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1億3000万分の、独言(ヒトリゴト)

日常の一コマをマイペースに切り取ります

空港ーホテルー練習場

2011年06月04日 | 紀行
大分に行ってきました。
空港から延々1時間半くらい、緑の山々の間を走る。


うちの会社(私の「メインスポンサー」)は、去年、ある大手と経営統合した
のですが、おかげで製油所が増えました。
社内広報の一環として、年に何回かこういった自社の製油所を対象に
講習会を行なっているのですが、今回は経営統合したので「自社」になった
製油所さん。
(普段「○○に行って、中学生を教えてきましたー」とか言っているのは
会社の社会貢献活動の部署のものなので、少し今回と意味合いが違う)

こういった時は大抵、製油所の中を見学させてもらいます。
今回も見せてもらいました。
写真を撮るのが躊躇われたので撮っていませんが、
中東から全長300mあまり(東京タワーの高さくらい!)のタンカーで
運ばれてきた原油を、LPガスやガソリン、重油などに精製していく施設は
まるで宮崎駿さんが描く、パイプだらけの摩訶不思議な工場みたいな雰囲気。

もんのすごく入り組んだパイプ。
あのパイプ1本間違っちゃったらどえらいことになっちゃうのだね。
働いている人は勿論全て把握しているんだよね。すごいなあ。

昨日はちょうど輸出のためのタンカーが、接岸していました。
知らなかったけど、石油って輸入だけじゃなくて
輸出もしているんだとか。
(もちろん一旦輸入して精製したものを輸出している)

でもって、こういう製油所はとにかく火気やミスが厳禁。
ガソリンやらガスやらがものすごいデカイタンクに貯蔵されているので、
火がついたらとんでもないことになる。
製油所での皆さんの挨拶は「おはようございます」や「こんにちは」、
「お疲れさまでした」の前に
「ご安全に!」なのだそうです。
私たちも製油所の皆さんに紹介していただいたとき、
所長さんが所員さんに向かって、
「皆さん、ご安全に!!」と。


さて、今回は現役選手と一緒のお仕事だったので
キホン彼女たちの行動スケジュールに従う。
相変わらず移動先では、ほぼ空港、ホテル、練習場しか行かないのですな。
今回は製油所見学がありましたが。

あ、でも大分市から大分空港に帰る途中、汗を流すために
一瞬別府温泉の日帰り湯に立ち寄ってきました。
「地獄めぐり」してみたかったけど、私たちに許された時間は30分強。
今回、立ち寄ったホテルのフロントに居た猫様。

何かご利益があるらしい。

大分空港着。

空港のレストランで名物の「団子汁」をいただきました。
面が太いので、すいとんみたいな歯応えかな、と思ったら
お箸で持ち上げるとブツブツ切れちゃうくらい柔らかかった。

隣は地鶏めし。
これに、これまた大分名物の「とり天」(鶏肉の天ぷら?)もいただく。

私たちの飛行機が来たよ~


羽田も梅雨とは思えないくらい、気持ちの良いお天気でした。
モノレールの窓から。


現役選手とバスケットを一緒に講習したのは久しぶりでしたが、
こちらの意図をすぐに身体で表現してくれるので、とっても楽チンでした
↑いつもは老体に鞭打っている


**********************

只今同日21時過ぎ。
ツイッターのような書き込みですが、
テレビをザッピングしていたら、BS朝日でアンディ・ラウが趙雲子竜の
『三国志』やってるー!!!!!
わーいわーいわーい!
うっはー
眼福でございます
なんて運が良い。普段この時間テレビなんか見ないのに!!



先生からの葉書

2011年06月02日 | 福島
更新できなかった日って案外アクセス数が多かったりして・・・
昨日は帰宅がほぼ0時でした。バタン9で失礼しました。
遊びに来て下さって、有難うございます!

今日は久々福島の話題。

先日近くのスーパーに行ったら。
あっっっっ!!!

福島のお野菜が置いてあるよ!!

この時期、実家でもスナックエンドウしょっちゅう食べてたんですよね。
母が、
「ゆでると色がすごく濃くなる」
「甘い甘い」
と好んでいて、しょっちゅう食卓に上っていました。
そのまま食べても、マヨネーズでも、マヨネーズしょうゆでもイケる。

ところで、うちはもともとこれ「スナックエンドウ」って言ってたけど
「スナップエンドウ」のところもありますね。
どう違うんだろ。

近くのスーパーで福島産の野菜を見たのは久々だったので
迷わず購入。
都内のスーパーあたりにもずいぶん戻ってきてはいるのかなあ。
新玉ねぎでシャキシャキのサラダを食べたかったので、
サラダに投入するのだー

気分が乗ったので(笑)
キャビアも購入。

・・・今よく出ている、韓国の「キャビア」シートパックね。


しかし、原発の状況は厳しいなあ。
というか、ココに来て色んなこと(地震直後に水素爆発していたとか
やっぱりメルトダウンしていたとか)が表に出てきて、
あの時期、枝野さんが「政府の公式発表を信じて、デマ(的なもの)に
流されないように」みたいなことを再三繰り返していた記憶があるけど
なんだよ、やっぱり隠してたんじゃん、とちょっと失望。
まあ確かに、あの時期に「水素爆発しました」「メルトダウンしました」なんて
言ったら大パニックになっていたかもしれないけど、
なんか他に方法はなかったのかなー、と思う。
国民は常に後回しで情報操作しとけばいい、みたいな。

昔イタリアに行った時、イタリアは当時の首相の方針で自国に原発を
持たず、不足電力は隣国のオランダから買うんだって話をイタリア在住の
日本の方から聞きました。(確かオランダって言ってた気がする)
山の斜面に、オランダから持ってきた送電装置みたいなのが一面に
並んでいるんだけど、一度すごい台風が来て送電線が吹き飛ばされ、
かなり広い範囲でいきなり停電になったとか。
そういう状況だから国内は慢性的に電力不足で、真昼なのに
建物の中はなんとなく薄暗いし、ホテルのトイレが真っ暗とか、
夜なんかも人が立っているのが見難いくらい暗かった。
それから、一番の問題は、電力不足は経済も脅かすとおっしゃってたこと。
夜の暗さについては、ヨーロッパってどこに行っても夜は真っ暗ですし、
治安上どうかと思っても、キホン夜はみんな外歩いてない。
5時ぐらいに終業して、みーんなお家に帰っちゃう。
ポーランドは朝7時出勤で15時退勤が普通って言ってたな。

アノ時は対岸の話、みたいに聞いていて、
原発はあまり良くないけど、便利な生活には必要なんだなあ、
ちょっと「必要悪」にも似ているのかななんてぼんやり考えていたけど
(※「必要悪」の意味は厳密にはこういうことではないですが)
まさに今は此岸の話。ってかモロ自分の立っている足元の話。
こんな危ないモンを安全とか言っていたんだなって。
半分騙されたと思いつつ、これから来るエアコンナシでは耐えられない
くらいの夏を前にして、じゃあ原発は絶対要らないって私自身が言い切れんのかと
思うと、すでに蒸し暑い電車内に乗っているだけで
「うううー、エアコンー」とか言ってるテイタラク。

引越し葉書を各方面に漸く送り終えたのですが、
小学校時代の恩師からお返事の葉書をいただきました。
先生は福島市の方ですが、被ばくを恐れて着の身着のままで迷うことなく
自主避難を選択されたそう。
今愛知の方にいらっしゃるようですが、避難によって初めて失職し
毎日を無為に暮らしている、ということでした。
定年なさってからは、ずっと地元のミニバスのチームを教えていらした先生。

生活の快適さを失うのには正直躊躇するけど、
私の故郷や、私の大事な友人知人たちをどうしてくれるの!!!と
山本太郎ならずとも、怒りたい。
あああー、福島はほんとうにいいところなんだよー!
人もおっとりして優しくて、おいしいものもたくさんあるし、
「東北」と言われると今までは一番印象の無い県で1位、みたいなところ
だったのに、よりによってなんで今・・・・・・