不夜菴太祇句集 冬
422 玄関にて御傘と申時雨かな
423 うくひすのしのひ歩行や夕時雨
424 濡にける的矢をしはくしくれ哉
425 しくるゝや筏の棹のさし急き
426 中窪き径わひ行落葉かな
427 米搗の所を替る落葉哉
428 盗人に鐘つく寺や冬木立
429 冬枯や雀のありく戸樋の中
430 炉開や世に遁たる夫婦合
431 川澄や落ち葉の上の水五寸
432 麦蒔や声て雁追ふ片手業
433 達磨忌や宗旨代々不信心
434 をとらせぬむすめ連行十夜哉
435 なまふだや十夜の路のあふれ者
436 夜歩行の子に門て逢ふ十夜かな
437 辻々に十夜籠りや遣リ手迄
438 あら笑止十夜に落る庵の根太
439 莟しハしらてゐにけり帰花
440 京の水遣ふてうれし冬こもり
441 身に添てさひ行壁や冬籠
442 冬こもり古き揚屋に訊れけり
443 なき妻の名にあふ下女や冬籠
444 尻重き業の秤やふゆこもり
445 僧にする子を膝もとやふゆこもり
446 いつまても女嫌ひそ冬籠
447 来て留守といはれし果や冬籠
448 それそれの星あらハるゝさむさ哉
449 帋子着てはるはる来たり寺林
450 紙子着しをとや夜舟の隅の方
451 わひしさや旅寝の蒲団歌をよむ
452 活僧の蒲団をたゝむ魔風哉
453 足か出て夢も短かき蒲団かな
454 旅の身に添や鋪寐の駕ふとん
455 夜明ぬとふとん剥けり旅の友
456 人こゝろ幾度河豚を洗ひけむ
457 死ぬやうにひとハ言也ふくと汁
458 鰒喰ふて酒吞下戸のおもひかな
459 鰒売に喰ふへき顔とミられけり
460 河豚喰し人の寝言の念仏かな
461 意趣のある狐見廻す枯野かな
不夜庵に芭蕉翁を祭る
462 塀越の枯野やけふの魂祭
463 行々てこゝろ後るゝ枯野かな
464 行馬の人を身にする枯野かな
分稲一周の忌となりぬ此叟のすゝめにて大原野吟行せし
往時を思ひて
465 なつかしや枯野にひとり立心
466 鼠喰ふ鳶のゐにけり枯柳
467 目にそしむ頭巾着て寐る父の㒵
468 新尼の頭巾おかしや家の内
469 頭巾をく袂や老のひか覚へ
470 法体ヲミせて又着る頭巾かな
庚寅冬十月亦例の一七日禁足して俳諧三昧に入に草の屋
セはく浴も心にまかセねハやうやうかゝり湯いとなむに時雨
さへ降かゝりいとゝ寒きを侘るゝに吞獅より居風呂ワかして
男ともにさし荷セ来たり贈ものゝ珍しくうれしとやかてとひ入
て心ゆく迄浴しつゝかく申侍る
471 頭巾脱ていたたくやこのぬくい物
472 眼まてくる頭巾あくるや幾寐覚
473 帰来て夜をねぬ音や池の鴛
474 草の屋の行灯もとほす火桶哉
475 塩鱈や旅はるはるをよこれ面
476 手へしたむ髪のあふらや初氷
477 朝顔の朝にならへりはつ氷
478 勤行に起別たる湯婆かな
479 茶の花や風寒き野の葉の囲ミ
480 口切や花月さそふて大天狗
481 口きりやこゝろひそかに聟撰ミ
482 菊好や切らて枯行花の数
483 ちとり啼暁もとる女かな
炉に銚子かけて酒あたゝむる自在の竹に鬼女の面かけた
るを人の仰ぎ居る図に賛をセよと田福より頼れて
484 吹きやす胸はしり火や卵酒
485 鴨の毛を捨つるも元の流かな
486 胴切にしをせざりける海鼠かな
487 海鼠たゝミや有し形を忘れ顔
488 身を守る尖ともミへぬ海鼠哉
489 うくひすや月日覚へる親の側
490 大食のむかしかたりや鰤の前
491 剛の座は鰤大はえに見へにけり
492 立波に足ミせて行ちとりかな
493 茎漬や妻なく住を問ふおゝな
494 草の庵ワらへた炭を敲く也
495 水仙や胞衣出たる花の数
496 膳の時はつす遊女や納豆汁
497 曲輪にも納豆匂ふ斎日哉
498 僧と居て古ひ行気や納豆汁
599 御命講の華のあるしや女形
500 人の来て言ねはしらぬ猪子哉
喜助を江戸へ下せしあくる日
501 初雪や旅へ遣たる従者か跡
502 はつ雪や酒の意趣ある人の妹
503 木からしの箱根に澄や伊豆の海
504 陰陽師歩にとられ行冬至哉
505 野の中に土御門家や冬至の日
506 雨水も赤くさひ行冬至かな
507 たのミなき若草生ふる冬田かな
508 木からしや柴負ふ老か後より
509 今更にワたせる霜や藤の棚
510 腰かける舟梁の霜や野のワたし
511 鶤の起けり霜のかすれ聲
512 苫ふねの霜や寝覚の鼻の先
513 行舟にこほるゝ霜や芦の音
514 恥かしやあたりゆかめし置火燵
515 埋火に猫背あらハれ玉ひけり
516 埋火にとめれハ留る我か友
517 あてやかにふりし女や敷炬燵
518 火を運ぶ旅の炬燵や夕嵐
519 淀舟やこたつの下の水の音
520 草の戸や炬燵の中も風の行
521 摂待へよらて過けり鉢たゝき
522 暁の一文銭やはちたゝき
523 はけしさや鳥もかれたる鷹の声
524 鷹の眼や鳥によせ行袖かくれ
525 雪やつむ障子の帋の音更ぬ
526 小盃雪に埋てかくしけり
汲公と葎亭に宿してそのあした道にて別るとて
527 見返るやいまは互に雪の人
528 宿とりて山路の雪吹覗けり
529 空附の竹も庇も雪吹かな
530 うつくしき日和になりぬ雪のうへ
531 降遂ぬ雪におかしや簑と笠
532 御次男は馬か上手て雪見かな
533 足つめたし目におもしろし手にかゝむ
534 里へ出る鹿の背高し雪明り
535 長橋の行先かくす雪吹かな
536 交りハ葱の室に入にけり
537 寒垢離の耳の水ふる勢かな
538 寒月や我ひとり行橋の音
539 寒月の門へ火の飛フ鍛冶屋かな
540 寒月や留守頼れし奥の院
541 駕を出て寒月高し己か門
542 鍋捨る師走の隅やくすり喰
543 日比経て旨き顔なり薬くひ
544 枯草に立ては落る囹かな
545 氷つく芦分舟や寺の門
546 御手洗も御燈も氷る嵐かな
547 垣よりに若き小草や冬の雨
548 父と子によき榾くへしうれし顔
549 勤行に腕の胼やうす衣
几圭師走廿三日の夜死せり節分の夜明なりけれハ
550 死ぬ年もひとつ取つたよ筆の跡
梅幸へ言遣る
551 積物や我つむ年をかほ見せに
552 大名に酒の友あり年忘れ
553 夢殿の戸へなさはりそ煤拂
554 聲立る池の家鴨すゝ払
555 煤を掃く音せまり来ぬ市の中
556 剃こかす若衆のもめや年の暮
557 褌に二百くゝるや厄おとし
558 すゝ掃の埃かつくや奈良の鹿
559 怖す也年暮る夜をうしろから
560 年とるもワかきハおかし妹か許
561 寶ふね訳の聞へぬ寐言かな
562 聲よきも頼母しき也厄拂
563 年とりて内裏を出るや小烑灯
564 谷越i聲かけ合ふや年木樵
565 兼てよく㒵見られけり衣配
566 唐へ行屏風も画やとしの暮
雅因を訪ふ
567 年の暮嵯峨の近道習ひけり
年内立春
568 歳のうちの春やいさよふ月の前
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