エゾ中村のブログ

「藤圭子」から「現代医学の功罪」まで、思いの丈を綴ります。 ・・・ From 北海道 ・・・

遺稿(俳句)絶筆まで

2020-02-18 07:46:00 | 心と体

叔父は、北海道の南西部・洞爺湖畔のサナトリューム(結核病棟)に、25歳の若さで隔離されました。 入院当初から、肺の切開手術の為に肋骨の大半を切除され、ベットから起き上がる事さえ困難な状態でした。 ただ許されたのは、食べる事と寝る事だけ、まるで「鍵のない牢獄」です! 唯一の楽しみは、ラジオで大相撲放送を聴く事と、俳句を詠む事だけの余りにも悲惨な闘病生活でした。 おそらく、頭の中で数千の俳句を詠んだと思います。 しかし、ノートに記された句は100にも及びません。 ペンさえ握れない苦悶の症状が、最期まで続いたと想像します。 叔父が34歳で亡くなるまで、今回は絶筆まで 35句ほど紹介します。 一句だけでも、詠んで頂けると幸いです。

なお 叔父の俳句は、北海道「氷原帯・俳句会」で発行した書籍を引用したものです。


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雪明りで粥喰らう反芻のごとくに 


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破風に舞う雪病眼に鶴舞わしめ


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粥すする間も北風の肌ずれの音


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寒波来る風葬となりゆく病者の眼


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病める冬湖を眼窩に溜めて


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朝靄に流される帆のなき枢妻と子


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メス持てば音を発しそうな寒気


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枯れ芦の中で獣声を発す病者らは


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死を決すべく思う星空にしばし母あり


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吹曝しの中いさかいの息千切れとぶ


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天は苦悶する雪ふらしめつ貧欲なる地


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錆びた銃口欠けた牛乳瓶に花活ける姉


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豆鶴数う病眼を霧に吹かれ


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吾れに救いなくうちわ太鼓心に刺さる


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療友死せり秋刀魚食う眼をとじらせて


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どの窓も枯れ夕餉に行く患者羊群めき


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寒気ズカズカ病の独房に鍵なくて


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腐木を踏んずけるような寒肺患の死


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亡友・療友みな髭提灯に睦合う雪


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時たま羽ばたく鵞ポケッタブルラジオが欲しい


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寒気すっぱ抜けて病者の吹きだまり


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いのちもろとも噴く病院の煙突


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老婆無言手の皺足の皺


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雪原から続く白壁岩漿吐く吾


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胃の個室にサボテン咲く時効のいのち


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病者の砂漠に堪えかねて咲くサボテン


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天使にどうしてもなれない小指にマニキュアあって


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漁夫に殴られたアイシャードつけた看護婦


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炎えない蛍の瞳になろう暑さに堪える病者達


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火をかき立てる楡ただ髪をむしる指


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没陽青芝影のびる白痴の松葉枝


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鬼火となってころげたいが風鈴許さず


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誘蛾灯にきりきり舞う農夫よ蛾よ


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波紋の湖岸は立てり残月は病痕


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遠花火見る爉の灯で画く母の像


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漁夫の唄は和してならない嚕の音芒の音


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遺稿・俳句を詠んで頂き ありがとうございました。 


◎「松尾 義人」は、洞爺湖畔のサナトリュームで、無念の最期を迎えました。

遺稿(俳句)

2020-02-16 08:19:52 | 心と体

昭和37年 34歳で亡くなった叔父が、病床で綴った遺稿・俳句を紹介させて下さい。 名前は、“松尾 義人”と申します。 叔父(母方)は、教師として就業中 25歳で結核に罹患し、洞爺湖畔のサナトリュームで療養中 辛く苦しい思いを俳句として残しています。 決して綺麗な俳句ではなく、型破りで粗い作品だと思います。 宜しければ、一句でも詠んで頂けると幸いです。

 

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一生無駄とは思われず蝶の網つくろい

 

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ばさばさに刈られた麦夕やけの場広くする

 

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誰も剝いではならぬ鬼灯の朱を知る者は

 

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農夫の喜び魔術のごとくいもを掘る

 

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娼婦通るぶらんこ毛虫風まかせ

 

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フイルム切れて眼底をよぎる過去の恋

 

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梅雨の野良着にふれず乳をのむ子

 

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海霧の中だけの声量かなしむ仏法鳥

 

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吾死臭を嗅がしおり冷たき繩の足

 

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ネクタイなびかす療友に助なし

 

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冷水通る喉細くして死水想う

 

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リンゴ売り足袋より真っ赤な指こぼれて

 

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尿瓶を愛せば軒に寒星ぎしぎし

 

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病さみし木兎のごと眼るばかり

 

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病者の一燈白い風にさらわれる

 

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農夫呆けてペロペロ炉火眠る

 

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夜の顎寝台を揺すり咳つづく

 

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冷えきった麦飯に食道の長さ知る

 

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真白き息がうろつく吾等の叫び

 

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涙に甘やかされて指間の星を読む

 

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吾がおとろえに担送者ボロボロ泣く

 

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眠れねば星となる座をさがす

 

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吾が肺患コップに氷の針浮かぶ

 

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「ガン」と凍って担がれて来る俺の寝まき

 

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先職の寒空に食器の音が満つ

 

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春のアンプルの秘よ一つの生涯の基点となれ

 

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病と貧のなき世欲し春月の肌見ゆ

 

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農に生きん兄しかと野火にまぶれぬ

 

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肺活量千緑の息吐くまで生きたし

 

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春陽満ち病者が抜けたき鍵穴

 

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送金絶ゆ夏ミカン食えば涙噴く

 

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朝のキビもぐと吾が盗癖におどろく

 

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老母帰り給う地吹雪に足をかくしつ

 

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贋乳房ずる汗の胸に肋骨なし

 

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朝霧から生まれて後光を放つ蜘蛛

 

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虹の五線譜吾半生を詩わねば

 

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鍬錆びて農の吐息や蝶羽すぼむ

 

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雪虫降りつぎ弱き者の抵抗に似て

 

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背伸びする車窓に火葬場の赤き屋根

 

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胸涸れて冬稲妻の突通る

 

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煤煙の病窓ネオン何を数うや

 

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熱き冬至南瓜食う顎骨むきだして

 

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吹雪の壁つんぬけ配達夫来る刻

 

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餅焼くのに煩骨焼かねばならぬ病者

 

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テレビ終り十円玉が湯気立つ病者の掌

 

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雪庇伸び裸電燈に肋骨数え合う

 

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病者知るはビルに網はる蜘蛛のこと

 

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今日は夏至罪人も病者も影重く

 

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霧に欲しきはガス灯病者に母

 

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遺稿・俳句を詠んで頂き ありがとうございました。


◎「松尾 義人」洞爺湖畔のサナトリュームで、無念の最期を迎えました。


依存共犯関係

2020-02-14 09:13:24 | “現代医学の功罪” 関連
「医者と患者は、依存共犯関係で繋がっている」 これは、ある医者の言葉です。 “依存”するのは患者で、医者は知識と経験で“手助け”するだけの関係と、医療者の立場を明確に表現しています。 暗に「過信するな・期待するな」と、医療の現状を言っているのです。 それが、現代医学の「答え」だと思います。



世の中に依存は、数え切れなほどあります。 薬物(覚醒剤・コカイン・大麻・モルヒネ)・ ギャンブル(競馬・競輪・パチンコ) 酒・タバコ、親の過保護・新興宗教、依存し自立できない デペンデンス dependence ) です。 それらの解決策は、法律による規制では限界があります。 各々が “独立”または“自立”する、インペンデンス inpendence ) を心掛ける他はありません。

依存共犯
は、社会において複雑で難解な事情が絡みます。 「公営ギャンブル」や「酒・タバコ」 場合によっては、平和利用と謳う「原子力発電所」も含まれます。 人々の暮らしに必要と、半ば妥協と馴れ合いから次々とガードが緩みます。 それで「悪い事も必要悪なら許される」歪んだ風潮が蔓延るのです。 犯罪に近い行為・行動が、知らぬ間に合法になるのは可笑しい。 依存共犯は、ごく身近にあるのです!

依存共犯関係
を最も強調したいのは、人々が信用・信頼する 現代医学(医療)です。 患者の身体を切り刻んだり、麻薬・ウイルスが含有するクスリを処方するからではありません。 戦後 日本の経済が豊かになり、人々の健康を守る目的で、医療が栄えるのは良い事です。 しかし、医学(論理)に即した医療でない事を危惧します。 現実に、医学は科学ほどに進歩していないのです。 プロパガンダ(政治的思惑)で広まった医療に、誠(良心)はありません。 「痛いのを治してあげます」・「苦しいのを癒してあげます」、医学的に立証されない医療を、対症療法(なんでもありの療法)で対応するのですから、我々患者は堪りません。 論理も倫理もない医療に、安心も安全もないのです。 これは 内科・外科・耳鼻科・・・、全ての医局で言える事です。

1941年
は、“抗生物質” 元年です。 「ペニシリン」を、アメリカの軍医が野戦病院で使った始めての年です。 当時 タブーだったクスリを、実用化に導いた事に起因する贖罪です。 そこには、善意も良心も存在しないのです。(麻薬であるモルヒネ・覚醒剤の乱用と同じ) そんなペニシリンを、魔性のクスリと嫌う医者はいません。 現行医療において、ペニシリンなどの抗生物質を使わない医者はいないのです。 一体、抗生物質とは何か? 細菌やウイルスなどの微生物が含まれる現行医療の要(特効薬)です! 一本の注射・一服の錠剤に、どれ程の量の細菌やウイルスが含有するのか? 野生の動物や昆虫に寄生する、本来は人間と縁がない 微少の毒物です。 それらの毒物が、外来の病原菌を滅ぼす目的で、都合よく生体内で働く道理がありません。 一時的に病原菌を抑制したとしても、生体に潜在し続け難病・奇病の原因菌(ウイルス)に豹変するかも知れません。 花粉症は、現代病(罹患者:2,000万人)だから怖くありません? とんでもない誤解です。 薬害による新たな病気の予備軍と、常に警戒する冪です!
 
◎「ヒロポン」1951年まで合法だった“覚醒剤” 


医療とは、自分の意思で受けるものです。 大ケガや大病の場合、救急車で病院に運ばれる事はあっても、通常 医療を強制される事はない筈です。 特例を挙げると、伝染病や感染症の蔓延をくい止める為の、検疫や防疫があります。 それから 幼児期に、天然痘・ジフテリア・百日咳・ポリオ・結核などの、予防接種が義務付けられています。 不可解です。 天然痘やジフテリアは、既に地球上から絶滅したと言われています。 百日咳・ポリオ・結核は、自然接種が免疫形成上で有利とされています。 インフルエンザ・ワクチンの様に、毎年受けなければ効果がないとする、医学界の曖昧な論拠は理解出来ません。 現実に、ワクチン(劇薬)の病気予防効果は、医学的・科学的に立証されていません!
 
ある医者が、抗生物質の危険性を暴露した本を出しています。 「クスリで病気は治らない」みき書房発刊・丹波 靱負(医学博士)著、「抗生物質の正体は、医療側の存在を誇示する道具で、患者側を救う魔法の媚薬ではない」と、クスリのリスク を忠告しています。 「溺れる者は藁をもつかむ」、藁を有り難い存在と思うのは自由です。 しかし、藁は単なる気休めでしかないのです! 

SMARS(サマーズ)

2020-02-10 08:39:33 | “現代医学の功罪” 関連
SMARS」とは、お笑いコンビの「サマーズ」でも グループサウンズの「ザ・サマーズ」(*下記参照)でもありません。 2002年 中国で流行した「SARS」と、 2012年 中東で流行した「MARS」の因縁を感じ、今回の“新型コロナウイルス” or “新型肺炎”を「SMARS」と、勝手に名付けただけです。 こんな非常時に、不謹慎と思われるかも知れません。 しかし WHO(世界保健機関)が、未だに「いかなる予測を立てるのも時期尚早だ」と、非常事態宣言を渋っているので、あえて苦言を申し上げるのです。 「既に 新型ウイルスの驚異は、“SARS”も“MARS”も超えている」と!

WHOの使命は、伝染病の世界的大流行(パンデミック)を、未然に抑え込む事です。 過去に大流行した“コレラ”・“ペスト”・“スペイン風邪”など、悲惨な伝染病から人々を守る為に、存在しているのです。 WHOに必要なのは、世界に向けた情報公開と警告です。 権威あるWHOが 警戒・警告を発しなければ、世界中が正しく動きません。 無秩序に混乱を拡大するだけです。 今回の“新型ウイルスに”関し、余りにもWHOの初動が遅過ぎます!

中国・武漢の医者「李 文亮」(34歳)は、2ヵ月前「SARSが再び発症した」と“SNS(ウェイボ)”で警鐘し、中国政府から「デマ情報」として訓戒処分された様です。 その「李 文亮」が、先日“新型肺炎”で亡くなりました。 今思えば「デマ情報」を流したり「情報隠蔽」したのは中国政府であり、その贖罪は計り知れません。 2ヶ月前に とは言いません。 せめて1ヶ月早く「情報公開」していれば、現在の大混乱は半減していた筈です。 「習 近平」の権威が、謎のウイルスの脅威によって風前の灯火です!

1918年「スペイン風邪」が蔓延し、全世界で約1億人の犠牲者が出ました。 その原因は、第一次世界大戦に突入した状況下で、世界各国が情報を隠蔽した事にあります。(軍事機密を守る目的) 当時、戦争に中立だった“スペイン”だけが、情報を公開していた為、謂れのない「スペイン風邪」の発症国とレッテルを貼られたのです。 今は、戦時下でありません。 伝染病を抑止するのは、一にも二にも 正確な情報です。 その為に設立されたWHO:世界保健機関が、世界経済&中国政府に配慮(忖度)して「今回の新型ウイルスは、感染力も重症化も低い」と、曖昧に対応する様では世も末です。 新型ウイルスは、過去に症例がないから恐ろしいのです。 治療法も治療薬も、存在しないから恐ろしいのです。 WHOの判断は、甘過ぎます!

現代医学は進歩したと言われます。 本当でしょうか? 医療の原点とも言える伝染病の抑止・制圧に、何一つ貢献していません! SARS・MARS・鳥インフルエンザ・豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)・・・ 医学・医療の英知で、蔓延を食い止めたのでしょうか? 残念ながら それぞれの伝染病は、自然理(偶然)に終息しただけです。 殺菌・消毒・マスク・手洗い・・・ そんな手立ては、進歩した医学・医療と言えません!

造語“SMARS”(サマーズ)が飛躍し、“WHO批判”・“中国批判”になりました。 

◎ グループサウンズ「ザ・サマーズ」 the summers
 

1968年に結成したグループサウンズ「ザ・サマーズ」 室蘭出身の6人組 ヒット曲は「たった一言」
レコードジャケットで顔半分の茶髪が ボーカルの「橋 あきら」で、我が同級生であり列車通学の仲間でした。 高一で自主退学し、メジャーを目指し上京しました。 一時期好調でしたがヒット曲が続かず、「ザ・サマーズ」は 2年程で解散しています。 後に「橋」は、「ザ・ジャガーズ」に移籍した様です。   

“銭湯”の思い出

2020-02-08 11:16:16 | 日記

1960年代、北海道の“銭湯”事情です。 当地では 銭湯ではなく、“風呂屋”と呼んでいました。 今の様に、いつでも風呂にはいれない不自由な時代でした。

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あの頃は、入浴と言えば“風呂屋”でした。 幸いにも、我が家から約50mの近くに銭湯があったので助かりました。 取り敢えず、1週間に1度程度は風呂に入る事が出来ました。 それでも、恵まれた方です。 住まいが銭湯から遠い子供達は、大きく温かい風呂には中々入れないのです。 町の人口に比べ、銭湯が少なかったからです。 夏ならタライで体を洗う事は可能でも、真冬はタオルで体を拭くのが限界です。 家族の多い農家や漁師の家には、五右衛門風呂程度の入浴設備はあっても、毎日 水を運び薪を燃やして湯を沸かす余裕などなかったと思います。 そんな事で、小学校当時は皆平等に不潔でした。 不思議な事に、仲間の服や体が汚れ多少臭くても、何ら抵抗はありませんでした。 寧ろ、毎日の様に風呂に入り“垢抜け”した子供は、逆に嫌われたものです。

いつも行く銭湯に、仲がいい同級生(風呂屋の息子)がいました。 物心ついた頃から、銭湯の釜場(ボイラー室)に入り込んで遊んでいたので、銭湯の“裏事情”は小学校の頃から知っていました。 毎朝、男湯・女湯を念入りに清掃し、溜めていた地下水を浴槽に流し込み、午後から石炭窯で湯を沸かします。 午後3時前には、入浴の準備が完了しければなりません。 ただし 風呂屋を営むのは、友達の母親と祖母・姉でした。 父親は公務員で、銭湯には殆んど関わっていませんでした。 頼りの息子は 遊び盛りで、当てにはなりません。 たまに手伝う時は いつも私を誘い、力を合わせ“風呂焚き”を遣ったものです。 小学校3~4年頃でした。

釜場の仕事は、案外難しいものです。 石炭窯を、人力で温度管理するのですから、容易ではありません。 友達と話やゲームに夢中になると、決まって浴槽の温度が下がります。(“おやつ”に誘われた子供ですから) 入浴客から「もっと温度を上げろ」と声がかかれば、慌てて石炭を入れ火力を高めます。 お客さんの声は、男湯と女湯にある約 5㎝角の“小窓”から聞こえて来ます。 浴槽側に取っ手があり、釜場に声を掛ける時に使います。 その“小窓”が、魅惑的でした。 ほんの僅かな隙間から、明るい女湯が丸見えです。 子供ながら、綺麗なお姉さんのヌードを“ドキドキ”しながら盗み見したものです。(時効) そんな、お粗末な“銭湯裏事情”でした。

2月6日は「風呂の日」でした。 今年は 暖冬と思いきや、今シーズン最大の寒波が遣って来ました。 南北に縦長の日本でも、冬は平等に寒いものです。 それでも、北国育ちの我々が 九州や沖縄へ行けば、多少は暖かく感じる筈です。 しかし、新型肺炎が流行する中、止むを得ない限り 移動するのは“ご免”です。