グルーナー神父があなたの質問に答える
The Fatima Crusader Issue 92, May 2009 より
全体参加の罪の赦し
質問:私たちの小教区では、復活祭とクリスマスに、悔い改め(全体参加の罪の赦し)の儀式が行われます。そこでは、私たちが祭壇の周りに立っている司祭たちの一人のところまで行ってこう言います:「私のすべての罪を後悔しています。どうか私を赦してください」と。私は非常に心配です。そして私は私たちの司教様に手紙を書きました。しかし非常に満足のゆかない返事をいただきました。どうか、簡単な説明をしてくださいませんか?
[グルーナー神父]まず第一に、教皇とバチカンは何度も、いわゆる悔い改めの儀式は許されていない、と言ってきました。それは止められるべきです。カナダの司教たちは、合衆国および世界の他の所の司教たちと同じように、そうするように話してきました。そのことの理由は告白に関する変えることのできないカトリック教義です。多くの人々は告白は罪の赦しのために必要ではないと考えています。しかし彼らは間違っています。それは、われらの主が使徒たちにこう告げられたからです:「汝らたれの罪を許さんも、その罪許されん、たれの罪を留めんもその罪留められたるなり」(ヨハネ20:23)と。
ところで、司祭が、あなたが彼に告げる前にあなたの罪を知ることができるパードレ・ピオのような人でない限り、あなたが罪を告白しないならば、司祭はあなたの罪を許すべきか、それとも留めるべきかを知りません。告白は赦しの秘蹟の不可欠の部分です。それゆえ、あなたが告白に行かない限り、あなたがあなたの罪を赦されないということは最もありそうなことです。
さて、それには一つの例外があります。そしてその例外とは死の危険、あるいは緊急事態がある場合です。そのことが何を意味するかを説明してみましょう:それは、早ミサがある、そして誰もがそれに行きたい、そしてテレビを見たい、あるいはなされるべき他の重要な事柄があるからではありません。例外の二つの種類とは次のようなことです。地震、あるいは何らかの軍事的な死の危険があるとき、そして個別的な告白を聞くために十分な時間がないとき、そのときには司祭は最初に告白を聞くことなしに全体参加の罪の赦しを与えることができます。そして次の二つの条件で罪を赦します:
[1] 赦しを受ける人が、まず第一に、超自然的な悲しみをもって(単に自然的な後悔ではない)その罪を悲しんでいること。このことは最も本質的な部分です。そして罪を再び犯さないと固く決心すること。
[2] 赦しを受ける人が、最初の機会にその罪を告白する義務を果たすことを決心していること。
それゆえ、あなたが、最初の機会に、あなたの罪 - われわれが話しているのは大罪のことです - を告白する責任を受け入れるという条件なしには、赦しはあなたのためには効力を持ちません。それゆえ、告白なしの赦しは決して一つの可能性ではありません。二つの緊急の状況(私は上に、そして以下にそれについて概略します)において告白の前に赦しを受けるためには、あなたはなお告白に行き、そしてそれをあなたの最初の機会にすることを決心しなければなりません。
もし死の何らの危険もないならば、あなたは規則に対する例外措置を与えられることはできません。あるいは他のもう一つの例外がありますが、それを私は今またあなたに説明しましょう。
数年前に私がイタリアで宣教にあたっていたとき、年老いた司祭、メルロ神父がおられました。彼は95歳でした。彼は私に、自分はかつてブラジルで宣教師だった、そして3年間の司牧訪問をしていた、と話されました。彼は村から村へと足を運び、各々の村で3日を過ごされました。それらの3日間、毎日彼はミサを捧げ、そしてそれから一日中ずっと告白を聴き、自分の祈りを唱えることと食事を摂る以外には何一つしませんでした。
それから、3日の後に彼は次の村へ行くために出発しなければなりませんでした。そしてこれらの村の住民たちはあと3年が過ぎ去るまでは再び彼を見ることはないのでした。
彼らは告白を聴いてもらうことを望んでいました。彼らは告白の秘蹟のために行列をつくりました。しかし、告白の3日後に、彼が告白を聴くことができたのはその行列をつくっている人々がすべてでした。それで、彼らにその秘蹟の恩恵を与えるために、彼は3日間に告白することができなかった人々に全体参加の赦しを与えました。
彼はこのことをいくつかの条件の下で行いました。それは、彼が3年後に戻って来たときには彼らが[告白をするために並ぶ]行列の最初の方にいるということ、そして彼が彼らに赦しを与えたその彼らの罪を告白するという、そういう理解に基づいてでした。
しかしこれらの条件(すなわち、痛悔者たちが告白に行くために1年あるいはそれ以上の年月を待たなければならないほどのそのような司祭の不足)は北米あるいはヨーロッパでは行き渡っていない、ということに、私は注目しています。それゆえ、全体参加の赦しは許されていないのです。ところで、もしここで戦争あるいは地震が起こるならば、そのときそのことは起こり得るでしょう。そのような場合には、そのとき、そのことは許容されるでしょう。しかしそのこと以外には、全体参加の赦しは許されません。そしてそれは教皇の単なる気まぐれな思いつきではないのです。その秘蹟の制定は天主の御意志なのです。
さて、すべての教皇、そしてそこに居合わせている教皇の助言者たちが、この実践を強く非難するとき、彼らがしていること、それは彼らがそうしなければならないからであり、それが、イエズス・キリストと彼の教会の教えによって許されていないからです。そしてもしあなたが、告白なしに全体参加の赦しを受けながら、そのようなそれらの儀式の一つに与ったことがあるならば、もしあなたがあなたの霊魂に何らかの大罪を持っていたならば、あなたの最初の機会にそれらの大罪を告白する義務がある - なぜなら、あなたはその義務を負っているからである - と考えなさい。そしてもしあなたがそうしないならば、それらの罪はなおあなたの霊魂に留まっているのです。
何人かの自分を見失った人々を除いては、罪の赦しの秘蹟には何らの変化もありませんでした。シスター・ルチアは、悪魔的な混乱で自分を見失った何人かの司教たちや枢機卿たちを含む教会において高位にある人々がいると言っています。彼女はその多くの書簡の中で、彼女がそのことを1970年代に書いたと言っています。あなたはフレール・ミッシェルのうちにそれらを読むことができます。注1)あなたはまた同じように、『悪魔の最後の戦い』のいくつかの箇所においてもそれを読むことができます。注2)
フリーメーソン、共産主義そして手による聖体拝領
質問:教皇パウロ六世は手による聖体拝領を非難している回勅 Memoriale Domini を書かれました。なぜわれわれはそれ[手による聖体拝領]を行っているのですか?
[グルーナー神父]『悪魔の最後の戦い』は教会の敵どもがどのように200年間にわたって教会を転覆させようと努力してきたかを記述しています。あなたは、かれらがそうしてきた、と言っているフリーメーソンと共産主義者たちの両方の証言を持っています。
フリーメーソンは教会に潜入した
私はプッティ神父 Father Putti についてあなたたちに話すことができます。プッティ神父はイタリア、ローマで発刊されているSi Si, No No[然り、然り、否、否]という雑誌の創刊者であり、編集者でした。私は彼に1976年に会いました。この雑誌の12の異なる号において、その表題は「枢機卿...(彼はその名前を挙げています)はフリーメーソンである」と言っていました。彼の論攷は誰それ枢機卿が何をしたを記述することから始め、そして次に、「彼はフリーメーソンである。彼はかくかくしかじかの日に加入した。彼のコード・ネームはかくかくしかじかである」と言うことによってその論攷を閉じました。そして彼はそれを世間に公表しました。
さて、プッティ神父がバチカンにいるある人によって新聞の中での公的告知において間接的に脅かされたとき、プッティ神父は翌日、次のように言いながら声明文を公表しました:「今までのところ、私はただ事実を公表したにすぎない。しかしもし私が司祭職停止を受けるか、あるいは破門宣告されるならば、私はその諸々の文書を公表するであろう」と。まさにその翌日、あるバチカンのスポークスマンはこう言いました:「プッティ神父の司祭職停止あるいは破門の意図はない」と。それが議論の結末でした。
オッセルヴァトーレ・ロマーノの編集者はそのときプッティ神父の名声に反するあることを言いました。プッティ神父は彼を法廷に訴えて、そして勝訴しました。そしてそのオッセルヴァトーレ・ロマーノの編集者は損害賠償を支払わなければなりませんでした。
プッティ神父はこれらの事柄を公に言いそしてそれらを用意しました。彼はこう言いました:「私は、それらを公表する前に、聖座にそれらを持って行き、彼らにそれらの文書を見せました。それは教会法における私の義務ですから。彼らは私に『それらを公表するな』とは一度も言ったことがありません。それで、私はそれらを公表したのです。」そして彼は約12名の枢機卿の名前を[フリーメーソンとして]挙げました。
彼がフリーメーソンだと呼ばなかった彼らのうちの一人はガッローネ枢機卿 Cardinal Garrone でした。それが、私が彼に会いに行った理由です。彼はガッローネ枢機卿をフリーメーソンとは呼びませんでした。しかし彼は彼の論攷の最後にこう言いました:「ところで、もしガッローネ枢機卿が教会の敵、例えば、フリーメーソンの長、あるいは悪魔自身によって一つの任務を与えられていたならば、彼は世界中のカトリック教育を破壊するというもっとよい仕事をすることはできなかったであろう。」
福者教皇ピオ九世、教皇レオ十三世、教皇聖ピオ十世そして教皇ピオ十二世のような過去の偉大な教皇たちは正格カトリック・ミサ authentic Catholic Mass のような新しい典礼を認められなかったであろう。実際、ゲリノー神父 Father Gelineau は新しいミサが作られたことと共に、ローマ典礼は破壊されてしまったと言った。
私は言いました:「プッティ神父様、あなたはガッローネ枢機卿がフリーメーソンであるとは言っておられません。しかしあなたは確かにそのことを暗に意味しておられます。」彼はこう言いました:「その通り。私はそうしています。私は証拠となる書類を持っていません。それで私は彼がフリーメーソンであると主張することができません。最もあり得ることは彼がフランスで加入したということです。私はそれらに関する証拠書類を手に入れていません。」「しかし」と彼は言いました:「彼の実績をごらんなさい。フリーメーソンであるが、彼らのもとを去った、あるいはフリーメーソンが彼らにするように望んでいることをもはや何もしていない他の多くの聖職者たちがいます。そして私はそのような人々をそっとしています。」しかし教会の中でフリーメーソンのアジェンダ(行動指針)を促進し続けている人々を、彼は公に暴露することを正当だと考えています。彼がある枢機卿の名前ををフリーメーソンとして挙げたとき、これまで誰一人そのことに反対した人はいません。彼らのうちのどの一人に関しても彼が間違っていると証明した人はいません。これは1970年代のことでした。
私はプッティ神父に言いました:「神父様、もしあなたがこのことをずっと続けられるならば、いつか死体となって終わるかもしれません。」彼はこう言いました:「そうならもっとよい。そのとき私は殉教者でしょう。私は煉獄を素通りして天国に直行するでしょう。」
教会の中にはフリーメーソンがいるのでしょうか?かつてはいました。そして私は今日もなおいると思っています。プッティ神父が言ったように、われらの主御自身が言われたように、「その結ぶ実によりて彼らを知るべし」(マテオ7:16)なのです。それゆえ、もし彼らがフリーメーソンの理想を促進するならば、そのとき、彼らが[フリーメーソンの]会員証を携帯しているメンバーであるかどうかはまったく問題になりません。そしてあなたたちはそのことを証明することができます。事実は、彼らがフリーメーソンたちのために、そして悪魔のために、働いているとうことです。
もしあなたたちがフリーメーソンについて多くを知らないならば、アイルランドの偉大な司祭であるファヘイ神父 Father Fahey がフリーメーソンについて、そして彼らがどのように教会に反対して、そして悪魔のために、働いているか、を沢山書きました。しかし同じようにまたそのことについての他の書物があります。レオ十三世は、フリーメーソンの「神」は悪魔である、彼らは第33階級においてルチフェルを礼拝していると書かれました。ある悪魔的な人々はルチフェルとサタンとの間を区別するでしょうが、しかしそれは同一の悪霊です。(続く)