Diamond Onlineの山崎元氏のコラムより。
6月17日、アメリカ政府は金融規制改革案を発表した。今般の金融危機の発生をうけて、危機の再発を目指した規制案であり、「大恐慌以来の改革」との触れ込みだ。決定・実施に向けては、議会・業界との調整が必要であり、このまま決定するかどうかは不確定だが、米政府の現在の考え方が分かる。・・・
具体的には、社員・経営者の報酬の問題への対処が不十分であることと、預金受け入れとハイリスクなビジネスとの遮断が不十分であることの二つの問題が残ったことが問題だ。このおかげで、今度は商業銀行に寄宿した「金融ギャンブラー」たちが、預金をリスクにさらして上手く行ったら成功報酬をふんだくる、というビジネス・モデルが可能なままだ。・・・
アメリカ政府の今回の金融規制案から透けて見える、今回アメリカが「懲りた」と感じたものは、(1)銀行と異業態(証券・保険・ノンバンク)とのリスクの連鎖、(2)複雑な金融商品による消費者保護の不十分、(3)大きすぎるレバレッジによる金融機関経営の不安定、(4)カウンター・パーティーリスクの連鎖、といったことだろう。・・・
サブプライム問題の報道を見ていてある意味でアメリカが羨ましかったのは、住宅ローンがノンリコースのローンであり、返済が不可能になった場合には、担保である住宅を渡してしまえば終わりという「後腐れの無さ」だった。その分、住宅価格のリスクと損失が金融機関に集中しやすかったが、借り手の人生は相対的に安全だった。日本の住宅ローンの場合には、担保を処分しても十分な返済額にならない場合、さらに借金が追いかけてくる「しつこさ」がある。・・・
また、今回、アメリカでは複雑な金融商品の弊害が、消費者保護の観点からも問題になったが、日本でも、1998年の橋本政権下の「日本版ビッグ・バン」による規制緩和によって、無意味に複雑な金融商品によって消費者の利益が損なわれているように思う。
端的に言って、EB(他社株転換権付き債券)のような仕組み債や、各種のオプション性のある条件を盛り込んで目先の利回りを魅力的に見せている仕組み預金のような「仕組み物」は、消費者保護の観点から、商品自体の販売を禁止するべきだと思う。
この種の仕組み商品は金融工学を応用して作られた商品との触れ込みだが、それこそ、金融工学的には「上手い話はない(裁定機会はない)」ということが価格計算の条件になっていて、実際には、売り手側に利益が出るような条件に大きな「余裕」を持たせて売っているわけで、ある意味では、買い手がいるということ自体が、価格計算の出来ない顧客、即ち商品を理解していない顧客に販売されているということの何よりの証拠である。
政府による過剰な介入や保護が市場経済の効率性を阻害することは度々指摘されている。しかしながら、それと同じくらいに問題なのは本来必要な規制が行われていないために社会全体の利益が阻害されていることである。この金融規制の例は分かり易いが、正社員や公務員の過剰な保護や、農業などの保護主義が社会全体の利益を損なっていることが明らかにも関わらず必要な規制緩和が行われていない一方で、一部の金融機関の利益にしかならない無秩序な規制緩和が行われている。
結局のところ、労働問題における「労働者を守ろう、よし正社員を保護しよう」、「市場競争を強化しよう、派遣労働者の権利を剥奪して規制緩和してしまえ」という論法と同じで、どのような理念を掲げようともそれが都合のいいように解釈されて実行されるのでは意味がない。その意味で、規制緩和が必要な領域を規制緩和せずに、不必要な場所を規制緩和すれば経済が効率化するというような幻想を捨て去る必要があるだろう。
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