ザ・サスペンダー

日本を斬る社会派ブログ

徳永のリアリティ

2006-10-27 23:52:45 | モームス
これぐらいの女だったらそこら辺にごろごろいるだろ
と思わせるのが徳永の強みです
圧倒的なリアリティ
親近感と言ってもいいかもしれません
ステージに立ち
マスメディアに露出する
芸能人にとって
親近感を持たせるのは意外と難しいのです
手を伸ばせば届きそう
そんな錯覚を起こさせることができるのが
徳永の武器です

果蜜工房

2006-10-27 03:43:13 | モームス
第一回

雅が寫眞撮影の順番を終へて控室に戻ると、そこに永と熊井と須藤が居た。
三人は、雑誌を覗き込み乍ら何やら談笑してゐた。
夏燒雅は女性歌手團體、ベリヰズ工房の一員で、今日は新曲のジヤケツト撮影の爲、寫眞スタヂオに來てゐた。
「絶對、此れだつて」。
小さな控室に、永の大きな聲が響いた。
「其れはあり得ないよ。此つちだつて」。
「あたしも此つちだな」。
須藤と熊井が言ひ返した。
雅は鏡の前の椅子に座ると、結はへてゐた髪を下ろし、輕くブラシをあてた。
「みや、みや」。
雅の背中に永が呼びかけた。
雅はベリヰズ工房の同僚から、「みや」と呼ばれてゐた。
「みやはどれが好いと思ふ」。
雅が振り向くと、永が先程から皆の言ひ爭ひの種になつてゐた雑誌を差し出した。
そこには、最近登場したばかりの、男性歌手團體が寫つてゐた。
どうやら、どの男性が好みかを、先程から談じてゐたらしい。
雅は雑誌を受け取ると、寫眞を眺めてみた。
どの男子も、當世風の、すつきりとした顔立ちに、風になびいたやうなさらさらした髪型をしてゐる。
いづれ劣らぬ美男子である。ただ、雅には、全て同じ顔に見えた。
「全部駄目」。
と言つて雅は雑誌を永に返した。
「ええ。何、其れ」。
永が不滿さうに言つた。
「みやらしいよ」。
須藤が言つた。
「みやはね、男なんか興味ないんだもんね」。
と、熊井は言つて、永から雑誌を奪つた。
「やつぱり此つちのほうが好いかなあ」。
雅は衣装から私服に着替へて、
「お疲れ樣、先に行くね」。
と言ひ、控室を出た。廊下を歩ひて行く途中、どの男が好いかで、三人の討論が再燃するのが聞こへた。

翌日、雅は販賣促進映像の撮影の爲、スタヂオに來た。
化粧室に入ると、菅谷だけが居て、鏡に向かつて忙しさうに手を動かしてゐた。
時計を見て、少し早く着き過ぎたことに氣づいた。
「梨沙子、お早う」。
と菅谷に聲を掛け、腰を下ろした。
撮影開始の時間まで、まだ暫く有つた。
雅は、昨日熊井が何氣なく言つた言葉を、ぼんやりと思ひ返した。
「みやはね、男なんか興味ないんだもんね」。
此れまで、同僚から幾度となく言はれたことだ。
以前は、
「さう。男嫌いだからね」。
などと言つて氣にしてゐなかつたのだが、最近は、男性の話題が出る度に、雅は暗い氣持ちになつた。
雅は十五歳になる。同級生の中には、男性と付き合つてゐる者も幾人か居る。
男に興味がないわけぢやないけど。雅は思つた。
昨日見た雑誌の男子は格好良いと思ふし、花嫁衣裳に憧れもある。
いづれは可愛いお嫁さんになりたい、と思ふ。
其れでも今迄に好きと思へる男性には出会つたことがないし、増してや付き合ふなど、遠い將來のことに思へて、全く現實味がないことだつた。
女友達と居るほうが樂しいし、落ち着く。

「みや、みや」。
氣づくと、菅谷が傍に立つていた。輪ゴムを口に銜へ、兩手は自分の髪を握つてゐた。
「かう、かう、くくつて」。
菅谷梨沙子はベリヰズ工房の一員で最年少の十二歳。
自分で上手く髪を結ふことが出來ず、いつも雅に助けを求めてくる。
雅は梨沙子を鏡の前に座らせて、後ろに立つた。
「もう來年中學生になるんだよ」。
と言つて、雅は、綿毛のやうな、輕い、軟らかい梨沙子の髪を指で梳ひた。
梨沙子と出會つたのは四年前になる。
人見知りの雅を、何故かよく慕つた。
何かあれば眞つ先に報告してくるし、困つたことがあれば必づ頼つてきた。
雅も、此の手のかかる妹の面倒を、細々と見てやつた。
もごもごと、梨沙子が何か言ひ返してゐた。
雅は、梨沙子の口から輪ゴムを受け取ると、手際良く髪をまとめ、くるくると輪ゴムで縛つた。
一瞬、梨沙子の體から、ほんのりと、甘く、良い馨りがした。
雅はおや、と思ひ、匂いの正體を確かめる爲、梨沙子のうなぢに顔を寄せた。
梨沙子の肌は、日本人とは思へぬ程白く、肌理が細かかつた。
無意識に、雅は、梨沙子の首筋に頬を當ててゐた。
触れないと氣づかないやうな、弱々しい産毛が、びろうどのやうに柔らかい。
良い馨りは、どうやら梨沙子の肌自體が発してるやうだつた。
暖かい。先程迄の暗い氣持ちが薄れていくのを感じた。
とても幸せな氣分を感じた。暖かい。
「みや?」
といふ梨沙子の聲に、雅は我に返つた。
顔を上げると、鏡の中の梨沙子が、心配さうに眉を寄せて、雅を見てゐた。
「好き」。
其れは余りにも自然に、雅の口からこぼれた。
自分で言つて驚くと同時に、雅は、今迄自分の心にかかつていた、薄暗いもやが一氣に晴れたのが分かつた。
なぜ好きと思へる男性に巡り会はないのか。鬱々と溜まつてゐた其の疑問の回答を見出したのだ。
自分は男性より女性が好きなのだ。
それも、梨沙子を。
きよとんとしてゐる梨沙子に、雅はもう一度言つた。
「好き」。