡々と実践する様子などを視ますと、

大方の人は、颯爽としている、恰好良い、クール、とか感じるでしょう。
嫉妬深い人や懐疑的な人でも、内心は自分もそんな人でありたい筈です。

その理由は、全ての元が先天炁であるからです。炁から気が生じる道理は
ご存じでしょう。それ故に当然、全員が潜在意識的に炁に憧憬を感じます。

「爽々」という気の特性は、炁の「噩々(がくがく)」から来ると謂われます。
噩々は先天炁の正しい功の根源とも言える、厳正なシステムの基本特性です。

天地宇宙は、どこまでも大らかで、炁は「渾々」と尽きることはありません。
と同時に、厳然とした秩序を保っています。その厳正、厳粛さが噩々なので、

人は炁のカッコ良さに繋がる爽々を、自然に気持ち良く肯定する、と考えると
辻褄があってまいりますね。ですから、炁の正しさに繋がってこその爽々です。

という意味で、やはり自身の気も、ウソや不正が無い上で、なるべく恬淡に、
さらっと、すっきりと流すのが適当で、かつ最も楽であろうと私は感じます。

本心から良いと思う事、したい事に集中して、それが達成されたら次の事に、
さっと切りかえて集中するのは、行動的に単純ですし、心理的に楽でしょう。

日本人はあっさりした国民性だと強調する解析学者に会ったことがあります。
四季の暮らしの切り替えの知恵、潔さの美とも繋がっているかもしれません。

そして、後天気が良好であると、先天炁の修養も簡単になってまいります。
やはり後天気は、われわれ生き物にとって、現実の大切な宝物の代表です。

青少年たちには、スポーツでも他の分野でも、颯爽とした後天気の良さを
学んで身に付けて周囲に広げる、素敵な大人になって頂きたいものです。

難しい事ではありません。例えば起床後と就寝前に、ほんの数秒間でも
鏡に向かって爽やかな笑顔をつくり、みんな有難う!などとつぶやく、

それだけでも運命が変わってくる、と思うのですが如何でしょうか?
もちろん災害に備えるのも有意義ですが、気の爽やかさは基本です。

長年習遷してきた後天の性を改善するのは中々困難でしょうけれど、
現在の気分をポジティブにする工夫努力が報われるのは容易です。

この文をお読みの皆様は、どうぞ率先して、爽やかな気を起こし、
周囲に発散して、颯爽と、そして爽快にお過ごし下さいませ。
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鎮心経を!! (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年09月06日 | 日記
昔から台風や地震、洪水などの災害は時々起こってきたと思いますが、
最近になって特に、初めて経験するような強烈な事態が多数起こっている、
と感じるのは私だけでしょうか。皆様、どのようにお感じでしょうか?

被災地となった地域では、管轄する行政や救助関係者だけでなく、住民が
お互いに助け合ったり、他の所から救援ボランティアたちが駆けつけるなど、
日本が他国に模範とされるような善意の行動が繰り広げられているようです。

私も、霊的、神事的な仕事以外に、何か行動できればと、ふと考えました。
真坐していて思い付きました事は、「鎮心経」の経咒の文章を得るだけならば、
購入しない場合もネット上で無料で閲覧できるようになっている現実です。

本当は、災刧の発生する仕組みや、鎮心経の目的、意味など、必要な事柄を
理解してからお唱えすることが、効果も発揮できますし、善い事なのですが、
そうも言っておられない、ワラにもすがりたい方達もおられると思います。

そのような方達の為に、こういう御経がありますよという事で、とりあえず
訳が分からなくても、5~6回、時間にして10分ほどでもお誦えされれば、
それだけ気が落ち着き、心が鎮まることから、好転のきっかけに成りえます。

という事をお呼びかけしたいと思います。もちろん実際にどうなさるかは、
各々のご判断です。ただ、私としましては、そのようなお知らせ、提案を、
せずにいられないような、今の状況のような気がしてなりません。

他に色々な方法手段、咒文やお祈りなどあるでしょうけれど、
災刧弭化のための鎮心経を是非お役立て下さいませ。
少しでもこの世界が安寧に赴きますように!!

https://bookway.jp/fueisha/

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備えあれば憂い無し (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年09月01日 | 日記
今日は防災の日だそうです。
ちょうど台風21号が日本列島に近づいているとのこと。

皆様、他人事と思わず、思いつく対策、できる予防を致しましょう。
具体的には、家屋の浸水や風雨対策、大事な物や危険物、避難場所の確認、

災害の時に適する衣服や靴、手袋やタオル、トイレ用品、ポリ袋やラップ、
懐中電灯やラジオ、3日分の飲料水と食品、などの準備が常識のようです。

そして、常日頃から、多少の距離を、多少の荷物を持って移動できるくらいの
気力と体力を鍛えておくことは、何事も起こらなくても無駄ではないでしょう。

また、私の感覚では、なるべく日頃から心身を清浄にして、神仏や諸天たちに
親しくご加護頂けるような状態になっていることが何より賢明だと思います。

昔から「備えあれば憂い無し」と謂われますね。それは、備えが十分であれば
災害や不運、不幸に遭わない、という事では必ずしもないでしょう。けれども、

緊急事態に被害を軽減することは可能なはずです。そして、最悪の場合でも、
「できるだけの準備をした」者だけにもたらされる安堵が得られるでしょう。

異常で危険な状況の時は、われわれ一人一人の力が試される時でもあります。
思考力や知識の力、科学技術や道具の力も大事ではありますけれど、さらに、

試されるのは、各人の「誠」の力です。絶対的な力というものは、この宇宙の
先天炁だけが保有しているものです。誠がありますと、その力を借用できます。

という意味で炁の力と同様になります。誠の力は、自身の本心に対する誠実さ、
無償の慈愛や、公の利益に貢献する気持などによって発生し発揮されます。

その「誠」が普段から身に付いている、又はそのように練習努力している場合、
神仏の御加護も大きく、周囲からも好意的に優遇されるでしょう。ですから、

例えば、現実の被災時に、必要な情報が必要なタイミングで得られるとか、
最適な救援の手が差し伸べられるというような結果に繋がってまいります。

長生きすれば善いというものでもありませんが、九死に一生を得るような
場面では、ちょっとした情報やタイミングが憂いの有無を分けるものです。

もし多くの人々が誠の力を発揮して、それが更に天地の間で増幅されれば、
台風の暴風雨なども簡単に中和できる、巨大なエネルギーとも成り得ます。

そのような防災の意味からも、日常の少しの空き時間に真坐を練習する、
鎮心経の道理を良く知って誦経する、などもお奨めしたいと思います。

私も、できるだけ誠の力を発揮できるように努めるつもりでおります。
どうぞ皆様、憂い無きよう、ご自身の備えをなさって下さいませ。

地球の、とりあえず日本列島の災害に備えましょう!!
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台風一過 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年08月26日 | 日記
非常に強い風雨の台風19号と20号が通過しました。
災刧の弭化に少しでも参加された皆様、ご苦労様でございました。

私も2~3日大阪で、微力ながら自身の仕事をさせて頂きました。
20号の東側に当たる地域は、特に大変な風雨になった気が致します。

けれども、速く通過しましたし、各県、各地区、各自の事前の備えが
本気で迅速であった事も幸いして、最小限の被害となったようです。

まだ今後も、異常気象や不意の事件事故など、油断できない状況です。
各々が落ち着いた丁寧な対策、精一杯の賢明な行動をしたいものです。

まだ残暑の厳しい中、お互いに、自分の為すべき事をしっかりと
一つ一つ悔いのないように、日々積み重ねてまいりましょう!

一人一人の努力で、清々しい気候を発生させてゆきましょう!!
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大掃除 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年07月13日 | 日記
豪雨関連の被害を受けておられる方々に、
この場をお借りしましてお見舞いを申し上げます。
また、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

今なお飲み水にも困る状況や復旧困難な地域があるとの事。
私の住まいは数時間の停電と菜園の小ダメージだけでしたが、
大地震や大火災でなくとも、雨も亦、決して軽視できませんね。

「天地の大掃除」というような連想をされる方も居られるでしょう。
「火、水、風による世の建て替え」などと謂われます。特に近年では、
核物質による破壊や汚染が、本当に末世思想を現実化しそうな状況です。

もちろん掃除の目的は、天地にしても、生物各個体にしても、基本的には、
破壊欲求や感情的なものではなく、運営機能の正常化のための環境整備で、
不要な物を処分するなど、道理に沿ったポジティブなものであるはずです。

ちょうど梅雨に入る頃でしたか、私の住まいも大掃除が始まりました。
計画していたのでも、習慣になっているのでもなく、突然に始まりました。
きっかけは、偶々見かけたTV通販でD社の小型掃除機を買った事でした。

手軽な仕様なのに驚くほどの吸引力で、諦めていた塵が取り除かれました。
そこで、古いタオルも綺麗にしたくなり、漂白剤を買ってきて使ってみました。
ところが、つけ置き時間が長過ぎたらしく、10枚ほどが破れてしまいました。

そのまま廃棄するのは勿体無いので、雑巾にして家の中を拭き回りました。
重曹処方の電解水をスプレーしながら、天井、照明器具から窓、床、廊下、
台所の水回り、冷蔵庫、浴室の壁、洗濯機など、次々と清掃いたしました。

相当熱心に行ったつもりでも、さすがに新築物件のようにはなりません。
未だ雨漏りの問題、戸や窓の不具合などが解消されたわけでもありません。
けれど、特に祭壇を兼ねている本棚などは新品に近い奇麗さになりました。

やはり掃除を行うと気持ち良いものだと今更ながらに感じ入っております。
良い運動になったような気もいたします。また直ぐに汚れてくるでしょうが、
がっかりせず、しばしば運動感覚で清掃する事が良いと思い至りました。

毎日あるいは常に汚れないよう、汚れたら直ちに清掃、というのが理想
かもしれません。人心も同じですね。けれど、完璧な状態を求めますと、
現実との差にうんざりして、ストレスが募る要因にもなりかねません。

そこで、まあ少しでも清潔になれば良い、少しでも運動になれば良い、
というくらいの楽な気持ちで清掃作業を楽しむことが好手と思います。
汚染や不適を憎む感情が起こりますと、それだけで疲れてまいります。

菩薩行志向の方達、例えば現実の被災地で作業奉仕をされる方達も、
楽な気持ちで淡々と取り組まれては、などと申すと不謹慎なようですが、
深刻な悲哀の感情や強烈な使命感の持続は心身の負担が大きくなります。

できる限り多く衆生を救済し、多くの品を存続させる「もったいない精神」と、
悪や不要、不適をできる限り消滅させる「正義第一主義」のような仕事姿勢は、
どちらも有意義かつ尤もであるでしょうけれど、実践には「適」が必要です。

この地球世界は、無数に生息している微生物たちによって運営されている、
という事実は今日よく知られています。悪い菌を全滅させ、逆に善い菌は
一個たりとも死なせない、などと思うと大変な苦痛になってまいります。

私の知人の中にも、神経過敏な人がいます。注意深い暮らしの筈が却って
心身の安定を損ない易く、免疫力の低下を招いている感があります。なるべく
相性の良い微生物と気軽に共存する、という考えや取り組みが現実的でしょう。

災害なども、それを機に建物が整備され、理想に向かう都市造りが始まったり、
人々が賢明な生き方を始めたりすれば、禍が転じて福になり得るでしょう。
不合理や不快な事物が目に付いても、暗い未来に向かう義務はありません。

「一切衆生救済」という名のプロジェクトが発足したのは随分昔のようです。
その後それに類する企画が、この銀河だけでも次々と多数立ち上げられて、
それなりの成果を遺した方々もおられたらしい。けれど、誰一人として、

本当に文字通り一切衆生が済度されるなどと思っておられないでしょう。
理想数値を掲げて、そのような大志を持って取り組むことに意義が有る、
という主旨で、そのような名称で呼ぶ伝統的風習になってきたようです。

そういう流れの中で私も、大道の為に決死の覚悟で働く、などと気負わず、
無理をせずに、けれど諦めずに、この世界の環境が少しでも改善されて、
たとえ一人にでも進化のきっかけを提供できれば、と思うこの頃です。

そこで、今自分が何を為すべきか、という問題が重要になりますが、
あまり深刻に考え悩まず、自分の為すべき普通の事を丁寧に淡々と、
なるべく心坐しながら続ける事が最善で最適ではないでしょうか。

今日はちょうど朔日で、ミニお祀りを致しました。私たちも
また新たな気持ちで天地から炁を頂いてまいりましょう。

この世界の刧が大難は小難、小難は無難に軽減され、
願わくは根本的に弭化されますように!!
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大阪の地震 (きらく仙女さんの日記の転載)

2018年06月19日 | 日記
昨日の地震で、今なお大変な状況になられている方達には、
心よりお見舞いを申し上げます。そして又、少しでも早く、
安心安全な状況になられますように、お祈り申し上げます。

昨日、日課の聖号や咒、参経が済みまして、気象情報を見ようと
TVを付けましたら、大阪北部を震源とする地震の報道が流れていました。
私の実家は大阪の南部ですが、午後になってやっと電話がつながりました。

少し揺れた程度で被害は無かったとの事でした。その辺は堅い地盤の所で、
また丁度、地震直前に鎮化宝偈を大阪の方角に先後両天行っていましたので、
心配な感じはありませんでしたが、親しい人の元気そうな声を確認できました。

事前に大阪方向への鎮化宝偈は、昨日特に予知して行った訳ではありません。
日課として八方位の偈をお誦えしております、ついでに個人的に実家向けに、
エネルギーサービスとして行う習慣になっているだけで、いつもの事です。

個人的な願い、とも言えるかもしれませんけれど、道理に照らしてみて、
公のついでに親族の安寧を願って咎められる筈はない、という認識です。
又、間接的でも道慈を応援してくれる誠意に報いる意味もあっての事です。

皆様も、鎮心経をお持ちの場合は是非とも活用して頂きたいですけれど、
所縁の咒やお経、マントラ、お祈りの言葉などを、折に触れてお唱えされ、
なるべく常日頃から公の事(世界平和とか衆生の安寧とか)を大願されまして、

その中に当然含まれるはずの親族や恩人、友人や仲間など、縁の深い方達の
無難や好調を、特に少し意識を濃くして祈念されては如何でしょうか。
それは決して誠意に欠ける私利私欲の類には入らないと思います。

道理的に善いことですし、現実に効果が必ず有るでしょう。
何より、そういうふうにしますと、自分自身の気持ちが良いです。
すっきりと気が済むと申しますか、清々しい明るい気分になれます。

神仏等のご加護で、この地震も最小限の被害に止められたのでしょう。
地震以外でも、もっと悲惨な状況の人々は少なくない、などと思うと、
単なる綺麗ごとや慰めではなく、気持ちに余裕が出てまいります。

現在大変な状況になられている方は尚さら、お気持ちを平静に、
強いてでもポジティブになって下さいませ。そして具体的な
対策とともに、お祈りや咒でお心を鎮められますよう!!

末筆ながら、私の所へお見舞いのメッセージなど
お送り下さった方々に、御礼を申し上げます。
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自分に正直に(きらく仙女さんの日記の転載)

2018年05月31日 | 日記
今こちらは雨模様です。
皆様の所では如何でしょうか?

この頃TVやインターネットのニュースを視ますと、
見え見えのウソや言い逃れの発言をする人達が目に付きます。

急に不正な事が増えたのでもなく、長年月続けて蓄積してきた不正や不適が
隠し切れなくなって表面化してきた、そのような時期が来たように感じます。

事件や事故の一部始終の映像が記録され一般公開される、政治家などの答弁も、
その場の雰囲気や表情さえ逐一記録保存される、そういう時代になりました。

昔から、他人は騙せても、人目を免れても、天地神明にウソは通用しない、
と謂われてきました。それが証明されるような時期が来た感があります。

正義を望む善良な人々や声を発しにくい性格、立場の人々にとっては、
やっと希望の持てる状況になってきた、とも言えるかもしれません。

この調子で、悪行と言いますか、私利私欲で不正な行動をする事が
でき難い、善良な世界に向かってゆけば喜ばしい事だと思います。

ただ、どの様な時代、条件下においても、感じて考えて行動するのは
自分自身です。そして、自分にウソを続ける事は基本的にできません。

又、自分が正しいと思っても、他人に誤解や偏見を持たれる場合もあり、
注意していても誤りや表現の不備、時期の不適などの問題も起こり得ます。

けれど、いずれにしても「自分に正直」が人の基本的な生き方であるはず。
人はそれを生き物の模範として実行すべき立場です。と改めて感じます。

勿論ここで申す「自分」とは、身勝手な小自我のことではありません。
本心に繋がる志や信念を有し、且つ「分を弁えている自己」のことです。

自分の本当にしたい仕事や活動に日々ひたすら取り組んでゆく生き方は、
当人にとって有意義でしょうし、それが一番の幸福ではないでしょうか。

私の場合などは、華々しい機会などほとんど無い地味な立場ですから、
仕事も休息も気楽にできて、ウソをつく必要も機会も幸いありません。

私も例えば、注意深く書いたつもりの本にさえ誤字や不備がありました。
けれど、常に自分に正直に作業に取り組んだという自信だけはあります。

もし「自分に正直に」という姿勢が周囲から理解されなかったとしても、
自己の本心が納得でき、自己の元神が安寧を得られれば最善でしょう。

多分それが最も楽な生き方であろうと思われます。ウソをついて更に
辻褄を合わせ続けるのなど、どれ程の苦心や努力が必要でしょうか。

常に自分に正直を心掛けていれば、きっと他の世界へ移動する時にも、
後ろめたさが無く、晴れやかな清々しい気持ちでいられることでしょう。

修養は真霊という資産を充凝するのが最重要です。その実現のためにも、
日々一つ一つの事を自分に正直に楽に履み行いたいと思っております。

皆様も、ウソや理不尽な言動を視て感情的批判が湧いてきた時など、
どうぞ自己エネルギーの保持、補充を思い出して下さいませ。

では又、爽やかにお過ごし下さいませ。
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